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賢者の石  作者: 謳里 箏
6/12

#6 身の丈

「これを」

「はい……全て合わせて銅貨五枚ですね」

「それで頼む」

「はい」


 薬草が銅貨五枚へと変わる。

 この国では価値順に鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨の六種類があり通貨単位はレア。

 だが、大抵は硬貨の種類と枚数で伝えるのが基本だ。

 銅貨から銀貨までは十枚でその次に価値の高い硬貨と同価値となる。

 つまり十枚の銅貨=大銅貨、十枚の銀貨=金貨という風に。

 白金貨は金貨百枚、商人などでしか扱わないものだ。

 苦労の対価としては安いとすら思えるが銅貨五枚なら贅沢しなければ一日過ごせる。

 Fランク冒険者の初めての依頼としては上出来どころか将来有望と言っていいだろう。

 怪我をした時は生えている薬草をいち早く見つけることが重要だ。

 薬草をいち早く見つけ、治療を行ったことで生きながらえた冒険者を聞いたことがある。

 仲間が死んだ話すら日常に溢れる冒険者にとって生き残る術と言うのは一つでも多くあるに越したことは無いのだ。

 クルスは当然なんども摘んだことがあり見つけることは造作もない。

 受付の女性は有望な人材が入ったことに心なしか笑みを浮かべているが、経験で物を言わせるクルスには若干の罪悪感を感じる。


「ではギルドカードを」

「ああ」


 クルスは首に掛けてあるギルドカードを手渡す。

 ギルドには達成した依頼、採集物によりランクポイントが貰える。

 しかし、採集物で得られるポイントはたかが知れている。

 それに薬草程度はFランク程度でしかポイントが入らない。

 ランクを真剣に上げるのなら依頼をこなした方が何十倍も楽だろう。

 女性はギルドカードを机の板に置く。

 恐らくこれも魔道具だろう。

 これでポイントの換算を行っているのだろう。

 暫くするとそれをクルスに返す。


「以上です」

「ああ、ありがとう」


 幸い件のギルドカードの話はこれ以上出てくることは無かった。

 安堵のため息と共にクルスは踵を返すと酒場が目に入る。

 そこではリイスが一人でエールを飲んでいた。

 机の上に空のジョッキがもう一つあり、これが二杯目だということがわかる。

 特にすることもなく手持無沙汰なクルスは空いているリイスの向かい側の席に腰を下ろす。


「用事は済んだのか?」

「ああ」

「なあ、ちょいと話に付き合え」

「……わかった、俺も聞きたいことがある」


 クルスは近くを通りかかった職員に注文をしつつリイスを見る。

 その表情は相変わらずヘルムに遮られよくわからない。

 気軽なジャブを放つつもりでクルスは質問する。


「ヘルムは取らないのか」

「面倒でね、取って困ることは無いけど取らないで困ることもないから」

「そうか、なら先にヘルムを取ったらどうだ」


 クルスの提案にリイスの手は止まった。

 その提案は想定外だったのか、それともクルスを見定めているのかヘルムがこちらを向くとその動きは止まった。

 僅かな目元の隙間からリイスの鋭い眼光が見える。

 ジャブとして放つには随分と重すぎた内容のようだ。

 尤も、クルスはリイスと縁を切りたいわけではない。


「エールです」


 丁度その時に運ばれてきたエールに視背を向けて受け取る。

 そして、リイスの鋭い視線から逃れるように中のエールを覗き込む。


「嫌ならいい、無理強いをするつもりはない」


 クルスとしては引き際は弁えたつもりだった。

 直に来るであろうリイスの質問を、エールを口に含みながら待つ。

 しかし、苦い味わいを感じているとリイスから想定外の言葉が聞こえた。


「構わないよ」


