「山」の話(中⑥)
*
お風呂に向かう途中に意識を失った時、私は何か口のようなものを見た。
あんまりにも一瞬の出来事だったから、今思い出してもそれが何だったのかは分かっていない。
ただ、気付いたら目前に広がっていたものを、ノータイムでそう表現しただけだ。そもそも実際にそれが口だったのかも正直怪しいところではある。
でも……結局のところ、やっぱりそれで正しかったのかもしれない。
――今、目前で二山を呑み込んだ土砂土塊の大口に、私は強い既視感を抱いていた。
「――ぁぐっ!?」
突き飛ばされた勢いのまま、背中を地面に打ち付ける。
小石が背中にめり込む痛みと同時、引き伸ばされた感覚も元に戻り、うるさい絶叫がまた脳みそを揺さぶった。
もう全身が痛いわ気持ち悪いわで大変な事になっているが、今はもんどりうってる場合じゃない。
感じる全部を我慢しながらよろよろと立ち上がり――目の前に広がる光景に、改めて息を呑んだ。
(……ほんとどうなってんだ、これ……!)
それはやはり、土塊の濁流としか言えないものだった。
川の氾濫や土石流といった、水に流されてのものではない。土塊が土塊としての在り方を有したまま、土砂の飛沫を上げて津波のように流れている。
そしてその範囲は堀の類も無いのに広がらず、一定の規模を維持している。明らかに自然現象では無く、オカルトが引き起こしたものだ。
(二山……)
その流れる先にライトを向けるけど、二山を呑み込んだ先頭部分は既に光の届く範囲外へと消えてしまっていた。
大量の土塊に勢いよく圧し轢かれたのだ。普通に考えれば即死していてもおかしくはないのだろうが、私には彼女がまだ生きているという確信があった。
だってアイツは……というか私達は、殺して来たヤツを殺し返すという物騒な力を持っている。
なのに、目の前の土塊の濁流はまだまだ元気に流れ続けている。100%オカルト由来だろうこれに何も起きていないのなら、二山はまだ死んでないと見ていい筈だ。
――何より、この土塊の濁流が、私が意識を失う間際に見た『口』の正体だとするならば。
少なくとも、どこかに埋めに行くまでは呑み込んだ者を殺す可能性は低いだろう。
(助けに……いや、でも……)
駆け出しかけ、歯噛みする。
今のところ、この土塊の濁流が私に向かってくる気配は無いし、すぐ近くには気絶したままの黒髪女が転がっている。下手に動ける状況じゃない。
……それにハッキリと言ってしまえば、二山を助けに行く意味が無かった。
だって生きている訳だし、もし……もしその先で死んでしまったとしても、御魂雲の力を考えればむしろ望むべき事なのだ。
きっと、二山を掘り出した時に零しかけた「余計な事」というのは、つまりそういう事だろうから。
だから、今回は手を出さない方が良い。
余計な事をせず、他の『親』が来るまでこのまま息を潜めておくのが賢明だ。
それは分かってる。分かってる――けれど、
「…………」
頭を揺らす絶叫が薄くなっていく。
消えて行く訳じゃない。これまでのものと同じように、ここじゃないどこかに流れて行っているだけだ。
そしてその向かう先は、この土塊の濁流が流れつく場所なのだろう。絶叫と土塊が共に流れ消えゆく光景は、その先に酷く不吉なものが待っているように思えてならず。
――絶叫が失せ多少はスッキリした脳裏に、私の代わりに土塊へと呑まれた二山の顔が鮮やかに浮き上がった。
「――ああああもおおおおッ!」
胸の奥からよく分かんないものが噴き出して、居ても立ってもいられなくなって。
私はほんの少しだけ逡巡した後、まだ気絶中の黒髪女を土塊の濁流から雑に遠ざけ、私のスマホと荷物を無理矢理その腕に抱かせ――荷物の中の『あの子』へ思っクソ人差し指を突き付ける。
「あんたがここに連れて来たんだかんな!! だから責任もってソイツみとけ!! いいなッ!?」
お望み通り黒髪女の下に戻してやったんだから、せめてそのくらいはやってくれマジで。
ヤケクソ混じりにそう怒鳴りつけ、返事も(出来るのかどうかも知らんけど)待たずに駆け出した。
進路は当然、土塊の濁流が向かう先。
ただ黒いインクの小瓶だけを握り締め、私は全力で暗闇の奥深くへと突っ込んだ。
*
と、勢いよく突撃したのは良いものの。
真っ暗な山中は、ライトを置いて来た事で更に進み難いものになっていた。
『あの子』を追っていた時は多少強引に駆け抜けられたが、光の一つも無い状況じゃ、私の夜目があったとしてもまともに走ってなんていられない。
地面から突き出た根っこに足を引っかけすっ転び、闇の中から唐突に現れる木々にぶつかりまた転ぶ。それを十数回ほど繰り返した頃には流石に走って追いかける事は諦めて、慎重に一歩ずつ進むようになっていた。
遅々の進みもいいところだったが、それでもどうにか進む先を見失わずにいられるのは、土塊の濁流と絶叫が闇の中でも酷く分かりやすいからだ。
濁流は木々を薙ぎ倒さないまでも、雑草を轢き倒して道を作ってくれているし、絶叫の方は言わずもかな。
『あの子』の時より凄く進み難くなった一方、しるべを辿る事自体は『あの子』の時より難しくないという、変な逆転をした状態となっていた。
そうして少しずつ濁流に沿って歩く内――ふと耳に違和感を覚え、手をやった。
「っ……何だ、声が……」
未だ脳を揺らし続けている絶叫が、二重に聞こえているような気がした。
最初はとうとう耳がバカになったかと戦々恐々としたものの、すぐにそうではないと悟る。
濁流の先に向かって進む度、絶叫の数が増えていくのだ。
三つ、四つ、五つ、六つ。
歩く度にどこからか叫びが上がり、狂った震えが重なっていく。
ただでさえ頭痛がするほど喧しいというのに、こうなるともう気が変になりそうだった。
(ち、近づいてんのか、何かに……?)
なんとなくそう思ったけど、たぶん正解だろう。
正直すんごく引き返したかったが、土塊の流れる先である以上はそうもいかない。
鼓膜が痛むくらいにぎゅっと耳を抑え、歯を食いしばって歩を進める。
「ぐ……う、ぅ……!」
頭が割れそうに痛い。
叫びが物理的な圧を帯び、身体を押し戻そうとさえして来るようだ。
それでもどうにか意識を保ち、ただただ足を動かし続け――そうしてとある草葉をかき分けた先に地面が無く、がくんと前に倒れかけた。
「うわっ!?」咄嗟に近くの木の枝を掴んで事なきを得たものの、どうやら草葉に隠れて崖が広がっていたらしい。
私は安堵の息をひとつ吐き、落ちかけた身体を引き戻し……その際、掴んだ枝の幹にまたビニール紐が結び付けられているのに気が付いた。
目で辿ってみれば、これまでのものと若干違い、木々の間に張られている紐の途中から、他の木々へ伸びる紐が結ばれていて、蜘蛛の巣のような複雑さを見せている。
そしてそれは、どうも崖を囲むように括り付けられているようで、土塊の濁流も崖下へと続いていた。
(……この下、か)
腰を屈め、慎重に眼下に広がる暗闇へ目を凝らす
暗くて正確な距離は掴み難かったが、感覚的に崖の高さはそれほどでもなく、下は開けた窪地になっているようだった。
土塊の濁流は滝のように落ちていて、まるで窪地を埋め立てるためのコンクリートを流し込んでいる様に見えなくも無い。
私はどう降りるかを考えつつ、とりあえず落ちてもなお流れ続けている土塊を、見える範囲で追っていき――。
「……え?」
――窪地の中央あたり。土塊の流れ行く先に、巨大な山が聳え立っていた。
それは闇の中でも分かるくらいに高く、ともすれば崖の上まで届こうかという程だ。
その頂上には、曲がりくねった細い木が一本生えている。闇に紛れてシルエットくらいしか分からなかったが、葉の無い枯れ木……に、見えるような、見えないような。
何にせよ、明らかに不自然な山だった。
(何だあれ……流れてる土、あそこが終点……?)
再び土塊の流れを確認するが、あの山に向かっているのは間違いないようだ。
……いや、でも、山の根元に土砂だまりが作られている様子はない。
流れて来る土塊の全てが、まるで吸い込まれるように山の根元へと消えている……ような。
(……まさか)
ハッとして山が大きくなっていないか注視するけど、暗すぎて細かい変化が分からない。
これ以上詳しく観察するなら、近寄ってみなければ無理だろう。
もっとも、二山を探すならどの道土塊の流れる先である山に近付く必要がある。
私は大きく溜息を吐き、崖下に降りる方法をきょろきょろ探す。
(つーかアイツこれ、土と一緒に崖落ちてない……?)
その最中、ふと嫌な想像が脳裏をよぎり。
もしかしたら土塊の流れ落ちる場所に二山の姿があるのではないかと、崖下をもっと深く覗き込んだ。
――そんな事をしていたから、私は背後から新しく流れ来る濁流の気配に気づく事が出来なかった。
「――な、ぐぁっ!?」
未だに響き続けている絶叫のせいで、他の音が聞こえなかった事もあるのだろう。
完全な意識外から押し寄せた土塊に私は呆気なく巻き込まれ、崖の向こう側へと投げ出された。
降り落ちる濁流の中、纏わりつく土塊はやたらと重く、足搔いても精々が頭を庇うくらいしか出来ず。
私は土塊に圧し掛かられる形で崖を落ちていき――背中から墜落。土塊のとんでもない重量が、私のおなかを圧し潰した。
「――オ、ご……ッ!? んぎ……!」
しかしどうにか意識を繋ぎ留め、被さる土を跳ねのけ身を起こす。
そしてすぐに脱出しようとするけど、流動する土塊がそれを許さない。
手足をついた端から土塊に呑み込まれ、引き抜いてもまた別の部位が呑まれてのいたちごっことなってしまう。
「このっ、こんなので……っ!」
じたばたしながら流れの先に目をやるが、やはりこの濁流は山に吸収されているようだ。
いや、この濁流だけじゃない。上からでは気付かなかったが、そこには私が追っていたものとは別に、全然違う場所から流れてきている濁流が幾つもあった。
それら全てが山の根元を中心として渦を巻くように纏わりつき、少しずつ、少しずつ山が大きさを増している。
というか窪地全体に土塊の流動が犇めいていて、逃げ場自体がどこにも無い。ここまで近くに寄れば、光が無くともそれがハッキリと分かった。
(や、やば、このままじゃ、また生き埋めに……――、っ)
その時、視界の隅を線のようなものが擽った。
山の中ほどから窪地の隅の方にまで続く、ピンと張られた白い線。さっきも見たばかりのビニール紐だ。
どうやら、どこかからの濁流に巻き込まれ、周囲の木々に繋がったまま山に呑み込まれたものがあったらしい。
幸いまだ手の届く高さにあるように見え、私は必死に暴れて何とかキャッチ。
ブチブチという手に伝わる感触に冷や汗を流しつつ、それを頼りに身体を持ち上げて――這う這うの体で土塊の中から抜け出た瞬間、あまりにもあっさりと紐が千切れた。そりゃそうだ。
「うわあぁっ!? く、くそっ……!」
私は一瞬の判断で山へと続く片方に縋りつき、離さないよう拳にしっかり巻き付ける。
そして再び土塊に身体を沈み込ませながらも少しずつ巻き取って、山の根元に到着するや否や紐登りの要領で山の側面へと飛びついた。
そうしてホッと一息ついた後、すぐ足の下で土塊が吸い込まれるように山の一部と化していく光景に寒気が走り、爪先を山に突き刺し上へと逃げ登る。
「はっ、ぅぐ……うあっ!」
だが、上手くいかない。
山の土質が私達が生き埋め状態になっていた時と同じく、軽く柔らかいものとなっており、少し力を籠めるだけで容易く崩れてしまうのだ。
こうなってはビニール紐に体重をかけるのも怖くなり、登攀も中々進まない。
ここに来て、私の膂力が逆に足を引っ張る事態となっていた。
「はぁ、はぁ……に、二山……にぃやまぁ~!! にぃや、ぁ、あああっ!?」
やがてにっちもさっちもいかなくなり、おそらく山のどこかに埋まっているんだろう二山に呼びかけてみるけれど……絶叫は未だに続いていて、届く筈も無い。そもそも声が届いたところでどうしようもない。
それどころか声を張り上げた際に変に力が入ったのか、足を引っかけていた土が崩れてしまった。
「~~~~……ぐぐ、ぐ」
咄嗟に両腕を深く突き込み勢いを殺したものの、かなりの距離をずり落ちてしまった。
地面にはまだ遠いが、こんな事を繰り返していたら、やがて完全に一番下まで落ちてしまうのも時間の問題だ。
(ど、どうしよう……どうしたら……)
周囲に視線を振るが、今度はビニール紐のような助けになりそうなものは見当たらない。
なるべく動かないようじっとしているのも神経を遣い、絶叫による頭痛と合わせて意識が揺らぐ。
このまま長時間耐え続けるのも、ちょっと厳しいように思えた。
(い――いっそ、自分から山の中に……とか……)
……じわりと、滲むように思い付く。
そうすれば少なくとも自重での落下はし難くなるだろうし、この土の軽さならモグラのように掘り進む事も出来るかもしれない。
とはいえ生き埋めとなる訳だから、また意識を奪われるのかもしれないが……このまま濁流の中に落ちたとしても、行く先は同じだろう。
一か八か。動いてないのにもかかわらず少しずつ崩れていく足元の土に、私はゆっくりと身体を山に近付けて、
――その時、目元に光が当たった。
「っ!?」
その眩さに我に返り、慌てて光の出所を見る。
これまで真っ暗だった分、小さな光でも目に染みる。
それでも無理矢理に瞼をこじ開ければ、崖の上によく見知った少年が立っていた。
「――ひ、髭擦くん!?」
そう、草葉をかき分け顔を出した髭擦くんが、驚いた顔で私に懐中電灯を向けていた。
その肩には何故か土だらけのアゴ男がぐったりともたれかかっており、よく見れば片手には小さな鉈を持っている。
突然かつ意味の分からない再会に、私は思わず身体を揺らし――「わぁっ!?」そのせいでまた足元が崩れ、落ちかけた。
「――! ――!」
(聞こえねーって……!)
