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賢者の石  作者: 謳里 箏
2/12

#2 苦と楽

 静かになった部屋にストルは寂しさを感じた。


「やっと二人きりになった……か」


 二人の走り去る音が聞こえなくなった頃、ストルの声がこの広い空間に響く。

 すっかり口と鼻が再生した狼は観察するように眺めては嗅覚もあるのだろうか鼻を近づける。

 覚悟は決まっているがそれでも顔が近付くと恐怖を感じる。


「っち、いつ食うんだよ」


 その恐怖を紛らわせるべく独り言ちる。

 ストルの体を嗅ぎまわる頭を鬱陶しく思うが、手で押してもびくともしない。

 それどころか押されている感覚すらあるのだろうか、不機嫌そうに顔をぶつける。

 痛みこそないがそれでもかなりの力だ。

 そんな狼が大きく口を開けた。

 頭目掛けて近づくそれをとっさに躱そうとする。


「痛つ! ぁぁ……!!」


 しかし、躱しきれず狼の牙がストルの右の肩口に当たる。

 肉をに牙が食い込む激痛と共に周囲に血の匂いが充満し、見ると多量の血がそこからどくどくと溢れる。

 左手でそれを押さえるが当然その程度で止血できるほど傷は小さくない。

 骨の狼は食らった肉を丸のみにするが骨の隙間から落ちた。


「食う必要ねえだろ……!」


 食事の意味をなしていない。

 まるで自身が肉体を持っていると錯覚しているかのような行動がこの狼の不気味さを際立てる。

 狼は再びストルを睥倪する。

 次はどこに牙を立てようか見定めるように。

 そして右腕に痛みが走った。

 急所ではないそこを食らったところでストルが死に至るまで時間が掛かるのは明白だ。

 狼がいたぶるために場所を選んでいるようにすら思えた。


 冗談じゃない。

 そんな甚振を受けるくらいならさっさと死んだ方がマシだ。


 ストルは自決するために腰の剣に手を伸ばす。


「――!」


 だが、剣は柄が地面に引っかかり抜けない。

 足で体を押さえつけられている以上体勢も変えられない。

 何とか取ろうとするが片手の力ではピクリとも動かない。


「ちくしょう、俺は嬲り殺しかよって痛っ!」


 先ほどよりかむ力は弱いが牙はどんどんと深くまで食い込む。

 腕を振り払おうと動かしてもピクリともしない。

 ただ痛みが襲うのみだった。


「クソがアアァァァ!!」


 ストルは狼を殺意の籠った視線で睨みつける。

 そして、まだ自由の利く左手で右手に噛みつく狼に掴みかかる。

 眼窩に手を掛け力を込める。

 しかし、当然そんな力では砕けるはずもない。


「!!」


 ストルは狼の首の後ろに赤いものがあることに気付いた。

 拳ほどの大きさで頭部に接する程の位置にあるそれは容易には見つからないだろう。

 脳裏に浮かんだのはゴーレムの知識だ。

 ゴーレムの体はどんなものでもいい。

 土、草、樹木、挙句の果てには水すらいるそうだ。

 だが、それらがゴーレムたらしめるのは材料ではない。

『コア』だ。

 コアがあって初めてゴーレムは活動できる。

 もし、目の前の存在がアンデットではなくゴーレムの類だとすれば、それを取れば動かなくなるはずだ。

 その考えを実行するべくストルは手を伸ばす。

 狼はストルの行動を鬱陶しく思ったのか顎にさらに力を込める。


「――――!! が、ああぁぁぁぁぁ!!!」


 ストルの絶叫が響き渡る。

 肉を引き裂く音と骨を砕く音の入り混じったような音がストルの耳に入る。

 直後右腕は自由を取り戻した。

 だが、その腕は肘から先の感覚はない。

 恐る恐る見ると上腕の半分から千切れていた。


「ぁ、あぁ……」


 ストルは痛みで思わず左手でその断面を押さえる。

 しかし、先ほどまで狼を支えにしていたストルは重力に従い地面に倒れる。

 呼吸が早まり手の力を強める。

 だが、その程度で止血が出来るはずもないし痛みも紛れない。


「ぐ、うぅぅぅ……」


 ストルが歯を食いしばると周囲に肉を焼く焦げ臭い臭いが漂う。

 腕には火がともりその傷を焼いていく。

 炎での止血は火傷と引き換えに大怪我の代償があるものの手っ取り早く行える。

 しかし、当人に対する負荷が大きくその傷も後々対処しなければ命を落とすこともある。

 そして何よりその魔法は魔法をより正確にやらなければ更に傷を負うことになる。

 腕は断面は炭化し肩に掛けて火傷の跡が残る。

 威力が強すぎたのだ。

 人は魔力で身体が守られているが自身に攻撃する場合、魔力の扱いに慣れてなければその防御する魔力も使用されてしまう。

 結果としてこのような悲惨な結果に繋がる。


 ストルの行為は結果として命を縮めたに等しい。

 地面に倒れ脱力する。

 狼はストルの腕を細切れにして飲み込む遊びをしている。

 意識すら朦朧とする中逃げようと足掻くが当然結果は変わらない。

 狼はストルの左手に目を付けて噛みつく。

 もはや体力の残っていないストルの腕に容易に噛みついた狼の牙が食い込む。


「はあ、気に…食わねぇ……!」


 痛みすら感じない中ストルは力尽くで手を引き抜く。

 手に何本もの赤い跡が残る。

 それを狼は追いかけるように顔を出す。

 幸運にもマーシの上には赤い宝石が手を伸ばせば届きそうな距離にあった。


 なら、一矢報いてやるよ!