 先ほどの視線の主とは思えない程軽い調子でリイスは答えた。

 今度はクルスの視線が鋭い物へと変わる。


「随分と悩んだ割には偉いあっさりとした返答だな、さっきの時間はなんだったんだ」

「ただの好奇心だよ、それにこれを人前で外すのは久々でね」


 そう言うとリイスはヘルムを外した。

 露になったリイスの顔は金髪に透き通る様な黒の瞳に微笑みは爽やかさすら感じる。

 二十歳程度の外見だがその圧は熟練の冒険者を彷彿とさせる。

 印象と見た目の乖離に戸惑う感覚を覚えつつもクルスは笑みを浮かべて息を吐く。


「随分と整ってんな」

「そりゃどうも」


 他愛もないやり取りをしていると、クルスの席に黒パンとステーキが運ばれてきた。

 クルスは黒パンの中央に切り込みを入れステーキを挟む。

 特製サンドイッチの出来上がりだ。

 冒険者間では有名なアレンジだ。

 お手軽にできる上に素早く、しかも手軽に食べられるということで人気だ。

 クルスはそれに齧りつき堅いパンとステーキを同時に味わう。


「ところで一つ質問だ」


 二口目に齧りつこうとした時リイスの声が遮る。

 リイスの表情は先ほどの微笑みから真剣なものへと変わっていた。

 流石にその視線を向けられては食べることに集中する気など起きない。

 クルスは一旦サンドイッチを皿に置く。


「森にいた時アンタと一緒にいた赤髪のアイツは誰だ」


 赤髪のアイツ、つまりマーシの事だ。

 リイスと合流したのは丁度マーシが去ってからのはずだが、どうやらその前にこちらの様子を窺っていたようだ。

 どうやらリイスもマーシに興味があるようだ。


「マーシだ、Cランクの冒険者、大蛇に襲われている時に助けてもらった」


 リイスは興味深そうに目を細める。

 その視線はクルスの向こう側を見ていたがやがてクルスへと戻った。


「随分と実力とランクが離れているな」

「……見ていたのか」

「ああ」


 リイスはクルスが大蛇から必死に逃げるのを傍観していたのか。

 しかも悪びれる様子すらない。

 いや、パーティでもない冒険者に助力を期待するのもおかしな話だがそれで腹を立てないかは別の話だ。

 Bランクのリイスなら容易に倒せたと思うと更に腹が立ってきた。

 行き場のない怒りを別の所にぶつけるわけにはいかない。

 かといってそのまま我慢するのも不快だ。

 クルスはその怒りのままに皿のサンドイッチに食らいつく。


「謝る気はないよ」

「ひっへる(知ってる)!」


 柄にもなくサンドイッチを頬張るクルスをリイスは眺める。


「さて、後はごゆっくり」


 そう言うとリイスはヘルムを被る。


「一つ聞きたい」


 その様子を見ていたクルスは漸く口の中の物を飲み下して声をかけた。

 席を立とうとしていたリイスは座り直し彼の次の言葉を待つ。


「何で俺の所に来た」


 その質問にリイスは遠くを見る。

 そして、何かを思い出すように口を開いた。


「偶然さ」


 今の返答をクルスは訝し気に聞いていた。

 何とも言えない感覚を覚えつつも、リイスのそれに反論する物がないクルスは諦める。

 この問いはどう聞こうが先ほどのようになるかはぐらかされるのが落ちだ。

 立ち去るリイスを横目にクルスは残りのサンドイッチに齧りつく。


「ステーキとパンです」


 突如クルスの目の前に今食べている物と同じものが置かれた。

 当然クルスが頼んだはずもない。

 リイスが頼んで忘れたであろうそれを眼前にクルスは固まった。

 既に運んだ職員はいない。

 クルスの胃は経験から今手に持っている物を食らいつくせば満たされたことを伝えるだろう。

 これを食べるとなれば……覚悟を決める必要がありそうだ。

 既に運ばれた以上無理と突き返すのももったいない。

 それに、折角リイスが払ったのだ。

 食べなければ損だ。


「……あとで文句言ってやる」


