表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の石  作者: 謳里 箏
9/12

#9 死中に活

 殺意というものを今まで抱いた事が無かった。

 人に恵まれていたというのは自覚している。

 いや、恵まれてい無かったのかもしれないがそれでもこれほどの感情を抱くというのは初めてだ。

 そして、それに飲まれているにも関わらず自身が意外にも冷静にこの状況を俯瞰している感覚は不思議なものだ。

 殺すという一点にのみ意識が向かいそれを達成するべくあらゆる考えが回る。

 どうやらクルスは自身が想像している以上に彼を殺したいようだ。

 当然、今のクルスは全力でそれに答えるつもりだ。




 マーシの空中散歩はこの町をぐるりと囲う壁を超えて森にまで続いた。

 段々と高度は下がり木々の高さほど。

 クルスも何度も通っている森の入り口に入りかかったところでマーシはクルスを放り出す。

『よっ』という掛け声にすら怒りを覚えるが別にこの程度着地するのは容易い。

 着地するとクルスは即座に剣を抜き、少し離れた着地したマーシへ切りかかる。


「おっと」


 流石というべきか、それとも予期していたのか、マーシは慣れた手つきで槍を抜き出すとすかさず剣を受け止める。

 すぐに来るであろう反撃に備え、クルスは大きく飛び退く。

 しかし、その反撃をマーシは仕掛けることは無かった。

 槍の切っ先を地面に向けて浮かべるにこやかな笑み。

 しかし、クルスにはそれが今は張り付けたようなのっぺりとしたものに見えた。

 その笑みは嘲りのものなのか、繕ったものなのかわからない。

 だが、これが本心から浮かべているものではないというのはクルスにはわかった。

 だからこそ抱く感想があった。


「気持ちわりぃ笑みだな」


 その一言にマーシは笑う。


「いやぁ、君の足が治ったみたいだからね、お祝いの一言でもいるかい」


 いつの間にかクルスの足はこうして動いても痛みを感じないほどには治っていた。

 何故治ったのかクルスにはさっぱりだ。

 だが、今のクルスには些細なことだ。

 こいつを潰すために足が使えるという事実で十分だ。


「いらねえよ!」


 クルスは再度マーシに突撃、剣を首元目掛けて突き出す。

 明確な殺意の籠った一撃は当たればただでは済まない。

 マーシはつまらなそうに鼻を鳴らすと槍が残像を残すほどの速度で動いた。

『ガキン』と金属の音が響きクルスの手から剣が消えた。

 マーシの槍は既に振り終えていた。

 未だに手に残る衝撃の感覚とトサっと落ちたクルスの剣の音でマーシに弾かれたことを悟った。

 今ある武器は小さなナイフのみで槍との戦いは戦いとすら言えないものになるだろう。

 クルスの力を抜いた両手がだらりと垂れる。

 それを降参の意と酌んだマーシは槍の構えを解く。


「賢明な判断だね」

「お前は何が目的なんだ」

「君が持っている物を貰いに来た」

「へえ、なんだよそれ、今ならお前の両足を対価にタダで渡してやってもいいぜ」


 今クルスが持っている物に大したものはない。

 どれもそれほどの金を積まなくても買いそろえるのは容易だろう。

 それをこうまでして欲する物というのはクルスには何のことか見当もつかない。


「賢者の石だよ」


 聞いたことのないものにクルスは眉を顰める。

 出鱈目なことを言っているのだろうか。

 当然そんな物を手に入れた事もない。

 クルスはあからさまに不機嫌になる。


「ある物を言え」

「……」


 マーシは無言で近づき槍を持つ無造作にクルスの右足に突き刺す。


「痛っ!」


 痛みが走るがその痛みはそこまで酷いものではないのはマーシの加減のおかげなのかクルスの感覚麻痺なのだろうか。

 結果として焦ることは無かった。

 マーシが槍を抜き切れた布の奥では血が零れる。

 だが、すぐに血は止まり石化が起こる。

 原因はわからないがそうなっている。


「君のこれが証拠だ」


 そう言うとマーシは槍先でその石化した傷口を突く。

 カンカンと石を突いたような音が響く。

