#12 それでも仲間
時は遡り三人にとっての運命を分かった日に遡る。
部屋に残っていたランサは何にも手が付かなかった。
置かれた袋に入っていた金貨は今までリーダーのフォルがコツコツと貯めていたものだろう。
ただ、悪夢を見ているような心地だったランサは早く現実に目覚めようとベットに体を横にしていた。
夕方頃だろうか、ランサの部屋にノックの音が響く。
既に寝すぎたと言っていいランサには当然その音は聞こえていた。
だが、返答はしなかった。
そして、見ている悪夢は一向に覚めない。
「おーい、いるなら返事せんか」
今は横になりながらただ眩しく輝いている夕日を見ている。
薄々感づいてはいる。
だが、現実を受け止めたくはない。
今の状況を何度振り返ろうとも今は夢でそれもかなり現実味のあるという結論しか出ない、いや出せない。
明晰夢という状況だと信じ込んでいる今はただじっとしている他に無かった。
ドンドンドンと三回のノックに無視を決め込むランサに痺れを切らした宿主の男が聞いたこと無いほど声を荒らげた。。
「開けるぞ!」
短く一言だけ、その直後に勢いよく開け放たれた扉の轟音にすらランサが視線を向けることは無かった。
男は一瞬目を細め、すぐに視界に入った彼が記憶に存在する彼かを見比べる。
「なんじゃ、ランサか、随分と肝が座っておるようじゃが他の二人はどうした」
記憶とは違いどこか諦めに似た雰囲気に満ちているランサは漸く男に反応するように上体を起こした。
男が確かめるように部屋中に視線を巡らすが変わった物はない。
床に落ちている袋から数枚の金貨が見えるが当然手を出すつもりはない。
男は彼を、正確には彼らを良く知っている。
数年前から良くここを使っているのだ。
彼らの素行は知っているし性格も把握済みだ。
三人の中では臆病なランサは少なくとも怒られるようなことはしない。
やったとしてもわざとではない。
そんな彼の普段では考えられないような豹変ぶりを男は疑問に思っていた。
「何かあったか?」
その声と共に近づく足音にランサは顔を向けた。
ずっと太陽を見ていた彼の視界は暗く、今は声でしか判別できない。
だが、その声で誰かを知るには十分すぎる程の情報だった。
「……フォルとストルがいなくなった」
「喧嘩か?」
「少なくとも違うと思ってる……」
三人が喧嘩をしていたのは時々あったが大抵は一日もすれば元通りだった。
それがなぜいきなりこの状況になるのか男にはわからない。
色々察した男は一旦部屋を出る。
突然の動きにランサは驚いた視線を向けていたがすぐに一人にするためだと納得した。
それを謳歌するべく再び窓から外を眺め黄昏る。
「積もる話もあろう。それに、お主は今日何か食べたかの?」
元々一人で食べるつもりだったのだろうかパン一つを持ってきた男にランサは首を振る。
それどころかまだ何も口にしていない。
そのことすら忘れていたランサは思い出したように生成した水を口に含む。
「食うと良い」
手渡されたパンを受け取り齧る。
安物のパンであることはすぐに分かった。
噛み切ることすら力がいるが、今のむしゃくしゃとしている気持ちを紛らわせるには十分なものだった。
一口目を豪快に噛みちぎりもしゃもしゃと咀嚼するランサの横に腰を降ろし男は話しかける。
「事の顛末を教えてくれぬか」
「ん」
食べているせいか鼻を鳴らすように返答した。
それを聞いた男は手持無沙汰になった指でくるくると円を空に描く。
すると、仄かに熱を持っていたランサの背中を風がなぞった。
その風には魔力が籠っていたのにすぐに気付いた。
男の風魔法だ。
気を利かせてくれたことに内心感謝しながら一口目のパンを漸く飲み下した。
「それで何があったかだが……」
可能な限り詳細に……と言っても二人は殆どその内容がわからずあっという間に姿を晦ました。
いくら正確に話してもランサが話し終えるのにはそう時間は掛からなかった。
そして、その話を聞き終えた男は同情するような視線を送っていた。
「そうか、大変だったな」
短く一言言葉を掛けると背中を擦った。
「ほんとに……! 俺には何も言わないで……勝手に行って……!」
若干声を荒らげながらもその表情には後悔の色が滲み出る。
何か手を尽くせることはあったのではないか。
それでなお自身に原因を導き出そうとするのはランサの悪い癖だ。
言い換えれば向上心があるとでも言えるのかもしれない。
だが、男にはただ自身を苦しめている世にしか見えなかった。
話を聞いても彼のどこに原因があるかはわからない。