 ストルは最後の力を振り絞り勢いよく手を引き赤い宝石へと手を伸ばす。

 手を追う狼によりじわじわと遠くなる宝石だが、逃げ切る前にストルの手が触れた。

 だが、掴めずそれは離れる。

 前を見ると狼が覗き込むようにこちらを見ていた。

 そして、口を大きく開ける。

 視界一杯に狼の口が広がる中ストルが意識を手放した。

 食われる前に意識を失ったのは彼にとって幸運だっただろう。




 ラケル町には冒険者ギルドがある。

 冒険者は雑用や薬草などの採集、害獣、魔物の討伐など幅広く行う所謂何でも屋だ。

 金さえあれば大体の事は頼める。

 だが、料金は高く、所詮素人集団である彼らを頼るのはよっぽど変人だ。

 壊れたものを直せと言う依頼で物を壊し、掃除をしてもやり残しがある。

 専門の仕事をしている人に頼むのが最も手っ取り早く確実だ。

 だが、そんな彼らは魔物討伐においては右に出る者はいない。

 迷宮と呼ばれる様々な財宝が眠っている場所がある。

 そこには魔物が現れるため冒険者の独壇場だ。

 だが、当然危険もある。

 罠にかかって死んだ、魔物に対処しきれず殺されたという話はよく耳に入る。

 冒険者にとって死とは隣り合わせのものだ。

 そして、ギルド内の酒場の隅では今日もこうした冒険者が席を囲み酒を酌み交わしていた。


「ランサ、飲めるか?」

「……ああ」


 二人が囲む席に三つのエールが置かれていた。

 近寄り難い雰囲気が漂う中、二人はエールを飲む。


「はぁ」

「……もっと上手かったんだけどね」


 フォルはため息をつき、ランサはジョッキの中のエールを覗き込む。

 今日のははずれのようだ。

 フォルの体は治療魔法をかけたおかげで火傷は無いが身に着けている装備は傷だらけ、剣に至っては新調しなくてはだ。

 ランサは魔力が切れたせいか、今日の出来事のせいかいつも以上に疲労困憊のようだ。

 本当ならもう一人いる席に二人は視線を向ける。

 そんな彼の最後を思い出しながらランサは口を開いた。


「なあ、逃げる時あいつと目が合ったんだ」

「ああ」

「笑ってたよ」

「……そうか」


 フォルは笑みを浮かべながらエールを飲む。

 その一言にどこか救われた気がした。

 冒険者は死と隣り合わせだ。

 フォルもランサも誰かが欠けるかもしれないというのは覚悟していた。

 恐らくストルも。

 例え仲間がいなくなっても次の日にはまた何かしらの依頼をこなすか迷宮に潜らなければならない。

 フォルとランサの考えをこれからの心配が過る。


「明日はどうする」

「……討伐と迷宮どっちがいい」

「……迷宮……かな」

「……そうか」


 ランサの返答にフォルはゆっくりと頷いた。

 二人が対応できる魔物はたかが知れている。

 野生の相手をしたことない魔物を相手にするよりは迷宮の慣れた魔物を狩る方が安全だろうと言う考えの下だ。

 だが、それでも多くの課題がある。

 討伐にしろ迷宮にしろ『ストルがいない』という変化に対応しなければならない。

 ストルに任せていたことは二人が分担するのだ。

 だが、ストルの技術は高くそれと同程度にこなすというのは土台無理な話だ。

 明日は大したものを見つけられないだろう。

 それも下手したら数日は続く。

 貯蓄は幾らかあるがそれもそう長くはもたない。

 それまでに技術を磨かなければならない。

 冒険者で生活するというのはそういうものだ。

 フォルは思案する。

 その不安な考えは嫌な現実味を帯び始めたものへと変わった。


「なあ、罠の解除は出来るか」

「……見よう見まねでやる」


 そもそも罠の解除はストルの独壇場だった。

 手早く解除を行う姿は傍から見れば楽に思える程だった。

