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12・引き出される力

※こちらの作品は、自身のHP「WhitePouch」にも掲載されています。

https://www.mashiro-pochi.com/

https://www.mashiro-pochi.com/crystalheart/12

一歩一歩、足を踏み出す。

踏み出すごとに、足が地面に沈み込んでいくような錯覚に陥る。

自分の倍以上の体格のファウヌスを背負っているのだから当然だろう。

ボタボタと落ちる大粒の汗が地面を濡らしていく。

すでに家の目前の所まで来ていた。

家の扉が開き、マナがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「バカ!!!」


顔を合わせて早々に吐かれる言葉。

その言葉の意味とは裏腹に、その声音にどこか安心感を感じて、その場にどしゃりと倒れ込んだ。

仰向けに寝転がり雲一つない青空を眺める。

身体は疲れ切っているがどことなく清々しい。


「・・・大丈夫・・・?」


さらさらと風になびく金髪を耳に掛けながら、くりくりとしたエメラルドグリーンの瞳が覗き込んでくる。


「ああ、なんとかな」

「・・・ほんとに、無茶するんだから」


少しだけ目の端に涙を浮かべながら、ふんわりと微笑む。

俺は、思わずその頬に手を伸ばした。


「・・・え?」

「・・・マナ」

「あ、えと・・・その・・・」


少し狼狽しつつも、最後には目を閉じる。

そしてそのまま二人の距離が近づいていき・・・。


「おい」


一瞬で離れた。


「な、あ、お、起きたのか、ファウヌス・・・」


心臓が違う意味でバクバクいっている。

額からは変な汗がジワリと浮かぶ。

マナは髪の毛で顔を隠している。

というかファウヌス、もう少し空気を・・・。


「がふっ・・・!」


ファウヌスは少しだけ咳込み、血が辺りに散らばる。


「ファウヌス!」


流石に照れている場合じゃないと悟り、ファウヌスに駆け寄るマナ。

空気を読めていないのは俺の方だった。


「よく・・・戻って来れたのぅ・・・やるでは、ないか」


瀕死の状態だというのに、その憎まれ口は相変わらずだった。


「・・・待ってて、すぐ、治すから」

「・・・ああ」


マナはそう言うと、ファウヌスの身体にそっと両手を添えて、目を閉じて集中し始める。

これから何が始まるのか俺は理解ができず、しかしこの場の空気が変わっている事に気付き、見つめる事しかできない。

マナの手からは、淡い緑色の光が発せられ、光球が旋回して周辺を優しく包み込んでいく。

ファウヌスの体毛がゆらゆらと揺れ始め、傷口が発光し、見る見るうちに塞がっていく。


「これは・・・?!」


周りを包んでいた光はゆっくりとマナの元へと集束していき、ふわりと舞っていたマナの髪も静かに降りていく。

ファウヌスは、毛並みは血に塗れたままだが、傷はすっかり塞がったようだ。

マナは深く息を吐く。

かなり集中していた様だ。


「ありがとう。・・・こうして治してもらうのも、二度目じゃの」

「・・・良かった。うまくいって」

「な、な、なに、今、何が起きた・・・?」


二人は分かっているようだが、俺は何も分からない。


「うん?お主も一度見ておるはずだが?」

「いやいやいや・・・こんなん見てたら流石に忘れないだろう」

「あの時は・・・ユーリ意識失ってたから・・・」

「ん?そうじゃったか?」

「って、あなたが吹き飛ばしたのよ。ファウヌス」

「俺を?吹き飛ばした・・・?」


いったい何の事を言っているのか・・・。

そんな記憶は・・・。


「あ・・・」


あった。

あの時。

子供の頃、真宵の森まで入った時。


「あれ・・・!あの毛むくじゃらお前だったのか!!」


吹き飛ばされたといえば、あの時しか思い当たらない。


「なんじゃ、気付いておらんかったのか」

「気付くわけないだろう!え、待って、今凄く混乱してる・・・ちょっと初めから説明してくれ・・・!」

「・・・めんどいのぉ・・・」

「そこは説明して?!」


あの時、血だらけの毛むくじゃらに遭遇して、それで吹き飛ばされて、気が付いたら親父とマナと馬車に乗っていた。


「実はあの時、私もファウヌスに飛ばされる寸前で・・・。私がユーリを護らなきゃって思って。そしたら、あの二人が出てきて・・・」


あの二人といえば、リリスとイヴだろう。

俺が気絶している間に起こった出来事を、マナはポツポツと話してくれた。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・


