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異女子  作者: 変わり身
62/100

「山」の話(中①)

2




キャンプ飯に最も相応しいものは何か。

たとえ何人の天才達が揃おうと、決して意見が揃う事が無いだろう難問である。


火や煙を気にする事無く、豪快に肉を焼くバーベキュー。

風と香辛料との香りを堪能しつつ、武骨な大鍋で煮込むカレー。

川での悪戦苦闘を振り返りながら、焼き上がりをじっと見つめる魚の塩焼き……は、まぁ私的にはアレだけど。


他にも色々あるだろうが、シチュエーションと雰囲気込みのそれらはどれも甲乙つけ難い。

それぞれ好みの問題はあれど、即決でこれ! と決められる人は結構少ないのではなかろうか。


キャンプ会主催のアゴ男も、そこら辺を割と迷っていたようだ。

事前に何を食べたいかのアンケートみたいなメッセージを送って来て、みんなの希望を募っていた。


――ので、問答無用で大量の肉を買って持ち込んだ訳だが、何か文句あっか。



「……まぁ、無いが。小賢しくはあると思う」


「い、良いだろ別に……おいしいじゃん、お肉……」



ジュージューと、炭火の上で油が躍る。


牛肉、豚肉、鶏肉、ウィンナー……と、ついでに野菜。

私は香ばしい香りと共にぱちんぱちんと弾けるそれらを紙皿に盛り、髭擦くんの半眼白目から逃げるようにかき込んだ。


――そう、本日の昼食は私の一票(物理)によりバーベキューに決定していた。

『親』が一緒に来る事となった以上、好きなもん食べてちょっとでもテンションを上げたかったのだ。


他の意見がどうあれ、結局モノがあればそちらに流れる。

一応そこそこお高めの肉を選んだし、特に苦情も無かったのでまぁたぶん許された筈だ。うむ。


ともあれ、そうして次に焼きたい肉を見繕っていると、アゴ男がトングをカチカチ鳴らしながら話しかけて来た。威嚇すな。



「いやぁ、悪いねぇこんなに貰っちゃって。これいいやつでしょ? 後でタマちゃんのおうちの人にお礼言っとかないとなぁ」


「……別にいいすよ、気にしないで」


「ままま、こういうのちゃんとするのがモテんだから」



彼はどうも鉄網の上で焼かれている肉達を、私の両親からの――つまりは『親』からの差し入れだと思っているようだった。

まぁ実際は私の無駄に貯め込んだお小遣いでの個人購入だし、見当違いの気遣いではある。



「あー、せっかくだから今電話しちゃうかぁ、ちょっとお家の番号教えて貰っていい?」


「……んー」



さてどうしたもんか。骨付き肉をバリボリしながら適当な言い訳を考えていると、後ろからヌッと影が差す。

プリン頭にバチバチピアス。件の『親』こと『二山』だった。



「……なら、あたしから伝えといてやる。それでいいだろ」


「あ、そスか? まぁそれが丸いスかねぇ、じゃあ後で菓子折りでも送りますんで、先輩の方の連絡先を……へへへ」


「チッ」



割と強めの舌打ちだったのだが、アゴ男はまるで気にした様子が無い。ハートつえー。


そうして『二山』の連絡先を手に入れたアゴ男は、トングを上機嫌に打ち鳴らしつつ立ち去って……ふと、こちらを見下ろす『親』の視線に気が付いた。



「……今度は何?」


「幾らかかった」


「は?」


「……お金だ。幾らかかった」



はじめは何の事か分からなかったが、私が持ち込んだ食材の事だとすぐに察した。

……そういや、うちの車に積み込む時は何の荷物だったか言ってなかったっけ。また違う方向で話が面倒になる気配を感じ、渋い顔。



