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異女子  作者: 変わり身
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【わたし】の話(中②)



季節は巡り、時は過ぎる。


桜舞い散る春が終わり、雨音響く夏を迎え。

落ち葉の積もる秋を通れば、しんしんと雪の落ちゆく冬に辿り着く。


学校の制服も半袖から長袖に変遷し、今ではその上から分厚いコートを羽織るよう。

鏡に映る重たいコートに袖を通したわたしを見ると、季節の移り変わりを実感する。


……色々。本当に、色々な事があった。


夏休み。わたしはコトちゃんと毎日のように遊んで、色々な場所にも行った。

プールとか、山とか、遊園地とか……その半分くらいがホラースポットで、怖い思いもそれなりにしたんだけども。


でもまぁ、それ以上に楽しい事もたくさんあった。

わたしの家族と一緒に行ったキャンプ場ではお父さんより頼りになったし、夏祭りの夜には打ち上げ花火を二人で見上げた。

夏休みって、こんなに楽しいもんだったんだな――花火に照らされたコトちゃんのその笑顔を、わたしはきっといつまでも忘れないだろう。


……そのあと、溜まりに溜まった夏休みの宿題によってシワシワになっちゃった訳だけど。



秋口にあった運動会では、わたしはやっぱり何をやっても三等賞だった。

出た個人種目は徒競走と落穂拾いの二つ。いつも通り、わたしより足が速い子と物拾いが上手い子がそれぞれ二人ずつ出た訳である。


どうせこうなるって分かっていたけど……どっちも練習したし全力で頑張った分、悔しい気持ちはやっぱりあった。今のわたしならいけるんじゃないかって思っていた時期だったから。

……それと、徒競走で一位になった女の子から太ももと脚を撫でくり回されたのは何だったんだろう……。


反対に凄かったのはコトちゃんだ。

徒競走では他の人をぶっちぎり、障害物競走では全ての邪魔を飛び越えて。

騎馬戦や大玉転がしなどの団体戦であっても頭十個分は突き抜けて暴れまくり、その高すぎる身体能力を存分に見せつけていた。


そうして最初こそヒーローのように扱われていた彼女だったものの、それで調子に乗ってしまったのか、全ての競技が終わる頃にはやりすぎて出禁コールが飛び交っていた。

コトちゃんもコトちゃんで向けられたヤジにブチ切れて煽り散らかし、最終的に先生に怒られて〆。なんというか、色々な意味で賑やかな運動会だった。



冬はテストが多く、少しだけ窮屈な日々が続いた。

年末が近くなり、それぞれの教科で一年間の振り返り小テストが重なったからだ。


試験期間でもないのに、午前中ずっとテスト漬けの日もあったほど。

……で、そうなると当然、わたしはコトちゃんに付きっきりになる。理由は言わなくても分かってくれると確信してます。


試験期間中ならコトちゃんもあらかじめ覚悟が出来ているのでやりやすいんだけど、こういった予定表に無い不意打ちテストの連続は流石に納得いかないようだった。

せめてもの悪足掻き(と言っちゃ悪いけど)として休み時間に勉強を教えている最中、彼女はずーっとグチグチグチグチ零していて……わたしも少しイラっときて、厳しい事を言ってしまった。

そのせいでコトちゃんとギクシャクした雰囲気になり、疎遠になりかけた事もあった。


思えば、それがコトちゃんとした初めての喧嘩だったかもしれない。


もっとも、そうなった翌日にはもう仲直りしていたので、喧嘩というほどでも無かったような気もする。

泣きべそかいて謝るコトちゃんに思いっ切り抱き着かれて、おなかの中身が全部飛び出ちゃうかと思ったのもいい思い出だ。……そうかなぁ?