「ガアアアアア!!!」

「ッ・・・!!!」


マナは声も出せず、目を閉じて衝撃に備える。

今まさに、マナを殴り飛ばそうと、丸太の様に太い強靭な前脚が飛んでくる。

それがマナに届く直前、凛とした良く響く声が辺りを包む。


「待って、ファウヌス。彼女たちは君の敵じゃないよ」


それほど大きな声を出していないのに、不思議なほど耳に入ってくる声。

何処からともなく現れたリリスはファウヌスにそう伝える。

それを聞いて、ファウヌスは振り上げた前脚をゆっくりと下ろし、そして、ばたりと倒れ込んだ。


「・・・だい、じょう、ぶ・・・?」


イヴがくるぶしまで伸びた長い髪を垂らしながら、マナの様子を眺める。

突然出てきたこの二人は、双子の様に顔の造詣が似ていて、その両足は地面に着いておらず、プカプカと宙に浮いている。

人の形はしているが、人ではない。

それはすぐわかった。


「・・・なに・・・あなたたち・・・」


マナは怯えたように言葉を絞り出す。


「すまない。それを説明するより前に、力を貸してほしい」

「え?」

「彼女、このまま放っておくと危険なんだ。傷を塞いでやらないと」


そんな事を言われてもと、マナは困惑する。

塞ぐ、と言われたって、ただの子供である自分に、いったい何が出来るというのか。


「大丈夫、出来るよ。キミの力なら。僕の言う通りにして」


リリスの言葉には不思議な説得力があり、マナは黙って頷くしかなかった。


「さぁ、両手を前に出して・・・目を瞑って呼吸を意識するんだ」


言われた通り、両手を前に出して目を閉じる。

ふわりと、思っていた以上に柔らかな毛に手が埋まる。

ドクンドクンとファウヌスの心臓の響きが、掌を通して生々しく伝わってくる。

ゆっくりと深呼吸をして、自分の身体の中に空気が循環していく。

すると、お腹の下のあたりにじんわりと暖かい何かを感じた。


「えっ・・・?」

「集中して」


思わず目を開けそうになったが、リリスのその言葉に、もう一度グッと瞼を閉じる。

お腹の下あたりの暖かいものが、全身を巡って掌の方へと出ていく感覚。


「やっ・・・!なんか、でちゃう・・・!」


ブルッと身震いをして、少しだけ恐怖を感じる。

まるで身体の中から何かを抜かれる様な感覚。

手を放そうとしたとき、背中からふわりと何かに抱きしめられた。


「だい、じょうぶ。流れに、身を、任せて」


イヴが耳元でささやく。

その声には不思議な安心感があり、さっきまで感じていた恐怖心はどこかへ霧散していった。


「そう・・・良い子だ」


リリスはそう言って、マナの掌の上に、自身の手を重ねる。


「少し、手伝ってあげよう」


そう言うと、マナ自身を中心に、ぶわっと暖かい何かが広がっていくのを感じる。

心地よく、柔らかな風が吹く。

それはいままで感じた事のないような、不思議な感覚だった。


「・・・まさか、これほどとは・・・」


リリスは思わずつぶやく。

そのつぶやきに、マナは気付いていない。

そのうち暖かい風が緩やかに収まっていき、お腹の下のじんわりとした暖かいものがゆっくりと自分の体温に戻っていく。

マナはまだ目を閉じたままだ。


「・・・終わった、よ」

「・・・え?」


イヴにそう言われ、少しだけ放心状態だったマナは、パチパチと瞬きを数回繰り返し、何かを探すように周りをキョロキョロと眺め、最後には自分の掌に視線を集中させた。


「・・・なに、今の・・・」


今何が起こったのか、考えようと思った時、目の前の毛の山がのそりと動き出す。


「グルル・・・」

「きゃっ・・・!」


マナは思わず小さく悲鳴を上げ、身を護ろうと頭を抱えて丸くなった。

ついさっきまで自身に危害を加えようとしていたファウヌスが動いたのだ。

無理もないだろう。


「だいじょう、ぶ」


まだ背中から抱き着いているイヴがそう言う。


「え?」


立ち上がったファウヌスを見ると、毛は所々血で濡れてはいるが、傷自体は全て塞がっているようだ。

ファウヌスは鼻を鳴らしながら、マナの顔に近づいていく。

敵意は感じなかった。

マナは恐る恐る手を伸ばし、その鼻の上を撫でる。

やはりふわふわで触り心地がいい。


「・・・私・・・今・・・」


何をしたの、と言わずとも、リリスは言いたいことをくみ取る。


「あれが、キミの持つ力だよ。・・・想定以上で驚いたけれど」