「……そんな大してかかってないよ、別に」


「言いなさい。我々が補填を――」


「いーっつーの。何のための小遣いだってなるだろ……!」



多少使ったところで貯金はまだまだたんまりあるし、何よりちょっと前には自称サイキッカーの一件でかなりの額を立て替えてくれているのだ。

その上こんな事にまでいちいち『親』に頼っていては、そのうち私の身体は七色に発光してしまう。


そう言い返して『親』を明後日の方向へ押しやれば、何かもの言いたげな視線を残してとぼとぼと立ち去っていく。

そんな背中にふぅと一息ついていると、一部始終を横で見ていた髭擦くんが何とも微妙な顔を向けていた。



「……何だよその顔。言いたい事でもあんのか? お?」


「何でそんなケンカ腰なんだ……いや、まぁ、お前とお前の家族の人っていつもああなのかと思ってな」



髭擦くんは少し離れた場所で何やら黒髪女と話している『親』を眺め、言葉を選ぶように零し始める。



「何というか、こう……まだるっこしいというか、もだもだしているというか……どう言えばいいんだ?」


「いやそれをこっちに聞くなや。言いたい事は分かっけどさ……」



呆れ混じりに返しつつ、私もまた『親』に目を向ける。


馴れ馴れしく絡んで来る黒髪女へダルそうに接するその姿は『二山』の振る舞いだが、私の視線に気付くと一瞬だけ『親』の無表情に戻る。

すぐにまた『二山』の人格を被り直すものの……やはり直前までとの差異は隠せず、違和感に首を傾げた黒髪女から更にウザ絡みをされていた。やっぱ誤魔化し切れねーってあの人格じゃ。



「……なぁ、あの人もそうだが、お前も――」


「もういいからお肉食べようお肉。無駄話してる内に焦げるって、ほら」


「え? うわっ」 



あ、何か余計な事言われそう。


そんな気配を察し、野菜を盛った皿を押し付け強引に話を打ち切った。

コイツのこういう部分にももう慣れたもんである。



「……、……あ、あー、いや、そうか、そうだな……その、悪かった」


「ん」



少しの間キョトンとしていた髭擦くんだったが、やがて私の思うところを察してくれたのだろう。

それ以上引き下がる事も無く素直に頭を下げて来たので、この美しくも寛大なる私は許してやる事にした。


すると髭擦くんは気まずそうだった顔をホッと緩ませ、皿の野菜に手を付けて、



「――まぁ、そうだよな。俺も手のお母さんさまの事、あれこれ踏み込まれたくないしな……」


「……ん~~~~~~~~~」



唐突に謎ワードぶっこんでくんのやめてくんねーかな。


何のこっちゃ正直めちゃくちゃ気にはなったが、今の話の直後で深掘りに行けるほど私の面っ皮は厚く無く。

咄嗟に疑問をつきそうになった口に肉を突っ込み、しっかり蓋をしたのであった。もぐもぐ。






バーベキューの片づけを終えた後は、またそれぞれ自由時間となった。


アゴ男の事だから男女ペアになってのイベントでも用意しているかとも思ったけど、そんな訳でも無いらしい。

むしろ木陰に張ったハンモックで一人キザったらしく揺られていて、なんとものんびり気ままな風情だ。



「……あの、いいんすか。なんかこう、みんなで何かやる的なのは……」


「分かってないなぁタマちゃーん、こういう時ウザったく仕切りたがる奴ってモテないんだわ。だからみんなの好きなようにやらせてあげつつ、こうやって俺と遊びたいって子から声かけてくるのをじっくり待って――ハッ、そうかタマちゃん……へへっ(照れながら鼻の下を擦る)、なら……お兄さんとバドミントンでも、」