……振り返れば、思い出すのはコトちゃんの事ばっかりだ。


他にもたくさんの思い出はあるのに、彼女と過ごした時間ばかりが心に浮かぶ。

それほどまでにその存在感が、キラキラが眩しかった……というのもあるんだろうけど、単にわたしがコトちゃんの事を大好きってだけかもしれない。


……うん、好き。大好きでした。


コトちゃんの綺麗な姿かたちも、それに反したちょっとガサツな振る舞いも。

ホントは優しいその心も、嫌いだっていうその名前も、ちょっとだけおバカなとこだって――全部全部、好きだった。


コトちゃんがわたしを特別な友達として見てくれていたように、わたしにとってのコトちゃんもそう。

小学校の友達よりも付き合いは短い筈なのに、きっと誰よりも特別に思っていた。


春も夏も、秋も冬も。

楽しくて、穏やかで、かけがえのない記憶。


彼女と過ごした日々はその全てが色鮮やかにあり、白金の光となって輝き続ける。

大好きで、大切で、ずっとずっと憧れていた、わたしの一番の親友――。



――だから、こんな風になっちゃったのかな。




3




『はーい、朝でも昼でもこんばんはー。ひひいろちゃんねるのヒヒイロアカネでーす』



スマホの画面の中、わたしの平坦さを意識した声が静かに流れる。

あの笑い声が、極力出ないようにするための話し方。



『今回はわたしの住む地域の中でも、特に訳分かんないものを紹介したいと思いまーす。これね、とある路地に貼られた張り紙の話なんだけど――』



そうして語られるのは、この街のとある路地で見つけた変な張り紙の話だ。


それは読み方の分からないひらがなみたいな謎の一字が大きく書かれており、その下に謎の文章と謎の数字が綴られている、謎だらけの張り紙。

それだけなら変な宗教の宣伝ポスターって感じだったんだけど、この張り紙にはどうしても『異常』としか言えない現象が起こっていた。

謎のひらがなの下に書かれた文章と数字が、時間が経つごとにひとりでに変わっていくのである。


最初は単に張り替えられただけだと思ったけど、後に撮った写真に映っているものまで同じように変わっている事を発見し、これがオカルトだって気が付いた――。


……画面の中。身バレ防止のマスクをしたわたしがそこまで話し終えると、画面が切り替わって当の張り紙が映し出された。



『――というわけで、これが今話していた張り紙ですね。……ほんと何て読むんだろ、これ。まぁそれはさておき、注目するのはその下の部分。この文章と数字ですね』



わたしのセリフに合わせて、文章と数字を囲むように赤い枠線が点滅する。

……もうちょっと点滅速度を早くしてもよかったかな? 要編集。



『何か不気味な文章と……68654かな? 撮影時点ではそうなってます。それでですね、視聴者のみなさんにはこの書かれてる文章と数字をよく覚えてもらって、その上で今映ってる張り紙をスクリーンショットして頂いたり、スマホで撮ったりしてもらいたいなって思います。その画像も、文章と数字が変わっていきますから』



何のためにかと聞かれれば、この張り紙の『異常』さを証明するため。


この動画に映っている張り紙も写真と同じように変わっていくんだけど、こっそり動画を差し替えてるんだろと言われてしまえば、その疑いを晴らすのは難しい。

だけど、みんなが自分で撮った画像の中でそれが起これば、疑うより信じる人のが多くなる……と思う。


勿論、写真を撮らない人や、撮った上でトリック扱いしてくる人も少なくないと思うけど、説得力はかなり出る筈だった。



『そう、一日おきに画像を見る度、そこにはきっと全然違うものが映っていると思います。そしてこの数字はたぶん、減っていく方向で変わっていくと思うんですけど……0になったその時、何が起こるのでしょうね。それをみなさんと一緒に確かめられたその時をもって、本動画の結となります。それでは、その時を楽しみに……ヒヒイロアカネでしたー』



