「山」の話(中③)
*
ゆらゆらと、頭の芯が揺れていた。
「…………」
何も見えず、聞こえない。
真っ暗な闇の中を漂って、どこかに流れて行っている。
冷たくて、固い。
あったかくて、柔らかい。
暗闇はそのどちらとも感じられ、どうしてか濃い土の匂いだけが鮮明だった。
……私は今、どこに居るんだろう?
ふつり、ふつりと、何度もそんな疑問がよぎるけど、意識がぼやけて纏まらない。
その内に何を疑問に思っていたかも忘れ、もっと暗い所へ沈んでいく。その繰り返し。
段々と、その間隔も長くなる。
土の匂いはより一層に濃くなって、闇も深く、重たくなって、やがては疑問そのものが浮かばなくなった。
もう何も考えられない。
私の意識は切れる間際の電球のように明滅を続け、そしてぷつりと切れかけて――。
「……?」
その時、闇の中に浮き上がる何かを見た。
女の人……だろうか。
目を開けているのか閉じているのかすらもハッキリしない暗闇なのに、どうしてかそれが認識出来ていた。
輪郭は朧気で、顔も年齢もよく分かんなかったけど、明るい茶髪と、藍色の何かをつけている事だけはなんとなく分かった。
……誰だろう。焦点の合わない目を必死になって眇めていると、女の人がゆっくりと腕を差し出した。
分かりやすく見せつけるように、少しずつ、それでいて大振りに。
私はぼうっとしたまま、こっちに伸びる腕を眺め……やがて、私の眼前でピタリと止まった。
その動きに私は首を傾げかけ、しかしその疑問さえすぐに散る。
何も考える事なく私もゆっくりとその腕に手を伸ばし――そして、『それ』を渡された。
(……なに、これ……)
自分の手元は暗くてよく見えなかったが、何か棒のようなものを握る感触があった。
軽く、細く、力を籠めれば軋みと共に屑のようなものがパラパラ落ちる。
これが何なのか聞こうとしても、女の人の姿は気付けばどこかに消えていた。
それすら最早疑問に思えず、私はただぼんやりとしたまま、無意味に棒を握り続けて、
――ぱきん。
その内、握り込んだ手の内側で小さく乾いた音が鳴り。
瞬間、暗闇が大きく波打ち、崩れ落ちるように私の身体を圧し潰した。
■
「――~~~~~~~~~ッ!?」
ふわふわしていた意識が、一気に弾けた。
途端に酷い息苦しさを自覚し暴れかけ――しかし全身が動かない。
頭も胸も腕も足も、身体中至る所がずっしりとした暗闇に圧迫され、抑えつけられていた。
(な、んだこれっ、何が、どっ……!?)
痛い。重い。苦しい。真っ暗。天地が分からん。息が出来ない。
おまけに口にも何かが詰められてて、助けの声も上げられない……!
何でこんな事になってんだ。突然の意味不明な状況に酷く混乱したまま、私はただひたすらにじたばたと暴れ続けた。
「んぐ、むーっ! むぅーっ……!」
大きく動く事は難しかったが、滅茶苦茶に身体を揺する事くらいは出来る。
それを繰り返す内に少しずつ動ける範囲が広がって、なんとか腕を曲げられる余裕が作れた。
そこでようやく、私は自分がうつぶせに寝かせられているのだと理解した。
であれば、だいぶやりやすい。私は二の腕にあらん限りの力を籠め、ついた肘を突っ張った。
「ぐ、ぎぃ……んぐぅぅぅぅぁぁぁぁ……ッ!!」
ズ、ズと、少しずつ背中が丸まり、その上に被さっている暗闇が持ち上がる。
どうにも地面が不安定で上手く力が入れられないが、そこは私の常人外れの膂力でゴリ押した。
そして強引に片膝立ちの姿勢にまで持って行き――「んがあああああああああああ!!!」思いっ切り全身のバネを爆発。
力任せに跳躍し、覆い被さっていた重たいものを無理やりに吹き飛ばしてやった
「――ぐえっ!? んご、げほ、ごほっ!!」
暗闇が若干薄くなり、全身が軽くなる。
私は跳躍した勢いのまま、暫く宙を滞空し……すぐに墜落。
頭から地面に落ち、その衝撃で口の中に詰まっていたものを吐き出した。濃い土の匂いが口から鼻を突き抜けて、何度も咳き込み、唾を吐く。
「かは、ひゅ……ぺっ、ぺっ! っぐ、な、なん、なにっ……!?」
酸素を求めて喘ぎながら吐き出したものを見てみれば、それは土の塊のようだった。
私の唾液に塗れてほとんど泥となっていて、口の中がじゃりじゃりで気持ち悪い。
いや、口の中だけじゃなく、全身が土塊だらけ。
軽く視線を振れば、すぐ近くの地面には大穴が開いていて……どうしてこんな様になっているのか、嫌でも察した。
「……こ、こっから飛び出したのか、私……?」
この割と深そうな穴の中、土の下から……?
