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第8話 「行きましょう」と。

「選び終わった?」と翔輝が服屋に戻ってきた。もたもたとしている私を見ても何も言わず、濃い色の服を選ぶ私に「こっちの方が似合っている」と可愛らしいピンク色のスカートを選んでくれる。

 体型を少しでも細く見せたいし旅に出るならと黒や紺、茶色など汚れの目立たない濃い色の服を選んでいたのを見て、龍輝はため息をついている。


「……あの」

「女の子なんだから、可愛い服も選んだら? どう? このスカート」

「可愛い服ですか……? 旅に出るなら、実用性のあるものや汚れの目立たない濃い色のものがいいかと思いまして……」

「それはそうなんだけど、俺が可愛い服を着たベスを見たいし、ベスの着たい服を選びなよ。その方が、俺も嬉しいし。それとは別に、あと2着ほどドレスが欲しいかな」


 翔輝が店主の方を見ると、「かしこまりました」と店主がパタパタと下がっていく。要望通り、ドレスを見に行ったのだろう。私のサイズに合うドレスなんてあるのだろうか? と店の奥をみつめた。


「……ドレスですか?」

「旅にはご褒美も必要だから」

「それは……どういうことですか? ドレスを着るような場所へ?」

「おいおいどういうことなのかはわかるよ、俺と旅に出れば」


 そうこうしていると、「こちらはどうですか?」と何着かのドレスを奥から持ってきてくれた。どれもこれも可愛らしい色合いのもので、私の目を奪う。


「可愛いですね!」

「よし、なら、その薄い水色のと桃色のドレスを買うよ! ベスはそういう色が好きなの?」

「えぇ、今の私にも似合いませんけど……可愛いものが好き……なので」

「そう? 可愛いベスには、どちらも似合いそうだよ?」

「そんなことはありません! 目が吊り上がっていて……その、キツイって言われることが多いので」

「今は優しい表情だよ。じゃあ、店主! それも包んで」


 よくわからない理由で、薄い水色のドレスと桃色のドレスを追加で購入することになった。こんもりと机の上にある買ったものをどうしようかと悩んでいたら、「はい」っと見覚えのある鞄を手渡された。


「これは……私の魔法の鞄ですか?」

「そうだよ。屋敷からこっそり持ってきた。必要そうなものはひと通りこの鞄の中に詰めておいたから。さすがの貴族だね。ベスの鞄は普通容量の何倍も入る」

「……これは、私が作ったものです。世界にひとつしかありません」

「本当? いいな、そんな鞄が俺も欲しい!」

「材料さえあれば作れますわ。伯爵家の……ちか……、私、今朝方追い出されたのですわね。未だ家を頼るだなんて……甘いにもほどがありますわ」


 小さくため息をついた。情けない私の背中をポンポンと軽く叩いて元気づけてくれる。翔輝の方を見ると笑いかけてくれた。その笑顔は優しいけれど、厳しさも含んでいるようだ。


「忘れることはできないだろう。君が生まれ育ったところだから。でも、これから、ずっと遠い場所へ俺と向かうんだよ。ベス」

「……はい」

「本当についてくる?」

「もちろんです。今の私には、何もありませんし、このままでは野垂れ死ぬのがオチ。こんななりで、ここで過ごすことは辛過ぎますから」


 ゴーンゴーンと鐘の音がする。学園の卒業式が終わったのだろう。本来なら、この時間は私も卒業式に出ていたはずだった。はずなのに、今は服屋で翔輝と向き合っている。さっきまで見知らぬ誰かだっただなんて、不思議なものだ。

 今の状況をみればわかるが、もちろん、クライシスとの婚約は即日解消されているだろう。私の失踪でこの事件は幕を閉じるに違いない。卒業したあと、私は数日のうちにクライシスに嫁ぐ予定だった。伯爵家で一生を暮らすことになっていた。

 私はその鐘の音を聞き、昨日までの私と決別する。家族に爵位にと守られていた私に。

 新しい一歩を踏み出さなければならない。停滞してしまえば、私は何もできずにこのままだ。翔輝に話しかける。「行きましょう」と。

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