パタパタと手を振るわたしの姿がフェードアウトし、最後に件の張り紙の画像をアップで映し出す。

いつもならチャンネル登録と高評価をお願いするアイキャッチを流すところだけど、今回はこっちの方が雰囲気が出るだろう。


そうするうちにやがて画面が切り替わり――使い慣れた動画編集アプリの画面へと戻った。



「……うん、大体オッケー」



それを見届けたわたしは頷き一つ。

続いてアプリを操作して、今さっきの動画の中で気になった点を編集し、より良いものへと直していく。


……最初の頃はもたもたと手間取っていたのに、随分と手慣れたなぁ。

淀みなく動く指先にそんな自画自賛をしているうちに編集終了。一本の動画が完成する。


――そう、動画。私は今、動画を作っていたのだ。



「よーし、かんぺき~」



そしてもう一度見直し特に問題点が無い事を確認すると、しっかり保存。

そして次に投稿の準備を整えるべく、わたしの配信チャンネルを開いた。



「……あはぁ」



ひひいろちゃんねる――わたしの作った、わたしのための世界。


現在進行形で増え続けている登録者数を眺め、わたしはいつもの気持ち悪い笑みを浮かべていた。







お正月の時期になると、わたしは訳もなく楽しくなる


いや、お年玉とか、おせちとか、楽しくなる訳は山ほどあるんだけど、それとは別に良い気分がずっと続くというかなんというか。

クリスマスの一日限定わくわく感とも違う、細く長くのなんとも不思議なそわそわ感。


特に今回は、中学生になって初めてのお正月。

なんだか本当の意味で新しい一年になる気がして、これまで以上にテンションも上がってしまう訳で。

そして小学生時代より出来る事が色々増えた分、今までした事のない事をやってみたくもなる訳で。


だから、例えば――親抜きの友達だけでの初詣とか、すごくやってみたくなった訳である。





「――あ、コトちゃーん!」



一月三日、朝。

ぴりぴりと鼻先を苛む寒空の下、わたしは遠くに見えた人影に手を振った。


とある公園入口の石壁に背をもたれた、大きめのフードを深く被った女の子――コトちゃんだ。


あったかい缶コーヒーか何かを飲んでいた彼女は、走るわたしの姿に気付くと途端に華の咲くような可憐な笑顔を浮かべ、手を振り返してくれる。



「ごめんね、待たせちゃった? 寒かったよね」


「ううん、全然へーき。私の頑丈さ知ってんでしょ?」



急いで隣に駆け寄れば、コトちゃんは何でもないようにそう言って、また笑う。


しかし、その鼻の頭はわたしと同じくほんのり赤くなっていて、ちょっと申し訳なくなった。

そうして重ねて謝ろうとしたその時、小さく咳払いをしたコトちゃんが居住まいを正した。



「その……え、ええっと……あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします……だ、だよな? この挨拶初めてだから、勝手がさ……」


「あ、うん、今年に入って直接会うの初めてだしね。えー……こちらこそ、あけましておめでとうございます。今年もよろしく、お願いいたします。ぺこり」



慣れない様子で新年の挨拶をするコトちゃんに、こっちも少し改まった感じになってしまった。

それきり、なんとなく黙ってじっと見つめ合い――「いや何で緊張してんだよ私ら」その変な沈黙がおかしくて、どちからともなく吹き出した。



一緒に初詣に行こうと誘ったのは、わたしの方からだった。


初詣にはこれまでも何度か行った事があったけど、その全てが家族と一緒。

まぁ小学生とか幼稚園児とかそれが普通だし、特に不満を持った事も無かった。

……でも、時々見かける友達同士で来てたっぽい高校生達とか、ちょっとだけ憧れてもいたのだ。


――なので、コトちゃんと一緒に二人きりの初詣チャレンジ。


たぶん、他から見れば凄く些細な事なんだろうけど、結構ドキドキしているわたしである。



「――そういえば、コトちゃんは一人で初詣ってした事ある?」



そうして集合場所の公園を後にして、近所の神社に向かう途中。

飲み終えたコーヒーの空き缶を弄んでいるコトちゃんに、何気なくそう問いかけた。



「あー……まぁ私はむしろそっちが普通だったわ。正月なんてどの店もやってなくてめちゃくちゃ暇だし、そこらへんか山の中くらいしか行くとこなかったからな」


「……そっか!」



言葉裏の深掘りなんていちいちしない。どうせ誰も幸せにならない話しか出てこないのだから。

ここらへんの察する力は、この一年近くで鍛えられた部分である。うれしくないなぁ。



「えーと、それって今行く神社にも行った事あるの? 白曇の宮神社……で合ってるよね?」


「うん、ここらへんだと神社あそこしかないしさ。都会エリアまで行けばもっとでかくて有名なのあるけど……あっちはめちゃくちゃ人多くなるから、あんま落ち着けなくてなー」



