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異女子  作者: 変わり身
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「案内」の話(上)


道端に携帯電話が落ちていた。



「……ふっる」



スマートなフォンではなく、携帯の電話。いわゆるガラケー。


山の中とかだと不法投棄か何かでちょいちょい落ちていたりもするけど、街中に落ちているのは珍しい。

なんとなく拾ってみれば結構な熱を持っていて、この夏の日差しに長く晒されていた事が窺えた。



(……あんま、汚れてないな)



電話は二つ折り出来ないタイプで、世代的にも相当古そうなものだった。いや、ガラケーの機種なんて詳しく知らんけども。


シルバーを基調としたカラーリングのそれに雨風による汚れは見当たらず、大きな傷もついていない。

いくらか塗装は剥げていたものの、それも使い込まれたが故だろう。お尻からぶら下がるボロボロのお守りストラップが、なんとなくそう思わせた。



(んー……ゴミじゃなくて、落としもんかなー……)



正直すぐに捨て直すつもりではあったけど、下手に他人の愛着を感じちゃったもんだからやり辛い。

形見とか思い出の品とか、そんな単語が浮かんでしまってしょうがないというか……ストラップがお守りってのがまた卑怯だよなこれ。


ポンポンと電話を片手でお手玉しながら周囲を見回してみるものの、当然持ち主らしき人は居ない。

だからって適当な塀の上とかに放置してサヨナラってのも、何か……ねぇ?



「……行ってやっかぁ、交番」



まぁ、どうせ暇つぶしに真昼間から街をブラブラしている身分である。

道中に交番へ落とし物を届けに行くくらいの時間は幾らでもあるし、むしろ目的が出来て割とアリ。


私は『案内』とだけ書かれた微妙に効果不明なお守りの汚れを軽くはたくと、脳内マップから割り出した最寄りの交番へと歩き出し、



――ピリリリ、ピリリリ。



「うわっ」



突然、ガラケーから電子音が鳴り出した。


ビクッと落っことしそうになりつつ画面を見れば、そこには着信中の文字。

電源入ってたのか――というかまだ使えんのかよこれ。どう見ても今は失われし超古代遺物だぞ……。


思わずしげしげと眺めたが、もしかしたら落とし主がかけて来たのではとすぐ我に返り、慌てて通話ボタン(と思われる部分)を押し込んだ。



「は、はい。もしもし……?」


『もしもし、こんにちはっ!』



聞こえてきた声は、こんなガラケーには全くそぐわない、可愛らしい女の子のものだった。

お爺さんかお婆さんの声を想定していた私は、予想外の若々しさにぱちくりとする。



『あの、そのケータイ拾ってくれたんですかっ?』


「…………え、あ、あぁ。そう……だけど」


『よかったー! 気付いたら落としちゃってて、もうどうしようって……拾ってくれてありがとうございまーすっ!』



聞いた感じ、たぶん私よりだいぶ下の……小学校の低学年かそこらだろうか。

明朗快活、跳ねるように元気な声音で、古いスピーカーが小さなノイズを纏わせている。


そのぐいぐい来る勢いに気圧されながらも、気を取り直して咳払い。気持ち柔らかさを意識して言葉を返す。



「あーっと、このケータイ、あなたのなの? それかお母さんとか、お父さんの?」


『わたしです! とっても大切にしてて、ずっと使ってますっ!』



……両親の昔使ってた電話を、キッズケータイ代わりにしてるとかそんなんかな。

まぁ今じゃ性能とか足りなくて変な事も出来ないだろうし、理には適っている……のか?

うすらぼんやり感心する。



「とりあえず交番に届けようかなって思ってたんだけど……それとも、直接おうちに届けた方が良いかな?」


『えっ、いいのっ?』


「うん。あ、でも、ちゃんとお母さんかお父さんに確認してね? こういう感じでおうちに行くの、ちょっと心配かけちゃうかもだから――」


『ありがとうございます、よろしくおねがいしますっ!』



話聞いてる?