むしろ勝手に去った二人に原因があるとすら思える。
「あんまり自分を責めるな、あんな馬鹿なことをする二人じゃない」
「……わかってます、わかってますよ」
ランサの肩は震えていた。
声は涙交じりで震えていた。
ただ、男は彼の背中を擦り続ける。
彼の嗚咽が止むまで。
「落ち着いたか」
「……はい」
赤く腫れた目に浮かぶ涙を拭いながらランサは深呼吸する。
男は最後に背中を優しく二回叩くと立ち上がった。
「お主は仲間に恵まれておる、それを失うのが怖いか?」
「……当然です」
「そうか」
男はランサの肩に手を置く。
「なら、主はそれをみすみす逃すのか?」
「あいつらと別れるなんて嫌だ……!」
ランサの手が固く握られる。
普段はあまり表情を表に出さない男はそれ故不愛想に思われていた。
だが、今の彼は納得のいく返答に口元に笑みを浮かべていた。
「なら、すべきことは見えたかの?」
「え……」
突然の質問に予想外の声が漏れる。
すべき事という言葉を胸中に反芻するがそれはわからない。
だが、そのきっかけすら見えなかった靄の中に一筋の可能性が見えてきた気がした。
「冒険者たる者、貪欲であれ」
そう言い残すと男は部屋を出る。
その言葉の重みのせいなのだろうかランサは上体をベットに委ねた。
「貪欲……か」
貪欲という言葉にランサが抱く印象は悪に近いものだ。
だが、さっきの男が言った貪欲には嫌な感じはしなかった。
「少しはそれも悪くないか」
ランサは決めた。
今決めたのだ。
貪欲に行く、貪欲になるのだ。
失ったのなら取り戻す、使えるものは使う。
貪欲の決心としては貧弱なものだがそれでも彼は一歩進んだのだ。
既に空は暗くなったがギルド程度ならまだやっている。
だが、ギルドは依頼を受けられないが無性にやる気が湧いて来る。
ずっと寝ていたせいで頭も冴えている気がする。
どれからどうするべきか考えていると再び宿主の男の声が聞こえた。
「今日の分までは負けといてやる。明日に備えて寝ろ」
ランサの考えを読まれていたのだろうかタイミングよく耳に届いた声は一瞬で彼の行動を決めた。
「ああ」
適当に返答するとベットに横になる。
そう、寝るのだ。
やることが無い以上仕方がない。
それに今日までは負けてくれるという話だ。
なら今日は寝得だ。
冴える頭を空っぽにして延々と襲って来る暇を無心で往なす。
そんな状態でもいつの間にか眠っていたランサは朝日が昇ると共に目が覚めるのだった。
この日は一日中魔物狩りへと出かけていた。
成果はゴブリン三匹に鞄一杯の薬草。
Dランクの冒険者としては若干少ないが一日は容易に過ごせるほどだ。
だが、やる気十分だったランサにとっては残念な結果だった。
当然ゴブリンの全身なんて持ってくるはずもなく僅かしか得られない報酬を目指して受付へ向かう。
ギルド内はいつもと変わりはない。
だが、ストルとフォルの姿は見えなかった。
代わりとは言えないが一人ヘルムを被りフルプレートを着込んだ男がいた。
ただならぬ気配に銀色のギルドカードがその見た目でもBランクであることを示している。
見た目すら目立つのに彼がランサへ視線を向けるので冷汗が流れた。
一瞬でそれは終わったものの鼓動が早まっている。
僅かに乱れていた呼吸を整えつつ自分の番を待つ。
ランサが丁度深呼吸をした時一つの受付が空きそこへ入る。
「あ、ランサさんですね」
「はい、討伐した魔物と薬草を」
持っている三つのゴブリンの耳といくつもの薬草の束を差し出す。
それを女性は何の躊躇いもなく受け取ると薬草を数える。
買取価格はその日によって変動する。
今日は十五本一束で銅貨一枚だ。
高い時は十本で銅貨一枚なのだが今日は少し安い。
そしてゴブリンは討伐証明部位一つで一匹銅貨二枚だ。
それが三つで計六枚。
薬草との和で大銅貨にはなるだろう。
普段と比べ収入は減っているだろうが、それでも不自由しない程度の収入はあった。
「『幸運の狼』どうなるんでしょうかね」
手早く薬草の数を数えている女性がその動きを緩めることなく質問する。
手持無沙汰な上に何もすることがないこの瞬間に気を利かせてのものだったのだろうか。
だが、彼女もその質問は不適切なものだと気付いたようで表情は引き攣り背筋は伸びていた。
しかし、ランサの中でその質問の答えは決まっていた。
だが、その言葉は喉に引っ掛かりただの息を吐く。
今一度息を吸い僅かに力を抜き、その表情に笑みを浮かべる。
「また、三人でやります」
自然に言えたことに少しの安堵を覚えていたランサは女性の困惑した表情に眉を顰める。
