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異女子  作者: 変わり身
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【わたし】の話(上)

わたしはずっと、一等賞になりたかった。


学校のテストや運動会。絵とか歌のコンテストに、読書感想文コンクール。

ミスコンってやつとか、くじ引きみたいなのだって、本当になんだって良い。

とにかく、一等賞ってものになってみたかった。


……だってわたしはずっと、三等賞だったから。


いつだって、どこでだって。

学校でもそれ以外でも、絶対にわたしより勉強が出来る子が二人居て、わたしより運動が出来る子が二人居た。


ううん、それだけじゃない。

絵が描ける子や、歌が上手い子、文章を書くのが上手い子に、わたしより可愛い子。

そしてわたしより運がいい子だって、みんな、全部。


――そう、いついかなるどんな時も、わたしより優れた何かを持つ人が、絶対に二人現れる。


だからどんなに頑張ったって、三等賞から上を取った事が無いのだ。

高い所でキラキラ輝く金ピカを、その二つ低い場所から羨ましいなと眺めるだけ。


お母さんとお父さんは、それでもいいと言ってくれる。


頑張ったのは分かってるって褒めてくれるし、ご褒美だって買ってくれる。

ナンバーワンになれなくても、オンリーワンでいいじゃないか――そんな、どこかで聞いたようなフレーズで励ましてもくれる。


まぁ嬉しくは思うけど……素直に受け入れられるかというと、そんな訳がなかった。


というか、わたしはわたしがオンリーワンである事を自覚している。お母さんたちには内緒だけど、それに足る特別な『眼』だって持っているんだから。

でも、それがあるから一等賞じゃなくていいなんて、わたしは全然思えない。


それに何より――こんな名前を付けておいてどの口で言っているんだと、そう鼻白んでしまうのだ。



査山銅。


……査山って地域から採れる銅とか、そういうのじゃなくて。

わたしっていう、れっきとした一人の女の子の名前である。


銅と書いて、あかね。査山(さやま) (あかね)


金銀銅の三番目――まるで、生まれた時から三等賞を運命づけられているみたい。

一等賞を取った子の二つ隣に並ぶ度、わたしは自分自身を酷く惨めに感じてしまう。こんな名前を付けたお母さん達を、恨んでしまう。



……銅。わたしは、査山銅。

この世に生まれてからずっと、一等賞になりたかった女の子。でした。




1




春。

桜吹雪が風に舞い、街を彩る始まりの季節。


そんな色鮮やかな風景を車の中から眺めながら、わたしはそわそわと落ち着きなく太腿を擦り合わせていた。

すると運転席のお母さんがバックミラーをちらりと見やり、後部座席のわたしと目を合わせ、



「……おトイレ漏れそう?」


「ち、ちがうよっ」



いわれなき疑惑をかけられ、反射的に言い返す。


……ただ緊張していただけだったけど、そんな感じに見えてたのかな。

太腿すりすりをやめてギチッと背筋を伸ばすわたしに、お母さんは視線を前に戻してくすくすと笑った。



「ふふ、もっと緊張した感じになっちゃってる……ふふ、ふふふ……」


「えー? もー……」



そうして笑われているとなんだか気恥ずかしくなり、ぐったりとシートに背を埋める。

お母さんから顔を逸らすようにもう一度窓の外へと目をやれば、都会エリアへと続く橋の向こうに、小さく学校の姿が見えた。


第二神庭学園――これからわたしが通う事になる、中学校。



「…………」


「……っふ、おトイレ、も、漏れそう……? ふふふふ……!」



……それを見ている内に、また太腿を擦り合わせていたらしい。

わたしは太腿を両手でしっかり抑えつけ、また笑い始めたお母さんに文句を飛ばしたのであった。



――今日、この日。わたしは中学生になる。



六年間通った小学校を卒業し、振り分けられた中学校。

その入学式が、これから行われるのである。


人生の新たなステージに上がった事への期待と不安がのしかかり、当然緊張もものすごい。

こうしてお母さんに学校へと送って貰っている今もお腹の底が落ち着かなくて、気を抜けばつい緊張の癖が出てしまう。


さっきのお母さんとのやり取りでちょっとは気も紛れたけど……それもあんまり続かない。

学校に着いた時には元に戻り、制服の着慣れなさも合わせ、校舎の前でまたモジモジとしてしまった。



「ほら銅、がんばって。お母さん先に式場行ってるからね」


「う、うん。たいじょうぶ、また後で……」


「銅の晴れ姿、ちゃんと撮っておくね。いってらっしゃい」



そう言って手を振るお母さんを見送って、わたしはおっかなびっくり校舎へと向かう。


わたしを含めた新入生達は、式が始まる前に一度集合する事となっている。

それぞれ振り分けられたクラスの教室でひとまずの説明を受け、そしてきっちり整列した上で式に参加するのだ。


振り分けられたクラスは入学書類にあらかじめ書かれているとはいえ、実際行くとなるとやっぱり不安だ。初めて来る場所だし、尚更に。

でも周囲を見渡すと、わたしと同じように緊張している風の生徒もたくさん居たりして、そんな子達に紛れて校舎の中を歩いていると、ちょっとだけ気が楽になった。



「ええと……1のB……ここかな」



何度も何度も手元の書類を確認し、教室の扉上のプレートと見比べる。

書かれているクラスは両方とも1-B。間違いはない……と、思う。うん。



(お、おじゃましまーす……)