出かけた強めの返しを呑み込み、苦笑い。


……まぁ、別に私が何か悪さしようってんじゃ無いしな。ひとまず細かい事はさておいて、話を進める事とする。



「じゃあ住所……おうちの場所がどこか、分かる?」


『えっと……あの、おねえさんが居るのって、どこですかっ』


「え? あー……」



問い返されて虚を突かれたが、とりあえずキョロキョロと辺りを見回し、近くの電柱に張られた住所と目に付く限りの光景を口にする。

正直小さい子に分かるとは思えなかったけど、女の子は「あそこだ!」と嬉しそうな声を上げた。



『そこ、電柱が並んでるところをまっすぐです。どうぞっ』


「……もしかして、このままナビってくれるって話?」


『はいっ、がんばりますっ』



がんばりますと言われましても。

しかし電話の向こうはどうにもやる気満々で、水を差すのも忍びなく……。



(……ま、いっか)



これも一興、とか言ってみたりして。

私は偶然と気まぐれの導くまま、耳元で響く可愛らしい道案内に足を委ねた。







「――そっか、あーちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」



昼の強い日差しが照り付ける、それなりに人通りのある住宅街。

私は日陰から日陰へと渡りつつ、ガラケーの向こうに居る『あーちゃん』にほっこりと笑いかける。



『タマのおねえさんも、かわいいとおもいますっ。ネコちゃんみたい』


「でしょー? お姉ちゃんもすごく気に入ってんだよねぇ、このあだ名」



あーちゃんは最初の印象通り、元気溌剌で礼儀も正しい子のようだった。


お喋りが好きなのか、歩く最中もずっと楽しそうに話しかけて来て、気まずい沈黙を作らせない。

声が大きいせいでスピーカーのノイズがひっきりなしに走るけど、それも愛嬌。私も小さい子と触れ合うのは嫌いではなく、話も弾む。



「――っと、分かれ道まで来たけど、どっちか分かる?」


『えーっと……近くにおさけ屋さんがあるとこなら、たぶん右です! 森がもりもりしてる方!』


「もりもりおっけー」



たぶん、の所に一抹の不安を感じたものの、いちいち言わない。

土地勘には自信はあるし、例え道が間違っていてもどうにでもなる。気軽に構え、のんびりと歩を進めた。



「そういえば、あなたは今日どこにお出かけしてたの? あの道にケータイ落ちてたんなら、やっぱ街中?」


『えっと……いろいろぷらぷらしてました! どこか、相手してくれるひと居ないかなーって』


「そっかー、友達たくさん居るんだねぇ。羨ましいなぁ、お姉ちゃんお友達少なくってさ――」



などなどつらつら、その後も雑談話が続いていく。


……冷静に考えてみると、何とも不思議な状況だ。

偶然拾った古いガラケーで小さな女の子と知り合って、その案内で街を進む。少なくとも、朝家を出た時には全く予想していなかった光景だ。


しかしこの状況を楽しんでいるのも確かで、ちょっとした冒険をしているようなワクワク気分。

……こういう小さな非日常だったらいつでも歓迎なんだけどなぁ。世のクソみたいなオカルトどもも是非とも見習って欲しいもんである。



「そういや、このケータイってお母さんかお父さんのお下がりなの? あんまり詳しくないけど、すごく古い型だよね」


『最初に使ってたのは、おじいちゃんだったと思います! 次はおばさんで、いっこ前がおにいさん!』


「……? ええっと……つまり、元はおじいちゃんのケータイって――」


『――あっ、そろそろストップ! そのへんの右のところっ!』



小さい子特有のなぞなぞ言葉を読み解こうとしていると、突然そんな指示が飛んできた。

ノイズ混じりの大きな声に肩が跳ね、反射的に右を向き――すぐに困惑で目が泳ぐ。


……いや、見える範囲に道なんて無いぞ。

一応近くの民家と民家の塀の間に狭い隙間みたいのはあるけれど、それだけだ。他に視線を振っても民家の塀が延々と続くだけで、人が通れそうな道なんてどこにも……。



「……え、マジでこの隙間の事言ってる?」


『はいっ、すごく近道です!』



ポロッと零した呟きに元気よく返った。いい返事。


そして改めて件の隙間に目をやるけれど……ほんとにここでいいのだろうか。

隙間は大人一人すら入れない程狭く、中も背の高い雑草が生え放題の伸び放題で、先が全く見通せないどころか物理的に塞がれている。小さな子供が行くには厳ついだろう、結構な隘路だ。

どうやらあーちゃんも相当お転婆娘なようだった。



『えっとー……もしかして行くの難しい、ですか?』



すると中々頷かない私の反応をどう思ったのか、あーちゃんの声が小さくなった。人にとんでもない道通らせようとしている自覚はあったらしい。


まぁ確かに、普通の人なら尻込みするような道筋だけど……私にとってはそうじゃない。

何度か屈伸して膝をほぐし、あーちゃんに聞かせるようわざとらしく笑い――横の塀目掛けて駆け出した。



「よっ――」



そして数歩の内に駆け上り、塀の上を駆け抜ける。


正直、不法侵入に片足突っ込んでる気がするものの、子供(美少女)のイタズラという事でどうかひとつ。

そうして若干ヒヤヒヤしながらあっという間に渡り切り、反対側へと到達。すぐに塀から飛び降り、民家の方からの反応を確認する。……騒ぎなし、セーフ!



「よし、通れたよー。いやー楽勝楽勝」


『…………おねえさんすごいです! 忍者さんみたいでした!』


「? まぁまぁ、わははは」



……なんだろ。今一瞬、何か引っ掛かりのようなものを感じた。

しかしその正体を捉えるより先に、耳元から次の進路を知らされる。



『じゃあ、そこから左の方……いちばん高いお山の見える方、ですっ』


「ほいほい、あっちねー」



それに従い左を見れば、確かに遠くの方に一際高い山が見えた。

右の方にも山は見えるが、わざわざ高いと付けるくらいだからあれだろう。特に迷う事なくそちらへと向かう。



(こっちは田舎……ってーか森林エリアの方だよな、意外と辺鄙なとこに住んでんのかね)



なんて失礼な事をこっそり考えつつ歩いていると、やがて行き止まりに突き当たる。

それなりに広い道に高いネットフェンスが敷かれており、その先への通行を遮っているのだ。


そしてフェンスの向こうは広い空き地となっていて……何故か何匹もの犬がうろついている。

少し視線をずらせば、フェンスの端に『野犬注意』の札が一枚。どういう経緯かは知らないが、この先は野良犬の縄張りとなってしまっているらしい。



「えぇ……何か犬がたくさんウロウロしてんだけど……」


『はい! みんな人懐っこいワンちゃんですよ!』



いやめっちゃ唸ってガンつけて来てますが……?

涎をぼたぼた垂らしながらギラギラとした目を向けて来る野良犬たちに引いていると、あーちゃんの声がまた小さく潜まった。



『……タマのおねえさん。ここ、無理ですか?』


「いや、うーん……しょうがないなぁ、ちょっと待ってて」



正直あまり気は進まなかったが、割かしどうにでもなる範囲というのも確かだった。


私はフェンスのどこにも進入禁止の文字が無い事を嘆きつつ、仕方なく空き地の中をよくよく観察。野良犬の数と位置と大雑把に把握する。

そしてフェンスに片足の先を引っかけ、強く蹴り出し駆け上る。やっぱネットフェンスは引っかけるとこいっぱいあって登りやすいや。


以前には、もっと高いフェンスを人間一人担いで登り切った事もある私である。

片手のガラケーなんぞ仕舞うまでも無く、あっという間にフェンスを乗り越え空き地の中へと着地。すぐに駆け出し、野良犬の集団の中を突っ切った。


当然、何匹もの野良犬が縄張り荒らしの私に飛び掛かってくるけど――まぁ、タチの悪いオカルトに比べたら何て事はない。

躱して跳んですり抜けて、速度を落とす事なく一気に駆け抜け反対側から空き地を脱出。執念深く追いかけて来る数匹をもキッチリ振り切り、そこでようやく足を止めた。



「ふぃー、こんな群れに追っかけられたのは始めてだなぁ……もしもしー、空き地抜けたよー」


『…………』


「……あれ? もしもーし?」



そして歩調を戻してあーちゃんに呼びかけるが、反応が無い。

もしかして電源切っちゃったかな。そんな不安によぎった時、やっと耳元に声が返った。



『……すごいなぁ、タマのおねえさん、ワンちゃんより早いんですね!』


「え、あ、あぁ……まぁ運動なら任しといてよ。ていうかあーちゃん、あのワンちゃんやっぱめちゃくちゃ狂暴だったよ? 私はいいけど、あなたの方はあんなところ通ってほんとに平気――」