何か変なことを言ったのだろうか。
だが、記憶を巡っても変なことを言った記憶はない。
ランサもまた困惑していた。
「ストルさんって昨日で亡くなっているのでは?」
「……あっ」
ランサは彼女が困惑していたことに合点がいった。
ストルが死んでいると思っていたのならさっきの反応も無理はない。
納得した彼は訂正するべく首を振る。
「ああ、ストルは生きてました。なんなら今日、死亡届の取り消しに来ませんでした?」
何気なくランサは説明がてら質問もする。
すると、彼女の視線が泳ぎ始めた。
しかし、その表情は困惑から混乱へと変わっていった。
「えっと、亡くなって、でもギルドカードはあって、弟子がいて、意志を引き継ぎたいって……」
何やら大きくなっていく話にランサも混乱し始めた。
亡くなってと言うこととギルドカードの事はわかる。
ストルが返ってきたときは首にギルドカードがあった。
だが、弟子と意志を――というのはわからない。
どういうことか、点と点を繋げようとも線を成さないため、更なる混乱の渦に飲み込まれる。
ランサがその渦に捕らわれている中、彼女は諦めたように作業に戻る。
いつの間にか数え終えていた薬草とゴブリンの討伐報酬を机の上に置く。
三枚の銅色の硬貨が置かれ内一枚は大きかった。
「大銅貨一枚と銅貨二枚です」
「あ、はい」
その渦から無理やり連れ戻されたランサは胸に突っかかる感覚を覚えながらもそれを受け取った。
本当はどういうことか聞き出したかったが、既に後ろには数名の冒険者が並んでいた。
彼は諦めるようにこの場から離れようとする。
ふと、ギルドの亡くなった冒険者のギルドカードが飾られているように置かれていた。
殆どが鉄色だった中には銅色や銀、金色も見えるが鉄色はそれを覆い隠している。
そして、つい最近掛けられたであろうプレートには見覚えのある名前が書かれていた。
ストルと。
安いエールを注文したランサはちまちまとそれを飲む。
謎が謎を呼んでいる。
あの時ストルは確かにいたのだ。
だが、あのギルドカードの中にストルのがあったということは死んだということなのだろうか。
「……あぁ!」
訳が分からなくなってきたランサは声を荒らげる。
周囲の視線が向いた気がするが、幸い周囲の喧騒にその声は紛れた。
もうストルが生きているのかどうかもわからない。
どうすればよいかわからなくなったランサは顔を机の上に置いた両手に埋める。
「おう、一人は珍しいな」
聞き覚えのある呼び声にランサはその方向へ顔を向ける。
予想通りというべきかそこには大槌を担いだ女性、クィーラがいた。
単純な好奇心を顔に覗かせ、なんの遠慮もなく空いている正面に座る。
「……君は訳もなくよく顔を出してくれるよね」
「間抜けな面は揶揄うのが一番ってわけ」
晴れやかな笑みを浮かべてはいるもののその内容は酷いものだ。
ランサの以前の心労が報われないことにため息が出てしまう。
「ところで、フォルはどうした?」
「ああ、いなくなった」
その一言に彼女の視線は疑いのものになった。
当然、ランサの言葉には一片の嘘も混じっていない。
どんと構えその視線を受け流す。
「どうしてそうなったの」
「……さあ、ストルの話では刺されたらしい」
ただ、その光景を思い出してしまった。
到底良いものではないそれは出来れば二度と思い出したくない程の喪失感をランサに齎す。
だが、目の前の彼女は一目見て驚いていることがわかるほど目を見開いていた。
「あの馬鹿生きてたの!」
どうやらストルが生きていた事をまだ知らなかったようだ。
ランサは頷きそれを肯定する。
「えっと、昨日ストルが戻ってきて、それでその後フォルがストルを刺したって事か?」
「そうだね、その後ストルもいなくなって受付の横のあれにギルドカードがかかってた」
クィーラは振り返るように受付横のギルドカードが掛けられている場所を見る。
そして、それを確認するように目を細める。
見つかったのか諦めたのかクィーラはそれを止めるとこちらを向いた。
「ねえ、ストルは生きてると思う」
「私は思わない。少なくともギルドカードがそこにあるなら死んでるってことだ」
ランサは肩を落とした。
別に生きてると言って欲しかったのではない。
少しでも希望を見出したかったのだがそれは叶わなかった。
だが、諦めているわけではない。
一つ、ランサの中で燻っている疑問を口にする。
「……ストルがいなくなって一日でギルドカードが届くことがあると思う」
「現にあるだろ」
「ストルがそんな無謀なことをすると思う」
