「怪談」の話(中⑰)
*
『人を作る階』。
私達が目的とする手術室に行くため、インク瓶は歪いびつにそう指定させたとの事だった。
『――スミト君の設定曰く。手術室に人体パーツを集めているのは、そこでそれらを組み上げるためだという』
ゆっくりと上昇を始め、小刻みに揺れるエレベーターの中。
黒キノコの持つ手帳から展開するページの上に、インク瓶の言葉が静かに綴られる。
『人を組み直す――つまり、人を作り上げる部屋。意味合いとしての重なりもほぼ正確で、求める道が繋がる可能性も非常に高いと見た訳だ』
「……そのまんま『人を組み直す』とか『人が生まれる』とかじゃダメなん」
『前者では移植手術の意味と掛かり、適応される範囲が広くなってしまう可能性があるし、後者では単純に出産という意味で分娩室などの方が優先されるかもしれないからね。とはいえ、この一回で件の手術室に辿り着けなければ、それらも試すつもりではあるよ』
「ふーん……」
……まぁ、そんな感じらしい。
零れた呟きに返った長文にぼんやりと納得を返しつつ、私は扉の上にある表示盤へと目を向ける。
B2からB1へ。更に1F、2F、3F――。
光るボタンの示す4Fに近付くにつれ、少しずつ身体がぎしついてゆく。おなかの底で不安の灯が揺れ、インク瓶の右腕をちょっとだけ深く抱え直した。
『そろそろ階に到着する。さっきも言ったが、油断はしないようにね』
「……分かってるっての」
するとカサリと手帳が揺れる音がして、目を戻せば注意じみた文章が浮かんでいた。
落ち着きの無い内心を察されてしまったのだろう。なんとなく気恥ずかしくなり、頬を掻いた。
『なら良いけど。……もし、「人を作る階」が「人の行く階」と同じであった場合、厄介な事になっている可能性が高いからね』
……厄介な事。
その単語にまた不安が強まり、右眼を抑えて嘆息ひとつ。それと同時に、とある女の顔が脳裏に浮かぶ。
『人の行く階』で降りたという、鼻を削がれたどんよりババァ――地圀幸。
(……居てくれんなよ、マジで――)
ぽーん。
口の中、舌打ちと一緒にそう呟いたその時、ノイズがかった電子音が響いた。
表示盤には4Fの文字。曰く、『人を作る階』。
ぎ、ぎ、と軋みを上げる扉に、私はそっと息を詰め――やがて開いたその隙間から、橙色が差し込んだ。
「――……」
扉の外は、他の階と同じくうら寂しい夕暮れ時の廃墟が広がっていた。
人も居なければ『何か』も見えず、物音ひとつ聞こえない。
階数の表示にはただ『×』とだけあって、これまでの意味の分からない文字列と比べ常識的なものに見えた。でも今はその簡素さが逆に不気味で、薄ら寒さが肌の上を駆けてゆく。
「……何も無い、か?」
「み、見た感じは、そうね……特に変なところは……」
黒キノコと一緒に頭だけ外に出して様子を窺ってみるけど、やっぱり異常は無し。
最悪、扉が開いた途端『何か』が雪崩れ込んでくるとまで考えていたけど、とんだ肩透かしである。
「はぁ……やっぱ、色々考え過ぎだったんじゃない? 別の階行ったんだって、あのババァ――」
「……あ」
少しだけホッとしながらインク瓶に話しかけていた時、黒キノコから声が上がった。
見れば青い顔して口を開け、震える指を廊下の窓の方へと向けている。
……なんだよ。私はじわじわと嫌な予感を抱きつつ、その指先を目で追って――。
「――っ!?」
即座にエレベーターから飛び出した。
そして窓の下側に転がるように飛び込んで、外から見えないよう腕だけ伸ばしてレバー式の鍵を弾き上げた。
……そう、鍵。窓の鍵が、開いていた。
(あ、あっぶねぇ……! 外からも入ってくんだぞあのバケモン――ど、も……)
イヤな風に跳ねる心臓を抑えつつ他の窓にも目をやった途端、息が止まった。
全部、この窓と同じだった。
見える範囲にある全ての窓。その鍵が、ひとつ残らず開いている――。
『……この廃病院の窓は、基本的に施錠されていた。意外と理知的な例の化物達が、しっかり戸締りするからだろう』
……カサリと、エレベーターの中で手帳が揺れる。
『なのに、ここでは全ての鍵が開いている。となれば……居るんだろうね、地圀さん』
私からだとその中身は見えないけれど……なんとなく、どんな感じの事が綴られてるかは察しが付いた。
『やはり、「人が行く階」と「人を作る階」は同じらしい。そして一足早く降り立った彼女が、鍵を開けて回っている。意図的に、状況を悪化させている――』
――カラ、カラリ。
その時、見えない廊下の先から窓が開かれるような音がして。
瞬間私は踵を返し、エレベーターへと駆け戻った。
*
――地圀幸は、やっぱり私の『取材』を諦めてない。
どうやら、そういう事のようだった。
「――マジで頭おかしいんかあのクソババァ!?」
とんぼ返ったエレベーター。
一旦扉を閉めて貰った室内に、私の怒声がわんわんと跳ね回った。
『……まぁ、間違いなく例の化物を呼び込もうとしているね。地圀さんがこの階に来てどのくらい経っているかは分からないが……少なくとも、廊下の先は全開かな』
「ふざけんなよもぉぉぉぉ……! 何してくれてんだよ勘弁しろってぇ……!!」
「――、……?」
堪らず頭を抱え込んで唸っていると、困惑顔の歪いびつが黒キノコから手帳を受け取り、おずおずと話しかけていた。
ババァの行動が意味分からな過ぎて、イマイチ呑み込めてないのだろう。そりゃそうだ。
インク瓶もその声なき戸惑いを正確に汲んだようで、言い聞かせるような筆跡で綴った。
『……そういう人なんだよ。さっきも少し話したと思うけど、地圀さんは自分の世界観に強いこだわりを持っている作家だ。特に人間が傷つき醜く崩れる様に深い想いを抱いているようで、どの作品でも人の死を徹底して凄惨かつグロテスクに描写している』
「……、……? …………」
『うん、それ自体はそういう作風というだけだ。ただ、その熱量が度を越えているというか……言ってしまえば、それを緻密に描くための努力に躊躇が無い』
はぁ。聞こえない筈の溜息が、文字の揺らぎから読み取れた。
『病院への手術見学希望や、事故現場への突撃なんてまだ大人しい方だ。いびつ君も「取材」として彼女に喉の傷を弄り回されたんだろう? それと似たような事を、現実でも幾度となく繰り返している。確かそれで裁判沙汰になった事もあった筈だよ』
「……聞いた事あるすけど、ガチなんだ……」
私と同じく手帳を覗いていた黒キノコが、引いた様子で小さく零す。
どうやら、界隈でも噂にはなるくらいには知られた話であるらしい。ろくでもない。
『……地圀幸作品では、美醜のギャップも印象的に描かれる。今の彼女は、そこの綺麗な子が醜い化物に変貌した姿をどうしても見たいのだろうね。だからあちこちで鍵を開けて回っている。この子と化物とが出遭いやすくなるように』
「……、……? …………!?」
『むしろこんな状況だからこそなんじゃないかな。彼女にとって今は恐怖する場面では無く、飛び上がるほど興奮するようなチャンスタイムなのかも――』
「バーカ! バーカ!! バーーーカ!!!」
堪え切れず、上品かつ頭の良い罵倒が口を突いた。
そして黒キノコと歪いびつからの同情的な視線を振り払い、苛立ちそのままエレベーターの扉を蹴りつける。
「あのクソババァの性癖なんていいよどうでも! 今はこっから私らどーすんのっつー話だろが!!」
そう、今更あのクソババァへの造詣を深めたところで、ただ不愉快になるだけである。
今重要なのはこれからどうするか。この階を進むかどうかだ。
「つか大体、ほんとにこの階でいいの? ババァ居るんなら、そもそも実は階違いだったりとかさ……」
『……残念だけど、地圀さんが居るなら却ってここが正解の可能性が高い。「人の行く階」と「人を作る階」の二つの要素を満たした階って事だからね』
「ぐ……じゃ、じゃあ、マジでどうすんだよ。行くしかないにしたって、こんなん……」
そっとエレベーターの扉に目を戻す。
さっき蹴りつけた時にそれなりの騒音が響いた筈だが、廊下側からの物音や気配の類は無い。
どうやら周囲にはまだ『何か』は居ないようだけど、進めば絶対うじゃうじゃと居る。廊下の窓が全部開いてんだから、遭遇率もその数も、これまでの比じゃないのは明らかだ――と、
「……今思ったけど、これクソババァもうリタイアしてるよな? 自分で開けまくってんだから、100パー途中でかち合ってんでしょ」
そうだ。冷静に考えれば、そんな事してて『何か』に見つからない訳が無い。
たぶんとっくに捕まって、私じゃなくて自分の方が『何か』の仲間入りをしている筈だ。
だったら窓が開けられているのも廊下の途中までだろうし、その先に抜ければまだなんとかなるかもしれない。
……そんな希望的予測を口にしたところ、視界の端で黒キノコが目を逸らしたのが分かった。ヤな予感。
『……どうかな。僕としては、地圀さんはまだピンピンしている説を唱えたいけど』
「は……な、何で? そんな動けんの、あのババァ」
『いや、そうじゃなくて、化物側に理性があるからね。開かない扉を無理矢理開けようとしなかったりするのを見ると、自分達に利するものを見逃すくらいはやってきそうなんだが……その辺どうだい、作者君』
「……クリーチャーは即死ギミック持たせてる分、戦闘の回避方法には幅持たせてて……命乞いとかは運次第で通って、襲われるの後回しに出来たりする……。勝手に自分からクリーチャーに協力するみたいなムーブは……その、もしかしたら、一旦ほっとかれるかも……?」
「もぉぉぉ~~~……ッ!!」
つまり、あのクソババァは今もせっせと窓の鍵を開け続けている可能性が高いらしい。
ままならないアレコレに、より深く頭を抱えて牛の鳴き真似。
『……さて、こうなると時が経つ程こっちが不利になる。もうそろそろ、階の探索を始めたいところだけど……』
話を本題に戻すその一文に、黒キノコと歪いびつが身構える。
その表情も青く強張っていて、エレベーターの外に出たくないという気持ちがイヤという程伝わった。私もだ。
「……つっても私は絶対行かなきゃだけどさ……でもコイツらはどうすんの? 留守番?」
『とりあえず、いびつ君はそうだね。いざという時の逃げ道として、エレベーターをいつでも動かせるよう待機していて貰いたい』
「――っ!!!!」
瞬間、歪いびつ渾身のガッツポーズが炸裂した。コイツ……。
「……あ、あの……オレは……」
『スミト君は出来ればこの子と一緒に来て、手術室への経路や隠し通路の入口などを探して欲しいんだけど……まぁその身体じゃ無理は言えない。だから他の選択肢として、僕の右腕を持ったこの子が外を探索し、手帳を持ったスミト君がエレベーター内からサポートをする、という二手に分かれる方針を提示しておく』
「……え」
……それって、私の方はインク瓶とやり取り出来なくなるって事じゃないの?