『――大丈夫です。次はそのまままっすぐに。山の方まで、ずぅーっと』



私の言葉を遮って、いきなり次の案内が飛ぶ。

その口調もどこか冷たさのある静かなものになっており、思わず気圧され口が閉じた。



『……どうしたんですか? もしかして、さっきので怪我とかしましたか?』


「いや……別に、そういうのは無いけど……」


『そうですか、じゃあ、進んでください』


『…………」



……ちょっと小言っぽい感じになっちゃったから、機嫌悪くしたのかな。

なんとなく微妙になった雰囲気の中、元気な調子に戻って話し続けるあーちゃんの声を聞きながら、私は黙々と歩を進め続けていた。





それからの道行も、中々にハードなものだった。


やたら急勾配な坂道に、田んぼから水が流れ込んでぬかるみまくったあぜ道。

明らかにカタギじゃないヤツらの屯している道や、獣が荒らしたのか大量の生ゴミが撒き散らされたゴミ捨て場の前を行け、なんてのもあった。


とはいえ坂道やあぜ道なんて私にとっては楽勝だし、野良犬から逃げ切れた私が因縁つけてくるチンピラどもを振り切れない筈も無い。ゴミだって塀の上を行けば良いだけだしな。


と、そんなこんなでどこも特に苦労なく通過出来た訳だけど――どうしてか、その度にあーちゃんの機嫌が悪くなっていくように思えた。


直接何かを言われた訳じゃない。でも少しずつ口数が少なくなって、元気さも薄れて……というかテンションが下がっているような気がするのだ。

……そして何度もそんな事が続けば、私だって察してしまうものはある訳で。



「――ねぇ、あーちゃん。もしかして、何か……お姉ちゃんに意地悪しようとしてない?」



疎らな飛び石だけを使って川を横断する道を……道? とにかく渡り終えた私は、少しばかり強い口調でそう問いかけた。



「……今回も、これまで通ってきた道も。私は普通に行けたけど、あなたには……ちょーっと難しいんじゃないかな? ほんとは通ってきた道じゃ無かったり、とか……」


『…………』


「……その、なんていうかさ、そういうの良くないよ。こっちはちゃんと落とし物届けようとしてるのに――」


『――えへ、ごめんなさい』



すると、存外素直に謝罪が返った。

……やっぱり、変な悪ふざけをしていたらしい。



『タマのおねえさんがすごく簡単にひょいひょい行っちゃうから、なんか、悔しくなっちゃって……えへへ』


「だからって……はぁ」



悪びれない様子に思わずヒートアップしそうになったが、結局は小さい子供のする事だ。

あまりネチネチ詰めてインク瓶ずる(動詞)もんでも無いだろうと自分を律し、溜息だけをひとつ吐く。



「……こういう事、もうやめてくれよ。じゃないと、ケータイお巡りさんに預けて終わりにしちゃうからな」


『はーい、ごめんなさぁい』



ほんとに反省してる?