クィーラは彼の普段の行いを思い出すべく少し俯く。
そして、首を振った。
ランサも同意見だ。
彼は自身の実力を弁えている。
とても無謀なことをしている光景は思い浮かべられない。
少なくとも最後まで生き残るまで死力を尽くすだろう。
「でも、それがあいつが生きている事には繋がらねえだろ。ストルみたいな冒険者で死ぬのは大抵不幸だ。自らの実力ではどうしようもない奴に襲われりゃ簡単に死ぬ」
彼女はどこか遠くを見つめていた。
ランサもそのことは重々承知だ。
だが、それでもストルは他の冒険者とは違うと心の底から信じていた。
不味い状況ならなりふり構わず生きるための最善を尽くす。
現にあの不可能と思えた骨の狼から生きて生還したのだ。
だからこそ、彼女の言葉すら反論したかった。
決して、友人に向けるべきではないような睨むような視線に気づきクィーラはため息を溢す。
「あいつが生きてるかもしれないという願望を持つのは勝手だ。だが、分かりきっていることに幻想を抱くのは違うだろ」
「……ストルはあの狼の足の下敷きになっていても生きて帰ってきた」
「はぁ、おい」
クィーラが呆れたように息を吐き、ランサを呼ぶ。
ランサは彼女の顔を真っすぐに見つめていた。
彼女がどんな反論を展開するのか心中でその対策を練りながら。
突如クィーラは指を鳴らす。
親指と中指から鳴らされた音は近くにいたランサには良く聞こえた。
だが、それがどういうことなのかを吟味する前にその意味が形を持った。
「!!」
突如目の前に現れた火球は猛烈な速度で進む。
ランサは顔に炸裂するであろうそれに、ただ目を強く瞑り衝撃に備えることしかできなかった。
一瞬の後、ランサの顔を温かな風が撫でた。
恐る恐る目を開けるとさっきまでの火球は消え失せていた。
どういうことか少々混乱している彼はクィーラを見た。
「どんな人間でも状況によっては死ぬ。現にお前は私の火球で死にかけただろ」
「い、いや、実力はクィーラの方が上だ」
「この程度の魔法、そこらの奴らでもできる」
事実だった。
あの程度なら誰でも練習すれば扱える。
ランサはその魔法を食らう所だったのだ。
自身でも容易に行える魔法に死ぬなど屈辱以外の何物でもない。
だが、彼は彼女が何を言いたいのかを理解するには十分なものだった。
「すまない、熱くなってた」
「ああ」
今一度熱くなっていた頭を冷やすためエールを煽る。
「……はぁ」
何を言おうにもそれがため息となってしまう。
それを見かねたクィーラは頬杖をついた。
「ねえ、これからどうするつもり」
「どうだろうね、多分フォルを探すんじゃない」
もう、今の自分が今後どのように動くのかすらランサにはわからなかった。
口ではフォルを探すと言っているが今の彼には上の空だった。
そんな彼を見てクィーラはため息をついた。
「ランサ、私と一緒に来なさい」
「え、何で」
一瞬目を見開いた。
だが、すぐに普段の表情に戻ると思ったまま口にする。
「アンタが危なっかしいから」
「僕はDランクだけどクィーラはCランクでしょ」
「あたしから誘ってんだからそれを引き合いに出すのは違うでしょ」
そっぽを向きながらそう言われながらもランサは必死に断る理由を考えていた。
今のままでは確実に彼女に迷惑をかける。
それは避けたかった。
「無理だ、諦めてくれ」
「どうせ、二人を探すんでしょ」
クィーラの指摘に視線を逸らす。
予想通りの反応にクィーラは笑みを浮かべた。
「あたしも手伝ってあげる」
その物言いに思わずランサの口元が緩む。
いつものことだ。
ついさっきまで失っていたその日常が少し戻った気がした。
「ありがとう」
「どういたしましてって、何泣いてんの!」
目を指で拭うとそれは濡れていた。
気付かぬうちに流れていた涙にランサは少し驚いた。
涙が頬を伝い始める感覚を覚えるが彼は笑みを浮かべていた。
「よろしく」
「何で泣いてるか教えろ、だからお前は弱虫なんだよ」
「はは、そうだね」
クィーラはいつもの調子が狂うようだ。
そして、諦めたように手を差し出す。
どういう意図なのか理解できないランサは首を傾げた。
「それは?」
「握手!!」
気恥ずかしさだろうかその声は大きかった。
その声に一瞬気圧されたがすぐに差し出された手を握る。
彼らにとっては初めての握手は意外と悪いものではなかった。
こうしてパーティ『落ちる雫』が結成された。
この名前はクィーラの仕返しでランサの涙から取られた。
当の本人は顔を赤くして必死に抵抗していたが、その力関係を示す一つの出来事となった。




