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異女子  作者: 変わり身
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「顔」の話(上)

この世の中、気付かない方が良かったなんてものは山ほどある。


例えば、机の奥に突っ込んだままだった宿題プリント。

例えば、食べたプリンの消費期限(一週間過ぎ)。

善き友人だと思っていた者の悪意や、友人が私の足に向けていた劣情なんてのもそうだろう。


特にオカルトなんてその最たるもの。

これの存在にさえ気づかなければ、私はまだ比較的平和な生活を送れていた筈なのだ。

そこにある『異常』をスルーし、何も察さず知らんぷり。そんなかつての日々が懐かしい。


……とはいえ、発端に気付かなかったからこそ巻き込まれ、今に至っている部分もある訳で。本当に何一つ気づかないのも良くはない。


気付く、気付かないにおける匙加減の難しさ――なんて。

そんなの、それこそ気付きたくなかったものである。ほんとに。




1




デーデー、ポッポー。デーデー、ポッポー。

ホー、ホー、ホー……。


早朝、家の外からよく聞こえてくる鳥の声。

小さな頃から何の疑問も持たずに聞いてきたものではあるが、私はその声の主を見た事が無い。


どれだけ目を凝らしても鳥の姿を見つける事ができず、結局正体は謎のまま。

今日だってそう。寝起きに窓の外を眺めても、やっぱりどこにも見当たらない。


……この景色の何処かには絶対居る筈なのになぁ。ううむ。



「……ま、いーや」



寝ぼけ眼で暫く鳥の姿を探していたが、唐突に興味を失いカーテンを閉じた。


別に、どうしても知りたいという訳でも無いのだ。私の鳥への興味なんてこんなもんである。

それより朝食の事が気にかかり、私は寝癖頭をぽりぽり掻きつつ部屋を出る。



――チッ。



「…………」



ぴたり。

窓の外から鳥の声ではない何かが聞こえた気がして、足を止めた。


しかしすぐに歩き出し、振り返る事無くドアを閉める。

頭を覆っていた眠気は、既にどこかへと消えていた。






一般的に見て、私の家は相当に裕福な部類である。


家は縦にも横にも大きく、庭も自然公園と見紛うばかりに広大なもの。

玄関から敷地外まで、大体数分は歩かねばならない程だ。


住所的にも高級住宅街と呼ばれる土地の一角を占める形になっており、これで一般家庭とは口が裂けても言えないだろう。

つまり私は超絶美少女な上にお金持ちという、鼻持ちならない感じのアレなのだ。


……とはいえ、私自身この立場にはイマイチしっくり来ていない。

お嬢様なんて柄じゃないというのもあるが、一番はやはりこの家を生まれた場所だと思えていないからだろう。



――言ってみれば、私は私の家族が大嫌いなのである。



「……おはよ」



リビングへの扉を開け、囁くように呟く。

空白の多い室内には既に二つの人影があり、中央に置かれたテーブルに掛け、こちらをじっと見つめていた。


鼻の低いのっぺり顔の男性と、同じくのっぺり顔の痩せた女性。どちらの顔も感情というものを全く感じさせない鉄仮面で、図々しくもある鉄面皮。

私の『親』……という事になっている人達だ。


挨拶も何も返してくれないが、こちらも既に慣れたもの。無言のまま自分の席につき、用意されていた朝食に箸を付ける。

メニューはご飯とみそ汁、あとお惣菜が少し。どれも冷めてて、おいしくない。



「……異常はないか?」



抑揚のない問いに、一瞬箸が止まる。

しかしすぐに気を取り直し、薄いみそ汁を啜った。



「何、急に」


「先ほど、気配を感じた。すぐ近くだ」



その言葉を引き継ぎ、さっきとは別の方の『親』が口を開く。

反射的にさっと周囲を見回すも、私達以外の人影は無かった。



「……気配って?」


「気配は気配だ」



これは男の方の『親』。



「それ、危ない感じのやつ?」


「その想定はしておけ」



これは女の方の『親』。



「……あのさぁ、そんじゃ何も伝わんないんだけど」


「お前の身の回りで起こる『異常』に、我々は関与しない」「手を出さない」「約束だ」「だが観察と」「そして警告」「それらだけならばいいだろう」「よって、以上」



男、女、男、女と交互に喋る。

明らかな『異常』。心の底から不気味極まりないが、私の『親』はこんな感じが普通なのだ。

いちいち突っ込む事もせず、走る怖気を誤魔化すように朝食をかき込んだ。



「……まぁ、とりあえずまたオカルト的な話ね。すっごいヤダけど、分かったよ」



こいつらのする話なんて、8割方がそれだ。

ぶつくさ言いつつ会話を打ち切り、席を立つ。