その時の事を思い出しているのか、ウンザリとした表情で被るフードを更に深くする。

そして苛立ちを誤魔化すように、弄んでいた空き缶を片手で縦に潰し、通りがかったゴミ箱に投げ入れた。スチール缶が折り紙みたい……。



「そこの神社も混むは混むけど、まぁまだのんびりは出来る程度かな。去年来た時はそんな感じだった」


「へー……」



わたしが前に来た時はどうだったっけ。

思い返してみるけれど、お父さんに連れられてお参りして帰ったぼんやりした記憶しかない。三年とか四年前くらいの事だったし、そんなもんかな。



「……でも意外だな。あかねちゃんがあんま神社の事知らんの」



そうして振り返っていると、コトちゃんがぽつりとそう零した。



「え? 何で?」


「いやほら、ああいうとことかって一応ホラースポットになるんじゃないの? なのに興味薄そうっていうかさ」


「あー……」



何と答えればいいか、少し迷う。


……わたしの中では、神社はホラースポットではなくパワースポットに分類されている。

何故なら、そういう『ちゃんとした場所』にはオカルトがまず居ないからだ。


どうしてなのかはわたしも知らない。

だけど、これまで訪れた事のある神社や教会で、この『眼』がオカルトを捉えた事がないのは確かだった。


わたしは人生をずっと共にして来たこの『眼』の事を、心から信頼している。

これ(よく考えたらこれ扱いは失礼かも。今度からこの子って呼ぼうかな)があったからこそ、わたしはオカルトから隠れられ、よくない事をされずに済んでいるのだ。


この子に視えないのであれば、そこには何も居ない。

……本当はちがうんだろうけど、わたしはそういう事にした。


……みたいな事をちょっと端折って説明してみたのだが、コトちゃんはまた小馬鹿にするような目でわたしを笑った。



「ほーん、そういうのもちゃんと作ってんだね。まぁ流石に神社とかで色々やるのは罰当たりだもんな」


「一人でお寺行ったら幽霊に見間違われて大騒ぎ起こした人は実感籠ってるなぁ~」


「んごぉ」



ので、冬休みの頭にコトちゃんがやらかした騒動を当て擦れば、顔を覆ってしゃがみ込む。はいわたしの勝ち。



「ちが、ちがうじゃん……夕方にちょっと通りがかっただけじゃん……いや暗くはなってたけど、なんであんなに……どうして……」


「ほらほら、早く行こ。そんな蹲ってたらまた幽霊扱いされちゃうよ」



わたしはどんより嘆く彼女の手を引き、半ば引きずるように白曇の宮神社への道を急ぐ。


……夕暮れ寺に白く浮き上がる、美貌の少女幽霊の怪。

ふとそんなネタが浮かんだけど、ちょっと色々ベタベタすぎかなとボツにした。






白曇の宮神社は、神社というより公園と見た方がしっくりとくるような、素朴な雰囲気をした所だ。


というか実際、普段は公園として使われている。

広場で親子が遊び、お年寄りが世間話をして、そんな彼らを小さな拝殿が見守っている。どこか昔の香りがする穏やかな神社だった。



「わ、結構人いるね」



が、お正月という専用イベント真っただ中の今においては、相当に賑やかだ。


拝殿周りにはお参りに来た人達が並んでいて、出入り口の外にまで列を溢れ出させている。

まぁ境内自体が小さいから人数としてはそれ程でもないけれど、広場の方で談笑してる人達も多く、結構な活気に満ちていた。



「ここって、こんなにいっぱいになる事あるんだねぇ……たまに遠目で見るだけだから知らなかったな」


「普段も神輿担ぎとか輪投げ大会とか、イベントある時は割と人居るけどな。さ、それより並ぼ並ぼ」


「あ、うん」



先に行くコトちゃんに続き、拝殿への列に並ぶ。ちょっとドキドキ。


すると周囲の人達の視線が当然のようにコトちゃんへと集まるけど、深く被ったフードもあってかすぐに外れた。

学校外で会う時の彼女は大体おおきなフードを被ってるけど、その理由がこれである。相変わらず大変だなぁ……。



「あかねちゃんは何お願いするの? 初詣」


「え、うーん……何にしようかなぁ、色々あるから迷っちゃうや」



嘘です。わたしのお願いはずっと『一等賞になれますように』で固定です。

どこで願っても叶った事無いけどね!



「そういうコトちゃんのお願いは? へぇそうなんだもう赤点とらないようになれると良いね」


「何も言ってねーんだけどさぁ……!」


「ぎゃー!」



コトちゃんのアイアンクローで握り潰された。ぐえースチール缶みたいになるー!