実際に口にすると全身に怖気が走り、咄嗟に穴を覗き込む。
辺りが暗くよく見えなかったが、土の底から小さな光が漏れているのが見て取れた。
身を乗り出して手を伸ばせば、ライトの点きっぱなしのスマホが埋まっていて。
「……わ、私の……」
本当に、事実としてここに埋められていたらしい。
パニックになっていた。何が起きているのか一つも分からず、上手く息を吐けないまま震える息をただ呑み込んで――その時、それまでずっと握ったままだった手の中で、何かが砕ける音がした。
「っ……?」
反射的にその手を開けば、砕けた木の枝がパラパラと落ちる。
埋められてた時、無意識に握り込んでいたのだろうか。取るに足らない事だったが、恐怖と混乱に乱されていた意識が若干逸らされ、細長い息を吐き落とす。
「……くそ、なん、なんだ……?」
多少なりとも冷静になった頭を動かして、穴からスマホを拾って周囲を照らす。
光に浮き上がるのは生え放題の草と木ばかりで、道や人の気配も無い。見渡す限り、ずっと見覚えのない森の中の景色が広がっている。
木々の隙間には昼に見たビニール紐がチラチラ見えるから、キャンプ場にある山のどこかだと思うのだが……正確な位置までは分からなかった。
(ど、どこだよぉ……つーか、何でこんなとこ……)
私の記憶では、さっきまでは普通に入浴施設への道を歩いてた筈だ。
なのに気付けば土の中に生き埋めになってたとか、意味不明にも程がある。
ほんとに何があったんだ。頭を抱えてここに至る経緯を思い出そうとするけれど、しかし何故か濃い土の匂いばかりが蘇り――と、
「っ、そうだ、黒髪女……!?」
そこでようやく、彼女が居なくなっている事に意識が回った。
咄嗟にまた周囲へ光を振るけど、さっきと同じだ。黒髪女は勿論、誰の姿も見つからない。
(そうだよ、アイツ、いきなり居なくなってたじゃん。そんで私がこんな風になってんなら、もしかするとアイツも……!)
同じように、生き埋めに――自然とその想像が頭をよぎり、青くなる。
この私が死にかけて、脱出にもかなり手間取ったんだ。
もし黒髪女も同じ目に遭ってたとしたら、アイツじゃ絶対どうにもならない確信があるし、あの苦しさを長く耐えられるとも思えない。
連絡するにも、こんな森の中じゃやっぱりスマホは圏外だった。
というか、スマホを含む黒髪女の荷物は私が拾っていた筈だ。例えアンテナが通っていても、通話はもとよりコール音から位置を探る事すら不可能だ。
(まずいだろ……!? 近くに埋まってんのか!? それともどっか別の……ああもう!)
ひとまず穴に飛び降り、文字通り手当たり次第に素手で掘り出してみるけれど、出てくるのは私と一緒に埋められていた荷物ばかり。
その中には私が拾い上げてた黒髪女のバッグとスマホもあったが、それだけだ。アイツ自身の痕跡は黒髪の一房すらも見つからない。
結局、幾ら周囲を掘っても埒が明かず、焦燥に炙られるまま足元の土を蹴り上げて、
「っ」
その時、爪先に何かを引っかけた。
からからと遠くに転がるそれは木の枝のようだったが、その先端に紙きれのようなものが張り付けられていて、スマホのライトを反射している。
それだけならただの変なゴミでしかなかったけど――その紙きれが、私の写真だって事に、気付い、て、
「……、あ?」
……少しの間棒立ちになり、やがて恐る恐るとその木の枝を拾い上げる。
触った感じ、そこらに落ちてるような普通の木の枝だ。
しかしどういう訳か、私の写真がテープか何かで張り留めされている。
たぶん、夕方に魚の塩焼きを焼いていた時の場面だろう。写真の中の私は酷くつまんなそうな顔で焚火を見つめていて、アングルから言って盗撮である事が窺えた。
「…………」
なに、これ。
あまりにも意味不明な代物に、呆然とする。
こんな写真に心当たりは無かったし、ここに落ちてた理由も分からない。
だけど……今この状況で見つかったという意味を考えると、どうにも。自然と肌が泡立ち、じりじりと周囲の闇に気を配る。
(……だ、誰かが、見てる……?)
