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賢者の石  作者: 謳里 箏
8/12

#8 スタンピードと緊急依頼

 この日の朝はけたたましい鐘の音の騒がしさで目が覚めた。

 監視している櫓の鐘の音だ。

 その音はカカンと続けて二回の後に更に一回の鐘の音、それが何度も繰り返される。

 これは魔物の進行を伝えるものだ。


「は!」


 慌てて起きたクルスは身支度を素早く終えると宿をすぐさま飛び出した。

 鐘の音は計十回繰り返されるがそれが終わる前に宿を出られた。

 カカンカンと最後の一回を聞き届けギルドへ全速で向かった。




 ギルドへ入る時には既に多くの冒険者が我先にと入り口に駆け込む。

 クルスも巻き込まれるように中へ入ると案外空いているギルドの中にクルスは安堵した。

 もし、中にも冒険者が目一杯いたのならクルスたちは押しつぶされていたに違いない。

 なだれ込む冒険者がすぐに入れるように奥の壁側へ移動する。

 案外すぐに冒険者の集団は全員入れたようで入り口は閉じられた。

 冒険者の視線は受付に集中する。

 ギルドの発表を待っているのだ。

 しかし、中には重要な事だと理解していないのか大したこと無いと高を括っているのか、軽口を叩いている冒険者もいる。

 今のクルスの場所では他の冒険者の体が邪魔で様子が見えない。

 周囲を見渡すと入り口付近の場所は並ぶ人が少ない。

 クルスはそこから歩いて向かう。


 道中どういった冒険者がいるのか見渡す。

 顔は知っている冒険者は数人見かけ、中にはランサとクィーラの姿があった。

 二人は何かしらあったのだろうか、それとも偶然なのか隣だった。

 しかし、二人の姿は一向に見えなかった。

 マーシとリイスだ。

 こんな時にいないのは何事かとは思いつつも彼らの問題なのですぐに思考を止める。

 漸くついた場所では受付の場所がはっきりと見えた。

 直ぐに受付奥の扉が開きギルドマスターの男と数人の受付を行っている人が姿を表す。

 先ほどまで軽口を叩いていた冒険者は空気を読んだのかそれともギルドマスターの覇気に当てられたのだろうか黙った。

 ギルドに大人数がいるにも関わらず静寂が満ちる。

 その静寂を破ったのはギルドマスターの声だった。


「現在、我々の町に脅威が迫っている。魔物の侵攻、スタンピードだ。現在は兵士たちにより規模の確認が行われている。これから掃討作戦が決行されることになるだろうが我々も助力することになった。故にこれから緊急依頼を発令する」


 通る声で緊急依頼の発令をギルドマスターが宣言した。

 緊急依頼は文字通り緊急性の高い依頼をギルドマスターが直々に宣言して発令される。

 この依頼は対象の冒険者は全員強制的に受注される。

 もし、それを無視すれば罰金、甚大な被害を齎すものであれば降格処分すらあり得る。

 しかし、この依頼で結果を出せば褒賞が出る。

 賞金や中にはランクの昇格など様々だ。

 そのため冒険者中には緊急依頼を好む者も意外と多い。

 しかし、緊急性が高いことである都合上招集したランク以上のランクの魔物が出現した、連携が取れず結果として死傷者を多く出した事例などあり、危険である事には変わらない。