「……はぁ。まぁ、勉強関係は別に願わないかな。だってほら……あかねちゃん、これからも教えてくれるっていうし……へへ」


「アイアンクローしながら照れられましてもぉ……!」


「おっとごめん。ともかく、お願いするとしたら――今がずっと続いて、あかねちゃんと一生の友達で居られますように……とかかな」



そう笑うコトちゃんの瞳におためごかしの色は無く、本心からの言葉であると見て取れた。

……割とひねくれ気味の彼女だけれど、素直な所は素直な子なのだ。


当然、そんなまっすぐな好意を向けられて無事で済む訳もなく。

わたしは若干痛みの残る頭を抑えるフリして、熱くなっている頬を隠したのだった。



その後もおしゃべりしているうちに列は進み、とうとう拝殿に辿り着く。


お参りの作法はうろ覚えだったけど、そういう人のためにかお賽銭箱の上に詳しく書いた立札があった。

それに従い、コトちゃんと二人揃って礼拝をする。お賽銭を入れて、二拝二拍手最後に一拝……。



「…………」



ちらりと、隣のコトちゃんの様子を窺う。

眉間にシワを寄せ、それはもう熱心に祈っている。


……きっと、さっき言ってたお願い事を。



「……あは」



うん、まぁ、だからって訳じゃないけれど。

わたしは頭に浮かぶ『一等賞』の文字を一旦脇によけ、別のお願い事をそこに嵌め込んだ。


それが何かは、わたしだけの秘密である。






「この神社って、一応子孫繁栄のご利益があるんだってさ」



お参りが終わって列から外れ、広場で一息ついた後。

拝殿の方を眺めていたコトちゃんが、どこか得意げな顔で話を振った。



「……えっと、そういう伝説が残ってるって事?」


「そ。向こうにある石碑みたいなのにそんなん書いてあんだ」



指し示された方向に目を向けるが、ここからでは参拝者の列に遮られて見えない。

話の流れに乗って、二人してそちらに向かった。



「ええと、ほらこれ……昔々に子が産まれずに悲しむ夫婦が居て、それを見かねた白雲が自分の切れ端をその妻に食わせたところ、多くの子が産まれた。大層喜んだ夫婦は、雲に感謝しお宮を立てた……だってさ」


「だから白曇の宮かぁ。なんか変な話だね」



伝説とか民話とかだとそういう感じの話は多いけど、出てくるのが動物とか神様じゃなく雲っていうのは珍しい気がする。

というかこの石碑、今の話の解説とか祭神とか、そういうのが全く書かれていない。歴史的な成り立ちとか全然わかんないんだけど、いいのかな神社として……。



「……こういう時リード取れると、ちょっと嬉しいな」



そうしてムムムと石碑を睨んでいると、コトちゃんがはにかみ混じりにそう呟いた。



「ほら、いつも勉強とか教えられてばっかりだからさ。私が教えるパターンってあんま無いし」


「そう? ホラースポット探しの時とか凄く頼りにしてるけど……」


「そこらへん頼られても嬉しかねーんだわ」



そしてすぐに不満げに唇を尖らせる。


そう、コトちゃんは小さな頃からこの街の色々な所をぶらついていたらしく、土地勘はかなりのものを持っていたりするのだ。

……まぁそれが主に人の少ない田舎エリアや森林エリアに偏っているあたり、そこに至る背景をなんとなく察せて悲しい気持ちになっちゃうけれど。


とはいえ、そういった地域の知識に関してはわたしもまだまだ少ないので、ホラースポットを探す際にコトちゃんの土地勘を当てにする事も、今じゃかなり多くなっていた。



「森のエリアで見つけた井戸とか、ボロッちぃ廃屋とかさ。不気味なとこばっかり案内させられるのも割とキツイとこあんだぞ……」


「……オカルト信じてないのに結構そういうの気にするよね、コトちゃん」


「信じてないのと不気味に思うってのは相反しないんですよねぇ」



ぶつくさと文句を呟くコトちゃんだけど、本気で嫌がっている様子は無かった。

何だかんだと言いつつも、彼女は彼女なりにホラースポット巡りを楽しんでいるんだろう、きっと。


……いや、楽しんでいるのは、わたしと過ごす時間そのものなのかも。

さっきのコトちゃんの願いが浮かび、そう思い上がってしまう。



「せめて何のために行かせられてんのか教えてくれればさー……」


「え? いや、心霊写真とか……」


「そりゃイヤってほど分かってんの。でもそれを何のためにやってんのか、ずーっと教えてくれないままじゃん、あかねちゃん……」


「う」



その美しくもしょんぼりとした拗ね方に、思わず胸を抑えた。


……コトちゃんと友達になってもうすぐ一年近く。

わたしはまだ、彼女に心霊映像を集めている理由を教えていない。


ホラースポット巡りに散々つき合わせておいて不誠実だとは思うけど、やっぱり自分から話すのはまだ恥ずかしいところがあって――……それに、少しだけ、いろんな不安もあったから。