 だが、痛みはない。


「これと賢者の石にどんな関係があるんだよ」

「賢者の石を持つ者は傷を受けてもその部分が石になるって話だ、君の体の中にそれがあるなら色々説明がつく」


 伝聞の説明。

 所持というのは鞄などに持っているということではなくその身に宿しているということなのだろうか。

 しかし、それは現に今のクルスに当てはまっている。


「それに、現に心当たりがあるって答えたでしょ」


 クルスの中で合点がいった。

 あの骨の狼と戦ってからこうなった。

 もし、何らかの理由でクルスに賢者の石を所持しているのならマーシの伝聞が正しい。

 身体変化は身体強化の延長線に存在する魔法。

 身体強化すら使えないクルスが似たようなことが出来た。

 マーシは『元々体に備わっていたみたい』と言っていた。

 それが賢者の石によるものならそれも納得できる。

 だが、それらはクルスがそう思うから納得できるのであってどれも決定的な証拠とは言い難い。

 しかし、元々これらの能力は無いまま過ごしていた。

 明日それらが急に使えなくなっても困ることは無いだろう。

 クルスは顔を上げる。


「なら、これはどうやって取り出すんだ」

「うーん、死んでもらうことかな」

「……そうか」


 クルスはため息と共に返答すると即座に両足で蹴りを放つ。

 それをマーシは片手で防ぐが、クルスは蹴りの反動を用いて後ろへと飛ぶ。

 話し合いで何とかなるのならこの感情はどうにもできなくても構わなかった。

 だから、マーシと話し合い妥協点を探ったのだがそれは無駄だった。

 いや、互いが納得できる解決策が存在しないことがわかったのだ。

 だから、クルスは抵抗することを決めた。

 死ななければ取り出せないのならクルスは全力で抵抗する。

 クルスは両手を石化させる。

 剣はマーシの方へあり、武器は心もとないナイフのみ。

 だが、クルスには両手がある。

 自称諦めの悪い男は拳を構え戦う意思を示す。

 その瞳には再燃した殺意の炎を滾らせながら。

 マーシは顔を手で覆いこれからの惨状を憂う。

 対極的な態度の二人は向かい合う。

 進行する魔物がどんどんと到達する中、二人の周囲には近寄らない。

 魔物の多くが恐慌状態に陥っているがそれでもなお本能で危険を察したのだろう。

 様々な魔物が一方向へ向かい、彼らの足は地震の如き揺れを生み出す。

 それでも二人にとっては気を向けるに値しない。

 もうじき、命のやり取りが始まるのだから。











 クルスとマーシは睨み合う。

 一方は石化させた拳、もう一方は槍。

 攻撃を当てるには懐に潜り込む必要がある。


 なら、一気に距離を詰めるまで!


 クルスは一気に加速する。

 槍に常に注意を配り一撃を確実に避けるために集中力を使う。

 狙いの箇所は大体予想が付いていた。

 だから、この一撃に賭けるべくクルスの表情は険しいものになっていく。

 マーシの槍の切っ先がこちらに向いた。


「今!」


 クルスは体を思いっきり捩り胸目掛けて進む槍を避ける。

 槍の切っ先が皮鎧を抉り大きな切り傷を作る。

 クルスはその勢いを使いマーシの脇腹に左ストレートを叩き込む。

 石化させた拳の威力は上がっているはずだ。

 その拳は確かに命中し、感触を伝えた。

 だが、軽い。

 それでもマーシは何事もなかったかのように後ろへ下がるとその個所を擦るのみ。


「はは、初撃、勘で避けたでしょ」

「オーガの時でわかってんだよ!」


 愉快そうに笑うマーシにクルスは声を荒らげながら答える。

 あの時、一本角のオーガの胸には三か所の傷があった。

 マーシは止めを差す前に何度も胸を攻撃していた。

 頭には当たりにくいからより当てやすい胸を集中的に狙っているのだろう。

 今回はそれを読んで刺突を放つ直前には避ける素振りをしていた。

 それで皮鎧に大きな傷が出来る程度で済んだ。

 だが、真正面から避けようとすれば確実に当たるだろう。

 クルスは皮鎧の傷に触れ危うく致命傷になりかけた事に肝を冷やす。


 でも、行ける!