それを見た髭擦くんが、慌てた様子で何かを叫び始めたが、周囲に響く絶叫のせいで何を言っているのか分からない。
あっちもすぐにそれを察したのか、ボディランゲージや何故かスマホを操作したり色々試し始めたものの、やはりハッキリとは伝わらず……やがて、私に当てていた光を上の方へと動かした。
「なに、上……?」
それに釣られて光を追えば、どうやら山の頂上にある木を照らし出しているようだった。
今の私の場所からでは角度的によく見えなかったものの、その木の幹に重点的に光を当てているようにも見える。
何だ、そこに何かあるのか。そうよく目を凝らす内、そこに数枚の紙が貼り付けられているのが分かった。
いや、釘か何かで打ち付けられているのか。髭擦くんの光は、間違いなくそれを指し示していて――そこでようやく思い至る。
(写真……写真か、あれ……!)
私達が埋められていた場所には必ずあった、不気味で意図の分からない盗撮写真。
おそらく、それがあの木にも貼られているのだ。
そして同時に思い出すのは、黒髪女を助けた時に二山が行っていたとある行動。
髭擦くんに目を戻せば、彼もまた何かを投げるようなジェスチャーを行っていた。
(……何で髭擦くんがそれ知って……いいや、とにかく今は――!)
どうせ他に出来る事も無いのだ。とりあえずは彼を信じると決め、片手に巻いたままのビニール紐を強く握った。
(今の位置じゃ、角度的に無理そう。少しでもいいから、山から距離を……)
頼りなく軋むそれにイヤな動悸がするけど、深呼吸をして抑え込む。
そして最後に小さく息を吐き、ビニール紐にぶら下がった。
ひとつ揺れるごとに紐が下がり、また千切れていく感触が手に伝わる。
その度に寒気が肌を走るけど、我慢して振り子のように身体を揺らし――紐から致命的な音がした瞬間、思い切り山を蹴り出した。
「……っ!」
ビニール紐が根元から千切れ、振り子の勢いのまま宙に飛び出す。
とはいえ蹴り飛ばしたのが柔らかな土なので、その勢いはだいぶ削がれた。
結局ほんの少しだけしか山から離れられなかったけど、それくらいでも十分だった。私は必死に姿勢を立て直しつつ、片手に握ったそれを振りかぶる。
――蓋の開いたインクの小瓶。さっきの二山をなぞり、私は思いっきり山のてっぺんにぶん投げた。
「いけっ……!!」
的となる場所自体は髭擦くんが光で照らし続けてくれていたが、こんな姿勢と状況だ。
ピンポイントで当てられる自信は無いし、出来るとも思っていない。
だが、おそらく瓶の中身が少しでも写真に飛び散ればそれでいい。完全ストライクでなくともいいのなら、多少の希望は持てていた。
「――ぐっ!」
しかし投球結果を知るよりも先に、私の身体が土塊の濁流へと呑み込まれた。
途端に身体がずぶずぶと沈んでいき、そのまま山へと流される。
私も必死に抜け出そうとするけど、やはりどうにもならず、土塊の流動も止まらない――。
(くそ、だ、ダメか……!?)
