*第2話 しおさい
なんと美しい娘であろうか・・・
黒く艷やかな髪は漆の如く。
白く滑らかな肌は絹のようじゃ。
あぁ・・・触れてみたい・・・
この腕に抱き、潰れるまで絞り上げたい・・・
欲しい!
欲しいぞ!
くだらぬ使いと思うておったが、なんのなんの。
望外のお宝を見つけたわい。
さてさて、なんとして手に入れたものかや。
***
金碗家は代々神余家に使える老臣第一席の家柄であったが、
先代の早逝に伴い他家の画策もありその地位を失っていた。
直臣とは言うものの八郎は近習として仕えるに留まった。
名門の嫡男でありながら、その実は雑用係である事に
忸怩たる思いを日々拗らせている。
その性分は嫉にして貪、忠義の誠も大義の志も無い。
そして無類の色狂いであった。
この日も急にアワビが食べたいと言い出した主君の命により、
わざわざ自ら出向いて来たのだ。
なぁに、主を想っての事では無い。
直命を受けたからには領内随一の名産を献上しなければ沽券に関わる。
極上品に主がご満悦なされば鼻高々と言うもの。
いけすかぬ同僚どもめ、さぞ悔しがろうとの魂胆である。
いやはや、浅ましきかな三毒の亡者なり。
「あ、あの、金碗様、苦しゅう御座います」
「ん?しかと支えねば落ちるからのぅ」
ぎゅうっと引き絞られた腕に息が詰まる。
グリグリと腰を押し付けて人目も憚らずに欲情している。
あぁ、悍ましい・・・嫌だ・・・嫌だ・・・
こんな目に遭うのは初めてだった。
村の男衆も色目を向けて来る事くらいは有ったが、
決して一線を踏み越えはしなかった。
玉梓の瞳を曇らせる様な狼藉者は居なかったのだ。
もう今までの自分と同じでは無くなってしまった気がした。
穢されてしまったのだと。
涙がこぼれそうになるのを懸命に堪えている。
こんな男の前で泣くものかと。
あの人の腕の中で、その胸に顔を埋めて存分に泣こう。
そう心に言い聞かせる。
「あ、あれに見えまするが長の屋敷に御座います!」
やっと着いた!
戸口の前には村長が出迎えていた。
母と藤次郎も来ている。
わざとらしくゆっくりと馬を進めて来たのだ。
ふ~んと残念そうに漏らす八郎のため息がその証。
「これはこれは金碗様、お待ちしておりました。
先ずは座敷にて一息ついて下さりませ」
「うむ、急な訪いじゃが許せ。お館様のご用命じゃ」
「ははぁ、なんなりとお申し付け下され」
ちらちらと玉梓を見やりながらも、使いは果たさねばならぬ。
ならぬのだが・・・
「そこな女房殿は、そなたの母御前か?」
「は、はい、さようで御座います」
「長尾の砦にてお仕えしております山崎重信が妻、小夜に御座います」
「おぉ!亭主殿は砦にお勤めか」
「はい、あいにくと今はご奉公の最中にて参上出来ませぬゆえ」
「それは最もな事じゃ、気にせずとも良い」
「畏れ入りまする」
「玉梓殿には世話になった、いずれ礼がしたい」
「滅相も御座いませぬ、童の使いで御座います」
是が非でもと言われては断る事も出来ない。
砦にお立ち寄りの折には、ご挨拶に参じますと答えた。
八郎が奥へと通されるのを見届けて、やっと開放された。
もう精根の尽き果ててしまった玉梓であった。
***
「おぉ!見事なアワビよの」
「白浜の海女の手に依る逸品に御座ります」
「であるか、確かに安房随一じゃのぅ」
「いかにも」
「うむ、でかしたぞ八郎」
「ははっ!」
上々である。
今宵の酒はさぞや旨かろう。
あぁ、それにつけても玉梓よと八郎の情念は募る。
思い起こす度に益荒男が滾る。
屋敷に戻るなり供回りの一人を呼びつけた。
「左之助!左之助!」
「ははっ!此れに!」
「かの娘の身の周りを洗い出すのじゃ」
「玉梓とか申す娘で御座りまするか?」
「そうじゃ、縁の者は全てじゃ」
「さまでにお気に召されましたので?」
「あぁ、なんとしてでも手に入れたい。良きに計らえ」
「承知仕りました」
やれやれ、また悪い虫が騒ぎ出したかと後ろ姿に舌打ちを。
百姓娘ならいざ知らず、俸禄の有る武士の娘だ。
金で売り渡すものではあるまい。
荒事になるやもと左之助は目を細めた。