正直、彼女が自力で見つけてくるまでは、ずっと秘密のままにしておきたい気持ちも小さくなかった。



「……うー……」



……でもその一方で、もう良いかなとも思う自分も居る。

聞かれる度に拒否してコトちゃんをしょんぼりさせるのも心苦しかったし、そもそも話したところで何が起きるって訳じゃない。ただの気持ちの問題なのだ。


そして何より、わたしの一番の友達に――大好きな親友に、自慢したい気持ちも確かにあって。


……どうしようかなぁ。

わたしは少しの間小さく唸り、目を彷徨わせ――



「……あ」



ふと、参道の脇にそれを見つけた。


神社の人が設置した、幾つかの小さな屋台。

きれいな巫女さんがお守りや破魔矢なんかを売ってるその横に、また違う列を作る屋台が一つ。


ちょうどいいや。

思い立ったが吉日と、わたしはコトちゃんの手を引いて、そこに向かって歩き出す。即ち、



「――おみくじ! あれで大吉出たら、教えてあげるよ」






「おっしゃ大吉ィ!! ほらほらほらほらァ!」


「出るまで引くのはどうかと思うぅ……」



大吉と書かれたおみくじを得意げに突きつけて来るコトちゃんに、溜息を吐く。


あれからすぐに二人でおみくじを引いてみたのだが、コトちゃんは自分が引いたのが小吉だと見るや否や再びおみくじを引き始めたのである。

そして何度かそれを繰り返した後、やっと引き当てた大吉を手にご満悦。雰囲気も何も無い運試しだなぁ。



「うるせー大吉引いたのには変わりないだろ! さ、約束通り教えて貰おーじゃんか」


「うーーーーーーん………………じゃあ、はい」



こんなの無効だと突っぱねるのは簡単だけど、そこまで厳正になる気も無く。

わたしは何とも微妙な心持ちでスマホを取り出し、とある画面を開いて……おずおずと差し出した。



「ん? 何これ……ひひいろちゃんねる?」


「えっと……わ、わたしの配信チャンネル。動画とか、生配信とかするやつ……」


「……へ?」



わたしの言った事をすぐに呑み込めなかったらしく、コトちゃんはぱちくりと目を瞬いた。




――『ひひいろちゃんねる』

それはわたしが作った、わたしのための、わたしだけのチャンネルだ。


投稿している動画や配信の内容は、心霊写真の解説や恐怖体験語などのオカルト系がメインで、たまに雑談や相談事の配信が挟まる感じ。


そう――わたしがこれまで苦心して集めた心霊映像の全ては、動画のネタとしてここに使われている。


……わたしだけが持つ、この特別な『眼』。

つい最近まで、わたしはそれを自慢する方法が分からなかった。


当然だ。他の皆が視えないものを視えると自慢したって、ただ気味悪がられるだけなんだから。

いや、それどころか、下手したらカルト宗教的な変な事に巻き込まれちゃう恐れもあった筈。


けれど、色々な知識が増えた今、やっとそうならない方法を思い付いたのだ。

それが動画配信であり――わたしの『ひひいろちゃんねる』だった。




「え……あー、配信者やってんの……あそう、なんだ……? 意外……ってんでもないのか。そっかこれか、心霊写真の使い道……」


「まぁそんな感じ。性能いいスマホになって動画作りとか出来るようになって、夏休み前くらいから始めて……ほら、結構人気もあったりしてね……」


「え? えー、これ、登録者……一、十、百、千、万……はぁ!? マジで!?」



わたしのスマホを手に戸惑っているコトちゃんに、映し出されている登録者数を指し示せば、驚きに大声を張り上げる。


始める前は色々と不安だった『ひひいろちゃんねる』だけど、幸いにして人気は上々。

登録者数は日々加速度的に増えていて、今ではそろそろ四万人に到達しようかという、ホラー系の中では中堅に位置するチャンネルにまで成長していた。



(…………)