そして遂には私の爪先が山の根元に埋まり始め、必死に引き抜こうと藻掻いて暴れ――そこで突然、土塊が動きを止めた。
「――……」
それと共に、ずっと響き続けていた絶叫も断たれるように掻き消える。
後には痛いほどの耳鳴りが残り、やがてはそれも静寂に変わる。
あまりにも静かすぎて、少しの刺激で再び状況が動き始める気さえする。私は土塊の中で下手に動く事も出来ないまま、きょろきょろと周囲の様子を窺い続けて、
――ぼこり。
「!」
妙な音が聞こえた。
反射的にそちらに目をやれば、山の一部が酷く歪に膨らんでいた。
私が埋められていた小山ともまた違う、土の泡。
それは見ている内に次々と増えていき――突然、そのうちのひとつが音を立てて弾け飛ぶ。
「っ、え、なん……わぁっ!?」
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん――。
ひとつ弾ければ次々と泡は弾け、その度に決して小さくない土塊と、黒い粘液のようなものが周囲に撒き散らされていく。
……なんとなく『足の裏』の最期を思い出したが、だとしたらまずくないか、これ。
山の根元に居る私のすぐ隣にもその一部が落ちて来て、慌てて土塊の中から這い出して――その時、弾けたとある泡の跡から光が伸びているのが目に映った。
「ん……?」
さっきみたいに、髭擦くんが遠くから照らしている訳じゃない。
その光の筋は間違いなく、山の中から伸びていて……その正体なんて一つしかない事に気付き、すぐに全速力で駆け出した。
(――点けっぱなしのスマホのライト! 黒髪女の、二山が持ってたやつ……!!)
つまり、あの光の下に二山が埋まっている――。
私は弾け飛んでくる土塊をどうにか避けつつそこへと辿り着き、その中を覗き込む。
すると予想通りそこにはライトの点いたスマホが埋まっており、軽く土をよければそれを握る腕から先も出土する。
間違いない、二山だ。
「居た……! お、おい! 大丈夫か!? おいって!」
「…………」
しかし前の時と違い、幾ら呼び掛けても反応が無い。完全に意識を失っているようだ。
このまま悠長に呼びかけている訳にもいかず、私はその腕を掴むとまた力任せに引っ張った。
今度こそ肩を外してしまうかとも思ったが、幸いまだ土は柔らかさが残っているようで、二山は思ったよりも容易く引っこ抜け――直後、山全体が大きく鳴動し始めた。
「ちょおっ!? まっ、ぬあああああぁぁぁぁぁぁ!?」
二山を担いで逃げ出した瞬間、山の方から何かが軋み、そして潰れたような音が聞こえた気がした。
一瞬振り向きかけたものの、続いて聞こえた土砂の流れる音にそんな余裕は無いと悟る。
ただひぃひぃ言いながら全力でひた走り、窪地の外側にあった太めの木の裏に転がり込む。
その瞬間、木の横を土砂と黒い粘液の混ざった何かが勢いよく流れ過ぎ、盾とした木の幹がミシミシと不穏な音を立て始めた。咄嗟に背中を押し当て、支え留める。
「ぐ、ぐぐぐ……ぐ……!!」
濃い土の匂いの他に、何かが腐ったような異臭が鼻をつく。
しかし気にする余裕も無いまま、私は必死になって足を突っ張り、ふんばり続けた。
……そして、どのくらいの時間が経ったのだろう。
気付けば土砂と粘液の津波は止まっていて、辺りには夜の静けさが戻っていた。
恐る恐ると木から身を離しても、特に何事も無く……「はぁぁぁぁ……」私はそこでようやく深い溜息を吐き、ぺたんとそこに尻もちをつく。
「……おーい、生きてるー?」
「……ぅ……」
近くに転がしていた二山にぐったりと呼びかければ、小さな呻き声が返る。
まだ意識までは取り戻してはいないようだが、まぁ呻けるくらいには生きているようだ。
私はまた細長い溜息をひとつ吐き……そのまま倒れ、二山の腹を枕にして寝っ転ぶ。「う゛」と聞こえたが、知らんぷり。
(つ……疲れた……)
とりあえず、何とかはなったのだろうか。
色々と考えようとするけれど、脳みそがガンガンと痛んで思考が上手く回らない。
さっきまでずっと聞き続けていた絶叫のせいだろう。考える事をさっさと諦め、疑問も何もぶん投げる。
「――……」
夜の闇はまだ深く、吸い込まれそうに重くもあり。
やがて私達を探す髭擦くんの声が聞こえてくるまで、私は何処とも無い暗闇を眺め続けていた。
……ぐりぐりと、何度も枕の位置を確かめながら。