思わず、彼の右腕を抱きかかえる腕に力が籠った。
『……察されたかな。そう、君の危惧の通り、その方法の場合デメリットとして正確な情報伝達が難しくなる。手帳の方では文字を繰れるけど、右腕側で同じ事は出来ないからね』
「か、紙は? どっかで紙見つけて、そこに手首のインク垂らせば……」
『……すまない。このおまじないは、今のところ二か所同時には維持できないんだ』
インク瓶曰く、二枚の別々の紙にそれぞれ同じ量のインクを垂らしても、おまじないはどちらも不発に終わるらしい。単純にインク量が二倍となった事で適量から外れ、彼の意識が散るのだそうな。
以前聞いた、インクの量が多すぎても少なすぎてもいけないという、おまじないの制約――それは紙一枚ごとに対する量の話では無く、垂らす総量の話であったようだ。
『これは明確に僕の力不足だから謝るしかない。でも、右腕の方で何も出来ないって訳じゃないんだ。さっきのエレベーターのボタンへ干渉したように、多少の操作は出来る。それで簡易的な意思伝達は可能だろう』
「…………」
『手首のインクを通し、エレベーターの中の手帳に外の光景を中継する。そしてスミト君が経路なりを見つけたら、手首の方でインクを使ってそちらに誘導する……これなら君は一人で自由に立ち回れるし、スミト君に無理させる事も無い』
……要は、蜘蛛の時に『親』の内心を中継したアレを応用するという事だろう。
確かにそれなら黒キノコを連れて行かずに済むし、私も足手まといが無い分無茶も効く。
咄嗟にインク瓶に頼れないのは不安だけど……全体として考えれば、そっちの方が安全だ。それは私にも分かる。
……分かっては、いるけれども。
「……は、はは」
黒キノコはそんなインク瓶の提案に、小さく安堵の笑顔を浮かべていた。
まぁ当然だろう。ビビリだとかそういうのは関係なく、誰だってバケモンがぞろぞろ出て来ると分かってるとこに行きたくなんて無いのだ。
そうして分かりやすく肩から力を抜きながら、ゆっくりと歪いびつの手から手帳を受け取り――ふと私の顔を見た途端、一転ぎゅっと眉を寄せた。
「――っ……」
煩悶というか、懊悩というか、そんな渋面。
そして私、インク瓶の右腕、手帳の順に視線をウロウロ行ったり来たり。あからさまに挙動不審となり――やがて、黒キノコはとても、とっっってもイヤそうな空気を振り撒きながら、渋々と手帳を私に差し出した。
「わ、分かったよぉ……」
「は?」
「お、オレも、ついてくってぇ……うぅ、行きゃいいんでしょうがよぉ……!」
「……な、何も言ってませんけど……?」
……どんな顔してたんだ、私。
ほっぺたをぺたぺた触る私を他所に、歪いびつが「大変ねキミら」みたいな顔で寝っ転がっていた。コイツ……ッ。
*
エレベーターの外には、やっぱりまだ『何か』の姿は見当たらなかった。
廊下の奥からは足音が聞こえて来たけどまだ遠く、私と黒キノコはそろそろとエレベーターの外に出る。
閉まりゆく扉の中ではまた歪いびつが手を振っていて、イラッとしながら見送った。
……そのままエレベーターの表示盤を注視していても、動き出す様子は無い。
どうやら私達を見捨てて逃げるつもりは無いようだと、少しだけ安心した。
『まぁ、たとえ逃げられてもインクで呼びつけられるから、あんまり関係ないけどね』
「……そういやそだっけ」
大切なのは歪いびつがエレベーター内に居る事で、エレベーター自体の位置じゃない。
改めてそれを思い出した私は、そこで完全にエレベーターから意識を離し……そっと、すぐ隣の黒キノコへと目をやった。
「……じゃあ、行くけど。ほんとに良いのか?」
「う……い、いいっつってんじゃん……頼むから、もう聞かんでもろて……」
彼はこれ以上ないくらい青い顔で、忙しなく周囲に視線を振っている。
……明らかに良くはなさそうだけど、まぁ、コイツもコイツで色々と思うものがあるんだろう。
私は最後に彼の背中を軽く叩き、廊下の奥へと歩き出し――。
「……ん」
「……え、わっ」
少し考え、インク瓶の手帳を黒キノコへと投げ渡した。
「やっぱ、あんたが持ってなよ、それ」
「……で、でも、その……」
「これまでもそれで不便無かったろ。……別に、思うほどベタベタじゃねーし」
戸惑う黒キノコにそう残し、今度こそ先へと進む。
少しおいて後ろに続いた足音は、意外としっかりしたものだった。
ぺた、ぺた。ぺたぺたぺた。
