第7話 『約束の仕方』
「あそこの婦人服屋がいいかな? 欲しいものがあれば遠慮なく。服だけじゃなくて、その……下着とかも、色々揃えておいて。1時間後に店に戻ってくるから、それまでに買うものを選んで待っていて」
「翔輝はどちらに?」
「日用品を買い足しに。二人旅になるのだから、必要になるものも増えるし、野宿することもあるからベスの分も必要だろう?」
「野宿ですか?」
「嫌だった?」
「いえ、大丈夫です。演習でも何度か、野宿をしましたから……」
「今度は演習でないし、誰からも守られてない。獣も魔物も出るような山道を移動するよ。嫌なら……」
嫌だと言えば、龍輝にこのまま置いていかれそうな雰囲気が漂ってくる。それだけはなんとしても避けたい。今までのことを振り返ってみれば、令嬢である私一人で、この先を生きていくことは難しいだろう。何不自由なく、傅かれて生きてきたのだ。生きることに疎い私はあっという間に落ちるところまで堕ちていくだろう。
不安と焦燥で、おもわず翔輝の腕をきつく握ってしまった。ぎゅっと力を入れて、その手を見つめる。言わずにいた方がいいのか迷ったが、翔輝を見上げる。心配したような表情に私は少しだけ安心した。
私が考えているようなことはなさそうだ。一人でこの街に置いて行かれたら……今度こそ、私は心が折れてしまうだろう。
「どうかした?」
「あの、置いていかないでくださいね?」
「当たり前だ。用事が終わったら、一緒にこの街から出よう」
掴んでいた手をそっと外され、お店に向かうように言われた。一抹の不安は残る。そんな私に「約束だ」と小指を出してくる翔輝。私はその小指をどうしたらいいのかわからず、きゅっと握ってしまった。驚いた後クスっと笑う翔輝が、『約束の仕方』を教えてくれる。
「小指を出して……そう……」
私は言われるがまま、翔輝の小指と自分の小指を絡ませる。
「……約束。1時間したら、戻ってくるから。好きな服を選んで待っていて。可愛い俺のベス」
「……か、可愛いだなんて! もう、そんな……そんな……」
「可愛いよ。ほら、行っておいで」
そういって手を振る翔輝に振り返り、お店へと向かった。お店に入る前にもう一度振り返ると、まだ、さっきの場所に立ったまま私を見ていた。ニコッと笑うので頷いてお店の中へ入った。
「いら……、いらっしゃいませ。どのような服をご所望ですか?」
「えっと……私に合う服はあるかしら? できれば動きやすいものがいいの。山を歩くらしいから、ヒラヒラしたようなものじゃなくて、暗い色合いのものがいいと思うわ」
「かしこまりました。では、そちらにおかけください。見繕ってきます」
「お願いします」
店員が持ってきてくれた動きやすそうな服を選んでいく。どれもこれも見たことのない大きさの服で、私なら……二人くらい入る? と思ったところで、今の私を鏡で確認した。どっからどう見ても、目の前の大きな服は、私にぴったりサイズである。
色も濃い色のものを選んだ。少しでも翔輝の隣を歩くならと細見えするものを選んでいく。
「下着もお願いできますか? えっと……、どれくらいいるのかしら? 1週間分くらいあればいいかな?」
店員にお願いして準備をしてもらう。どれもこれも大きくて驚きとともに、昨日の私と今の私を比べてしまい大きなため息が出てしまった。
……どうしてこうなったのかしら?
私の長い長いため息に店主のほうが困惑している。苦笑いを返して、今の私に合うものを選んだ。