 だが、『幸運の狼』が貯蓄を蓄えられるほどの成果を上げられたのは彼の技量によるものが大きい。

 素早く迷宮内を移動できるというのはそれだけで大きな利点だ。

 それを再現するのは一朝一夕で出来ることではない。

 今、彼らが生活を続けられるかはそれを習得できるかにかかっていると言っていい。

 そのことに更に頭を悩ませている二人の表情は険しいものになっていく。

 そんな二人の下に一人の大槌を背負った女が近付く。


「ん?」


 その足音に気付いたフォルは顔を上げ、ランサもフォルの視線の先に顔を向ける。

 女は奇妙そうな視線を向けている。

 グレーの髪を束ね雰囲気にそぐわない笑みを浮かべる姿に近寄り難い雰囲気すら気にする様子はない。

 そして、彼女の中で生じた疑問を口にした。


「ストルはどうした」

「クィーラか」


 クィーラと呼ばれた女は口を付けていないエールの置かれた席に腰を下ろす。

 そして、そのエールに手を掛けようとするが、二人の咎めるような視線で不服そうにその手を離した。

 つまらなそうに頬杖をつきながら彼女は口を開けた。


「ストルの馬鹿はどこだ? あんたらだけだと静かすぎるんだが」

「ストルは死んだ」


 フォルの一言にクィーラは一瞬驚いた様子だったが案外すんなりとそれを受け入れた。

 そして、そのエールを眺める。


「なるほどね」


 どこか納得した様子でそれを少し奥へ押す。

 クィーラは大きくため息を溢した。


「そう言うことだったわけね」

「……ああ」


 いつもストルと口論していたクィーラだったが、この日はどこか寂しそうに見えた。

 彼女の首元のプレートが反射した。

 銅色のそれは彼女がCランクであることを示すものだった。


「プレートも回収できなかったってことは……随分大変だったみたいだな」


 机を眺めるクィーラにフォルとランサは小さく頷いた。

 彼女は自分のプレートをどこか懐かしむように眺める。

 二人もそれを眺めた。

 ストルがよく言い合いをしていたのは彼女だ。

 すんなりと受け入れた彼女もまた思うところがあるのだろう。


「邪魔したわね」


 クィーラはそう言って席を立つ。


「ああ、それじゃあ」

「じゃあね」


 フォルとランサは手を振り見送る。

 外はすっかり日が沈みギルド内は冒険者が多くなってきた。

 暗くなってきたギルドに掛けられた石が明かりを灯す。

 蓄光石と呼ばれる石だ。

 それがいくつも光りギルドを十分に照らす。

 この時間帯は依頼を終えた冒険者たちが酒盛りを始める時間帯だ。

 今は依頼の報告や酒盛り目当てでくる冒険者が入って来る。

 これから酒盛りが始まるだろう。


 そろそろ切り上げるべきか


 そう判断したフォルはランサにそれを伝えようと顔を向ける。

 ランサもそれを察したようにエールを一気に飲む。

 そして、二人は机に残った一つのエールが目に入った。


「……」

「……」


 これ以上飲めないというわけではない。

 ただ、もういないストルの分を飲むのは気が引けた。

 しかし、それを残すのももったいない。

 フォルはそのジョッキを掴みランサに差し出す。


「飲め」

「いや、今日はもういい」


 そう言ってランサはフォルにジョッキを押し返す。

 自身もあまり飲む気になれないフォルだがそれを押し付けるのも忍びない。

 フォルはため息をつきつつエールを見る。


「じゃあ、俺が」


 突如、聞き覚えのあるような声と共に後ろから現れた手がジョッキを掴む。

 人の物を奪うその非常識な行動にフォルとランサは驚いたようにその手の主へと視線を向ける。

 だが、そこにいたのは二人の予想を大きく裏切っていた。

 フォルが想像するような強面の巨漢でも、ランサが想像する大槌を担いださっきの女でもない。