ほとんど囁くように呟いて、教室へと入る。

途端、先に居たクラスメイト達の視線がわたしに刺さり、少しだけ気圧された。とはいえ立場はみんな同じで、視線はすぐに外れていった。



(こわこわ……)



みんなも緊張しているのか、どことなくピリピリとしている。

わたしはさっさと席について大人しくしていようと、書類に書かれている自分の席を探して、


――そこで、わたしはやっとその子に気が付いた。



「……わぁ……」



わたしの窓際一番前の席とは真反対の、廊下側一番後ろの席。

そこに――透き通るように真っ白な女の子が座っていた。



「…………」



妖精――真っ先に、そんな言葉が浮かんだ。


アルビノっていうやつなのかな。

ショートに切り揃えられた細髪も、瑞々しい絹肌も、雪のように真っ白。どこまでもなめらかで、くすみの一つすら無い。

そしてサラサラの毛先が光の加減で青みがかっているようにも見え、揺らめく真っ赤な瞳をより際立たせていた。


色合いだけじゃなく、顔立ちだって嘘みたいに整っている。

涼やかに切れた目元に、柔らかく長い睫毛。すっと上品に通った鼻筋と、艶やかに光る薄紅色の唇。


背は少し低めだけど、均整の取れた頭身にすらりと伸びた手足とか、まるで丁寧に拵えられたお人形のよう。


髪や瞳の色からいって、北欧とかの外国の子とかハーフ系に見えてもおかしくないのに、どうしてかそう感じない。

見る者の心に強い『和』を呼び起こさせるような、酷く繊細な美しさ――。


……そんな彼女が一人物憂げに目を伏せているその姿は、儚すぎてなんかもう変な色気すらあった。



(ひゃー、すご……)


そしてどうやら、教室のこの変な雰囲気はあの子の影響もあるらしい。

よく見れば、彼女に熱っぽい視線を向けるクラスメイトも割と居た。


かくいうわたしも暫くぼーっと見惚れてしまい、ハッと我に返っていそいそと席につく。



(……ああいう子って本当に居るんだ。一等賞とか金より上の、白金って感じ……)



天然か染めているのかは分からないけど、あんな文字通りのアルビノ美少女なんて漫画とかの中でしか見たことない。


わたしはもう嫉妬する気すら起きなくて、逆に芸能人を前にしたような高揚感すらあって。

そうして式場に誘導されるまでの時間、わたしも周囲のクラスメイトと同様に、ちらちらとその子を眺め続けた。


入学式の緊張なんて、とっくにどこかへ行っていた。






入学式は特に問題もなく、普通に終わった。


新入生と在校生の代表による言葉や、よく知らない知事さんからの祝辞。校長先生の長話などが過ぎ、おしまい。

小学校の卒業式のように一人一人賞状を貰ったりも無くて、車の中で緊張してた分ちょっとだけ肩透かしだった。


そして今後の予定やクラスメイトとの自己紹介とかは明日のホームルームでやるらしく、今日はこれで解散。

生徒達は学校の校庭でそれぞれ家族と合流し、どこか浮き足立った雰囲気となっていた。


式を終えた事で、なんとなく中学生になった実感が強まったんだと思う。

わたしもその例に漏れず、お母さんと一緒にたくさん写真を撮ったり、バッタリ会った小学校の友達とはしゃいだりと、ちょっとテンションが上がっていた。



「……あ」



そうしていると、視界の端を白いものが擽った。


あの白金の子だ。

まだ名前も知らない彼女は、わたし達と違って一人のようだった。

わいわいと騒ぐみんなの事を赤い瞳でじっと見つめていて……やがて、ぷいと背中を向けて立ち去って行った。



「…………」


「銅ー、お母さんそろそろ帰るけど、どうする? 帰りも一緒に乗ってく?」



するとお母さんからそう声をかけられた。


気付けば校庭の人影も段々と減っていて、全体的に帰りのムードだ。

駐車場の方を指差すお母さんに、わたしは少しだけ悩んで首を振り、さっき白金の子が出て行った学校の正門に足先を向けた。



「ううん。ちