とものターン3
……と思ったが、夜である。
今日はもう終わるので、明日いいことがある事を祈ろう。
実家は駅から歩いて十数分の場所にある。
地元の道はビルも建っていなければ、コンクリートジャングルになっているわけでもない。
空が広く、緑も多い。少し郊外に行けば畑もある。ちょうどいい田舎町。
心地の良い夜風と、柔らかな月明かりが優しく体を包み、どれだけ悲しいことが重なろうとも、この町は自分の味方でいてくれる、そんな気にさせてくれた。
家に着くと、昔からずっと変わらない実家がそこに鎮座している。
少し大きな川にすぐ近くの閑静な住宅地。向かいには公園があり、土日の昼間や平日の夕方には小さな子の声が聞こえてくる。
そして、いつも、どんな時でも、何があっても味方でいてくれた。そんな場所。
重い玄関の扉を開ける。
「ただいま〜」
手を洗おうと、洗面所へ向かう
「え、あんた帰ってきたん。帰るなら言いなさいな。何も用意してないよ」
母である。かっぷくのいい身体は相変わらずである。風呂上がりなのであろう、髪が濡れており、洗面台の前でドライヤーを手に持っていた。
「大丈夫大丈夫。カップ麺でいいから」
「布団とかも洗ってしまってあるで、自分で用意しりんね」
そいういうとブオオオンとドライヤーをかけだすのだった。
「ちょっとどいて」
母を退けて手を洗う。そして、自室へ向かった。
自室には、小学生の時から使っている勉強机と、保育園の時から使っているベッドがあるが、それ以外は何もない。
他のものは大体、名古屋に持っていってしまっているので、この部屋は質素だ。
さらに今はベッドの上に布団も何もないので、いつも以上にさらにシンプルだ。
1時間の電車旅と少し歩いたせいで疲れた体を休めるべく、勉強机の椅子に荷物を置き、ベッドに腰掛けた。
先ほど買ったコーヒーを飲みながら、昨日あった事をもう一度考え直す。自分は何が悪かったのだろうか。
昨日のことだ。
彼女ととある映画を見に行くことになり、朝10時に集合していた。
「11時から上映だから、ちょうどいい時間だね」
笑顔の彼女は可愛い。少なくともこの時は、自分だけの笑顔だと思っていた。
「そうだね」
「楽しみ!」
「そうだね」
「ところでさ、、ポップコーン食べたいなあ」
「食べよう。映画館にはポップコーンだよな」
いつもの日常を送っていると思っていた。
朝早すぎてちょっとだるいな。そう思えるくらいにはいつも通りだった。
映画を見終わると、少し遅めの昼ごはんへ向かう。
「ねえ!これ食べていい??これもいい??これ美味しそう!」
「いいよ。全部食べな。俺も食べる」
「ありがとお」
ご飯を食べた後は、買い物。
「これが欲しい!」
「いいよ」
「これも可愛い!」
「いいよ」
「え〜迷っちゃう!」
「両方いいよ」
「キャーありがとう!!」
その後はスタバ。
「キャラメルマンゴーラテアートのキャラメル多め、シロップ少なめ、ミルクはオーツミルクに変えてもらって、あと・・・」
呪文である。
「俺は、アイスコーヒーブラックで」
「お会計は?」
「一緒で大丈夫です」
ん?あれ、よくよく、後々から考えてみれば、、なんか、俺しか払っていなくないか?
そういえば、この時はいつものことすぎて何も思っていなかったが、俺はお金を払いすぎていた。
そうこうしていると夜になり、大事な話をしたいと急に言われた。
彼女の食べたいと言った栄の中華料理屋で、注文した色々な料理が並び始めた頃だった。
「ごめんね?好きな人、できちゃった」
青天の霹靂とはこのことか。そう思った。
「え、?どういうこと?」
「実は、大学の同じサークルの先輩がずっと気になってて、もう気持ちに嘘つけない」
「え、?嘘でしょ?別れたいってことだよね」
「そう」
何かいろいろ間違っているんじゃ……と思ったが、何も考えられなかったし、何も言えなかった。
「じゃあ、そういうことだから。ごめんね」
そういうと、一口、小籠包を食べ、
「おいし。ありがとうね、今まで。バイバイ」
と言って、席を立ち、料理にはほとんど口をつけずに帰っていった。
どうしようにもなく、とりあえず、目の前にある2人分の料理を食べることにし、一心不乱に、何も考えないようにしながら、平らげた。
冷静になり、ふと周りを見てみると、他の客の同情の目線がとても痛かった。
20時くらいに店を出ると、栄の街にはカップルが大量発生していた。
全員爆発してしまえばいい。不貞腐れながら歩いた。
家路に着こうと、地下鉄に乗る前に、彼女の真意を知るべく電話をしようと、lineで電話をしてみる。
しかし、繋がらなかった。ブロックされているようだった。インスタの彼女のアカウントは鍵垢になっていて見えなかった。心がぎゅうっとするのがわかった。
悲しい感情が、込み上げてくる。これって、あってるのかな。なんとなく、間違っているのではないかと思った。
悲しみと共に、地下鉄の階段を下ると、向こうから、いかつい顔をした体格のゴツい青年がこちらへ歩いて来ていた。
「おう、いけじゃねえか」
知り合いであった。同じ学部の友達で、彼女ともサークルで繋がっており、2人の数少ない共通の友人だった、アカリとかいう男だ。彼とは、趣味が一緒でよく遊んでいる。
「ああ、偶然だな」
「おい、顔大丈夫か?……お前、まさか、中華料理屋に行ってたんじゃねえか?」
「そうだけど、なんで知ってるんだ」
「あいつの最低な常套手段だからな。しょうがねえ。ここで出会ったのも何かの運命だ。この後時間あるか?」
「さっきすごく暇になった」
「そうだろうな」
その後、驚愕な話を聞くことになる。
アカリと遊ぶ時いつも行くバーにつくとスクリュードライバーを頼み、乾杯をした。
「あいつと付き合ってると言ってた時、かわいそうだと思ってはいたんだ。だけどな、お前の幸せそうな顔を見てたら言えなんだ」
「何をだよ」
「あいつには、彼氏が何人もいる。そして、あいつは、お金を払い続ける奴とは長く付き合うが、別にお金を払ってくれるやつを見つければすぐに切り捨てる。別れる時は、自分が大嫌いな中華料理屋に連れていき、ひたすら料理を頼んでから別れを切り出すのが常套手段なんだ。つまりだ。」
「つまり?」
「大クズクソビッチ野郎なんだよ」
「そうだったのか」
衝撃を通り越して、現実味はなかった。あんなに可愛かったのに。自分だけの笑顔だと思っていたのに。
普通に彼女だったのに。
驚いたような。腑に落ちたような。どこか救われたような。全てを失ったような。信じられないような。
色々な感情が心を渦巻き、正直一杯一杯であった。
だが、酒は一杯、もう一杯と飲み続けてしまい、気づけば、俺もアカリもデロンデロンになっていた。
正直、記憶がほぼないが、確か、
「殺すぞ。てめえ」
と、アカリに言われた気がする。お前にそれ言われるとめっちゃ怖いな。と言い返していた記憶が微かにある。
記憶は微かだが、殺すぞてめえと言われたのがショックすぎて逆にここだけよく覚えている。なぜ言われたのかは覚えていないが。むしろ、アカリも憶えているかわからない。
そのあとは、どうやってかラーメン屋に行って……今に至ると。
何が悪かったんだろうか。
とりあえず、また眠たくなってきたので、ベッドを整えることにした。
風呂入って寝よう。