そう疑ったけど、見える範囲に監視カメラのようなものは無かった。
いや、それとも巧妙に隠されているのか?
急激に上がり始めた警戒心に煽られ、ゆっくりとライトを一周させて――。
「――……、」
息が止まる。
……手。
手があった。
少し離れた場所にある木の裏側から、誰かが指をかけていた。
木の幹は細く、人間がはみ出ず隠れられるようなものじゃない。
おまけに指のかけられている位置もあり得ないくらい高い場所で、潜んでいるのがまともな存在じゃないってすぐに察した。
「……は、っ……はっ……」
写真との関係がどうとか、そんなの考えている余裕なんて無かった。
私は決してそれから目を離さないようにしながら、徐々に踵を引いていき……、
「……?」
……木の裏から伸びる、白く丸い女の指。
その少し上から、指の持ち主らしき髪の一房が覗いている事に気が付いた。
ライトをずらせば、先っぽの少しだけ跳ねた明るい茶髪が光に浮かび――その光景に私は大きく目を見開いた。
「え……」
反射的に視線が下がり、さっき掘り出した荷物に向く。
正確には、黒髪女の荷物の中にあるだろう何かしらの容器の中身。
――今、私の目の前にあるものは、かつて視た『あの子』と同じそれだった。
「…………」
視線を戻す。
すると手と茶髪はそこに無く、その一つ後ろの木へと移動していた。
「っ……」動揺して一瞬視線が逸れ、また戻すと今度はもう一つ後ろの木へと移動する。
まるで、私を誘き出そうとしているかのように。
(……居なくなったんじゃなかったのかよ……!)
そう強く唇を噛むが……ともあれどうする。
半ば助けを求めて周囲を見回せば、その度に『あの子』は遠ざかっていく。
出来ればそのまま居なくなってくれとは思うが、そんな風に言ってる場合じゃないのは分かってる。
私だって、この状況でこんな光景が視える意味に思い当れない程バカじゃない。やっぱり黒髪女の方でも何かがあった。それは分かってる、分かってるけど――……。
「……~~ああもう分かったよ! くそっ!!」
――その時、睨んだ『あの子』の髪の隙間で、小さな藍色がきらりと光った。
それがイヤリングだと気付いた瞬間、私は大きな悪態を一つ。
転がっていた荷物を拾い上げ、草木をかき分けその藍色を追いかけた。
*
夜の山中ほど歩きにくい場所は中々無い。
暗いし先は見えないし草は邪魔だし、うっかり注意を怠ると足元にある崖に気付かず転げ落ちる事もある。
以前、初めてオカルトを目にしたその夜に雑木林を駆け回った時なんて、錯乱して注意力が死んでいた事もあり、かなり痛い目を見たものだ。滑って転んでどたんばたん。
その経験を活かすのであれば、一歩一歩慎重に足元を確認しながら進むべきなのだが――今の状況じゃ、そんな悠長な事を言っている暇は無さそうだった。
「くそ、どこまで行くんだよ……!」
がさがさと、行く手を遮る背の高い雑草を強引に突っ切りひた走る。
そこに慎重さなどというものは無く、本当なら足元を照らしているべきライトも上を向いている。
光が捉えるのは、木の裏に隠れる『あの子』の姿だ。さっきと変わらない角度のまま、やっぱり少しでも視線を外すとその度に遠くの木の裏へと移動している。
こんな足元も見通しも悪い中、おまけに走りながらだとずっと目を逸らさないでいる事も難しく、どんどんと距離が離されていく。
(……これ、逆に撒こうとしてるってんじゃないよな?)
