表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の石  作者: 謳里 箏
11/12

#11 休日の安息

朝のクルスはただ当てもなく道を歩いていた。

今日は休むのだ。

昨日は散々な目に合った。

危うく殺されかけたのだからこの日くらい休んでも罰は当たらないだろう。

それにオーガ代の銀貨五枚がある。

少ないとその時は思ったが、考えてみればかなりの金額だ。

よほど変な使い方をしない限り無くなるということは無いだろう。

まずは手始めに市場で果物を買うのもいいかもしれない。

中々の値がするが甘い果実は相応の価値があるというものだ。

そうと決めた彼の足取りは跳ねるように軽いものだった。


「どうしたんだい? とてもご機嫌みたいだけど」


聞き覚えのある声に体が跳ねた。

振り返るとそこにいたのはリイスだった。


「何でここにいる……」

「別にいてもいいだろ、ところで君は昨日ぐっすり眠れたかな?」


最初の話題としては最悪な選択だと思ったクルスは昨日の事を振り返る。

色々と言いたいことが思い浮かんできた。

クルスは出てくるがままに任せることにして口を開く。


「何で同じ宿を取った、何で隣の部屋を取った、何でそんな昨日はご機嫌だったんだ」

「おや、期待してたのかな?」

「誰がするか!」


質問にリイスはとぼけたことを抜かす。

反射的に頭に血が上るが折角の休みに怒ってしまっては台無しだ。

ここはクルスが大人になるべく息を吐いて落ち着く。


「こんな元気ならしっかりと眠れたみたいだね」

「ああ、お前がいなければもっと良かったんだがな」


リイスの言葉にクルスは憎まれ口で返答する。

怒ることはしないが言い返しはする。

別にこの程度で何か反応するわけでもないからクルスも気にしない。

昨日はクルスは身構えていたがいつの間にか寝付いていた。

幸いヘルムを被った男が来る何てこともなく無事に朝を迎えられた。

あの状況だったにもかかわらずぐっすり眠れたようでクルスの体は軽い。

これ以上文句を言うつもりがないということを察したリイスは本題に入る。


「一つ聞きたいんだけど何で一言もなく勝手に言ったのかな?」


というのも今朝クルスはリイスに一声すら掛けずにこの場まで来た。

パーティなら自身の行く場所を伝えることは大事だということは理解しているが、クルスとリイスの仲だ。

少なくとも嫌々ながらパーティを組んだクルスの身としては態々どこに行くかなどを伝える必要は無いのではないかというのが考えだ。

そのため、リイスには反抗的な態度を示していた。


「少なくともパーティ結成してまだ方針も定まってないよ」

「必要か?」

「あると色々と便利だからね」


決める必要があるかは未だに疑問が残るがリイスの理由には納得したクルスは態度を改める。


「そういうもんか」

「そういうもん」


へぇーといい加減な返事をしつつクルスは歩き出す。

決まりがあるなら極力守るというのがクルスのスタンスだ。

ただ、当然しがらみは無い方がいい。

自身が不自由になり、やりたいことが出来ない方針なら遠慮せず口を出すつもりだ。

リイスは恐らくクルスの意見も汲んでくれるはずという謎の信頼があったためその心配は杞憂だろう。

クルスの後ろを追いかけるリイスは何か考えているようで黙っていたが、話すことが決まったのだろう、口を開ける。


「まず、方針は君のランクを上げることが最優先、武勲を立てたいのならそれは先だね」

「それで依頼をひたすらこなせって事? もしくは魔物狩り?」


依頼と言ってもFランクはほぼ雑用で魔物の退治はEランク以上からだ。

雑用は依頼内容と報酬が見合っていない上に一つの依頼でかなりの時間が取られる。

だが、命の心配はしなくてもいい。

魔物の討伐も依頼がない以上、数日前のように森を彷徨って狩るというのが主だろう。