「「ストル!!」」


 既に死んだと思っていた仲間のストルがそこに立っていた。

 彼は自慢げな笑みを浮かべ、おいしそうにエールを流し込む。

 服は焦げたような跡が残り、右腕に至ってはむき出しだ。

 皮鎧も所々焼けた跡と痛々しい血の跡が残っている。

 しかし、ストル自身は怪我が一切ない。

 あれだけの傷や血の跡すら残っているのにだ。

 だが、二人にとってはそんなことなど些末なことだった。

 ランサは腹部に飛び込み、フォルは首元に抱き着いた。


「ふごっ!」


 二人の体当たりにストルが口を付けていたジョッキのエールが顔にかかる。

 変な声を上げたストルは二人の行動を咎めようと睨むが。


「……すまなかったな」


 涙を浮かべながら力強く抱き着き嗚咽を溢す二人を見てはそんな事言えるはずもない。

 ただ一言、謝罪の言葉を口にした。

 心配をかけたことに対して、そして苦労をさせたことに対して、そしてあの決断をさせてしまったことに。

 一向に離れる気配のない二人に周囲の視線が集まって来る。

 まだそこまで声は聞こえないがそろそろ野次が飛んでくるだろう。


「……んぐ、そろそろ行こうか」


 ストルは片手に持ったエールを一気に飲み、急かすように二人の背中を叩く。

 ここで野次を飛ばされようものなら気分や雰囲気全てがぶち壊しだ。

 ストルに二人は涙を浮かべながら顔を上げた。

 彼が目の前にいることをただただ喜んでいるように。

 この表情にストルはいつの間にか浮かんでいた涙を拭った。


「ああ」

「うん」


 涙声の二人の表情は笑顔だった。

 二度と聞けないと思っていた声をストルは感慨深く感じた。

 そして、三人は一緒にギルドの出口へ向かう。

 酒を乾杯する男たちや豪勢な肉料理に齧り付く巨漢、トラブルで言い合いをしている男女が混在したギルドは今日も賑やかだ。

 本格的に酒盛りが始まり酒場はごった返していた。

 三人は障害物を避けるように人を素早く避ける。

 最後にはいつの間にか競争へと変わっていたが、ストルが一番に出口へと着いた。

 その後、すぐに同着して一緒に笑い合う二人を横目にストルはギルドの扉を開けた。

 すっかり日の暮れた街は夜風が吹き抜け肌寒い。

 だが、その寒さも運動で火照った体を心地よく冷ますのだった。











 街を三人で闊歩する。

 時々聞こえる声でも傍から見ても三人の仲が良いことは容易に想像できる。

 先導するフォルが振り返りストルを見る。


「そう言えばどうやって逃げられたんだ」

「それ気になる」


 フォルの疑問にランサも続く。

 二人の視線が注がれるなかストルは思い出すように唸る。

 だが、それはあまり芳しくないようで中々やまない。


「あんまり思えていないんだよな」


 未だに記憶が曖昧だがその当時の記憶を捻り出すためストルは頭も捻る。

 だが、興味津々な二人の視線に耐えかね、首を振る。


「……覚えているのはあの狼に食われそうになって気が付いたらそいつがいなくなっていたって事、くらいか」

「怪我……はしてなさそうだがなにもされなかったのか?」


 フォルが続けて疑問をぶつける。

 フォルとランサはストルが身に着けている皮鎧から腕や指まで隅々まで見ている。

 痛んだ皮鎧とは違い、ストル自身に怪我は一切ない。

 しかし、背中と肩の血糊がその傷が実際にあったであろうことを示している。

 ストルも自身の体を不思議そうに見る。


「なんか夢を見ていたような感覚だったんだよな。確か腕は噛み切られてそれを止血しようとしたら腕は真っ黒焦げ、とてもいい記憶じゃなかったな」


 思い出すようにその当時の出来事を口にする。

 もしかしたら、あの時見ていたのは幻影かもしれない。