いっそもう全部私の勘違いを疑ったが、その割に視界から消える事は無く、完全に見失う事態にはなっていない。
というか撒こうと思えば消えればいいだけなんだから、わざわざこんな追いかけっこなんてしなくて良い。
(それに……そうだ、夢で見たよな、コイツ)
考える内、ふと思い出した。
私が土の中で目覚める前、夢見心地の意識の中で、『あの子』の姿を見たような気もする。
茶髪の茶色とイヤリングの藍色とがあって、何か棒のようなものを折ったような。正直、よくは覚えてはいないけど……良い方に捉えれば、おそらく私は彼女に起こされたのだ。
そうまでされての今なのであれば、やっぱりこれで良い……筈だ。
不安に駆られる気持ちをそう言い包め、揺らぐライトをしっかり『あの子』へと定めて、
――瞬間、夜闇を絶叫が切り裂いた。
「ひっ……!?」
酷く悍ましい、地鳴りのような声だった。
異常なまでに低く、それでいて高音のようにも聞こえる狂った震え。
男性か女性か、人か獣か、そもそも生物の声とは思えないほどに滅茶苦茶なのに、どうしてか私はそれを『声』と認識してしまっている。
耳を塞いで身を丸めても絶叫は消えず、耳の中でわぁんわぁんと跳ねまわり、いつまでもいつまでも止んでくれない。
何だ、何が啼いてる――そうして混乱と恐怖に耐えていると、やがて声の全てが渦を巻き、一つ処に向かい始めた。
分かるのだ。響き続ける叫びは明確な軌道を描き、茂る草木の向こう側へと流れていく――。
「――……ぅ」
……どのくらいが経っただろう。
我に返った時には絶叫は残響も無く消えていて、元の静かな夜闇に戻っていた。
いや、落差の分酷く静まり返っているように感じられ、すぐには動く事が出来ないでいた。
とはいえいつまでもそうしている訳にもいかず、私は恐る恐ると丸めていた背中を伸ばし、眉を寄せる。
――『あの子』の姿が、どこにも無い。
(……う、うそだろ?)
とうとう置いて行かれたのか、それとも今の絶叫で散らされたか、或いは元々私の幻覚だったか。
あまりの静けさに、呼びかける事も憚られた。
ゆっくりとライトを振ったがどこにも見つける事は出来ず、途方に暮れる。
(どこをどう走って来たかなんて、さっぱり覚えてねーんだぞ!?)
元の場所に戻る事も出来なければ、誰か人の居る方向も分からない。完璧に遭難状態だ。
さっきの絶叫も意味分からんし、最早黒髪女の行方を捜すどころの話じゃない。
脳裏にこびり付く狂った叫びが蘇り、また総毛立ち……しかし反対に、ライトはその声が流れていった方向へと向いていた。
……現状、唯一分かる道しるべ。
「勘弁しろってぇ……!」
明らかにヤバイ声だっただろうが。
自分から近付くなんてバカもバカだろうが。
心中でそう吐き捨てるけど、現状と何か関係がある事は火を見るよりも明らかである。
逆に言えば黒髪女の手がかりになるかもしれず、むしろ『あの子』はさっきの絶叫を聞かせようと私をここまで連れてきた可能性が無くもなく……。
「…………」
もう一度、最後に『あの子』が居ないか探す。
どの木を見ても、幾ら待っても現れず……仕方なく、本当に仕方なく、私はそろりそろりと草木の中へと分け入った。
(……くそぉ、恨むからなぁ……!)
もう絶叫は聞こえず、その予兆といったものも無い。
どこに何が居るのかも予想できず、半泣きになりつつ全力で気配を消した。
息を詰め、ライトを絞り、足運びだって丁寧に。風の音や、草の擦れる音一つにすら過敏になって。
そうして姿の無い恐怖に精神をすり減らしつつ進んでいると、やがて木々の合間に張られたビニール紐のある場所に行き当たる。
(……この先、か?)
よれる事無くまっすぐ進んで来たし、方向的にはその筈だ。
……意識を失う前、道を塞ぐように張られたビニール紐を思い出して、更に警戒。
私はビニール紐を潜り越え、草むらを分けその先を覗き込み――そこにあった光景に眉を寄せた。
(……は?)
なだらかな傾斜で、雑草が比較的に少ない場所。そこに、小山が一つ盛られていた。
だいたい直径二メートルくらいだろうか。
掘って埋めたような痕跡は無く、自然に土が盛り上がった、雑草そのままの柔らかな小山が形作られている。
それだけならちょっと目を引く地形くらいで済んだのだが……どうしても、強い違和感を放つ部分があった。
――小山の頂上に、木の枝が垂直に突き立っている。
「…………」
そして枝の端には、写真が一枚くっついている。
位置的に何が写っているのかは分からないが――ごく自然に、荷物の中に放り込んでいた例の盗撮写真に目が落ちた。
「……、」
嫌な予感が止まらない。
周囲に何の気配も無い事を確認し、草むらから身を乗り出す。
そして小走りで小山を回り込み、写真に何が、誰が写っているのかを確かめ、て、
「え……」
――そこに映っていたのは、『二山』の顔だった。
私と同じく、塩焼きを作っている所を盗撮されたのだろう。
『親』の無表情ではなく、調理場で気怠げに魚を捌いている『二山』としての顔で――違う、そんな観察なんてしている場合じゃない。
「お、おい、おいっ……!!」
咄嗟にスマホを放り捨て、小山に手を入れ掘り返す。
写真と枝。それが突き刺さった土の山。
私の時の事を考えれば、嫌でも分かる。間違いなく、この中に、土の下に、『親』が生き埋めにされている……!
