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異女子  作者: 変わり身
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「怪談」の話(中②)




結局、インク瓶の言う通りイベントに参加してみる事にした。


本音を言えばイヤでイヤでしょうがなかったが、彼が「オススメ」とする以上は軽視も出来なかった。

忠告とも言えるそれをスルーし、後悔した事も一度や二度ではないのだ。これから特に予定も無かったので、渋々従う事にしたのである。晴れやかな休日かえして。



ともかくそうして休憩部屋で溜息を吐いていれば、やがて遠くで響いていた騒ぎがピタリと収まった。

インク瓶がセンシティヴ邦を宥めたのだろうか――そう思った直後、外の廊下を「くゥされ墨壺ゲァァァァァ……!!」と奇声が走り抜けて行った。


今度は何だよ。とりあえず覗いてみようと腰を浮かしたところ、丁度さっきのスタッフの男性が疲れた顔して戻って来た。

件の観覧チケットを渡しに来てくれたようだ。心底いらねー。



「……あの、さっき走ってったの、どうしたんです?」


「インク瓶さんが煽りに煽り散らかしてね……」



話を聞けば、どうやらインク瓶は荒れ狂うセンシティヴ邦を宥めるどころか逆に口八丁イヤミ八丁で煽り立て、もっともっとブチ切れさせて自分から出奔するよう仕向けたらしい。

ほんとに仲悪いというか、何をどういう悪口言ったらそうなるんだ……?


ちょっとよく分からなくて首を捻っていると、スタッフの男性からチケット扱いになるというパンフレットと、おまけに首掛けのカードホルダーを渡された。

ホルダーの中には『ゲストB』と書かれた名刺みたいなものが入っており、何でも運営サイドの関係者であるという証明になるらしい。


この休憩室を含む関係者専用の場所への出入りも、ある程度は許されるとの事だったが……まぁ、インク瓶に会うのに余計な手間は省けるか。こっちはありがたく受け取った。


スタッフの男性も忙しいようでさっさと仕事に戻ってしまい、また部屋に一人きり。

壁の時計を見上げれば、イベント開始の時刻までにはやっぱりまだ相当の時間があった。さて、どう時間を潰そうか――そう思いつつ、なんとなくさっき貰ったパンフレットに目が向いた。



「……『異界! 奇界! 裏世界!』……ねぇ」



キャッチコピーを口の中で転がしながら、とりあえず開いてみる。


あたまの主催者の挨拶とイベントの趣旨説明を適当に読み飛ばし、出演者紹介のページへ。

そこにはポスターに映る胡散臭い連中の写真がズラリと並び、軽いプロフィールが載っていた……のだが、



「……ご、剛拳除霊師(ごうけんじょれいし)霊侭坊巖常れいじんぼうがんじょう……?」



その一番上、いきなりゴッツい字面が飛び込んできて、ぱちくりとする。


続いて写真を見れば、ガッチリした体形の四、五十代くらいのおじさんで、黒光りする顔に濃ゆい笑みを湛えている。

和服に手甲や指ぬきグローブを合わせた装いもやたらと厳つく、めちゃくちゃ頼り甲斐がありそうな雰囲気だ。


……でもインク瓶の口ぶり的には、この人エセ霊能力者なんだよなぁ。

なんとも残念な気持ちでおじさんの眩しい笑顔を眺めていると、プロフィールの最後にQRコードが添えられているのが目についた。


どうも出演者ごと、それぞれの配信スタイルを短い動画に纏めてあるようだ。

私としても割と気になるおじさんではあったので、頬杖つきつつスマホに映す。



(フン)ッ! 剛拳の除霊師、巖常だ! 今回はとある壺の呪物に関して依頼を受けていてだな、何でも――』



どうやら剛拳のおじさんは視聴者から心霊現象に関する相談を募っているらしく、その解決にあたる様子を配信するスタイルのようだ。


おじさん本人の竹を割ったようなキャラで強引に物事を進めて行き、なんやかんやとありつつも最後は原因の(という事にした)呪物を拳で叩き割って〆……というのが毎度のパターンなのだとか。

壺や人形といった小さなものから、時には岩や小屋などまで何でもかんでも拳で破壊するらしく、オカルト要素よりもそこらへんのパワープレイがウケているみたいだった。


正直、私もこういうノリなら結構好きだが……まぁ、エセだよ。そりゃ。

インク瓶の『自称』扱いに、深く納得いってしまった。



(ぜってーお笑い枠だな……えーと、次は……)



おじさんの欄の一つ下に目を移すと、ショートボブの可愛い系の女性――にも見える青年の姿。

(ひずみ)いびつ』という不気味な名前で活動している、創作ホラー動画メインの投稿者らしい。


都市伝説収集家という設定で、フィールドワークで遭遇した恐怖体験という体で動画を作っているとの事。

QRコードの紹介動画を見てみれば、ドラマ仕立ての動画が多いようで、中々に雰囲気がある。なんというか、ちゃんとしたホラーだ。


この人はエセ霊能力者とかそういう感じではなく、普通にホラー作家をやってるっぽい。

というか本当ならこういうのがスタンダードな筈だよなぁ。ひとつ前のおじさんに半眼を向けつつ、次。



(『ひゅどろんチ』……? どういう名前なんだこれ)



写真では赤、青、白、黒とそれぞれ違った色のマスクを付けた男女が四人ほど並んでおり、グループとして活動しているようだった。


彼らに関しては怖い話というより、ホラースポットへの突撃配信を主にしているとの事で……なんだろうな、ちょっと色々思い出し、渋い顔になるのが自分でも分かる。

QRコードの動画ではどこかの廃墟で過剰にはしゃいでいるシーンが多く見られ、なんだか冷めて途中で切った。


……今の所、あんまり好きにはなれなさそう。



(『地圀幸(ぢくにさち)』……この人もマトモ枠っぽいな)



その次のどんよりとした雰囲気の中年女性は、普通にホラー小説家であるようだった。


動画配信チャンネルこそ持っていないようだったが、こういったイベントには幾度も出演する、界隈では有名な作家のようだ。

作風は基本スプラッタ系のようで、登場人物の殆どが死に絶える陰惨な物語が多いらしい。うげー。


そして彼女の小説家という肩書に、自然と丸眼鏡の顰めっ面が思い浮かんだ。



(そういや、インク瓶はどこに居んだろ。ええと……)



出演者は他にもオカルトに強い芸能人やら色々と居るようだが、ひとまず読み飛ばして彼の姿を探してみる。


しかし何ページか捲っても見つからず、最後らへんの主賓から外れた欄でようやく発見。

MCだという女性タレントの横に、解説というポジションで小さく載っていた。ポスターの良い所に陣取っていた割に、メインで出てくるという訳では無いらしい。



「……査山、書いてないか。オカルトライター……に、近代怪談研究家?」



そんな風にも呼ばれてんの。

また聞いた事のない肩書に目を瞬いたが、それ以上の詳しい事は載っておらず、恒例のQRコードも無い。


どうせならコイツのが一番観たかったのに。溜息を吐きつつ、仕方なしに手動で検索をかける事にする。



(考えてみれば、なんも知んねーな。オカルトライターのインク瓶……)



というか、ネットとかで調べようという発想すら浮かばなかった。めちゃくちゃ胡散臭い肩書なのに。


その理由を自問しかけ、すぐに打ち切る。

ここら辺を深掘りすると、なんだか小っ恥ずかしい結論に至る気がしたのだ。そんな信じ切ってたんか私。


とりあえず何度か無意味に咳払い。気を取り直し、私はさっさとスマホに検索ワードを打ち込んで――。



「――うわ白っ、マジやん……」



いきなり部屋の扉が開き、そんな声がした。


ハッと顔を上げれば、そこには黒いマスクをした青年が立っていた。

いや、青年というより少年……たぶん高校生くらいだろうか。清潔感のあるマッシュルームカットが特徴的で、じろじろと好奇心に満ちた目を私に向けている。


……誰だろ、じゃないな、さっきどっかで見たぞ。どこだっけ、確か……。



「あー……あ、『ひゅどろんチ』の……?」


「! 知ってくれてるんだ?」



そう、パンフレットで見た『ひゅどろんチ』の黒いマスクがこんなキノコ頭だった気がする。

何でこんな所にと思ったものの、この休憩室が関係者専用の部屋だった事を思い出す。


まぁ、そりゃスタッフやインク瓶だけじゃなくて他の主演者も使うよな。早いとこ出とくべきだったかと後悔していると、黒マスクのキノコはズカズカと距離を詰め、私の隣の席に腰掛けて来た。


そしてその馴れ馴れしさに困惑している私に、かわい子ぶったポーズをキメてウインクひとつ。キッツ。



「ひゅ~どろ~。ひゅどろんチの末っ子担当、SUMITOでーす。どう、ナマどろ~」


「……は、はぁ」



……チャンネル定番の挨拶か何か、だろうか。

当然合いの手なんて全く分からず生返事。ノリがわからん。



「あれ、緊張してる? いやぁ、廊下で会ったスタッフさんが凄く可愛い子居るって言っててさ。きみ、何ていうの? ボク達の中じゃ推し誰?」


「え、あー……どうすかね……」


「あそうだ、一緒に聞いたんだけど、きみインク瓶さんの連れってホント? いいよねあの人、ボクも尊敬してるよ」


「…………」



やたらグイグイ来るなこの黒キノコ……。

正直あんまり関わり合いになりたくもなく、適当な理由を付けてとっとと退散したかったのだが、それを留めるように今一番気になっている話題を振られてしまった。


私は少しの間視線をゆらゆら彷徨わせ……渋々、浮かせかけていた腰を元に戻した。



「……ええと、知ってるんですか。インク瓶――さんの事」


「そりゃね、こういうイベントでの解説っていったらあの人だしさ。どんなニッチなネタ投げられてもサラっと返しちゃって。ライターの他に怪談とか都市伝説の研究とかもやってるんでしょ? オカルト知識凄いよねホント」


「へ、へぇ……」



インク瓶本人が言ってた通り、オカルトライターとしてそこそこ知られているというのは間違いなく、おまけに一定の評価もされているようだ。

……なんだろう、なんだかちょっと鼻の先がムズムズした気がして、軽く擦る。



「それに顔も広いよね。この手のイベントって会場選びとか調整とか色々ハードらしいのに、インク瓶さんが居るとどれもすんなり行くんだって。色んな所にパイプ持ってて融通利かせられるって噂だけど……実際どうなの、身内ちゃん」


「あー……かも、しんないすね……」



ふと、見慣れた無表情どもが頭に浮かんだ。パイプという意味では最強だろうしな、アイツ。


ともあれ、この黒キノコがインク瓶のファンというのは確かなようだ。

ならば、査山の事も知っているだろうか。私は纏わりつくような視線を努めて無視し、多少は愛想よくして黒キノコへと問いかけた。



「あの、黒キ……スミタさんって、インク瓶さんが査山って呼ばれてるの、知ってますか……?」


「はーいSUMITOでーす。で、サヤマ? えーと、それ本名? あの人ペンネームでしか活動してなくて、そこらへんは分からないから……」


「あ、いえ、何か通称っぽい感じなんですけど……」



付け加えるも、反応は芳しくなかった。


インク瓶のファンであるという、しかも同じ界隈で活動している彼が知らないのであれば、一般的に広がっている呼び方では無いようだ。

私が聞いたのもセンシティヴ邦からだし、もしかしたら『本物』達の間で呼ばれてるとかそういうアレなんだろうか。元の『御魂雲』がそんなだったとか前に聞いた気もするし。


つらつらとそんな事を考えていると、突然指先で机を叩くような音が聞こえた。

見れば、黒キノコがメッセージアプリを開いたスマホを机に置き、ニコニコと目を細めていた。



「ね、きみさ、イベントとか来ててそういうコスしてるって事はさ、できたらライバー側に来たいなーって感じでしょ?」


「……は?」


「それだったらボクも先輩として相談に乗ってあげたりも出来るからさぁ、よかったら交換しようよ。SNS何やってる?」



何か変な風に勘違いしてるっぽいが、紛う事なきナンパである。


まぁ雰囲気的になんとなく察してはいたから特に驚きも無いけれど……とはいえ、されて嬉しいものでも無く。

普段なら無視なり蹴っ飛ばすなりで追っ払うのだが、こんなキノコでもイベント出演者の一人なのには違いない。ここで私が下手な振る舞いをすれば、インク瓶に迷惑がかかる恐れもある。


