とものターン9
病室に戻るとベッドに横たわりながら考えた。
なぜ、サヤカに会えないのか。このままでいいのか。昨晩の彼女の姿は……わからないが、普通ではなかった。
少なくとも心身ともに健康な状態ではなかった。それだけはわかる。
だったら、おれにできることは、ここで寝ていることじゃない。
そう思った。
今夜、彼女に会いに行くことに決めた。
20時5分。
夜が深まり、面会時間もとうに過ぎ、看護師さんたちの動きも少し落ち着いたこの時間に部屋を出た。
昨日、サヤカが倒れていた場所近くの部屋の名札を見て回る。
しかし、どこにも橋本という名前は見つからなかった。
もしかしたら、カモフラージュで違う名前にしているのかもと思い、病室の中も覗いたが、ほとんどがおじさんおばさんであった。
まさかと思ったが、彼女が倒れているすぐそばに階段あった。
「別の階にいるのか?」
階段を上り下りは今はまだ難しいと言われている。
でも、もし、彼女も同じように言われているにも関わらず、階段を登ったか降りたかしていたのなら、と思うと勇気が湧いてくる。
彼女は衰弱しきっていた。その状態で上の階に行くのは難しいだろう。だとすれば、彼女はここより上の階にいる可能性が高い。と推測して、上の階に行くことにした。
手すりを頼りに、一歩一歩上るが、踊り場にも辿り着く前に力尽き、踊り場までの半分くらいのところ座ってしまった。
仕方なく、手すりに手をかけ、座ったまま両足でお尻を持ち上げるように一段ずつ上がった。
踊り場に到着すると、足はパンパンで、手すりを使っても立ち上がることはできなかった。
這うようにして踊り場を移動し、最後の階段までたどり着いた。
「あと半分」
上半身だけを起こし、先ほどと同じように手すりと両足を使ってお尻を持ち上げ、一段、また一段と上がった。
「ついた」
一つ上の階に到着した。
しかし、足はパンパンで、今は立ち上がることは難しい。
「しょうがない。少し休憩しよう」
階段のすみで腰掛けたまま、少しぼーっと休憩した。
もし、実は上階ではなく下階だったらどうしよう。
もし、本当は同じ階でただ見つけられていないだけだったらどうしよう。
もし、看護師さんに見つかったらどうしよう。
そんなことを考えてしまったが、そんなこと考えても仕方がない。と自分を奮い立たせ、少し休まった足で何とか立ち上がろうとする。
立ち上がることができれば、手すりでなんとか歩ける。
足にグッと力を入れ、立ち上がった。
手すりを頼りに、階段近くの病室の名札を見回る。1部屋、2部屋、3部屋。しかし、橋本という文字は見当たらず、やはり病室を覗いてみても、そこにサヤカはいなかった。
「何やってるんですか!」
後ろから大きな声が聞こえた。最近よく聞く声だ。
振り向くと、担当の看護師さんがいた。
「ああ、すみません。つい」
「でも、すごいですね。階段を登ったんですか?」
「はい……」
「橋本さんを探して?」
「はい……」
少し怪訝そうな顔の看護師さん。怒っているようだった。
仕方がない。あれだけ無理をさせないようにしてくれていたのに、無理してしまったのだから。
「ここにはいないですよ。もっと下の階にいますよ。もうわかりました。あなたに負けました。私の一存ですけどそんなに会いたいなら会わせてあげます。誰にも言わないでくださいよ?」
「本当ですか?」
青天の霹靂。看護師さんの言葉に驚いた。しかし、これは暁光だった。
看護師さんは、はぁ、と少し呆れたような表情で、
「少し待ていてください。車椅子持ってきますから」
と、言うと少し駆け足で看護室の方へ行った。
正直、足がパンパンで今にも座りたい気持ちが強かったが、今床に座ると立ち上がれない気がしたので、このまま立っていることにした。
看護師さんはすぐに戻ってきてくれた。
看護師さんが持ってきた車椅子に座らせてもらうと、カラカラと引いてもらい、エレベーターの方へ向かった。
「橋本さんのことなんで知りたいんです?」
「この前までの彼女……といっても3年前ですけど。優しかったんです。でも振られてしまって……。でも、そのあとすぐに追いかけてきて、おれの命まで救って。何がなんだか分かんないんです。だから知りたいんです」
エレベーターに乗ると、2階のボタンを押す。あり得ないと思った。そんなバカな。おれの3倍頑張っていたなんて……。
「看護師さん、サヤカはどうやっておれの部屋の階まできたんですか?」
「多分、おんなじ方法ですよ」
サヤカは、やっぱりわからない。どうして。
そして2階へつく。エレベーターから少し行ったところ、階段の側の部屋で看護師さんの足が止まった。
橋本という名札がかかっていた。
看護師さんに押されて車椅子のまま部屋へ入る。
そこに、彼女はいた。




