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第4話 もう、とても燃費の悪い体ね!

「……寝巻きを着ているのがダメなのかしら?」


 見られている視線から、寝巻きのせいではないことは薄々気が付いてはいたが、私には他に思い当たることがなかった。寝巻きとはいえ、高級なものだ。見られてもそれほど、季節がら薄着ではあるが、変ではないと思っていた。思っていたのだ。着ている寝巻きが変ではないと確認をしようとして、俯いて驚いた。


 じ、じ、地面が見えない! 見え……見えない? ……どういうことなの!


 周りを見渡してガラス戸の店を見つけた。やたらと重い体をユッサユッサとゆすりながら、亀より遅いのではないかと思えるほどの足取りで目的の場所まで辿り着いた。その体は、私には重すぎて、すでに、ぜぇはぁぜぇはぁと息切れがし、眩暈を起こしそうだ。

 ドレスを扱う店のようで、お客が来たのかと店主が扉を開けようとしたが、ガラス戸越しに私を見て驚き、向こう側で腰を抜かしている。


「……ごめんあそばせ」


 私は、店の外から、店主を驚かせてしまったことにペコペコと頭を下げる。下げるのだが、顎の下の肉が邪魔をして頷くだけ、お腹の肉が邪魔をしてお辞儀をすることすらできなかった。

 そんな私をただただ、恐ろしいものでも見たかのように震え上がっているそんな店主に申し訳なさがわく。

 それよりも気になることがあったので頭を切り替えた。そう、私の容姿だ。ガラス戸に映った私。それは、見知らぬ私であった。


 ……もう、何よ、これは。どうなっているの? モウモウ……、まるで牛のようですわ。


 顔は浮腫んでいるわけではなく、見慣れた私の顔の3倍はある。パンパンに広がったまん丸い顔。目も見えにくいと思っていたのだが、どうやら顔が膨らんでいるため、目が埋没してしまい細くなっているのだ。奥から覗き込む青い瞳は、糸のようであった。体はガラス戸に収まりきらないほどの横幅があり、今にも寝巻きがはち切れそうだ。お腹は言うまでもなくダンダンダンと二段……いや、三段あり、その上に同じサイズの胸が乗っかっている。


 ……これ、私、よね? ベアトリスよ! だって、目が青いし、何より意識が私だわ! 一体、私に何が起こっているの!


 わけもわからず、私は自分の姿を見てワタワタとし、後ろにステンとひっくり返った。起き上がることもできず、亀のように四つ脚をあげてジタバタするしかない。その様子を見ていた人たちはケラケラと指を指して笑っている。恥ずかしさの余り、逃げ出したい。立ちあがろうにも、いままで体と違うため、立ち上がることすらままならなかった。


 嫌だ! 嫌だ!! 嫌だ!!!


 みなに笑われる声が頭の中でも響き渡る。私はジタバタとした結果、ようやく立ち上がることができ、そこから走り去る。と言っても、成人女性が歩くスピードより遅くしか走れず、それも長くは続かない。体がうまく反応できない。タプタプと揺れるそこかしこの贅肉に足を引っ張られる。息もすぐに上がってしまい、ぜいぜいと言っているのだ。それでも、この場から逃げたくて、足を動かし続けた。悔しくても恥ずかしくても、走ることは出来ずとも、遅くとも、この場から逃げるために。


 街の門を出たところで、少し脇により、芝生の上にペタリと座り込む。


「私、何してるんだろ?」


 泣きたくなった。朝からよくわからない状況。昨夜、誰かが私の部屋を訪ねて来たように思ったけど、そこから私はおかしくなったのだ。

 途方に暮れ、行くあてもなく、どうしたらいいのかわからない。あまりにも変わり果てたこの姿では、領地に行ったとしても誰も受け入れてくれないだろう。

 領地で同じような扱いを受けたなら、私はもう、生きてはいられないし、領地までの移動は、私一人では困難だ。

 街道整備はされているとはいえ、この街からかなり離れているうえに魔獣の出現もある。

 それに、寝巻きのまま追い出された。朝から何も食べずに歩いていたので、お腹が減り、ぎゅぅ……と胃の当たりが主張していた。


「この体、もう、とても燃費の悪い体ね! そんなにお腹、鳴らなくていいのに」


 自身の腹の虫があまりにも大きく何度も鳴くので、今度は笑いたくなった。


 あは……、あはははは……、あははははははは!


 生きているだけで、お腹がすく。今までの生活で、そんなことは一度もなかった。三食の食事に、お茶やお菓子での間食があり、それが当たり前であった。食べれて当然の世界から、放り出された私は、この先どうしたらいいのかわからない。

 数分後の未来でさえ、わからない今、笑うしかなかった。


 道端で笑う私を不審な目で見てくる人々。すでに見られることは慣れっこになりつつあるので、どんな視線を集めても気にしないことにした。


「そこのお嬢さん?」


 声をかけられて振り返ると、そこには見知らぬ青年が優しい微笑みと共に私を見下ろしていた。

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