すぐに終わる時もあるし運が良ければ数日分の成果が手に入る。

だが、想定外の魔物の乱入などで大怪我、最悪死ぬかもしれない危険がある。


「どっちも利点があってどっちも欠点がある。どっちを取るかは君が選ぶと良い。ただ、時間は有限だけどね」

「じゃあ依頼だな」

「君が選んだならそれでいいよ」

「……はあ、後者だ」


暗に後者にしろと含みを持たせた物言いだったが、あえてその逆を選んでもリイスの反応は面白みがない。

最後にはクルスの方が折れる始末。

元々後者だったクルスにはその方針に異議はない。

元よりリイスにおんぶに抱っこで過ごすつもりはない。

それはクルスの矜持が許さなかった。


「だが、それと同時に実力を身に付けないとだな」

「……」


ぐうの音も出ない。

あの戦いの後ではそう言われるのも仕方ない。

だが、言うタイミングを選んで欲しかった。

何故なら今目の前の店にはりんごがあったのだ。

そのりんごの楽しみに水を差されたような感覚と共にクルスはそこへ向かう。




「はいよ、あんがとさん」


りんご五つで大銅貨一枚と銅貨五枚。

そこそこの値だがオーガの臨時収入のおかげで金額は気にならない。


「ほいよ」


受け取った真っ赤に熟したりんごの内一つをリイスに投げ渡す。

よそ見をしていたリイスだったがこちらに視線を向けることなくりんごを片手で受け止める。

気配だろうか、その種は気になるが今はりんごだ。

クルスはりんごに齧りつく。

期待していた甘さの物を楽しむように味わいつつ歩き始める。

目的は済ませたが今左手で抱えている三つの楽しみはどこかで座りながらゆっくり味わいたい。


「おい、リイス、どこかで座れるところ知らないか」

「ん?」


ヘルムを脱ぎ、りんごを齧っていたリイスは間抜けな声を出す。

そして、思い当たりがあるのかないのか少し悩んで、直ぐ近くの建物のでっぱりを指さした。

腰ほどの高さで座るというより寄り掛かると言った方が正しい程度のでっぱりだ。

そこに座れと言うのか。

それにここらは市場ということもあり人通りはかなりの物。

とても座れる場所ではないだろう。

クルスの呆れ交じりの視線に気づいたリイスは原因を何となく察したのだろうか、先に進む。

道を曲がり人通りは少なくなっていく。

そして、何の変哲の無い場所で止まると近くの家の壁に向かう。

そこにはまた例のでっぱりだ。


「おい、これは座るところか? 違うだろ、お前はここを座る場所だと認識してんのか?」


捲し立てるようにリイスににじり寄るがリイスは素知らぬ顔で壁に寄り掛かる。

そのでっぱりは使っていない。

クルスの中でリイスの評価が下がるが、今に始まったことではないだろう。

しかし、それ以上に気になることがあった。

りんごが無くなりその種も無いのだ。


「おい、りんごの種はどうした」

「ん? 食べた」

「食べたのか……確かあれ毒って聞いたけど」


わざとではないにしろ脅しのような言葉にリイスはただ初耳とばかりに『へぇ』と相槌を打つ。

しかし、例え猛毒でもリイスは死ななそうだ。

何となくのクルスの勘だが。

まあ、リイスならどうとでもなると高を括ったクルスはもう一つのりんごに手を伸ばす。

それと同時にリイスも一つ奪う。


「おい、俺のだぞ」

「食べたくなってね」

「知るか」

「今度奢るから」


奢りの約束を提示したリイスにクルスはそれ以上口を挟まない。

りんご一個に比べれば悪くない収入にむしろ笑みすら零れていた。

そんなクルスがりんごを齧ろうとした時どこからかいい匂いがした。

りんごのような甘酸っぱい匂いだ。

何となく原因であろう隣を見るとリイスがりんごに付けたであろう火が丁度消えたところだ。

火の消えた赤い皮から溢れる果汁に柔らかそうな果実はクルスがまねる理由としては十分なほど魅力的だった。