 八つ当たりに近い不満を独り言のように呟きながらとりあえず手に持った物から食らいつく。

 クルスがただ一心不乱に食らいつくその光景はギルドの日常の風景に溶け込んでいた。




 丁度その時丁度外へと出たリイスはぽつりと声を漏らす。


「……そう言えば頼んだの忘れてたな」


 リイスはそのことを思い出したが、特に気にすることは無かった。

 その場にクルスがいれば食べるだろうし、誰もいなくても誰かが勝手に食べる。

 初心者冒険者の中には最初の内は依頼を終えても一日の食事の量や回数を減らす人もいる。

 その人たちのため資金に余裕のある冒険者は買って席に置いておくというギルドならではの文化もある。

 その一種と考えれば善行をしたという感覚すらある。

 リイスは少し離れた宿へ向かう。

 少し高めの個室の宿だ。

 直に体を動かすことになる。

 そのために英気を養うためならその金額も安いとすら感じる。

 これからの事を想像しながらヘルム越しに笑みを浮かべる。

 その時を今か今かと逸る気持ちを落ち着かせながらリイスは夜の街を歩くのだった。











 森は正直昨日の一件でトラウマになりつつあった。

 しかし、約束してしまった以上それを反故にするわけにもいかない。

 クルスはマーシの後ろを歩いていた。

 森の中には疎いクルスはどこに向かっているのかもわからない。

 だが、マーシはどこか目的の場所があるようでその歩みに迷いはない。

 周囲を見ても木々が並び立っているのみで目星になるような物はない。

 道は入った方向からして違うはずだが昨日と同じ道と言われても信じてしまう。

 そんな道を自分より実力のある冒険者が先導してくれているというのは少し心強い。

 周囲の警戒は恐らくマーシもしているはずだが、一応クルスも怠らないように気を付ける。


「!」


 クルスは歩みを止める。

 そして左側を見つめる。

 何かがいる気配を感じたのだ。

 魔物だろうか。

 気にせず進んでいたマーシはクルスが立ち止まった事に気付いた様子で振り返る。


「どうした?」

「あ、ああ、あそこに何かいるみたいだ」


 もしかして気付いていなかったのだろうかと焦る。

 マーシの表情から気付いていないのか無視しているのかは判別は出来ない。

 出来れば後者であってほしいと願いながら指さした方向をマーシは眺める。

 そして、気付いたのだろうか不敵な笑みを浮かべる。

 直後、クルスの全身が圧を感じる。

 まるで絶対に勝てないという化け物のような圧をマーシから感じたのだ。

 それは向こうにいたものも同様だったようで慌てたように物音を立て始めた。


『『ギィヤアアァァ!!』』


 聞いたことのない叫び声を上げながら二匹の魔物が逃げる。

 ちらりと見えた姿からしてゴブリンなのだろうか。

 そのゴブリンが見えなくなると漸くマーシからの圧は収まった。


「……っはあ、はぁ、はぁ」


 その時、自身が呼吸することすら忘れていたことに気付いた。

 体から力が抜けて膝を付く。


「大丈夫?」

「……な、何とか」


 心配そうな声をかけるマーシにクルスは何とか立ち上がり答える。

 呼吸こそ荒いが足が震えなかったのは幸運だった。


「あの程度の魔物なら無視でいい、いざとなれば容易に追い払える」

「わかった」


 マーシが歩きながらの言葉にクルスは頷く。

 さっきの圧ならどんな魔物も襲ってこないだろうし近づいてこない。

 正直、二度と自分の周りで使って欲しくはないがいざという時に使える切り札の一つとするのなら心強い。

 そんな考え事をしながらどんどんと進むマーシをクルスは歩調を早め進む。

 クルスはマーシの足を引っ張ることの無いようにと自身に言い聞かせながら二人はどんどんと進む。


 ただ進むというのは中々に退屈だ。