……さっき不安って言ったけど、嘘です。正直、自信は最初からすごくありました。


だって普通、オカルト系の動画や配信はその殆どがニセモノだ。

リサーチとして同種の投稿者の動画もあらかた視察してみたけれど、どの心霊映像も恐怖体験談も、人の手によって作られた『作品』だった。わたしの『眼』がそう断じたのだから、まず間違いはない。


――でも、わたしは違う。


わたしの扱うネタは全てが『本物』であり、ニセモノなんて一つも無い。

それが視聴者に伝わるかはさておいても、本当のオカルトを扱えるわたしの『眼』は、他のどんな一等賞の人だって真似できない最強の武器になる。


隣で語れば人が離れて行くけれど、画面を通せばその逆だ。

わたしは……わたしはやっと、わたしのこの『眼』を、わたしだけの特別を、正しい形でちゃんと自慢する事が出来たのだ。



「いや、えぇ……? あんな作った心霊写真とかで、こんなに……?」


「あはぁ。他にも色々勉強したりして、すごく頑張ったもん」



動画撮影・編集の技術に、配信におけるテクニックや、人気の出る方法など。

わたしに出来る事は全て勉強したし、全力で頑張ったつもりだった。


……まぁどうせどのクオリティもよくて三等賞程度だろうし、中学生という身分上、深夜のホラースポット突撃配信など人気の出やすいスタイルの幾つかがまだ使えない。色々と中途半端な状態である事は自覚している。


だけど、それでも『本物』はわたしだけなのだ。

そしてここまで人気を伸ばせたという事実が、確かな自信をわたしの心に根付かせていた。



(そうだよ、今でこれなら、これからもっとすごくなれる。そうなったら……)



もっと経験を積んで、もっと大人になって。色々な事が出来るようになれば。

きっと今よりもっと人気が出て、上へ上へと昇っていける。


この世界でなら。

他の人が持っていないこの『眼』で、わたしの特別で――きっと、一等賞に手が届く。


いや、それどころか一等賞の上、銅でも金でもない特別に。

キラキラの白金に並び立てるような、たくさんの人の目を惹く緋緋色金(ひひいろかね)に、いつか――。



「――凄いじゃん」


「!」



そうしてぐるぐる考えていると、突然ぽんと背中を叩かれた。

見れば、困惑から戻ったらしいコトちゃんがわたしに感心するような目を向けていた。



「や、私あんまこういうの詳しくないから知んないんだけどさ……多いんだよね? これ」


「う、うん。トップ層には全然遠いけど、そろそろ四万人の壁に乗るから……」


「ふーん? まぁそんだけ居れば人気者でしょ? やったじゃん」



その声音には、いつもと違って小馬鹿するような色は無い。

オカルト絡みなのに珍しく純粋に褒めてくれているようで、なんだかムズムズ。



「……い、意外だね。もっと呆れられたり、何か言われると思ってたけど……」


「ああ、だから今まで内緒にしてたの? いや実際どうかとは思ってるよ。作った心霊写真とかでこういうのやる方も、それで集まる方も……なぁ?」



ああ、いつものコトちゃんだ。

半眼で鼻を鳴らすその様子に、ムカッとするより安心する。


……だけど、彼女はそれから「でもさ」と繋げ、



「こういう形になったんなら、それはもう分かってて楽しむジャンルのヤツだろ? テレビでやってる怖い話特集みたいな感じの」


「……そういう風に見てる視聴者さんも多いけど」


「なら私が色々言うのも空気読めてないだろ。悪趣味と思っちゃうのは別としてさ」



コトちゃんはそう言ってまた鼻で笑ったかと思うと、すぐにそれを柔らかなものへと変えた。



「……それに、散々付き合わされた側からすると、やっぱ嬉しくもあるし」


「え? 何で?」


「いやほら、あかねちゃんが写真撮りに真剣だったのずっと見てっからさ――それが報われて、良かったねって」



――わたしが、報われた。

白金の口から紡がれたその言葉は、私の心を大きく揺らした。



(――――)