 だが、今回はクルスの出番はないかも知れない。

 Fランクの冒険者は基本戦闘系で召集されることは無い。

 戦闘の経験が少ない者が戦場に立っては返って味方の邪魔をしてしまうことだってあるのだ。

 これから手持無沙汰になるクルスは邪魔にならないように窓側に寄る。


 ふと窓から外を見ると青空が広がっていた。

 いつもと変わらない光景だ。

 しかし、今は魔物が進行してきているのだ。

 現在はFランクの冒険者のクルスだがそれでもそのランクでも実力も経験もずば抜けているはずだ。

 大したことでなくても精一杯こなす覚悟を決める。

 ギルドマスターが予想通りランクごとの冒険者でDランクまでの冒険者に指示が発せられた。

 しかし、Fランクには何の指示もなかった。

 それを聞き届けたクルスは空から視線を下げる。


「!」


 そこにはマーシの姿があった。

 いないと持ったら外にいるマーシの姿にクルスの表情は驚きに染まる。

 現在、ギルドでは緊急依頼が出されている。

 クルスは彼を呼び戻すべくギルドを飛び出し彼を追う。

 他の冒険者の視線も出口へと集中しただろうが、今のクルスに気付く余裕はなかった。


「待って!」


 クルスはマーシを呼び止めようとする。

 しかし、クルスの声にマーシは止まることなく逃げ、通路へと入った。

 クルスも通路へと入るとそこでマーシは立ち止まっていた。


「何で逃げるんだ」


 クルスの言葉にマーシは振り向かず反応すらしない。

 問い詰めるべくクルスは一歩踏み出すと異変に気付いた。

 地面が白い煙のようなもので覆われている。

 本来の石畳はその煙に遮られその面影すら隠された。

 雲の上を歩いているようなその場の独特な緊張にクルスは歩みを止めた。


「ねえ、やっぱり気になる?」

「……今じゃねえだろ」


 クルスはすぐに察した

 昨日のクルスが知らないでマーシが知っていること。

 だが、今はそれを言っている場合じゃない。

 状況を理解していないのだろうか、クルスは揶揄われているようにすら感じた。

 マーシは後ろを振り返る。

 その瞳は昨日までのマーシとは何の差もない。

 しかし、その威圧感はそれまでは感じなかったものだった。

 魔法を用いない純粋な彼が発する威圧感だ。

 反射的にクルスは身構える。


「今だよ、僕は森でって言ったんだよね」

「……森じゃないといけない理由でもあるのか」

「今の森じゃないと」


 クルスの質問にマーシはすんなりと頷く。

 それと同時にクルスの警戒心はさらに上がった。

 今、森にはスタンピードの魔物が近づいているのだ。

 ギルドにいなかったとはいえ魔物が近づいていることは彼も承知のはずだ。

 それなのに今の森と言うのは到底真っ当な理由とは思えない。


「なら、俺はやめとく」

「連れないね、でも、それは困るんだよね」


 嫌な予感が全身を駆け巡る。

 クルスはすぐさま路地を出ようと来た道を戻る。

 しかし、二歩目が地面に付いた時、クルスの視界は真っ白に覆われた。

 煙というよりは霧のような湿っぽさを覚える。

 見通しは利かず先ほどまでとなりにあった建物の壁すら見えない。

 しかし、右手を伸ばせばそこには壁特有のざらざらとした手触りがあった。

 クルスはその壁を頼りに走りだす。


「ぐえ!」


 クルスの腹部に何かが触れたと思った直後、自重が自身の腹部へとかかる。

 と思ったらさっきまで地面を踏んでいた感覚の足はただ空を踏んでいた。

 バタバタと動かそうとも、それはただ空を切るのみ。

 そして、すぐに襲って来る浮遊感にクルスは今の状況を何となく理解した。

 すぐさま腹部を支えている物に触れると、それは棒状のものだった。

 クルスのそれは確信へと変わった。


「は…なせ!」

「いいけどここから落ちるだけどよ」


 やはり、マーシの声が聞こえた。

 そして、どうやら今はマーシに抱えられているということはわかった。

 だが、相変わらず霧の中、今の状況はさっぱりわからない。

 マーシが言っている事が理解できなかったクルスはそこから逃れようと動く。

 霧はそれからすぐに晴れた。

 漸く視界が利くようになったその光景は、街を俯瞰していた。


「……は?」


 思わず声が漏れた。