見よう見まねでりんごに火を付けるがすぐに消えてしまう。

それを何度も行ったがりんごの表面に変化すら起こらない。


どうやってるんだ。

……仕方ないこれがダメなら普通に食べるか


最後と決めた火をりんごに放つ。

それは瞬く間にりんごの表面を覆い、すぐに消えた。

やはり無理だったことに少し肩を落としたクルスはりんごを口に近づける。

すると、突然りんごの表面が炎に包まれた。

しかし、りんごを持っているクルスの手にはその熱さは伝わらない。

だが、顔にはその熱波が伝わり慌ててりんごを遠ざけた。


「あいよ」


りんごを焼いている主は既にりんごを食べ終えたようでヘルムを被っていた。

しかも、先ほどの話を聞いていなかったのかそれとも好きなのか、りんごの芯は無かった。


「せめて一声かけろ!」


危うく顔を火傷するところだったクルスが注意をしても聞いている反応はない。

いつもの事と割り切ったクルスが視線を戻すと丁度りんごが纏う炎は消えていた。

程よく焼け、りんごの濃密な香りを漂わせるそれに齧りつくと、想像以上の柔らかさと溢れる甘味に自然と二口目に移る。


「君は魔法の練習をしないとだね」


約半分を食べたリイスが五口目に齧り付いている時動きが止まった。

魔法は扱えると言ってもリイスのようにりんごを焼くと言った細かい調節は苦手だ。

生み出す火球も普段の大きさから大きくするのは大丈夫だが、小さくするのは駄目だ。

練習してこなかったと言えばそれまでだが必要とすることはが無かったのだ。

必要としなければ当然身につかない。

それに扱える魔法の内使っているのは水と火のみで風と土の魔法はさっぱりだ。

かつてのDランクとして見れば魔法は拙いと言わざるを得ないだろう。

だが、それを自覚してもクルスはやりたくないのだ。


「絶対か?」

「絶対だ」

「やりたくない」

「やりなさい」


傍から見れば子供と親のように見える程クルスは委縮していた。

どんどんとクルスの表情は曇っていく。


「何でそんな嫌なんだ」

「魔力が切れる感覚が……」


魔力は体を循環している魔法を生み出す元だ。

それが切れれば脱力感に見舞われる。

クルスはあの感覚がとにかく嫌なのだ。

動かそうにも指一つ動かせない。

一回迷宮でなった時はクルスも死を覚悟した。

あの感覚は味わいたくない。


「そうは言っても君は魔法の練習をしないといけない事情があってね」


リイスの声音は落ち着いたものだった。

その雰囲気の変わりように視線を向ける。


「どういう事情だ」

「ああ、昨日の件だが狙われているって話だ」


賢者の石の事だろう。

未だに人通りがあるためか色々と端折ったが。


「そう言えば昨日の約束はいつ教えてくれんだ」

「ああ、先にそっちから話すか」


昨日という言葉でふと、約束を思い出した。

リイスは襲う奴がどういう奴かを知っていて、それを話すというものだ。

昨日は赤髪の槍使いの冒険者であるマーシに襲われた。

そういう相手を見分ける一助になれば対策やそもそも近づかないという方法も取れるかもしれない。

そもそもこういうことが起こらないようにするのが一番なのだ。

そのためなら多少の労力もクルスは厭わないつもりだ。

期待の眼差しを向けるクルスはヘルムの奥のマーシの口が動いたのを捉えた。


「傀集院って所が一枚噛んでいる」

「かいしゅういん?」

「傀集院ってのはアーティファクトを集めているところだ」


知らない単語が出てきて混乱しているクルスにリイスは説明する。

傀集院というのは名前すら聞いたことがない。

だが、アーティファクトというのはクルスにとって馴染みがある。

アーティファクトは迷宮から見つかる物だ。

魔力を与えればその物に応じた事が起こる。

一方、魔道具というものもある。