「あ、いっす、さいなら」



ヘラヘラと差し出されたラケットをイライラと押し返し、さっさとその場を立ち去った。何が「なら……」じゃ。


ともあれ、何をしたもんか。

昼前にちょこっと覗き回った感じでは、ボートでの川下りやジップラインみたいな大掛かりなアトラクションこそ無いものの、遊べそうな場所は幾つかあった。


釣り竿やレジャースポーツの道具はレンタル出来るし、アスレチックの施設も結構大きくて楽しめそう。

とりあえずまた髭擦くん誘ってそこら辺で遊ぶか――そうきょろきょろ彼の姿を探していると、誰かに背中から抱き着かれた。眼をやらなくとも分かる、黒髪女だ。



「……いちいち引っ付いてくんなよ暑いんだからさぁ……!」


「ねぇねぇ二山さんから聞いたんだけどお、タマちゃんこういうとこで遊ぶの得意なんでしょ? じゃあワタシにも川遊び森遊び色々教えて貰えないかなあって」


「はぁ?」



そのお願いに思わず振り向けば、かわいこぶった顔した黒髪女と、その後ろでこっちを見ている『親』と目が合った。逸らされた。何だよ。



「……や、そんなの、そこに居るヤツに頼めよ。テント建てんの見ただろ、そういうのもきっと私より詳しいって」


「えー? でもタマちゃんに聞いた方が良いって言ってたよお? それにワタシもあの人よりキミの方と遊びたいもん」


「そっちギスってんの?」



ともかくその後も拒否を続けたが、黒髪女は聞きやがらない。

私にも明確に目的を決めていなかった隙があり……その内めんどくさくなって、押し切られるように諦めた。


広いようで行ける場所の限られているこのキャンプ場。同行を拒否ったとしても、行く場所を合わせられたら結局は同じなのである。

私は背中に黒髪女を引っ付けたまま、渋々と歩き出し――そこに『親』もついて来ている事に気付き、眉を寄せた。



「……あんたも?」


「……監督責任がある。当然の事だ」


「…………」



……黒髪女をダシにしやがって。

しかし私は何も言わずに溜息として吐き出して、ずるずると背中の重いのを引きずった。





「……………………」


「……あの、バドミントンなら俺やりますから。ほら」


「ひ、ヒゲ君……!」







とりあえず、始めは釣り場の方に行ってみる事にした。


広場横のロッジで餌と釣り竿を借り、いい感じに人が少なく、葉の影のかかる川のほとりに腰を据える。

……私としては一人のんびりとやりたかったが、黒髪女と『親』が離れてくれる筈も無く。

揃って近くのスペースに陣取り、勝手にグループ釣りとしてしまった。


もう追い払うのも面倒で、私はただ無心になって川の水面に糸を垂らした。のだが。



「ねぇねぇタマちゃん、エサ付-けて?」


「なんでだよ……あんただって初めてじゃないだろうし、パッと見りゃ分かんだろ」



ブリッブリの甘え声で竿を差し出してきた黒髪女に乱され、舌打ちが出る。


御魂橋市民にとって、釣りはかなり身近なスポーツである。

何せそこら中に川が流れているもんだから釣り場には困らず、子供の頃からずっと慣れ親しんでいる大人やお年寄りも数多い。

この街に住んでて全く触れずにいられる人の方が少数派……とは流石に言い過ぎかもしれんが、少なくとも私の通っていた小学校では体験授業があったし、その程度には浸透している筈だった。