 反射神経にものを言わせて避けるなど出来ないが勘で避ければいい話だ。

 クルスは石化した拳を打ち鳴らす。

 分の悪い賭けだがもしかしたらマーシを倒せる可能性がある程度で十分だ。

 態勢を低くし重心を下げる。

 余裕そうに未だに槍を下に向けたままのマーシの態度にクルスは内心舌打ちする。

 その怒りに身を任せて思い切り地面を蹴る。

 中々の初速のはずだがそれでもマーシが槍を構えて突く程度の行動は辿り着く前に行える。

 だからこそクルスは再度集中する。

 そして、槍が動く。

 今回もクルスは胴体が狙いと読み上体を捻る。

 そして、クルスが何とか目視できる速度の槍が放たれる。

 槍の切っ先は視界の隅へと消えていき、クルスの右足に痛みを生み出した。

 その痛みを感じるクルスは目を閉じた。

 そして、その口元は笑っていた。

 あまりにも自身の想像通りに事が進んでいた。

 クルスは勢いを落とさないよう左足で地を蹴り加速する。

 右足に刺さった槍は更なる痛みと共に太ももを貫いた。

 そして、マーシの眼前まで肉薄したクルスは彼の腕を掴み石化する。

 逃げられない零距離では武器は使えない。

 クルスが持ち込みたかった理想的な展開だ。

 石化させた右手は固く握り締められていた。

 クルスは全力の右ストレートを顔面目掛けて打ち込む。


「無駄だって」


 マーシの余裕な笑みは崩れない。

 その顔面に打ち込まれた右手は突如として発生した薄白い障壁により止まった。

 防御魔法だ。

 彼の話では魔力で威力を相殺している。

 実際殴った時に反動すらなかった事がその証明だろう。

 だからこそ、クルスがこの密着状態を狙ったのだ。

 クルスはもう一度右手で殴る。


「……なるほど、君の狙いは魔力の枯渇か」


 そう、クルスが取った作戦はマーシの魔力を全て使わせるのだ。

 これを繰り返せば魔力を全て削れるはずだ。

 とても地味だがマーシに勝てる目が見えてきたのだ。

 クルスの魔力は石化させるのに使ってはいるがかなりの少量。

 持久戦ならこっちに分があるはずだ。

 そう思い五度目の拳を振るうため腕を引くと嫌な予感がした。

 クルスはその直感に従うように反射的に右腕を石化した。

 直後、クルスの右腕の服はズタズタに切り裂かれた。


「惜しいな」


 マーシは表情を消してそう口にした。

 突然の風魔法を何とか石化で防げたのは偶然だ。

 一瞬魔力を感じて反射的に石化した。

 狙いはどこなのか、威力すらわからない。

 下手したら腕すら飛びかねないだろう。

 流石に腕が吹き飛んでは石化で再生云々の話ではない。

 だが、それでもクルスは拳を叩き込む。

 今の勝ちの目を絶やす訳にはいかない。


「動くな」


 マーシがそう言うとクルスは動きを止めた。

 別に指示に従った訳ではなかった。

 ただ、空気が変わった。

 正確に言えば、周囲の魔力はマーシのものが満ちていた。

 何をするのかわからない。

 クルスの直感はすぐにでも離れろと告げている。

 だが、それは折角の可能性を潰すことだ。

 今、勝ちに拘るべきクルスがそれを逃すのは負けを認めるに等しい。

 未知に対する恐怖に歯を食いしばりながらマーシへ拳を振るう。


「怖くないのか」

「黙れ!」

「死んじゃうかもよ」

「その前に殺してやる!」


 クルスは到底できるはずのない事を強がりで口にする。

 自分を騙し出来ると思わなければいけない気がした。

 恐怖心のせいだろうか。

 クルスの拳が再度、障壁に阻まれた。

 マーシはそれを見届けると目を細める。

 直後、猛烈に嫌な予感がした。

 しかし、毛頭ここから離れるつもりのないクルスは堪える。

 その恐怖は明確な形を持つ。

 クルスとマーシの間に魔力の塊が生まれる。

 そして、それは火属性へと変わり魔法を成す。