さて、どうやって穏便に断ろう――愛想笑いの裏で頭を悩ませていると、黒キノコのスマホから着信音が鳴り響いた。



「うわっ、ちょ、ごめん……兄貴? 何だよ時間までまだ――」


「あ、お忙しいようなので失礼しますねお話ありがとござましたそんでは~」


「え、待っ」



当然、その隙を見逃す筈も無い。

私はこれ幸いとまくし立て、返事を待たずにスタコラと部屋を後にしたのであった。


……これはこれで十分下手な振る舞いな気もするが、よく考えれば他出演者の身内(中学生)に粉かけてくるってのも十分アレだしな。お互い様という事にしておこう。うん。







その後。

あのままあそこに居座るのも流石に居心地が悪かったので、イベント開始の時間が来るまで会場を離れている事にした。


といってもビルから出る訳では無く、他の階で暇を潰すというだけの話だ。

一階にはロビーの他にコンビニやカフェもあるし、二階から上には本屋や家電量販店、別のイベントが行われている会場などもある。適当に見て回るだけでも、まぁまぁ時間は過ぎていった。


そしてその間、当然『オカルトライターのインク瓶』の事も自分で調べてみた。のだが……やはり黒キノコが言っていた以上の情報は見つからなかった。

ネットにも本屋のオカルト本コーナーにも、彼が『査山』と呼ばれているという話は全く出て来なかったのだ。


というかアイツ、オカルトライターって言ってる割に全然本を出してねぇ。

ライターとしての寄稿もどっかの大学とかが出した民俗学の本とか、怪談に関して現実的な視座で研究しているサイトとかそういうのがメインみたいで、胡散臭さより堅苦しさが先に立つとこばっかりだ。


そのクセ今回みたいなB級イベントには大小問わず解説として顔を突っ込んでいるもんだから、実績の振れ幅が節操なしになっていた。これだけだとどんなヤツかもサッパリ分からん。



「……やっぱ、詳しい事は直接聞かなきゃダメかぁ」



ともあれ結局はそういう結論に至り、溜息。

ふと時計を見ればイベントの時間までそう遠くない時間となっており、もう一つ溜息を重ねた。


まぁ、そろそろ待機だけはしておくか……。

そう重い足取りで一階まで戻ってみると、ロビーに居る人数がさっきより増えている気がした。


どうやらイベント参加者が続々と集まって来ているらしい。

何が楽しいんだかねと思いつつ、カフェに腰を落ち着けほうと一息。そのまま時間までダラダラしている事にした。


……うーむ、コーヒーはやっぱりインスタントが好きだな、私……。



『――……れで、彼女の目にナイフを持った人影が――……』


「……?」



そうして思ったより苦かったコーヒーに舌を出していると、どこからか物騒な話が聞こえて来た。

見れば、近くの席に座る少女のスマホから音声が漏れているようだった。


真っ赤なパーカーを着た、雰囲気的にたぶん高校生くらいの少女だ。

こちらに背を向けていて、フードも深く被っていたから顔は見えなかったが、ちょっと身体を傾ければそのスマホの画面だけがちらりと見えた。

そこには中年の女性が――さっきパンフレットで見た『地圀幸』とやらが怪談を語っている動画が確認できる。間違いなく、件のイベントの参加者だろう。



『――……のはらわたは千々に裂かれていた。何度も、何度も、執拗に刺されたのでしょうね。更に――……』


(これから聞きに行くのに……つーかカフェで見る動画じゃねーだろ……)



その随分なオカルト好きと、そして聞こえてくる話の悪趣味さにゲンナリ。

幸い店内には空席も多く、私はコーヒー片手にさっさと遠くに席を移して、


――ふっ。その時、一瞬だけ店内の電気が消えた。



「っ」



思わずコーヒーを零しかけ、どうにか堪えてホッと息を吐いた時には既に明かりは元通り。

それきり電灯がチラつく事も無く、私は天井を見上げ首を傾げた。



(……さっきから多いな、これ……)



インク瓶と話している時にも一回あったが、ビルをウロウロしている時にも何度か同じ現象に遭遇している。

電気系統とかそこらへんに何か異常でもあるんだろうか。ビル全体が停電する予兆だったらイヤだな……とぼんやり考える最中、店内のスピーカーからアナウンスが流れ始めた。



『会場のご案内を申し上げます。本日十一時より、地下一階にて開催予定の……』



どうやらイベント会場の受付が始まったようだ。


別に早く入れば良い位置で見られるとかは無いんだろうし、そうしたいという気も無いが、わざと遅れて入場する理由も無い。私は眉間に力を入れて苦いコーヒーを飲み干し、会場へと向かった。

未だ続く動画の声を、背後に残して。

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