「うーん、確かに小さい頃やった事はあるけど、ワタシ釣りとかあんまし興味なかったんだあ。こういうエサ触るのとかも、ちょおっと……ねぇ?」


「ウソこけ」



人間の腐肉をいじくり回せるヤツが何言っとんじゃ。

すると黒髪女は自分の手荷物を何やらごそごそ探り始めて、



「でもねぇ、あの子は逆に釣りが結構好きだったみたいでねぇ、虫でも何でも全然平気で触れてねぇ……」


「だー! ああもう分かった付けてやっからしまっとけソイツ!」


「……そこで『ソレ』って言わないでくれるとこ、好きだよ」


「うるせー!」



そうして何かを取り出そうとした直前に抑えれば、にっこりと翳りの無い笑みが返る。大事な友達で脅してくんなや。



「自分で付けらんないなら生エサにすんなっつーの。借りる時ワームとかと選べたろうが……」


「そういうのも分かんなくてさぁ……タマちゃんはやっぱり釣り好きなの?」


「……別に、そこそこ。気が向いた時にちょっとやるくらい」



趣味って程の熱意は無いが、好きか嫌いかで言えば好きな方だろう。


暇が極まった時は近所の釣り堀にだって行くし、山や森をぶらつく際にいい感じの川を見つければ、気まぐれに竿を持って行く事もある。

……まぁ、私の場合網でも持って直接魚を捕りに行った方が早いんだけど、そこは言わないお約束。



「ほれ、これで付け方分かったろ。次のからは自分で――っと」



ともかく、そんな雑談混じりに餌のセッティングをレクチャーし終えた時、私の竿が小さく揺れた。

しっかりと構え直せば先端部分が軽くしなり、川の水面に飛沫が上がる。



「……かかったの?」


「そうっぽいけど……まぁいいや、おらっ!」



力任せに思い切り竿を上げれば、食いついた魚が高く舞い、空を泳ぐ。

さっと糸を手繰り寄せて見てみると、黒い斑点の目立つ小魚が揺れていた。昔から割とよく見る魚だったが、この前の水族館でやっと名前を覚えた。ニジマスだ。



「あー、やっぱ小さかったな。暑くてあんま育ってないのかね」


「へぇぇ……ねね、どのあたりが釣れそうとかある?」


「あっちあっち。あの遠ぉーーーーーーーーいところ」


「……ほんとお?」



疑いの眼を向ける黒髪女を知らんぷりしつつ、釣った魚を川に返す。


このキャンプ場では釣果は塩焼きにして食べられるらしいけど、正直言って気は進まない。個人的に、魚を焼いたのがあんまり好きじゃないからだ。


魚自体は割と好きだし、お寿司も天ぷらも喜んで食べるけど、焼き魚だけポンと出されるとウッとなる。

固くてパッサパサで油も塩気もほとんど無い、それこそ病院食みたいな焼き魚くらいしか出て来なかった冷たい食卓の後遺症だ。


……で、その原因の居る方にじっとりと視線を向ければ、そこではちょっとした騒ぎが起きていた。



「よっ、ほっ、はっ」


「うわぁ、お姉さんすっげー!」



『親』が次から次に魚を釣り上げまくり、クーラーボックスに魚の山を築いていた。


おおかた、身体の中にプロの釣り人やってるのも居るんだろう。

その勢いはもはや何かのショーにも近く、周りに居た子供や他の釣り人達が興奮と賞賛の声を上げており……そしてそんな『親』の視線が、さっきからずーっとチラチラ鬱陶しい。


魚を釣る度こっちをチラリ。

子供にすごいすごいと褒められる度にまたチラリ。


あからさまに何かを期待しているようなその振る舞いに、こめかみに青筋がビキビキ走る。



「……ね、二山さんってどんなヒトなの?」



そうしてイライラしていると、同じく『親』の方を見て困惑した様子の黒髪女がコソコソと顔を近づけて来た。



「見た目イカツいし、今までちょいちょい絡んだ感じだと、ちょーっと印象悪いヒトに見えたけど……あれ見てると何か結構愉快なヒトっぽい……?」


「……感じ悪いって思った方で合ってるよ」



コイツが『親』関係をどの程度把握しているのか前々から疑問に思ってはいたが、この様子では何も知らないようだ。

なので適当に誤魔化す言葉を返したのだが、納得いかないように首を捻る。



「う~ん……でもなんか、変な二面性あるよね? ダルそうなのと、無表情なのと……あとさっき話した時はタマちゃんの事悪く言ってたのに、今とか凄く気にしてるし」


「……え」



悪く、言う?

