ケンのターン 2
結局、次に目が覚めたのは18時。
暫定の第一希望の会社の選考結果も昨日、電話があった。昨日の電話では何と言ってたか。おれも軽く寝ぼけていたし、相手もゴニョゴニョしゃべっていてほとんど記憶がない。まあダメだったという感情のみ残っている。
当ては他にもある。そう自分に言い聞かせて、この堕落した1日をせめて夜だけでも充実させようとシャワーを浴びる。
シャワーというものは、すばらしい。寝ぼけた脳内も、就活での失敗も、壊れた友情もその一時だけは全てを頭から取り去ってくれる。『水に流す』とはよく言ったものだ。少し気分が上がったので、家から出ることにした。
「たまには実家にでも顔を出すか」
ここ最近はずっと実家に帰っていなかった。帰る理由がなかったのはもちろんだが、華々しい就活の成功談を土産に帰ろうという思惑があったのも事実だ。それもなくなった今、あえて顔を出さない理由はない。
実家と言ってもここから電車で1時間くらいだから、大げさな帰省と言う程のものではない。
会う前からあれこれ聞かれるのも面倒だったので、親には連絡せずに向かうことにした。
「身投げかな?最近多いな」
ホームで電車を待っている。路線のどこかで人身事故が起きたようで、電車が遅延している。
そりゃそうだ。みんなこんな世知辛い世の中を必死に生きてんだ。そりゃ死にたくもなるわな。心の奥底では全く自殺に共感しないが、今の落ち込んだ気分もありポーズだけでも同情してみる。
電車が遅れているため、ホームはいつも以上に人で混み合っている。
「あれって...」
ごった返したホームで見知った顔を見つける。今は気さくに話しかけることのできる関係ではないので、動きを目で追う。
やはり恋愛感情というものはすばらしい。こんなにごった返した人混みの中で、その人のみピンポイントで捉えてしまう。良くも悪くも、だが。
その人はおれが惚れた笑顔で男に近づき、親しげにしゃべっている。人はなぜ、既に自分のものでなくなった相手にまで嫉妬をしてしまうのか。この謎は、心理学や社会学がこの先どれほど発展しても解くことのできない問題だろう。
「あの男はだれだ」
もちろん気になる。おれをフった彼女の言葉や、あの夜のジュニのことがフラッシュバックする。このホームにいるということは、1/2の確率で同じ電車のはずだ。
遅れた電車がホームに到着し、2人を視界の端に捉えながら電車に乗り込もうとする。今日は満員のため、2人を目で追おうとするも見失ってしまう。
「まあ、いいや。どうせおれにはもう関係ないし。」
これ以上ストレスを増やす事はない。酒を飲んで遅くに起きて、おれの身体も心も休みたがっている頃だろう。そう思い、地元の駅まで窓の外に目を向けることにした。実際は、身体を動かすことができず、そうする他なかっただけなのだが。
ぼーっとしていると1時間はあっという間に過ぎ、地元の駅に着く。階段を上がり改札をくぐる。横に長く通路が広がり、公式のキャラクターのイラストがお出迎えしてくれる。地元は帰るだけで、町全体が出迎えてくれているようで、最近バタバタしていたおれにはとても温かい場所だった。
喉が渇いたので、駅の近くにあるお店でアイスコーヒーを買い、少し散歩しながら実家の方角に足を向ける。
今日はいい日になりそうだ、という根拠のない自身がどこからともなく湧いてきた。