これも魔力を用いて特定の効果を発揮する物だ。

似ているがこれらは非なる物で明確な違いがある。

それは迷宮から見つかった物か人が作った物かということだ。

クルスも迷宮に潜っていた時は何度かアーティファクトを手に入れたことがある。

いずれも中々の金額に変わったものだ。


「それで、何でそれが俺のと繋がる」

「さあ、そこまでは知らないね」

「肝心なとこだぞ」


かなり重要なところだが知らない以上は仕方ない。

だが、もう一つの方が重要だ。

クルスは気を取り直すように咳払いをする。


「こっちの方が知りたいんだが、そいつらの見分け方は?」

「冒険者」

「は?」


あまりにざっくりとした返答にクルスは聞き返した。


「冒険者」


どうやら聞き間違いではないようだ。

そのことにクルスは酷く肩を落とす。


「見つからないようにするに決まってる、第一どこに自ら泥棒ですとわかるような泥棒がいるかって話」


尤もな話にクルスはため息をつく。

もしかしたら避けることが出来るかもしれないというクルスの淡い期待は悉く打ち砕かれた。

もう諦めてりんごを食らおうとした時、突如通ってきた道から男の叫ぶような声と二人の足音が聞こえた。


「待てー! 泥棒ー!!」


町全体に響くのではと思う程の声量と共にりんごを三つ両手で持った男とその後ろを追いかける先ほどりんごを買った店主の男が目の前を過った。


「こいつ」

「事後だろ」


逃げる男を指さすクルスをリイスは冷静に突っ込む。

リイスは寄り掛かっていた壁から背中を離し立つ。

その視線はりんごを持っている泥棒に向いていた。


「ちょっと待ってろ」


クルスは頷くことなく残りの焼きりんごを食べ始める。

それを横目に確認したリイスはため息を付くが直後、その姿は目の前から消え失せた。




「泥棒ーー!!」


叫ぶ店主もここまで全力疾走だったのだろう、その速度はみるみる落ちる。

泥棒の男は後ろを見てそれを確認した時その表情に笑みが浮かんだ。

撒けると確信しての笑みなのだろうが、その笑みは即座に凍る。

追いかける店主の横を、ヘルムとプレートアーマーを身に纏った得体の知らない奴が追いかけてきたのだ。

重そうな装備を身に着けていても優に泥棒の男を凌ぐ速さだ。

前に視線を戻した男は逃げるべく必死に足を動かす。

直後、男の視界が少し暗くなった。

影だ。

何事かと上を見ようとした時、前に何かが落ちて来た。


「返してもらおうか」


既に前を塞ぐように立っていた変な奴が、男が槍の刃を横首に槍を押し当てる。

刃から伝わる死の冷たさを感じ、男の体は震えていた。

彼の洗練された動きに男の目には急に奴が現れたように見えただろう。

そして、りんごを抱えている両手を上げて降参の意を示した。


「おっと」


落ちるりんご三つを片手で二つ、伸ばした足で蹴り上げた一つを受け止め回収する。

だが、その隙に男は再び逃げ出した。

すこしして息の上がった店主も追いつく。


「これで全部だ」

「ありがとうございます、礼と言っては何ですがりんごはいかがですか」


礼として男はリイスが手渡したりんごを押し返す。

だが、三つ受け取ってしまっては本末転倒、泥棒の追いかけが徒労だ。

それはリイスとしてはあまり好ましい物ではなかった。


「じゃあ、こうしよう」


そう言うとリイスは片手で取ったりんご二つを手渡す。

そして、蹴りのせいだろうか真ん中に亀裂の入ったりんごを差し出す。

店主はどうするつもりか問いかけるようにヘルムを見る。


「これを銅貨二枚で売ってくれ」

「もちろん!」


笑顔で応じる店主に銅貨二枚を払いリイスは戻って来る。

店主の男も道が同じなためリイスの後ろを歩いていた。

どうやら、店主は泥棒から品を返してもらえただけで良かったようだ。




クルスが焼きりんごの所を食べ終え、残る三分の一の生のりんごの部分を食べ始めた時にはリイスは戻ってきていた。