「……あー、まぁいいや。で、次はどう行けばいいの? このへん森への道が一個しかない感じだけど」



とりあえずそこで一旦終わりとして話を進めれば、あーちゃんは変わらぬ調子でそれに同意する。即ち、



『はい! その森の道です!』


「…………あのさー」


『ほんとなんです! しんじて貰えなくなっちゃってるのは分かるけど、ほんとなの! ほんと!!』


「う……」



その大きな声にたじろぎつつ、進路だという森への道に視線を振る。


鬱蒼とした木々の中へと続く、細く曲がった獣道だ。

その後ろにはこれまで向かっていた高い山を背負っており、道を進むうちに登山となるのは確実である事が窺えた。


そこにあるとすれば山小屋とか何かの測量施設とかそのくらいだろうし、到底小さな女の子が住むような家があるとは思えない。

……思えない、んだけどなぁ。



「……分かったよ。これでウソだったら、もう終わりだからね」


『だいじょうぶです! ほんとですっ!』


「…………」



さっきの説教なんて忘れたかのような元気さに半眼となったものの、ひとまずは信じてあげる事として。

私は若干の警戒心を保ちつつ、森の中へと入っていった。




森は私の見立て通り、背が高く幹の太い木々が敷き詰められた傾斜の激しい場所だった。


獣道が意外としっかりしており迷う事こそなさそうだったが、地面のあちこちに木の根っこが張り出していていちいち進み難い。

とはいえ私も長年の山歩きでこの手の道には慣れており、張り出た根っこに足裏の真ん中を乗せ、半ば跳ね飛ぶように進んで行く。


……正直、この悪路の時点でもう予感はしていた。

しかしさっきの今だ。流石にそりゃ無いだろうと自分に言い聞かせていたのだが――その末に辿り着いた先で、私は大きな溜息を吐かざるを得なかった。



『――ここ! この道です!』



そこにあったのは、一本の古い吊り橋だった。


おそらく何十年も前に架けられ、そして忘れ去られたものだろう。

補修もロクにされておらず至る所がボロボロで、床の丸木は何本も歯抜けになっている。それらを支える綱も劣化し、今にも千切れ落ちそうだ。


おまけにその下はそれなりに深い崖となっていて、覗き込めば飛沫を上げる渓流が通っていた。

上流――山の方に、高い滝でもあるのだろう。流れは飛沫を上げる程に早く、落ちたらどこに流されていくかも分かったもんじゃない。


……どう考えても、子供どころか人の渡れる道じゃなかった。



「……ねぇ、あーちゃん。私言ったよね、これでウソだったら終わりにするって」


『こっちです! この先に行ってください! 渡ってください!! 進んで!』


「……っ……」



声にキツ目の圧を込めたつもりだったが、あーちゃんはそれも無視して先に進めと叫んでいる。


むしろその異様ともいえる様子に私の方が気圧されて、背中を薄ら寒いものが撫で上げる。

しかしそれを振り払うように腹に力を籠め、こっちも大きな声を張り上げる。



「ねぇって! あなた、自分が何しようとしてるかちゃんと、」


『進んでください! 行ってください! この道っ! 早く行って!! 進んで!!』


「っ、いや、だからっ、」


『行って! 私の道! 案内してるのに! 進んでよ!! 行けないの!? 進めないの!? 従えないの!? ねぇ、ねぇ――』



――ダメだ、もう付き合いきれない。


とうとう錯乱するように喚き散らし始めたあーちゃんの様子が、酷く気味の悪いものに思えた。

これ以上彼女の話を聞く気にもなれず、私はお別れの言葉も残さず粗雑に通話を切って、



「――?」



切れない。電源ボタンを押そうとした指が動かなかった。


いや、それどころか、片腕そのものがガラケーを耳に当てた形のまま、石のように固まっている。

何度やっても、どれだけ力を込めてもピクリともせず、一瞬頭が真っ白になった。



「……え? 腕、なん――うわっ!?」



がくん、と視界が前方に動く。

私の足が意思を無視して勝手に動き、一歩前へと進んだのだ。


そしてそこで歩みは止まらずに、また一歩二歩と自動的に進んで行く。目前にある、ボロボロの橋に向かって。



「はぁっ!? な、なに、何だこれ……!?」


『――えへ、えひひ』



混乱と焦りに頭が埋め尽くされる中、耳元であーちゃんの押し殺した笑い声が響く。

それは、これまでの素直で元気なものじゃない。嘲りと揶揄に満ちた、誰かを――私を馬鹿にする声で。



『そっかぁ、ここは無理なんだぁ』



――左足が、吊り橋の床を踏みしめる。

朽ちた丸木が大きく軋み、散った木屑が渓流の底へと落ちて行った。


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