一気食いで膨らんだおなかが気持ち悪いが、これ以上この場にいる方がキツかった。

そしてスマホからインク瓶のアドレスを呼び出しつつ、足早に部屋を後にして、



「……気を付けなさい」


「うっっっざ」



今更肉親ぶったその声に、私は冷たく吐き捨てた。







季節はそろそろ春も折り返し。

風に流れる桜吹雪はまだ止まないが、だいぶ隙間が増えたようにも思う。


登校中の道すがら、通りがかりの桜並木を見上げれば、桃色の所々に濃い緑が差し込んでいる。

ゆっくりと近づきつつある夏の気配に、残念なようなワクワクするような、不思議な気持ちが沸き上がる。



『――まぁ、善からぬ何かは起こってるんじゃないのか。多分』



……しかしそんな季節情緒溢れる感慨も、耳元の声で不安一色に塗り潰される。

その主は、スマホ越しのインク瓶。私は渡りかけの橋の欄干にもたれ、うんざりと溜息を吐き出した。



「だから何かって何なんだよぉ……私にも分かるように言えよアホどもがよぉ……」


『僕に言われてもな。だが彼らが……君の「親」達が気配を感じたというなら、それは事実だろう。君に嘘を言うなんて、彼らはしないだろうからね』



電話の向こうで、やれやれと肩を竦める気配がした。


彼の言う通り、『親』は事実しか口にしない。

かつてブチ切れた私が怒鳴りつけた時の言葉を、律儀に守っているためだ。


「ちゃんと会話をしろ」というだけのものだったが、今の所破られた記憶は無い。

今回もまぁ、嘘じゃない事くらいは私も少しは信じていた。



『……で、君自身は何か感じるものは無いのかい。自分の事だろ』


「えー? うーん……」



問いかけられ、改めて周囲を見回す。


家を出てからずっと警戒してはいるのだが、これまで特段おかしなものは見当たらなかった。

あからさまな化物の姿も、『足の裏』のような影も無し。

代わりに私の美貌に見惚れる通行人がチラホラ見え、気まぐれにウインクをくれてやる。



『ふん……じゃあ家では? 近くには居たんだろう、気配とやらが』


「なんにも。親も詳しく教えてくんないし、私も別に――」



――チッ。



「……あーいや。あった、かな?」



そういえば、寝起きにぼんやり鳥の声を聞いていた時、妙な音を聞いた気がする。


人の舌打ちのような、湿った何かが小さく弾けたような音。

正直気にするものでも無いと思うが、鳥の声に混じって聞こえたそれは少しだけ印象に残っていた。


インク瓶に伝えれば、彼は細長い唸り声を発した。そらそうだ。



『……どう判断したもんかな。それ、どんな状況で聞いたの?』


「あんま覚えてないや。朝起きて暫くぼーっとして……部屋出る時だっけ?」



適当に答えつつ、朝の行動をなぞるように橋の外へ目を向ける。


広がるのは、せせらぎ薫る小川と桜の舞い散る並木道。

素朴ながらも風情のある景色だ。


こちとら毎日の登下校で嫌というほど見慣れていたが、飽きたという程でもない。

欄干に肘をつき、ぼーっと眺めた。

のだ、が。



「……あれ?」



――何かが変だ。唐突に、そう感じた。



『どうした?』


「いや……」



言葉として表現する事は出来なかった。

目に見える景色は変わらず、穏やかなまま。なのに、何かが変だった。



「んー……?」



目を眇め、川を見た。逆に見開き、並木を見た。

何処を見ても、やっぱり何も異常は無い――のに。



「…………」



スッキリとしない。モヤモヤが胸に燻る。

私はそれを晴らすべく、ゆっくりと下方へ滑り始めた景色を眺め――。



「おい」


「っ、わ!?」



突然背後から低い声をかけられ、大きく身を跳ねさせた。


反射的に振り向けば、すぐ近くに一人の少年が立っていた。

纏う制服を見るに、同じ中学校の生徒だろう。見上げる程に背の高いその少年は、キツい三白眼で――というかもはや四白眼――で、私をじっと見つめている。



「えっと、な、何?」


「……危ないぞ」


「は? ちょっ……!?」



おもむろに手を引かれ、欄干から遠ざけられた。

私は何度もつんのめりながら、ずるずると引きずられ、


――チッ。



「っ」



……耳元。また、舌打ちのような音を聞いた。


気のせいでは無かった。だがその正体を確かめようにも、状況がそれを許さない。

少年はそのまま歩き続け、橋の出口付近でようやく止まり――途端、私は彼の尻を思いっ切り蹴り上げた。ものすごい音と共に、少年の身体が軽く浮く。



「うぐおォっ!? な、何をする……!?」


「うるせーこっちのセリフだアホンダラ! 手ぇ放せっ、この、このっ!!」


「い、痛い、痛い」



続けて足に何度も蹴りを入れて、強引に手を振り解いた。