少し進めば、あちらこちらで裸足の音が聞こえるようになっていた。
予想通り、これまでの階と比べて相当数の『何か』がウロウロしているようで、一瞬たりとも気が抜けない。
慎重に、慎重に。絶対に出会い頭なんて事が無いよう、息を殺して歩を進め、
「――どなたかあああああ、どなたかあああああ」
「!」
少し先の曲がり角から声が聞こえ、咄嗟に近くの病室へと身を隠す。
『何か』は私達には気付かなかったようで、こっちには曲がって来なかったようだった。
遠ざかって行く『何か』の声に、私と黒キノコはホッと息を吐き……目が行った窓の鍵が開いている事に気付き、手早く閉めに走った。
「……マジで全部開いてんのな、鍵……」
――そう、この階の探索を始めて少し経つが、道中に鍵の開いていない場所は一つも無かった。
廊下だけではなく、トイレやこうした病室の中に至るまで。窓や扉を問わず、目に付くところ全ての鍵が開けられているのだ。
どこに行ってもあのクソババァの存在感が漂っていて、最早怒りよりも呆れの方が大きくなった。どんだけ私に執着してんだ……。
「なぁ、まだ分かんないの。道とか隠し通路とか……」
「……ごめん、流石にマップがゴチャりすぎててまだ……隠しも探してはいるんだけど……」
手帳とにらめっこする黒キノコがそう返す。
どうやらインク瓶にマッピングでも頼んでいたらしく、手帳のページにはこれまで進んで来た経路が細かに浮き出していた。
なんかほんとにゲームみたいだな……。私は溜息を零しつつ、部屋の外への警戒を続け……ふと、さっき閉めた窓の外へと意識が向いた。
「……そういや、外ってどうなってんの」
「……えっと、何が?」
「や……こっから出たらどうなんのかなって。外から入って来る『何か』も居るし、ダメなルートってのは分かるけど……」
なんとなくイヤな予感はしていたので選択肢から外していたが、ちゃんと検討した事は無かった。
今更になって聞いてみれば、黒キノコは自分のシナリオを振り返っているのか少し黙り、
「……まぁ、普通に出らんないよ。窓から出ようとした途端、クリーチャー何体かとエンカウントして、逃げるしかなくなる感じ」
「うわ」
やっぱダメじゃん。そそくさと窓から離れた。
「外に何かフラグあるって訳でも無いしな……無理矢理出たところで、クリーチャーに捕まるまで追っかけられるだけじゃないかな。オレ判定だとそうするかも」
「げー……じゃあ、あの森も意味ないんだ。なんか居るっぽいけど」
窓の外、この廃病院の敷地外には、深い山景色が広がっている。
そしてその山林の隙間にはチラチラと影のようなものが覗いていて、イヤな気配を伝えているのだ。
とはいえ病院の外に何も設定が無いとなると、あれも単なるフレーバーってヤツなだけなのか――そう窓の外を指差すと、黒キノコが何やら難しい顔をした。
「……いや……あれは、たぶんオレ関係ない……。きっと、別の人のかな……」
「……歪いびつのエレベーターみたいに、混ざった怪談の森って事?」
「うん……病院の外、ガチでオレ何も決めてなかったし、兄貴の改変にも……」
その言葉に、再び窓の外の森を見やる。
……この廃病院がひゅどろんチで、エレベーターが歪いびつ。
その他に怪談が混ざっているとすれば、それは――。
――その時、部屋の天井が大きく揺れた。
「っ!?」
ガタン、ガゴン、ズルリ、ズズ――。
まるで、天井裏を何か大きく長いものが這い進んでいるようだった。
その騒音はパラパラと埃を落としながら移動して、少し離れた場所でピタリと止まった。
……たぶん、ここから数部屋隣の、天井裏。私達は必死に悲鳴を抑え込み、すぐに手帳のインク瓶に縋りつく。
『……これは、少しまずいかもしれないな』
すると浮き出したのは、苦々しげなその一文。
どういう事だよ――そう問いかけようとした瞬間、右眼がじわりと熱を持つ。
咄嗟に手をやり抑えるも熱は止まず、それどころかもっともっと深い所に染み入って――。
――あのおばさん、いろんな所の隠し通路も結構開けちゃってるのかもー。
「――は?」
……右瞼の裏に映し出されたのは、たぶん、今まさに音の止まった数部屋隣。
ここと同じく普通の病室らしきそこでは、洗面台の設置された壁部分がドアのように大きく開き、上方に通路が伸びている。
――隠し通路。
どうしてか既に開かれているその出入口から、大きく長い『何か』がズルリと這い出していた。