一部始終を見ていなかったリイスは手に持っているりんごが目に入った。

そして、リイスを見る。


「奪った?」

「泥棒を捕まえた人に掛ける第一声がそれかい?」

「なら、くすねた」

「はい」


クルスの言葉を無視するようにリイスは真ん中に亀裂の入ったりんごを手渡した。

だが、視線は一瞬りんごを見たもののすぐにリイスへ戻った。


「くすねた物はいらない」

「あげるという意味のはいだよ」


流石にくどかったようでリイスの声も若干の怒りが籠り始めた。

すかさず揶揄うのを止め、リイスのりんごを受け取る。


「これでさっきのりんごの分はなしかな」


リイスの言葉を無視してクルスはりんごの切れ込みに指を入れる。

そして、均等に力を加えることを意識する。

その表情は真剣そのものだった。


パカッ


クルスの予想とは違い二等分とは程遠い形へと別れた。

芯が付いてる大きいりんごをリイスに手渡す。


「ああ、いいよ」


さっきのりんごとはクルスのりんごを勝手に取ったことだろう。

奢る約束が無くなってしまったのは残念だが別に気にするようなことでもない。

クルスは焼きりんごの焼けてない残りの部分を食べ始める。

リイスはヘルムを脱ぐとその表情に笑みが浮かんでいた。

そして、受け取ったりんごに齧りつく。


「流石リーダーだな」


クルスは勢いよくリイスを見る。

その表情は先ほどとは違い明確な驚きがあった。


「リーダー!?」

「ああ、言ってなかったか?」

「言ってない!」


クルスの怒声が響いた。

リーダーというのは決める必要こそないもののこれからの指針を決めたり様々なギルドへの報告などの雑用をこなすのが役割だということは把握している。

以前がそうだったのだ。

しかし、クルスは不服そうに目を細めた。


「リーダーの仕事ほぼお前がやってるだろ」


そう、リイスは指針を決めているし経験も豊富。

何ならほぼ強制的にパーティを組まされたのだ。

それでリーダーというのは納得いかない。

そもそも、クルスはそういう柄でもないのだ。


「君が言い出したんだから」

「強制だっただろ」


言い返してもリイスは素知らぬ顔でりんごを食べ続ける。

その姿を横目にクルスも続きを食べる。

声を荒らげたせいだろうかりんごの果汁はとてもおいしく感じた。

久しぶりに感じる穏やかな時間がずっと続けばいいなと思った。

隣のヘルムの奴も声を荒らげてしまってはいるがても悪くはない。

そんな二人の間には暫くりんごを齧る音が響くのだった。



















森はいつも以上の静けさだった。

それは不気味なほどに。

スタンピードが起こった以上そうなるのは当然だった。

そんな森にマーシは木にもたれ掛かるように腰を降ろす。

彼が全く周囲の警戒をしないのは自身の実力に自信があるからということもあるだろうが、そもそも彼に襲い掛かるような愚かな魔物は一掃されたからだ。

今ここらに残る魔物は皆あの強大な圧に当てられてもなお忍ぶことを決めた臆病者だ。

臆病だからこそここにいることが出来ているとも言える。

その臆病者を残し多くの魔物は恐慌状態となり一目散に逃げていった。

町へ向かった運の悪い魔物は狩られ、違う所に行った魔物は当分ここらに近寄らないだろう。

だからこそ気を抜いたように空に浮かぶ欠け始めた月を眺めていた。


「随分と物思いに耽っておるようじゃな」


声の方向に男は視線を向ける。

だが、決して驚くことなく落ち着いていた。

その視線の先には森の奥から歩いて来る少女がいた。

しかし、少女というには大人びた妖艶さがあり栗色の髪は腰あたりまで伸びていた。

そして、彼女の頭部には仄かな光を放つ狐を思わせる耳が二つ、後ろから見えるいくつもの尻尾も同様だ。

まるで尻尾と耳が少女の体ではないような違和感があった。