少年はキツい四白眼を眇め、ムッとした雰囲気で私を見下ろしている。

というかこの男、黒目が小さすぎて私の視点からだと白目剥いてるようにしか見えない。怖い。



「な、何だよ、ナンパか? 確かに私は超絶美少女だけども、力づくで連れてけるほどヤワじゃないんだからな!」


「……そういうのじゃない。ただ、危ないと思っただけだ」



じりじりと距離を取りつつ噛みつけば、少年は私の肩元をチラリと見た、ような気がした。白目で分かんねぇ。

ともかく、背後に何かあるのか警戒しつつ振り向いて、それに気付いた。


欄干の根元。

私が立っていた位置のすぐ横に、犬のうんこが落ちていた。



「……え、もしかしてアレの事か……?」


「は? ……いやちが、あー、うーん……」



少年は小さく唸り、難しい顔で黙り込む。マジかよ。


私も反応に困り、何とも気まずい空気が漂った。

しかしすぐにインク瓶との電話中であった事を思い出し、気を取り直す。



「あー、そのぅ……蹴って、ごめんね? そんで、ありがとね……?」


「いや……」



とりあえず謝罪と礼を言えば、少年は小さく返し足早にその場を立ち去った。

その背中には焦りのようなものを感じたが、まぁいたたまれなくなった時はそんなもんだろう。


でも無理矢理引っ張るのはどうなんよ。素直に罪悪感を抱けずモヤモヤしながら彼の背中を見送り、スマホを見る。

通話は切れ、『何かあったらまた連絡してくれ』というメッセージが届いていた。今の一騒動は無視かよ。



「…………」



もう一度だけ、背後を見る。

舌打ちの音源となるような物は、何一つとして見当たらなかった。







私の通う御魂橋市立第二神庭学園は、市内では数少ない中高一貫校である。


生徒数は多め、その質はそれなり、部活の強さは玉石混交。トータルで言えば平均よりちょい上程度のランクだろうか。

強いて言えば、中等部と高等部の敷地を隔てるように流れる川と、それに架かる橋が目立つと言えば目立つが、この橋だらけの街ではそれほど珍しくもない光景だ。まぁ普通普通。



「――お? タマ吉じゃ~ん、おっすおっすー!」


「うっ……」



そして、そんな我が母校に辿り着いたと同時、元気よく声をかけられた。

恐る恐ると振り向けば、そこに居たのは健康的な褐色肌が眩しい陸上部の友人だ。

鞄でさりげなく足を隠せば、彼女は残念そうに眉を少し下げた。勘弁して。



「珍しいね、ここでかち合うなんて。それとも朝練終わるまで待っててくれたん?」


「……ちげーよ。来る時に色々あったんだ」



渋々と歩幅を揃えつつ、先程あった出来事を話す。


とはいえ彼女に話せる事など大柄な少年との一件しかない。

当然教室に着く前には語り終え、それを聞いた友人は何故かホッとした様子を見せた。



「は~、よかった~。タマ吉の足がウンコで汚れるとか、アタシそんな趣味ないしマジ助かったわぁ」


「何がどう助かったのか教えてくれんか?」



この足フェチは私の足を何だと思ってんだ。首根っこを掴んで問い詰めたいところではあったが、ロクな答えではあるまい。

ぐっと堪えて歩く内、教室に到着。扉を開き、



「――……」



視線。

私が教室に入った途端、クラスメイト達が一斉にこちらを見た。


とはいえこれも毎日の事。皆も慣れが来ているようで、すぐに視線は離れたが……若干心臓に負担がかかる一瞬ではある。

美少女が過ぎるってつれぇわー。そう嘯きながら自席にぐったり腰掛けると、足フェチもそれに続いて前方の席を陣取った。



「……で、大丈夫だったの、その男子。そっから言い寄ってきたりとかさ」


「え、いや、それは無かったけど……」



その目線は足ではなく、私の顔を向いている。

何となく調子が狂い、目を逸らし。



「まぁ、そんな話もしないですぐ別れたし……というかそもそも、あれはナンパとか出来ないタイプっぽかったから」


「デカくて白目剥いてんだっけ? ん~……髭擦みたいな奴?」


「ひげずり?」



突然の耳慣れない名前に首を傾げる。



「知らない? 別のクラスの男子なんだけど、ムキムキの良い足してるんだこれが」


「知らんわ」



一瞬で興味を失った。

そしてそのまま会話を打ち切り、担任の先生が来るまで寝ていようかとも思った。のだが。



「――あ、そうそうあいつあいつ」


「へ?」



突然、足フェチが教室の外を指差した。


思わず廊下に視線を向ければ、そこには今朝がた見たキッツい四白眼が二つ。

友人が髭擦と呼んだその大柄な少年は、やはり白目にしか見えない目つきで私を睨みつけていた。


……んん?




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