思ってもみなかった言葉に、少しだけ視界が揺れた。


……そういえば、以前インク瓶の黒インクを通して聞いた話では、『親』の人格の中には私に対し悪感情を持っているものが居るという話があったような気もする。

その中に『二山』の名前があったかは覚えてないけど……まぁ、たぶんあったのだろう。きっとそういう事の筈、うん。



「タマちゃんの方もあのヒト嫌いなのかなあって思ったけど、何かねぇ……親戚って言ってたけど、どういう関係なの?」


「…………」


「……あれ、タマちゃあん。おーい、もしもーし」



知らない内に、頭が少しだけ下を向いていた。

黒髪女の問いかけに対する上手い返しも見つからず、私は流れる川をただじっと見つめ続けて――。



「……?」



ふと、気付いた。


付近の川辺一帯にかかる、風に揺れる形を表す木々の影。

私達を強い日差しから遮ってくれている自然の帳、その一部。


丁度、私の居る場所に落ちている影の形が、少しおかしい気がした。



「…………」



揺れる葉っぱ、しなる木の枝、その根元。

枝と幹の間の影に、不自然な膨らみがあった。


……人。ああ、そうだ、これは人間の形だ。


まるで、木の枝の上に誰かが立っていて、こっちを見下ろしているような。

そんな影が、私の背中側から落ちている――。



「……うん?」



黒髪女が怪訝な顔で振り返った。

何故か片手を薄紅色のイヤリングに添え、きょろきょろと忙しなく視線を走らせている。


……もう一度だけ影を確認し、すぐに私も黒髪女の視線を追う。



「――……」



何も無い。


背後に立ち並ぶ木々の枝には誰の姿も無く、ただ穏やかな風が吹き抜けるだけ。

また影の方を見る。枝上にあった筈の不自然な膨らみは、文字通り影も形も無く消えていた。


「…………」「…………」示し合わせた訳でも無く、ごく自然に黒髪女と見つめ合う。

そしてどうしてかお互い無言のまま、ただ時間だけが流れていって。



「……何をしている」


「!」



そんな奇妙な時間がどれほど続いただろうか。

意識の外から声をかけられ、二人揃って肩を跳ねさせた。


振り向くとすぐ傍にいつの間にか『親』が立っており、ずっしりとしたクーラーボックスを重たそうに下ろしていた。



「釣りはいいのか。見たところ、まだ一匹も釣れていないようだが」


「……や、まぁ……」



……少しだけ、頭がぼうっとしている。


白昼夢でも見ていたかのように思考が霞み、あまり言葉が出て来ない。

黒髪女も似たような状態なのかぼんやりとして、しきりに薄紅色のイヤリングを弄り続けていた。



「……なぁ、ここって何か……変なウワサとかある?」


「……? どういう意味だ?」


「いや、ほら……オカルト的なスポットがあったりなかったり、みたいな」



曖昧な風な質問だったが、脳裏では以前の陽炎が言っていた「このキャンプ場はウワサがあるから料金が安い」という言葉を思い出していた。

しかし『親』は暫く記憶を探るように間を置いて、やがて首を左右に振る。



「いや……この辺りにそういったものは特に無かった筈だ。もしあれば、一言くらいは忠告している」


「……そっか」



……じゃあ、気のせいなんかな。色々。


どうにも納得できなかったが、『親』がこう言うのなら何も無いのは事実なのだろう。

とはいえ消えないモヤモヤ感に、私はぐしゃぐしゃと後ろ頭をかき回し――そうする内、突然『親』が私の前にクーラーボックスを押し出した。


そして蓋を開ければ、中には川魚がぎっしり。

顔を上げれば、『親』の無表情もこころなし得意げに見えなくもなく。



「……え、何?」


「ひとまずの釣果だ、大漁と言って良い」


「あ、ああうん、そうね……で?」


「塩焼きならお前も好きだろう。だから……夕食にでも、どうだろうか」


「……は?」



一瞬、何を言っているのか分からなかった。

そして少しの後にそれを呑み込み、息が詰まり。



「あー……何で、私が、それ好きだって?」


「……お前は焼き魚が出ると、頭から尻尾まで骨も残さず食べるだろう。そしていつも好んで食べているフライドチキンや骨付き肉なども、噛み砕ける骨は全て残さず食べている。だからだ」


「…………」



ああ、これは私が悪い。私の食い意地が原因だ。

それは分かるし、受け入れる。恥じて反省だってしてやろう。けれど……けれども――。



「……好きになる訳ないだろ、あんなご飯で」


「……何?」


「何でもねーよフシアナ」


「え、た、タマちゃん?」



何故か、ものすごくイヤな気持ちになっていた。


私はそこで話を打ち切って、小さな罵倒と共にその場を後にする。

後ろから黒髪女の声も聞こえたけど、全部無視。自分でもよく分からない感情に煽られ、大股開いてズカズカ歩く。


……大量の魚を足元に置いたまま、ぽつんと佇む『親』の姿が、どうしてか目に焼き付いて離れなかった。


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