身に着けているのは東方の着物と酷似しているが彼女の物は数段豪華な装飾が施されている。

口元を隠すように広げている扇子も同様で隠れた表情から彼女の考えは読み取れない。

男は眉を顰める。


「誰だ? 少なくともここまで来る奴がまともじゃないな」

「其方もじゃないかえ? 妾にとっても其方がまともとは到底思えぬ」


そうだと言わんばかりに男は頷く。

その反応を笑うかのように少女の目は笑った。


「ガキはねんねの時間だ、いい子なら回れ右して帰りな」

「この期に及んでまだガキ扱いとは、主の目は節穴じゃな」


少女の愉快そうな笑い声が響いた。

元より彼女をただのガキとは思っていない彼の警戒心は表情からでも跳ね上がったことが窺える。


「なら狐か? コーンと鳴けば仲間が来るかもな」

「コーン!」


満更でもなさそうに狐の鳴き真似をする少女にマーシはため息をついた。

揶揄っている彼女の神経の図太さに呆れる。


「じゃが、生憎仲間はもうおらぬ」

「そうか、一人旅だったら町は向こうだ」


わざと話を逸らす男は丁寧に町の方向を指さす。

それすらも少女はけらけらと笑い受け流す。


「妾がそんな下らんことで来たわけではないことなどとうに気付いておろう」

「……」


マーシは押し黙った。

ただ、早く去ってほしいという内心をこれでもかというほど滲ませていた。

それが彼女の悪戯心を燻らせるように息を吐く音が聞こえた。


「回りくどいのも良いのじゃが、お主はそう言うのは好まんじゃろう」

「そうだな、そもそも今の状況も大嫌いだ」


辛辣な物言いにも少女は気にする素振りは無い。

予想していたかのような少女の立ち振る舞いにマーシの表情は険しいものになっていく。


「妾はお主について知っておる。無論、賢者の石についても」

「へぇ、気に入らない面だよ。今のお前の顔は」

「ふふ、そう言うお主は妾の好みな表情になったのぉ」


まるで全てを見透かすようなその言動に男マーシはみるみる不機嫌になる。

それでも、少女は嘲るような笑みを浮かべる。

内心馬鹿にしているであろうことは手に取るようにわかる。


「まずは主の計画が失敗したことの慰めの言葉が良いかや?」

「なら、お前の温かい頭を冷やすための風穴を開けてやるよ」

「お主程度の実力でやれるのかや?」


あからさまな挑発だ。

今の言葉が最悪な結末を迎えるかもしれないということなど両者は承知していた。

いや、少女はそうは思っていなかったのだろう。

扇子越しの笑みは男が立ち上がろうと崩れることなくより深い物へと変わっていったのだから。


マーシは威嚇のように槍で前を払う。

しかし、それすら動かない少女にため息を溢し槍を構える。

未だに続くその虚勢が崩れて逃げ出すならばそこで終わりにするつもりだったのだが、なおもその虚勢に縋るのなら彼女が悪い。

そう内心で責任の転嫁をして地面を蹴る。

身体強化を遺憾無く使用した蹴りは常人には反応することなどまず不可能だ。

この得体の知れない少女も恐らく訳が分からないまま死ぬ。

その未来を頭の中で描きつつ男は槍を彼女の眉間目掛けて放つ。


……


槍は少女の眉間に触れる直前で白い障壁によって防がれた。


「!!」


その障壁に見覚えのある彼の表情は驚きに満ちたものへと変わっていた。

防御魔法だ。

しかも、全力とは言えないもののその威力は並の冒険者でも一撃で屠れるほどと彼は自負している。

それを防御魔法で防ぐというのは至難の業だ。

槍は一部分に力が集中するためよほど強靭な障壁にしなければ打ち抜かれ、それを防ぐにはかなりの技量が求められる。

これは、逆らってはいけない相手だと本能のように理解したマーシは、即座に離れると槍から手を離し両手を上げる。

一瞬の静寂にふさっと槍が草むらに落ちる音が大きく聞こえた。


「降参だ」