 パチッと火花が弾けた気がした。

 反射的にクルスは後ろへ下がろうとしていた。

 離れない決意を固めていたつもりだったが眼前に迫ったそれは確実に何かしなければ命を落とすと確信するものだった。


「!!」


 だが、右足が何かに引っかかる。

 見ると、そこは槍に貫かれたままだ。

 力尽くで動こうにも逃れることは出来ない。

 その魔法は収縮すると一気に炸裂した。

 地は揺れ、木々は葉を舞い上がらせる。

 周囲は黒煙で覆われ様子はわからない。


「……」


 白い障壁の向こうでマーシは黒煙の先を眺めていた。

 黒煙が晴れると、足に痛々しい傷を残すクルスは両手を交差させ全身を石化させたまま、木の下の地面に倒れていた。

 既に死んでいるのか、まだ生きているのか見ているだけではピクリとも動かないため判別できない。

 後ろの木には重いものをぶつけたような傷が残っていた。

 流石にこれほどの事をやったのだ。

 冒険者や兵士に見つかってもおかしくない。

 マーシはクルスの下へと歩く。

 すると、漸くクルスは動き出した。


「痛ってぇな、魔法で起こした爆発ってほぼ自爆だろ」


 辛うじて立ち上がったクルスは未だに残る衝撃の余韻を振りはらう。

 あの時一瞬で全身を石化させることが出来たおかげで怪我はほとんどしていない。

 しかし、マーシも爆発に巻き込まれていたはずだが怪我をしている様子は一切ない。

 だが、クルスは見ていた。

 爆発が起こる直前、白い障壁が。

 あれは防御魔法、しかも白は濃くなっていた。

 恐らく魔力を込めて障壁を強固なものにしたのだろう。

 それであの爆風を防いだのだ。

 クルスは痛みの残る頭を押さえその確証に似た笑みを浮かべる。


「もう、魔力はねえだろ!」


 過程はどうあれ結果として魔力は大きく削れたはずだ。

 なら、消耗戦に持ち込んでも勝機はあるはずだ。

 クルスは空中に火球を二つ生み出す。


「そうだね、意外と使ったよ」


 クルスは左足で一気に駆け抜ける。

 右足の傷は槍の傷のせいで動きにくくはあるがそれでも、走る程度は問題ない。

 火球を二発マーシの頭部目掛けて放ちクルスは胸目掛けて石化させた右手の手刀を突き出す。


「でも、僕の得意分野は近接戦だ」


 その言葉がクルスの耳に届いたと同時に目の前の火球二つが槍により水平に切られる。

 爆発が起こりマーシの姿が隠れる。

 直後、右腕に痛みが走った。

 突き出した右手はただ空を切るのみだった。

 慌てて後ろへ下がろうとした時、何かが迫ってきていた。

 それに気づいた時には両手両足に赤い傷が出来て胸には一本の槍が深々と貫いていた。

 クルスがそれに気づいた時全身の力が抜けた。

 後ろへ倒れようとした時突き抜けていた槍が地面に刺さり胸が槍を滑り、膝を突いた。


 これがマーシの本気なのだろう。

 一瞬でも勝機を見いだせたと思ったクルスは自身の甘さを心に刻んだ。

 そして、彼に殺意すら抱いた自身がいかに愚かであったかを知った。

 その結果がこれだ。

 勝負にすらならなかった。

 彼が最初にこれをすればすぐに蹴りが付いただろうがそれをしなかったのは今のクルスにはわかった。

 油断していた。

 一瞬見えたと思った勝機に全てを委ねた。

 結果がこれだ。

 クルスは直に訪れるであろう死を快く受け入れるべく目を閉じた。


「残念だけどこの勝負、赤髪君の負けだね」


 その声は後ろから聞こえた。

 どこかで聞いたような声だった。

 クルスが目を開けるとそこにいたのはヘルムで顔を隠した男、リイスだった。


 ……ああ、こいつも賢者の石ってのを狙っているのか。

 漁夫の利か……


 偶然かそれとも意図的か、これ以上ないタイミングだ。

 マーシは予想外の登場にも関わらず顔色一つ変えない。

 石を削るような音と共にクルスに刺さった槍を力尽くで抜く。