 先ほどの地面の石畳は小石より小さく、建物は子供が遊ぶような玩具といい勝負が出来る程の大きさに見える。

 そして、霧はいつの間にか晴れていた。

 その代わりに周囲に無数の水球が漂う。

 当然、クルスが発生させたわけではない。

 恐らくマーシのものだ。

 しかし、一体何のためにこれだけの水球を生成したのだろうか。

 そうクルスが疑問に思っていた時その無数の水球が弾けた。


「!!」


 クルスは両腕を顔の前で交え、衝撃に備える。

 しかし、待てど来るであろう衝撃は来なかった。

 一体何が起こったのだろうか。

 恐る恐る目を開けて周囲を見渡す。

 すると、街が白い霧で覆われていた。


「なっ!」


 その魔法は人が一人で行うにはあまりに広範囲だった。


「何をしてんだ」

「人目に付くと困るからね」


 彼の魔法が卓越しているものであると判断するには十分すぎるものだ。

 魔法を専門としている冒険者とも互角以上にやりあえるだろう。

 槍の扱いだけでなく魔法の扱いにも長けている。

 リイスが言っていた通り実力とランクが伴っていない。

 ランクがあまりに低い。

 彼ならAランクでも十分に通用するだろう。

 そして、クルスは確信した。


「おまえ、ランクダウン経験してるだろ」

「散々な言われようだね」


 ランクダウンは犯罪行為を行った冒険者に課せられる罰則だ。

 そもそも、ランクダウンが課せられるのは依頼の重大な失敗、そして殺人を含む暴力行為。

 それが課せられた冒険者としての信頼を失うに等しい。

 だが、マーシが行おうとしているのは十中八九その手の事だろう。

 可能なら今すぐにでも逃げるべき状況だが、それは不可能だ。

 今は森を監視する櫓すら凌ぐ高さだ。

 そもそも櫓すら霧に覆われているが。

 ここから落ちれば無事では済まない。

 打ち所が悪ければ……というより良くなければ生き残れないだろう。

 そして、今気づいたが高度がどんどんと上がっているのだ。

 魔法で浮かぶというのはかなりの練度が求められるがあの規模の霧を発生させたのだ。

 驚きはしないものの心の中で舌打ちをする。

 魔法の仕組みはわからないが見ると足で空を歩いている。

 それがマーシの空中浮遊を可能としているものだろうか。

 一筋の光が見えた気がする。


「おい、俺は諦めが悪いぞ」

「なら足掻いて見な」


 売り言葉に買い言葉。

 その一言にクルスは笑みを浮かべる。


 やってやるよ


 クルスは空気中に二発の火球を生み出す。

 マーシと比べれば小さく貧弱だ。

 しかし、狙う場所は両足だ。

 この程度で十分。

 二発の火球が放たれた。


「っく」


 ほぼゼロ距離の爆発がクルスの体を焼く。

 確実に命中したがこちらも無傷ではない。

 爆炎はすぐに晴れた。


 その爆炎をおいて上昇し続けていたのだから


 そして、足には常に身体強化を行っているようだがその出力はクルスの感覚からして一定だったはずだ。

 特段衝撃に備えたようには見えなかった。


「……どうやって防いだ」

「防御魔法」


 クルスは耳を疑った。

 防御魔法は名前しか知らない上に最後にそれを聞いたのは片手では足りない程の年月が過ぎている。

 当然詳細など知るはずもない。

 使い手など聞いたことすらない。

 今のクルスにとってほぼ未知の魔法だ。


「随分と珍しい魔法を使うんだな」

「足は常に魔力の調整が必要で大変だから出そうと思えばいつでも出せる防御魔法は便利なんだよね」

「どういうものかご教授いただけないかな」


 ダメもとだ。

 しかし、その情報があれば何か糸口が見つかるかもしれない。

 だが、元々そのまま聞いてやるつもりもクルスには毛頭ない。

 指よりも小さな、しかし、無数の水球を生成する。


「本当は駄目だけど、勤勉な君に教えてあげよう。防御魔法っていうのは魔力の障壁だよ」


 クルスは水球を打ち込む。

 すると、マーシの言う通りに水球は彼の足に到達する前に弾かれた。

 僅かに薄白い障壁だ。


「これは魔力を使って威力を相殺しているんだ。だけど障壁にも受け入れられる限界があってね、それを超えると砕けちゃうしそれに耐えられるようにするには魔力を多く使うんだよね」