「・・・」


当然、マナはそんな事を言われたって分かるはずもない。

説明されたところで分からないだろう。


「・・・やはり、皇国は・・・」


とリリスは物憂げに思考する。

そして、かわいそうなものを見るような目でマナを見つめる。


「・・・キミには、これから大きな試練が待ち受けてるだろう。でもね、決して諦めないでほしいんだ。どんなことがあっても。いいね」


リリスは強く、強くマナに伝える。

マナはただ俯いている。


「・・・さぁ、森の外まで送ろう。帰りは・・・迎えが来ているようだから、安心し給え。ファウヌス、彼女たちを頼むよ」


ファウヌスは一言も発さず、マナと気を失っているユーリを背に乗せると、あっという間に森の外まで走り抜けた。

日はすでに落ちており、星がキラキラと輝いている。

ゆっくりとファウヌスの背中から降りたマナは、ユーリを抱きしめながらファウヌスを見上げる。

ファウヌスもマナを見つめていた。


「・・・あ、ありがとう」

「・・・」


やはりファウヌスは何もしゃべらない。

鼻をピクリと動かし、横をちらりと見やると、あっさりと森の中へと帰っていった。


「おーーーい・・・!!!」


ファウヌスが見た方角から、人の声が聞こえてくる。

馬車が近づいて来ているようだ。

恐らく、みんなが助けを呼んでくれたのだろう。

その声にほっとしたものの、マナは先ほど自身に起こった出来事を受け止めきれないでいた。


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「これが、ユーリが気を失っている時に起きた事」

「・・・あーっと・・・」


確かに起きた事実としては分かったが、マナがなぜそんな事が出来たのか、それは分からなかった。


「その、マナがそういう・・・力?を使えるのは、なんでなんだ?」

「それは・・・」


少し言い辛そうに顔を伏せるマナ。


「ごめん。わかんない」


困ったような笑顔。


「・・・そうか・・・まぁ、そうだよな・・・」


まだ何かありそうではあったが、その顔を見ると何も言えなくなってしまった。


「安心せい。何か問題のあるようなことはない。・・・少なくとも、ここに居る間はな」


ファウヌスはそう言った。


「ってかお前、あれがお前だったんだとしたら、なんであんなに傷だらけだったんだ?」

「ん、ああ、まぁ、少しやらかしての」

「何を」

「・・・あー、好奇心でちょっと外に出てみたら、魔物と間違われてな。騎士団にやられたのよ」

「は?お前がか?」


ファウヌスの強さは相当なものだ。

騎士団であってもあれだけの傷を負わせることが果たして出来るかと言えば・・・難しいだろう。

当時の騎士団が今よりも強かったんだと言われれば、俺は知る由もないから何とも言えないのだが・・・だとしても今と昔でそこまでの実力差があるとも思えない。


「油断、慢心、それに、いくら我とて物量には勝てん」


しかし本人がそう言うのだから、そうなのだろう。

いくら強くとも、一瞬の判断ミスというのはあり得る事だ。

戦いに於いて、その穿たれた一点から一気に瓦解するなんて事はざらにある。


「間違えてシビレキノコを食べてしまっての。身体がうまく動かんかった」

「くっ・・・」


くだらない理由、と言いかけたが、案外馬鹿にできない。

遠征で食料の現地調達は普通にあり得る事だ。

自分だってそうなる可能性はゼロではない。


「・・・まぁ結果として無事でよかったよ」

「ああそうじゃ、あの時はすまんかったの。許せ。よし」

「なんか軽くない?!」

「昔の事をずるずるずるずると。さっさと水に流せ」

「お前が言うか?!いや良いけどさ!生きてるし!そもそもそんな恨んでないけどさ!なんか釈然としないんだが?!」

「いや、まぁ・・・すまん」


最後のは本当に少ししょんぼりしている様に見えた。

というか実際していた。

耳としっぽが力なく垂れている。

本人にはそんな意識もなく、生物としての身体的特徴としてそういう動きになっているだけなんだろうが・・・なんていうか・・・あざとい。


「・・・いや、いいけどさ」


そんな姿を見ては許さざるを得ない。

この時ばかりは、ただただでっかい犬にしか見えなかった。

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