*第4話 ひとやすみ
夜明けを待たずに身支度を整えて歩き出した玉梓。
目指すは富浦に住む従兄弟伯父に当たる荘寿が屋敷だ。
荘寿とは茶の湯に於ける号で、本名は白石与五郎と言う。
その道で名の通った師匠であり、高位の武士の弟子も多い。
重信とも面識があり、稚児だった玉梓を連れて訪れた事もある。
当時はまだいわゆる「わびさび」と呼ばれるような趣では無く、
禅の精神を基にした社交儀礼を修める場としての意味合いが強かった。
「荘寿殿を頼ろう」
「伯父様を?」
荘寿ならお館様や側近とも繋がりがあるだろう。
その伝手を頼りに藤次郎の助命を直訴しようと言うのだ。
重信は横山の言葉を信じてはいなかった。
動かぬ証拠が有ると言いながら放免など辻褄が合わぬ。
筋が通らぬではないか。
玉梓を我が物とした後は手のひらを返して藤次郎を殺すだろう。
万事休すの瀬戸際で思い出したのが荘寿である。
「ワシが行くと気付かれる、追手が掛かるじゃろう。
いつも通りに出仕せねばならぬ」
「では私が!」
「いや、お前も浜の手伝いがあるじゃろうて姿が見えぬと怪しまれよう。
玉梓ならば傷心にて臥せっておると言えば良い」
「心得ました、とと様。私が参りましょう」
一縷の望みを手繰り寄せるように細道を行く玉梓であった。
***
「ほう、さほどに御座りますか?」
「えぇ、行儀作法で引けを取るものでは有りませぬが、
道具の良し悪しばかりは如何とも敵いませぬ」
つい先日、京の都から戻ったばかりであった。
都で名高い一休禅師(宗純)と語らい、
同時に大商家や公家たちの茶席にも同席し、
そのあまりに違う有り様に、正直なところ戸惑っていた。
禅師の茶は素朴そのもの。
こちらが黙れば、あちらも言わぬ。
浅き問には、軽き応え。
高き問には、深き答え。
風に揺らめく柳の枝のようであった。
それを持て成しと受け止めるか否かは客次第。
心根ひとつで変わる。
一方、貴族方では実に分かりやすい。
名器と言われる高価な茶器を揃え、贅を凝らしての一席。
どこそこの誰それの作よと講釈を聞きながら、
やれ手触りがと、風情よと感嘆する。
宴席のように騒ぎこそせぬが、体裁ばかりの見栄である。
しかし選ばず漏なく客を喜ばせる。
「さてさて、どちらが良いものでしょう」
「さぁて、ワシの如き無骨者には判じかねまする」
今日の客人は本城仕えの武士、山下定包。
重席の一角を担う切れ者である。
弟子の中でも古株の大男だ。
「この期に及んで迷うとは、我ながら情けのう御座います」
「安堵しましたぞ荘寿殿」
「おや、何故でしょう?」
「貴殿ほどの達者が迷うのであれば、ワシなど言うに及ばず」
「はっはっは、これは山下様に慰められましたな」
ふと、障子の端に人影が屈む。
するりと視線を移す。
「失礼致します、荘寿様」
「何事か」
「白浜庄の山崎様より火急のお使者が参っております」
「山崎様からとな?」
「はい、玉梓殿と名乗られております」
「なんと!玉梓殿が参られたと」
これは尋常では無かろうと察した。
「ワシの事なら気遣い無用」
「では、しばし席を外しまする」
「うむ」
***
久々に見た玉梓の美しさに驚いたのもつかの間、
話を聞いて更に仰天した。
事は深刻を極める。
「お館様に直訴など、次第によっては命が無いぞ」
「命が惜しくては、ここまで参りませぬ」
八郎の素行の悪さは周知の事。
さもありなんとは思う。
思うが、まさか身内に火の粉が振り掛かるとは・・・
それにしても大掛かりな所業よ、
確かに上層が動かねば止められまい。
やもするとこちらにも燃え移る。
どうしたものかや・・・
ふぅ~っと一息をついて目を閉じる。
何故か瞼に禅師の姿が浮かんだ。
有漏路より無漏路へ帰る一休み
雨ふらば降れ 風ふかば吹け
終始無口であった禅師が、ボソっと呟いた言葉。
何の事やらと首を傾げたものであったが、
いまその言葉が全身に染み渡る。
あぁ・・・なんと私は愚か者であるか・・・
目の前で泣く娘から眼を逸らして、
他に何を見ると言うのか。
名人達者と言われて浮かれて居ったのか。
こんな私を禅師は見透かされておられたに違いない。
やれ、恥ずかしや、恥ずかしや・・・
「玉梓殿、付いて参れ」
「どちらへ?」
「藁にも縋ると言うではないか」
「如何にもさように御座います」
「ちょうど今、その藁が来て居る」