 もしそれが本当ならかなり不味い。

 防御魔法は魔力を用いて衝撃を防ぐ魔法だ。

 つまり、魔力と魔力のぶつけ合いによる消耗戦だ。

 あれだけの魔法を使ってなお移動などに魔力を使っているのだ。

 クルスの魔力ではたかが知れている。

 しかし、まだ目はある。

 今、クルスはマーシに抱えられている。

 手こそ使えないが足は自由が利く。

 マーシ曰く、魔力で衝撃を相殺しているのだ。

 魔力だけでなく蹴りという古典的な方法でも彼の魔力を削ぐことが出来るはず。

 クルスは足を上げ、障壁を目掛けて蹴る。

 そして、クルスの足が障壁にあたるとぴたりと止まった。

 威力の相殺だ。


 行ける!


 確信に似たものを感じたクルスは今度は足を更に高く振り上げる。


「言っておくけど、君は死んでも困らないんだよね」

「は? っく、うぅ……」


 クルスが聞き返す前に足に激痛が走る。

 呻き声が漏れる。

 見ると足から血が零れていた。

 その量はどんどんと増えていく。

 足は力を込めようと力が入らない。


「はっ、はっ!」


 クルスの脳内に狼に右肩を食われた記憶が蘇る。

 呼吸が荒くなり目の前の光景を否定したい衝動に駆られる。


「あああ!!」


 クルスはただ闇雲にマーシの胸へ拳を振るう。


 同じだ! 同じだ! あの狼と同じで弄びやがる!


 何度も振るわれる拳は全て障壁でぴたりと止まりまた振るわれる。

 足は乱暴に動かそうとただ揺れるのみで蹴りと言える威力はない。

 クルスの様子の変わりようにマーシはただ眺めていた。

 そして、面倒そうに息を吐いた。


「あ゛あ゛あぁぁぁ! ……がっぁぁぁ!!」


 叫びながら何度も振るわれる拳は突如止まった。

 再度襲う苦痛にマーシは声を漏らす。

 熱さだろうか、痛みだろうか

 断続的に続く苦痛の発生源は膝の裏だと分かった。

 区別のつかない苦痛から逃れようと身を捩るが、その苦痛はぴったりとクルスに付いて離れない。

 しかし、それは突然終わった。


「……はぁ、はぁ」


 体力を使ったクルスはようやく解放された苦痛から全身の力を抜く。

 だらりと下がった五体は持ち上げる気力すら今のクルスには無い。

 だが、段々、ふつふつとあるものが沸き起こる。


「漸く落ち着いてくれてうれしいよ」


 そう言うものの全く嬉しそうにないマーシの声。

 それを聞いて膨れたそれが何かをクルスは漸く理解した。


 殺意だ


 決して叶わないとわかっていてもその衝動が全身を駆け巡る。

 だが、それを動きへと移す事は冷静になったクルスの理性が止めた。

 機会はやがて来る

 それを知っていたクルスはその時まで体力を残すべきだと判断した。

 その時までこの感情が消えないように、燃え上がり続けるようにクルスはその時を待つ。


「無視は酷いな、血が流れないように折角焼き止めてあげたのに、ていうよりはバレないようにだけど」


 クルスは足から流れる血が止まっていたことも、森へと着々と近づいていることも、ギルドに集結している優秀な冒険者によって霧が消えかけていることも気付かない。

 ただ、着々と大きくなるそれをぶつける。

 その時をただ待っている。


「はぁ」


 大きく吐く息と共に漏れるどす黒いものすら惜しくない程の黒い感情を蓄えながら。


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