 警戒していても周囲の魔物は大体は無視、時々やけに道を迂回していたがクルスが気付けなかった魔物を避けているのだろう。

 昨日のリイスもそうだが、このように自身との実力差を体感すると凹んでしまう。

 しかし、今のクルスにはそんな彼すら凌駕できるかもしれないものを持っている。

 それを考えると自然と自尊心が肥大になるがそれは先の実力差を思い出し戒める。

 クルスは手に魔力を込める。

 するとクルスの指先は灰色へと変わる。

 フォルの時や昨日の傷跡と同じだ。

 それを自分の意思で起こすことが出来たのだ。

 昨日マーシの言っていた『身体変化』その能力の一端を引き出すことが出来たのだ。

 マーシのような実力者ですらその能力を扱えない上に誘うほどだ。

 練習こそ必要だろうがその能力を必要としている者は多いはずだ。


 なぜクルスがその能力に気付いたかと言うと、昨日、宿に戻ったクルスは一人でその能力について自分なりに研究した。

 そして分かったことはナイフなどの切り傷のような怪我の時にそれが無意識に発生し、怪我がすぐに治るのだ。

 まるで瘡蓋だ。

 そして、それが石のように固くなる事柄をクルスは『石化』と名付けた。

 その現象が起こるとその部位に魔力が集まっていることに気付いた。

 夜を徹して行われた研究により自分の意思で発生させることが出来た。

 そのせいで朝寝坊しかけたのはここだけの話だ。

 今はまだ一部分しか石化出来ないがその範囲は段々と広がっている。

 クルスは左腕全体を石化させその能力の適応速度に心を躍らせる。

 能力を戦闘に応用できるのはもうすぐだろう。


「一日で身に着けたの?」


 その質問にクルスは首を縦に振る。


「ああ、結構大変だったんだよ」


 石化した腕を自慢げに見せつける。

 石化したまま動かすがこのままでは曲げることが出来ないので随分と不格好だ。

 それでも叩いた硬質な音は安心感を覚える。


「そうか、なら今日はだいじょぶだな」


 マーシは微笑み、クルスは頷いた。

 彼の信頼に嬉しさを表に出さないようにその口元は堅く閉じる。

 しかし、突如クルスの脳内に今更ながらの疑問が湧き上がる。


「そう言えば今日の目的は?」


 あえて魔物を避けているところを見るに何かしらの目的がありそうだが。

 話を聞くに今のクルスでも何とかできるであろう魔物だろう。

 そこまで気負う必要はないかも知れない。

 そう考えつつクルスはマーシの言葉を待った。


「オーガだよ」


 高を括っていたクルスの表情は凍った。











 オーガは馬鹿力な魔物だ。

 Bランクに分類される魔物で言ってしまえば筋肉の化物だ。

 頭部に生えた角が特徴的で、姿は人型。

 筋力は並の冒険者なら容易に潰せるほどの剛腕。

 クルスがやり合ったところで結果は容易に想像できる。

 正直、生き残れると言ったマーシの思考を疑ってしまう。

 それほどの差がオーガとの間にある。

 クルスの視線は驚くほど冷たい物へと変わっていく。


「正気か?」

「正気も正気、勝機があるんだから君を誘った」

「……オーガはBランクの魔物だぞ」

「僕はCランクだよ」

「それはもっと高い冒険者が言うべき言葉だろ」


 笑っているマーシの考えが読めない。

 まるで事の重大さがわかっていないのか。

 クルスは命を預ける身としての不安が彼の実力による安心感を塗りつぶしていく。


「俺は……」

「静かに、いけるから安心しな」


 即座に決めた『帰る』という決断を伝える前にマーシが小声で口を押さえる。

 今の自信満々そうな彼の考えが知りたい。

 クルスが見つけていない魔物を見つけたようで今のクルスが身勝手に動くのはよくない。

 好戦的な魔物なら見つかった瞬間大蛇の二の舞になってしまう。

 少なくとも今は不安でも彼の言葉を信じるしかない。