自分でも予想外だった。

胸がぽかぽかして、目の奥が熱を持ち。色々な感情が溢れそうになって、慌てて息と一緒に堰き止めた。



「……あはぁ」



……うれしい。

それでも漏れ出るものが、じわじわとわたしの口角を上げていく。


コトちゃんはそれには気付かなかったようで、何事もなかったかのようにわたしのスマホを差し出した。



「はい。ま、新年から長年の謎が分かってスッキリしたわ」


「わたし達お友達になってまだ一年未満でーす……」


「私の中ではそんくらい濃い時間だったんだよ。少なくとも小学校の六年分よりはな」



またそんな悲しい事をのたまいつつ、コトちゃんは少し離れた場所にあるおみくじ掛けへと歩いて行く。


そう言えば、まだおみくじ持ったままだったっけ。

わたしもその後を追って、コトちゃんと同じく大吉のおみくじを結び掛けた。



「んじゃ、これからどうする? 初詣ってまだ何かする事あんのかな」


「ううん、一応メインはもう終わったと思うけど……」



お参りをして、おみくじも引いたなら、もう大体は済んだだろう。

あとやってないのは祈祷くらいだけど、五千円とかするし中学生のお小遣いではちょっと――と、考える内にふと思いつく。



「――……」



ちらと、先程結んだわたし達の大吉を振り返る。

……そう、わたしも、大吉を出したんだ。



「……なら、さ。せっかくだし、コトちゃんも出てみない?」


「うん? 何によ」


「わたしの動画」



そう提案すれば、コトちゃんはぽかんと口を半開き。そしてすぐに顔を引きつらせ、半笑いになった。



「……は? なんで……?」


「ほら、さっき『散々付き合わされた』って言ってたでしょ? なのにずっと内緒にしてたのは、確かに申し訳なかったなぁって」


「だからって何で動画に出るって話になるんだ……! つかもう教えてくれたし……あ、あと勉強教えてくれてんのでトントンだろ」


「えー」


「えーじゃなくて」



よっぽどイヤなのか、コトちゃんは少しずつわたしから距離を取る。


いや、わたしも嫌がらせのつもりで言っている訳じゃない。

申し訳なかったと思っているのは本当で、でもそれで動画に出してやるっていうのは違うっていうのも分かってる。

……何より、不安だってまだ、ある。


でも、それでもわたしは――コトちゃんと並んで立っている姿を、わたしの世界に残したいと想ってしまったのだ。



「それにね、思えばコトちゃんも『ひひいろちゃんねる』のスタッフみたいなものでしょ? なら一度は紹介とかしたいから……ねっ」


「なんでだよ!? いや確かにスポット情報提供者みたいな立ち位置になってるけど、動画だのなんだの知らんかったんだからノーカンだろ!! つーかそもそも顔晒したくないんだよ私は!!」


「大丈夫、予備のマスクあるもん。コトちゃんのフード大きいし、それで顔バレ防止もカンペキカンペキ。あっそうだ、この辺りに良い感じのホラースポットないかな? どうせならそこ探索しながら撮ろう? ね?」


「ねーよヤだって! ちょ、行かないってば離せよぉ……!」



そうは言うけど、コトちゃんは腕を引くわたしに抵抗したり、強引に振り解こうとはしなかった。


……最初に出会った時とは大違い。

それがまた嬉しくて、わたしはぎゅっと握った彼女の手に、深く深く指を絡めた。




――その後、わたしは観念したコトちゃんと一緒に一本の動画を撮影する事となる。


最初にコトちゃんを動画制作に協力してくれる友達だと紹介(スタッフ扱いは最後まで反発していた)して、ホラースポットともいえない場所を雑談混じりに探索するだけ。

わたし達が楽しく過ごしている光景を映し続けた、ただの内輪ウケ動画だった。


きっと伸びない。でも、それで良かった。


同じ時間、同じ場所、同じ目線、同じ気持ち。

他愛のないおしゃべりをして、下らない事で一緒に笑って、ふざけ合って、ちょっとだけ言い合いもして。

何も遠慮しない、お互いの一番の友達として、白金(コトちゃん)の隣に(わたし)が立っている――。


……そんな時間を、切り取った。








そして、少し先。

わたしはその姿を見返して、胸に温かい気持ちを抱きながら、こう思うようになる。



ああ――嫌だな、って。



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