「何でそうなってんだよ!? あんた部屋の中に……くそ、何がどうなってんだ!!」
土は量の割に不自然なほど軽くて柔らかく、すぐに深くまで掘り返せた。
しかし『親』の所にまでは届いておらず。指先すらも出て来ない。
焦った私は小山の上部分を崩そうと、刺さった枝ごと強引に振り払い――「うあっ!?」途端、土がずっしりと重みを増した。
というより、本来の重さに戻ったというべきだろうか。崩れた土砂を頭から被り、圧し潰される。
(いきなり何だよッ!? くそ、こんのっ……!!)
私の時と似たような構図だが、全身生き埋め状態と比べたら屁でもない。
すぐに力づくで押し返し、再び穴掘りへと戻る。
――土の下からくぐもった声が聞こえたのは、その直後だった。
「――! ――!」
「! い、意識あんのか!? おいって!」
口の中に土が詰まっているのだろう。
酷く小さく聞き取り難い声だったが、それは確かに『二山』の声のように思えた。
とにかくそれを頼りに掘り進め、同時に何度も呼びかける。
「身体動かせるか!? 手か足か、どっか……!!」
「――――!」
どうにかその声が届いたのだろう。
私の指示に従うように突然土の一部がぼこりと崩れ、その奥の方に土だらけの指先がちらりと見えた。どうやら『二山』の身体もそこそこ頑丈であるらしい。
(ならっ――!)
私はすぐにそこへと両手を突っ込むと、深い場所で掘り当てた彼女の片手をしっかりと掴み、畑から野菜を引っこ抜く要領で思いっきり引っ張った。
「――このっ、出、て、こ、いぃぃぃぃぃ……!」
「――!? ――っ!? ――ぃ――、――ッ!!」
ズ、ズズ。
少しずつ土が盛り上がり、『親』の手が顕わとなって行く。
同時に骨か筋肉が軋んでいるような感触と、もごもごとした叫び声が伝わるけど、窒息よりはマシだろう。
そうこうする内、二の腕の半分くらいを発掘出来た。そこから更に深く両手を突っ込み、土の中で『親』の胴体部分を抱えるように手を回し――そのまま、全力で『親』の身体を引き寄せる。
「んぐ、くぅぅぅ…………ぁ、うわッ!!」
「ぐ、うッ……!?」
いきなり抵抗が無くなり、土中から『親』が飛び出した。
勢い余ってすっぽ抜けた『親』は私を巻き込み吹き飛んで、共に地面をごろごろ転がる。
とはいえ、地面を多少滑った程度。すぐに体勢を整え『親』へと目をやれば、彼女は寝転んだまま咳と泥とを吐き出していた。
「げほっ、かはっ、はぁっ、ごほっ……」
その様子は苦しげではあるものの、大きな怪我などは見られない。
泥だらけな事以外は他に異常も無く、おおよそ無事と言って良いだろう。
「…………」私は無意識に深く息を吐き、とりあえず『親』の所へと、
「――痛ッてぇなァ!」
「っ」
突然、怒鳴り声が響き、私の肩が大きく跳ねた。
「……ぇ?」
……最初、どこからその声がしたのか分からなかった。
だってここには二人しかいないし、私は声を出してない。
なら、あんな、怒鳴る人間なんて、ここには誰も――。
「余計な事……とは言わないけどな、あたしはモグラじゃねェし、オマエみたいに頑丈でもねンだ。もう少し考えてやってくれよ、なァ……!」
「……ぁ、え……」
重ねてかけられた乱暴な物言いに、彷徨っていた視線がそちらを向く。
見えたのは……プリン頭にバチバチピアス、そして――苛立ちと苦痛に歪んだ、鋭い顔立ち。
……いつもの無表情は、どこにも無い。
「……何、変な目ェして、オマエ」
――『親』じゃない。ただの『二山』が、そこに居た。