 帰ろうと後ろを向けようとした体を戻しマーシに小声で耳打ちする。


「何がいたんだ」

「オーガ、君は合図したら目の前のオーガを足止め」

「……俺が死ぬ前に倒せよ」

「お安い御用」


 そう言うとマーシは上体を低くして静かに移動する。

 クルスも後を付けていくと大型の魔物が見えた。

 少し距離はあるがそれでも目算身長はクルスの倍程、赤っぽい体表に頭部から生える二本の角。

 マーシの言っていたオーガだ。

 この場でも今すぐ帰りたい衝動に駆られるがそれはマーシすら危険に晒す上に逃げられる保証はない。

 全速力で走るオーガはクルスの走力を超えている気がしてならないのだ。

 マーシは背負っていた槍に手を掛ける。

 そろそろ飛び出すようだ。

 クルスも剣の柄に手を掛ける。


「今!」

「――!」


 マーシの掛け声と同時にクルスも駆け出す。

 目標はすぐ先のオーガ。

 そこに一直線に向かうクルスとマーシ。

 直後、突如先導するマーシは軌道を変える。


「は?」


 クルスはその彼を視線で追って、その先の存在に気付いた。

 もう一体のオーガだ。

 身長は目の前のオーガより一回り大きく体表は紫。

 そして、天を貫かんばかりに大きな角が一本生えていた。

 先ほどは丁度クルスの視線は木で遮られていたようだ。

 目の前のオーガよりも強者であるとクルスの本能が告げている。

 そのオーガにマーシは何の躊躇いもなく進む。


「……くそ!」


 今更になってマーシの言っていた言葉の真意を理解した。

 目の前、つまり一方の足止めをクルスに頼みその間にもう一体を倒す。

 あまりにふざけた作戦だ。

 何が生き残れるかだ。

 マーシが倒せるかどうかすら賭けなのにクルスが生きている間に倒せとなれば絶望的とすら思える。

 流石にここまでされて約束を守る義理は無い。

 クルスは逃げる決心をしつつ、本来足止めすべきオーガを視界に入れる。


「って嘘ぉ!」


 凄まじい速度でオーガの方から迫ってきたのだ。

 両手を広げて向かって来る姿は巨漢すら生易しいほどの迫力だ。

 逃げようにもこのままでは追いつかれる。

 そう判断したクルスはすぐさま剣を抜き構える。


『ガアアアァァァ!』


 オーガの咆哮は恐怖そのものだった。

 だが、足は震えず呼吸を整える余裕すらある。

 あの時、マーシの威圧に比べればまだマシだ。

 オーガの蹂躙となるものを戦いへと昇華させられる確信を持ちつつクルスも駆け出す。


「はあ!」


 気合の籠った掛け声とともに剣をオーガの右手めがけて切りつける。

 サクッと剣が食い込む手ごたえと共に傷口から赤いものが流れる。

 浅いがそれでも血を流させるほどの傷を与えられたことに若干の自信が湧いて来る。

 だが、その余韻に浸っている暇は無い。

 直後には頭を握りつぶさんとするオーガの左手を姿勢を低くし避ける。

 その勢いからして掠っただけで体は持っていかれるだろう。

 全く理不尽な戦いだ。

 こちらの攻撃は致命傷には程遠い。

 対して向こうの攻撃が直撃すれば致命傷になりかねない。

 一瞬たりとも気を抜けない。

 だが、クルスは時間稼ぎを任された。

 別に倒す必要は無いのだ。

 それならまだ打つ手はある。

 クルスはすぐに後ろへ走り出す。

 追いかけっこに持ち込めばまだ何とかなるはずだ。

 その考えの元の行動だが、直後クルスの体は止まった。


「なっ!」


 剣が重いのだ。

 何かに繋がれているかのように引っ張ろうがピクリとも動かない。

 嫌な予感がする。

 クルスは剣の先を見る。

 そこには剣をオーガの左手が掴んでいたのだ。


「は、なせ!」


 必死に両手で剣を抜こうと引っ張る。

 すると、先ほどとは違い徐々にオーガの手から剣が抜けていく。

 すぐに抜ける。

 そう思って一瞬見えた希望に縋り、剣を離さなかったのがクルスの未熟さだった。