「お前は……誰だ」

「酷いなぁ、君は昨日見たのに」

「何でここにいる」

「そりゃ、まだ冒険者になりたてもひよっこ君を助けるためさ」


 マーシは槍を構える。

 リイスも槍を右手に持っているがそれを肩に掛ける。

 当然、そんな状態では槍での迎撃は間に合わないだろう。

 決して、Bランクの冒険者が行う行動ではない。

 油断と行ってもいいその行動にマーシは体を沈める。

 だが、動かない。

 暫くの膠着状態に二人は表情すら変えない。


「賢者の石の取り出し方は知ってるのか」


 マーシの槍の切っ先は少し下がる。

 そして、首を振った。


「ああ、そうだろうね。そもそも君はそれがどういう物かすら知らないんだろう。君ごときがどうこう出来るもんじゃない。あれは人知の埒外にある物だ」


 一方的にリイスは捲し立てる。


「傷を変質させて癒す」

「あれは能力の表面だ」


 マーシが賢者の石であると確信した情報をリイスは一蹴した。

 リイスのその賢者の石についての知識差は圧倒的だ。

 当人であるクルス自身が一切の事を知らないことに疎外感を感じつつ状態を起こす。

 胸を見るとマーシの言う通り傷は変質、石化していた。

 心臓があった位置は確かにマーシの槍で撃ち抜かれたはずだがそれでも今や何ともない。

 胸の穴に指を入れてなぞるが、石の感触と体温だろうか、温かさが伝わる。


「なら、何ができるんだ」


 クルスは立ち上がりリイスに問いかける。

 だが、ダメージはあるようで立ち眩むクルスは木に手を付く。

 完全に止めを刺したと思っていたのかマーシは思考停止したように茫然とクルスを見ていた。


「何で立てる……、これも賢者の石のせいか」

「結果としてはそうだな」


 二人に挟まれる位置関係になっていることに気付いたのかマーシは町から離れるように飛び退く。

 マーシの視線はリイスにリイスの視線はマーシにクルスは二人を交互に、特にマーシにはより注意を向ける。


「さて、お話は終わり、これからどうする」

「……君の言うひよっこ君をお持ち帰りしたいんだけど、邪魔するつもりでしょ」

「もちろん、それに君の口調はいいの? 素が出てるけど」


 マーシは上体を低くする。

 リイスも漸くやる気になったのだろうか槍の切っ先を下げる。

 一瞬の膠着をクルスは固唾を飲んで見守る。

 刹那、マーシの姿がブレた。


「かはっ!!」


 何かが勢いよく腹部に命中したが直後後ろにぶっ飛ばされる。

 すぐ後ろに何もなかったのは幸運だったが少し後ろには木があった。


「あが!」


 手と足を用いてなるべく勢いを殺そうとしたがその努力空しくクルスの頭部は勢いよく木にぶつかった。

 痛む頭を撫でながら周囲を見渡すとそこには殺し合いの光景が広がっていた。

 辛うじて見えた光景はリイスが振り下ろした槍の切っ先をマーシが柄で防ぎ膠着状態へ入ったところだった。


「連れ去ろうとするのは頂けないな、ひよっこ君が怪我しちゃうよ」

「……そのうざったい言動は嫌われるぞ」

「助言どうも」


 リイスは槍を手元に引き、即座に胸部目掛けて放つ。

 マーシはそれを辛うじて避けると槍が木に深々と刺さる。

 反撃とばかりにリイスの頭目掛けて振り回す。

 すかさずそれを少し下がり避けると木は容易に両断された。

 木に刺さって移動には差して影響が無い。

 もはや障害物にすらなりえない。

 人外の如き力のぶつかり合いにクルスはただそれを眺めることしかできなかった。

 凄まじい力と力のぶつかり合いに響く槍と槍のぶつかる音や突きの空気を切る音がクルスの耳に届く。

 人外の速度で移動する二人がいつどの瞬間にこちらに来るかわかったものではない。

 クルスは近くの木に体を隠し結果を見守るが木を両断する光景を見た以上安心は出来なかった。

 ただ一刻も早く終わってほしい、それで俺の事を忘れろ。