 それほどに今自分がいる状況がストル自身にも訳が分からないのだ。

 ストルの表情を見ていたフォルとランサは視線を逸らす。

 どうやらあまりよくない表情をしていたようだ。

 だが、三人の間に重苦しい雰囲気が立ち込めようとしていた時ストルは二人の肩に手を回す。


「けど、こうやってお前らと一緒に冒険者できるんだからよかったよ」


 ストルが笑いかけるとランサも笑みを返す。

 しかし、フォルの表情は優れないままだった。

 まるで何か思い悩むようなそんな表情だった。

 それでも三人で一緒に歩くのは落ち着くのだった。










 三人が向かった先はよく利用している宿だった。

 二階建ての建物はかなりの年季を感じさせる。

 今にも取れそうな木製の扉を開けると不愛想な老齢の店主がちらりとこちらを見る。

 だが、すぐに興味を無くしたように目を瞑る。

 フォルは部屋を取るため店主の前に出る。

 いつもは割安な四人部屋を一つとってそこで寝ている。

 それは店主も知っているため金を受け取ったら何も言わない。

 部屋がいつも空いているのは店主がストルたちの為に開けているのか、それとも単に客の入りが少ないためなのだろうか。

 耳を澄まして聞こえる音からして恐らく後者だ。

 ストルは袋の口を開き銀貨二枚を受付台に置く。

 木に鈍い音が響き店主は再度目を開け、そこに置かれた普段の三倍以上の金額を見て理由を問うようにフォルを見る。


「個室三つ」


 端的なフォルの説明に店主はそれを受け入れる。


「二階右側奥から三部屋」


 フォルに負けず劣らずの必要最低限な情報を口にすると店主は再び目を閉じる。

 特にメモすら取る様子はない店主からは微かにな呼吸の音が聞える。

 使用済み部屋は全て暗記しているのだろう。

 眠ったのかどうかは何度も来ている三人にもわからない。

 フォルたちはなるべく音を出さないように気を付けながら階段を上がる。

 細心の注意を払っても鳴る音はいつもの事だ。

 それを店主は何とかしようという気すら無い様子。

 三人が奏でる軋み音の三重奏はどうやら部屋にいる人を起こしたようで寝返りを打つ音が聞こえる。

 若干の申し訳なさを感じつつもフォルの振り分けで三人はそれぞれの部屋に入る。

 奥からランサ、ストル、フォルの順だ。

 部屋はベッドと椅子と机が一つとシンプルな内装。

 いつもの頼む部屋と比べて狭いが一人で使える分広く感じる。

 ストルは椅子に座り、身に着けた皮鎧を脱ぐ。

 腰元の鞄から布を取り出し、魔法で生成した水を染み込ませる。

 そして、首元と背中についた血糊を拭き取る。

 傷はどうしようもないがそれでも多少の攻撃を防ぐには十分な役割をこなすだろう。


「随分と派手に怪我してたんだな」


 何度も擦りそれを取っていくが時間がそれほど経っていないおかげかすべて取るのに時間は掛からなかった。

 拭いた皮鎧を机の上に置き、その横にナイフを置く。

 剣を机に立てかけてベットに横になる。

 服は長袖だったはずだが右側は肩が見える。

 端に至っては黒く焦げている。

 あの出来事が夢であるとはとても思えない。

 だが、その時の傷がどうして治っているのかもわからない。

 そのことに何度も頭を巡らせるが答えが見えるはずもなかった。

 ただ、もやもやする感覚にストルは気晴らしがてら窓を開けて外を見る。

 雲一つない今日の空には少し欠けた月が昇っていた。

 窓の夜風に当たりつつ目を閉じる。

 今日は今までの中で最も疲れた一日と言っていいほど疲れている。

 ストルが目を閉じると意識が落ちるのはすぐだった。

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