 オーガはクルスの頭へと手を伸ばしていたのだ。


「うわ、くっ!」


 すぐに右手を動かしオーガの手の間に割り込む。

 頭部を掴むはずだった手はクルスの手を掴んだ。


「痛っ!」


 腕が軋み激痛が走る。

 力はどんどんと強まっていく。

 その時、クルスは石化の事を思い出した。

 体得してから一日にも満たない時間、この状況でその存在を思い出せたのは僥倖だった。

 すぐさま右手は石化して強まる痛みは落ち付いていく。

 互いに動きが止まる。

 剣を鷲塚むオーガは剣を奪い取るべく剣の平たい部分に力を込める。

 対して、クルスはその力に耐えつつオーガが剣を離してもオーガの右指へ向かうよう力を込める。

 拮抗状態だ。

 だが、現状それはクルスにとっては好ましい。

 耐え続ければその分時間を稼げるのだ。


『ガアア!!』


 オーガは雄たけびを上げた。

 すると、クルスの右手を掴む手が動いた気がした。


 ピキッ


 嫌な音がした。

 直後石化した右腕から粉が落ちた。

 そして、腕に僅かな痛みが走る。

 石化した腕はクルスの確認した範囲では石と同等だ。

 つまり、オーガは石を砕く力を発揮しているのだろう。

 馬鹿力とは聞いていたが流石にこれは予想外。

 その上痛みも感じるということは腕が砕ければその部位は無くなるかもしれない。

 クルスから一気に血の気が引く。


「離せ! 離せ!」


 必死にクルスは腕を引く。

 だが、オーガとの力比べにクルスが敵うはずもない。

 それでもクルスはもう一度全力で右腕を引く。


「……」


 その時、クルスの左腕の剣が上へと飛ぶように上がった。

 視線の先にはオーガが右手で剣の刃を掴んでいた。

 右腕のことに集中しすぎて左手に持つ剣の事がおざなりになってしまっていた。

 クルスはただ茫然とそれを見ていた。

 今は腕を掴まれ動けない。

 数度程度ならオーガの攻撃を防げるだろうがそれも時間の問題だ。

 もう駄目かもしれない。

 そう思いながらオーガが掴んだままの剣を振るうのを眺める。

 剣の柄がクルスの顔面目掛けて進む。

 足掻くように石化させた掌で受け止めるがオーガの力を前にクルスの体は弾かれた。

 腕は掴まれたままでその腕にぶら下がるようにクルスの左肩は地面に着く。

 慌てて立ち上がるべく足で立ち上がろうとするが直後クルスは持ち上げられた。

 そして、上を向いて気付いた。

 オーガは腕を握ったまま殴ろうとしているのだ。


「――!!」


 クルスは死を覚悟した。

 逃れられない必殺の一撃。

 もし、生きていたのならそれは打ち所が悪かったに違いない。

 腕は千切れ体を打ち付けた体ではもう、生活すら儘ならないだろう。

 それならいっそそのままやられた方が幸せかもしれない。

 そう思いクルスは目を閉じた。

 その痛みが一瞬であることを祈って。




 最後に来るであろう死へと誘う衝撃を待っていた。

 凄まじい風切り音が耳を撫でる。

 何かが切れる音と共に鉄のにおいが充満する。

 痛みを感じないのはそれを感じ無いほどの威力なのだろうか。

 直後、浮遊感を感じた。

 掴まれた右腕が狙いだったのだろう。

 そして、尻もちを搗き、その後に頭を打った。


 とさっ


 最後にクルスの右腕は皮鎧に落ちた。

 だが、その感覚はしっかりと右腕が触れる感覚を伝えていた。

 想定外の事が起こった事に驚きながらクルスは目を見開く。

 見るとクルスを仕留めようとしていた二本角のオーガは血の弧を描きながら倒れた。

 その額にはマーシの槍が深々と刺さっていた。

 マーシはその槍を倒れたオーガに掴み止めとばかりに更に深く差し込んだ。

 そして、クルスの方を向いて笑みを浮かべた。


「よくやったね」

「……文句が山ほどあるんだが」


