*第5話 はやて
城門を見上げながら高さの不揃いな石段を登る。
荘寿の屋敷に逗留して三日目、ようやくお目通りが叶った。
これでも異例の早さである。
話を聞かされた定包は大いに同情し義憤に駆られた。
八郎の行状仁徳に非ずと、老臣から外すよう進言したのは彼であった。
主君の名誉をも汚しかねない此度の非道は肚に据えかねる。
とは言え、玉梓の美しさに魅了されたのも否めない。
多少の下心あれど義心に偽り無し、八幡様もお許しになろう。
「奏上はワシが申し上げる、そなたは聞かれた事に答えるだけで良い」
「まことに有難う存じます。なんとお礼を申し上げて良いやら、
この御恩は生涯忘れませぬ」
「なんのなんの、これしきの事じゃ」
至急に光弘との対面を実現させる為、定包は自慢の馬を献上した。
領内随一と駿馬の誉れ高き疾風丸である。
朝日を浴びて黄金色に輝く白馬を、以前から光弘は欲しがっていたのだ。
満面に笑みを浮かべ、二つ返事で応じた。
「きっと助けて進ぜようぞ」
「はい!」
ようやく拝む玉梓の笑みは、梅が枝に咲く花をも凌ぐ可憐さであった。
なぁに、馬のひとつ惜しいものかは!
思えば冷静さを欠いていたのだろう。
定包は重大な事を失念していた。
主君神余光弘の為人を・・・
***
「面を上げよ」
村娘の願い事なんぞ常ならば気にも掛けぬが、
疾風丸の褒美じゃと思うて家臣の顔を立ててやった。
懐の深きを示すも主君の器と言うものぞ。
その程度の肚積もりであった光弘は、
畏れながらと奏上する定包の言葉も右から左であった。
ちょっとした興味で、顔でも見てやろうと声を掛けて驚いた!
言葉を失うとはこの事である。
物心ついてよりこのかた、これほどの佳人を見た事が無い。
天女仙女も斯くあらんや。
「それはそれは、難儀であったの。玉梓と申したか?」
「はい・・・」
「そう畏まらずとも良い、ほれ、近こうへ」
「は、はい・・・」
「ほれほれ、近う近う」
手が届きそうなほど近くへ招いて、まじまじと覗き込む。
「この一件、そちに任せるぞ定包」
「次第に拠っては金碗殿を断ずる事になるやも知れませぬ」
「であるか、善きに計らえ」
「承知仕りまして御座ります」
と、通常ならここで話は終わり光弘が退席する。
ところが一向に立とうとはしない。
にまにまと玉梓を眺めている。
まさか自分から席を外す事も出来ずに、
定包は所在を無くしてもぞもぞとするしかない。
「うむ、そうじゃ!茶の湯の一席なと設えようぞ。
茶の嗜みは有るかの?玉梓よ」
「拙き真似事に御座いますが」
「善きかな善きかな、では奥に参ろう」
そう言って玉梓を連れて行こうとするではないか。
慌てたのは定包である。
「お館様、これは一体なんとなされます」
「なんじゃ?まだ居たのか。件の采配は任せたであろうが」
「されど玉梓殿は荘寿殿より預かりしところなれば」
屋敷まで送り届ける責任がありますと言う事である。
「ん?荘寿殿がどうしたと言うのじゃ」
「あいや、玉梓殿は荘寿殿の縁者に御座ります」
「ほう!さようであったか」
初めに説明したでは無いか!
あぁ、上の空であったな・・・
「荘寿殿には使いを出す。玉梓は城で預かるゆえ、そう心得よ」
「お、お待ち下さりませ!それは・・・」
「くどいっ!そちには既に命じたであろう!
一刻も早う玉梓の憂いを払ってやるのじゃ!
何をぐずぐずとしておる!直ちに取り掛かるが良いわ!」
そこまで言われては、これ以上の問答は無理である。
戸惑い不安気な玉梓をちらちらと見やりながら、
定包はようやく己の失態に気が付いた。
光弘もまた八郎に劣らぬ、いやそれ以上に横暴の者であったのだ。
会わせるべきでは無かった。
今にして思えば必要も無かったのだ。
疾風丸と引き換えに八郎を処罰する事は出来ただろう。
それほどの値打ちを持つ馬であった。
見方を変えれば八郎にそこまでの価値は無い。
早まった事をしてしまった・・・
後ろ姿が悔やまれる。