 それが今のクルスの唯一の願いだった。


 そして、戦況が動く。

 マーシの動きは見るからに鈍くなっていく。

 大してリイスはその隙を逃すことなく槍の連撃を放つ。

 マーシの全身には無数の傷がありそれは刻一刻と増えていく。

 どちらが優勢なのかは一目瞭然だった。

 連撃にマーシは回避し続けて命中しそうな攻撃は槍で弾く。

 防戦一方だったが一瞬の隙を突き首元目掛け一撃を放つ。

 不意の攻撃だったのだろうリイスは慌てて避けるが避け切れず掠った。

 その傷は確かに見えたがその傷は目の錯覚か、それともただ単に遠かったせいか黒く見えた。

 すぐにその傷を手で押さえたためそれはすぐに見えなくなった。

 気のせいだと自身で結論付けたクルスはその局面を見守る。


「油断した訳じゃなかったんだけどな」

「たった一撃だ、対してこっちは満身創痍、溜まったもんじゃないよ」


 そう言い残すとマーシは後ろへ飛ぶように移動、すぐに姿は見えなくなった。

 リイスは追いかけるつもりはないようで見届けるのみだった。

 だが、ますます何者かわからなくなったリイスがいる以上クルスは木の裏で息を潜める。


「さて、君は出てきてもらおうか」


 肩が跳ねる。

 姿こそ見えないもののリイスの声はこちらに向けられていた。

 クルスはそれでも出ることなく様子を窺っていたが、こちらへ向かって来る足音に観念したように姿を表す。

 やはりというべきか、想像通りリイスが向かって来る。

 クルスはいつでも迎撃、闘争できるように身構える。


「そう身構えるなって、助言もした冒険者の先輩だよ」

「なら、賢者の石について知っていることを全て教えろ」


 クルスの声は自分でも驚くほど低く威圧的なものだった。

 しかし、それでもリイスにとっては迫力不足だったのだろうか、それともこちらを舐めているのかその歩みと態度は崩せない。


「なら、一緒に来ない? そうすれば機会はあるかもよ」


 今は教えるつもりはないようだ。

 それでも随分と友好的な態度は変わらない。

 しかし、その提案は今のクルスには最大の警戒を払わなければならないものだった。


「教えて貰わないとその提案を一考する気すら起きないんだが」

「それは無理だね、それを知るにはまだ早いよ」

「……俺が所持しているんだろ」


 口車に乗せられそうな感覚だ。


「そもそも、何で俺を誘う、Bランクなら俺よりもランクが上の奴らなんてごまんといる」

「君でないといけない理由なんて分かりきってるでしょ」


 やはり、賢者の石だろう。

 尚更クルスの警戒心は強まる。

 少なくともマーシは殺して奪おうとしていた。

 それほどの代物だ。

 それを理由にする奴の言葉など頷けるはずもない。


「君が誘いを断る理由はなんだい? 少なくとも君とは対等にやっていくつもりなんだけれど」

「まず、アンタが信用ならない。初めて会った時の助言やさっきの事については感謝している。だが、賢者の石を理由にしている時点でアンタも信用できない」

「じゃあ、君を信用させればいいんだね」


 リイスは簡単に言う。

 思わずクルスも頷いてしまう。

 しかし、言うは易いが行うは難しだ。

 何か秘策があるのだろうかリイスはこちらに向かって歩く。

 そしてクルスの手を掴む。

 丁度その時、騒ぎに気付いた冒険者だろうか、こちらに向かってきているのが目に入った。


「ちょっと痛いぞ」


 そこへ視線を向けているとリイスの声が聞こえた。

 どういうことかわからないクルスは首を傾げたが彼は気にせず腕を思いっきり引っ張る。

 前のめりになったクルスの鳩尾目掛けてリイスの膝がめり込んだ。

 クルスは一瞬の出来事にクルスは一切抵抗することも許されずに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