 不服そうにそう言いつつも生きている今を噛み締めるようにクルスは深呼吸をした。


 上体を起こし周囲を見て状況を確認する。

 マーシと戦っていた紫の一本角のオーガは倒れ胸部に三つの穴と頭部に致命傷であろう大きな一つの穴が空いていた。

 クルスと戦ったオーガは言わずもがなマーシの一撃が止めだ。

 クルスの腕は石化を解除すると大体は解除されたが放射状に石化は続いていた。

 恐らくオーガが握った時の怪我だろう。

 マーシは怪我一つないようで、今は地面に穴を掘っている。


「折角倒したオーガどうするんだ? まさか放置とかはないよな」


 オーガにクルスは死にかけたのだ。

 その苦労が骨折り損となっては堪ったものではない。

 ギルドの魔物拾いに任せるとしてもその金額はオーガ二体分でも足りるかわからない程高額だ。

 なら、多少の苦労をしてでも落ち帰った方が良い。


「大丈夫、任せて」


 そう言うとマーシはオーガの下へ行くと鞄を近づける。

 すると、鞄にオーガは吸い込まれる。

 明らかに鞄の体積を超えているがオーガの体を入れてなお鞄に変化はない。


「マジック……バック」


 クルスは絶句した。

 マジックバックは冒険者垂涎の道具だ。

 体積以上の物を入れられ重さも質が高いと変わらないとか。

 しかし、マーシが持っている物はとてつもなく高品質なマジックバックだ。

 オーガを二体入れてもまだ入れられるマジックバックを持っている冒険者など何人いるのだろうか。

 Cランクであるマーシが持っているのは不自然とすら思える。

 先ほどのオーガ二体を屠るなどマーシの実力はリイスの言っていた通りかなりのものだ。

 クルスは妙な違和感を感じていた。

 ランクが低すぎるのだ。

 マーシの実力でCランクと言うのは有り得ないだろう。

 基本ランクが高ければ高い程得なのだ。

 それなのにCランクにいる。

 そこで可能性の一つを思い出した。

 ランクダウンだ。

 それなら納得できる。

 それにランクダウンは冒険者にとっては一大事。

 冒険者としての信用を失うに等しいのだ。

 だが、それは言うべきではない。

 クルスとてマーシと事を構えたいわけではないのだ。

 一旦それは忘れようと首を振る。


「おかげで今日は二体倒せたよ」


 紫の一本角のオーガは最初しか姿を見なかったものの恐らくクルスと戦った個体よりも強かっただろう。

 素材はもしかしたら二本角よりも高品質かもしれない。

 ギルドでの精算の時を想像して得られるであろう大量の架空の金貨を握る。

 昨日の取り決めで報酬は山分けだ。

 クルスは自身の皮鎧に視線を落とす。

 連日の戦闘で皮鎧は至る所に穴や傷がある。

 まだ使うことは出来るだろうがそろそろ交換時だろう。

 オーガの素材を使うことは……出来るかわからないが高値で売れる。

 新調するのには困らないだろう。

 クルスは立ち上がり体を伸ばす。


「たく、死にかけたんだからちょっとくらい報酬上乗せしてくれてもいいんだが」

「倒したのは僕だからそれは無理な相談だね、そろそろ帰ろうか」


 クルスの冗談をマーシは笑って受け流す。

 流石にこれ以上狩りに行くつもりはないことにクルスは密かに胸を撫で下ろした。

 時刻は昼過ぎだろうか。

 戦果を持って帰るのには少し早いがこれほどの大物なら大手を振って帰れる。

 先導するマーシにクルスは後に続く。

 その最中、喉の渇きを覚えたクルスは魔法で水球を生み出し、口に含む。

 冒険者にとっては当たり前の光景だ。

 だが、生み出した水は無味無臭で綺麗な川などがあれば是非ともそっちの水が欲しいところだ。

 しかし、今日生み出した無味無臭の水はその川に匹敵する程美味しく感じた。

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