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*第7話 かざきり

あれから五年の歳月としつきが巡り来ては去り、

玉梓は十九歳の成女おとなめとなり美しさは更に増して、

妖艶な輝きをまとうようになっている。

早春の可憐な蕾であった少女は、初夏の大輪たいりんとなっていた。


藤次郎の死後、長らくは抜け殻のようであったが、

この頃はようやく笑みを浮かべる姿を見せるようになった。

定包の計らいで山下家の郎党となり、

城下に住まうようになった父母の存在が、

玉梓の消えかけていた灯火ともしびを繋ぎ止めた。

影に日向に彼女を支え励まして来た定包は、

老臣第一席として領内を取り仕切っていた。


光弘の寵愛は深さ一層に甚だしく、周辺では

正妻である菊乃との確執を案ずる声が囁かれていたが、

当の本人たちはさほど仲が悪いわけでも無く、

年頃の近い事もあり折に触れては茶席に招き合うなど、

程よい距離感を保っていた。


これで光弘が仁君であれば所領しょりょう安泰あんたいなのだが、

如何いかんせん根が暗愚に生まれついており、

癇癪(かんしゃく)を起こしては、その度に定包が尻拭いをしていた。


***


「玉梓様に頂いたお薬のお陰で、随分と楽になりました」

「それは良う御座いました、明日あすにでもまたお届け致しましょう」

「かたじけのう存じまする」

挿絵(By みてみん)


菊乃は月のものが重く、血の気が引いて倒れるほどであった。

玉梓の従兄弟伯父いとこおじである荘寿は、茶の湯の他に漢方の心得も深く、

何か良い薬はないかと聞く玉梓に大黄と牡丹の根を配合した、

大黄牡丹皮湯だいおうぼたんぴとうと呼ばれる薬を持たせた。

これがすこぶるる効いたそうだ。


下総しもうさではまた戦だそうで御座います」

「亡き公方くぼう様のお子をお立てになられたよし

「こちらに飛び火せねば宜しゅう御座いますが」

「太刀触れの音が聞こゆる前に白浜にでも参りましょう」

「すわと言うては遅う御座います故にのぅ」


鎌倉公方足利持氏と関東管領上杉憲実の戦いは、

上杉方が勝利し持氏は自害した。

しかしその後、持氏方の残党と下総の結城氏朝が結託し、

幕府に反乱を起こしたのだ。

永享えいきょう十二年(1440年)、後に結城合戦ゆうきかっせんと呼ばれる戦だ。


***


そして元号が変わり嘉吉元年(1441 年)。

山奥に隠れ潜み、復讐の機会を伺っていた八郎と数名の手下ども。

ほぼ山窩(サンカ)の如き暮らしを続けながらも野望の火が消える事は無かった。

凄まじい執念である。


「手筈は整いまして御座ります」

「うむ、いよいよじゃの。ようやくじゃ」


城下に忍ばせている子飼いの者からの知らせで、

近々に光弘が鹿狩りをするらしい事が分かった。

随分と久しぶりにきょうが湧いたらしい。

なんでも愛妾の玉梓が所望したとかしないとか。

理由は巷の噂だが、狩りの日程や定包の同行は確認した。

そしていよいよの決行である。


実行役は若党の杣木朴平そまきぼくへい洲崎無垢三すさきのむくぞう

弓の腕におぼえ有り。


「よいか、疾風丸は白馬の駿馬じゃ。一際目立つからすぐにわかる」

「心得まして御座ります」


定包の顔を知らぬ二人に、白馬を狙えと八郎は言った。

疾風丸の主が、今は光弘である事を八郎は知らなかった。

果たして邪悪な意思の込められた怨嗟えんさの矢は放たれ、

ひゅぅと風を切り裂き光弘の首と心の臓を貫いた。

腕は確かであった。

当然、大騒ぎとなり無垢三はその場で討ち取られ、

朴平は捕らえられて打首となって果てた。


二人には気の毒だったが首尾は上々である、

後は頃合いを見計らって嘘八百で塗り固めた直訴状を光弘に渡す。

直々に出向けば目通りは叶うだろう。

何の根拠も無いが、八郎の自信は揺るぎ無かった。

今宵の酒はさぞや旨かろう!


次の日、城下の様子を見に行った若党から聞かされ、

とんでもないしくじりをしたのだと気付いたが、

すべては後の祭りである。


***


「も、もはやこれまでか・・・」

「殿!何を申されまする!」

「このまま落ち延びたところで行き詰まりじゃ」


結城合戦は幕府方の勝利となり、敗残の兵は散々(ちりぢり)になった。

安房国の山中を彷徨う里見義実さとみよしざねとその家臣も、

明日をも知れぬ敗走を続けて来たのだ。


「止まれ!何者じゃ!」


さては追手か!

と思ったが、相手は山の民のようだ。

しかも数はあちらの方が多い。

弓を放たれては勝ち目が無い。


「ワシは常陸国ひたちのくにの里見義実と申す!」

「ほう、では下総から落ちて来られたか」

「如何にもさようにて、万策つきて候」


すると頭目と思しき男が歩み寄り、義実の目前に膝をつき拝跪した。

何事かと面食らってしまった義実に男は告げる。


「これなるは神余家家臣金碗八郎と申し候。

逆賊山下定包に主君を謀殺され、仇を打たんと山野にまぎれ、

天命の下りを待っていたもので御座りまする」


呆れたものである。


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