「骨のない奴じゃのぉ、つまらん」

「引き際がわからない死にたがりの方が良かったか?」

「いや、お主がそ奴らと同じなら死んでおろう」


物騒なやり取りだが二人は落ち着いている。

マーシに至っては冗談すら話せるほどだ。

そんな話の最中、彼はその場に腰をつく。


「入るなら早く本題に入ってくれ」


催促に少女は咳払いをする。


「お主は傀集院に属しておるじゃろう」

「……どこでそれを知った」

「賢者の石に関する知識が殆どないにも拘らずそれを執拗に欲するとなれば自ずと導ける」


その一言に最初こそ胡乱な瞳で見つめつつもすぐに納得したように表情を戻す。

傀集院は表向きには迷宮から得られるアーティファクトを収集している組織だが、ここでその名が出るということは少なくともこの少女はその裏についても知っているのだろう。


「それでお主には妾に協力してもらうつもりじゃ」

「つまり、傀集院の情報を流せと」

「物分かりが良くて助かるのぉ」


そう言いながら笑う少女に向ける視線は明らかに乗り気ではなかった。

マーシの吐いたため息が、彼の葛藤の末に出した結果であった。


「そもそも俺は傀集院がどこにあるかは知らない」

「じゃろうな」


予想外の返答にマーシは目が点になる。

その反応を楽しむように少女は顔の隅々まで視線を巡らす。


「その程度で見つかるなら妾もお主に頼ることは無かったのじゃがな」

「……どういう情報網なんだ」


少女は扇子越しでもわかるほどの笑みを浮かべた。


「妾には秘密の方法がある。じゃが、今はそれは秘密じゃ。其方のとっておきの顔が楽しみじゃのぉ」


クックっクと笑う少女に訳の分からないマーシは無反応を貫いた。

そして、思い出したように一つの要求を口にする。


「俺が情報を渡すのはわかったが相応の対価を貰いたい」


マーシは賭けに出た。

少女の言い分では誰が傀集院かは判別できていない。

無償労働は真っ平だが、それ以上にあることを知りたいのだ。


「もちろん、報酬は支払うつもりじゃ」

「いや、一つ頼みたいことがある」

「何じゃ?」


マーシは言うべきか一瞬躊躇った様子だった。

だが、大きく深呼吸、気持ちを落ち着かせる。


「探してほしい冒険者がいる」

「ほぉ」


むしろ興味をそそられる内容に少女は一歩近づく。

しかし、興味を持たれたということに彼はげんなりとした様子だ。

少女がそれに気づいていないのか、無視しているのか離れることは無い。


「手は出すな」

「安心するが良い、出さん」


胡乱な瞳で見つめるマーシだが、今回は信じるしかないと腹を括った。


「して、そ奴の事を知っている範囲で教えてくれるかや?」

「ああ」


マーシは少女に出来る限りの事を伝えた。

性別、髪の色、身長、良く食べていた物に当時のギルドのランク。

ある程度絞れる情報を伝えた。

だが、少女の表情は芳しいものではなかった。


「あまり成果は期待できないじゃろうな」

「見つからなくても運が悪かったくらいにしか思わない」


既に探したのであろうマーシは遠いところを見ていた。

しかし、その表情に少女の表情には笑みが刻まれた。

そして、扇子をパチンと閉じる。


「じゃが、最善を尽くすことを誓おう」


自信に満ちたその表情で少女は宣言した。

体躯は細く背丈は立ったマーシの胸程度の小柄な少女だがその一言には安心感に似たものを感じた。

自然とマーシの表情にも笑みが浮かんでいた。


「そうか、頼むぞ」


話はまとまった。

マーシは立ち上がり槍を拾う。

目的は傀集院、マーシ自身その場所はわからないが当てが無いわけではない。

その思い当たる所を目指して歩き出す。

それを少女は彼の姿が見えなくなるまで見送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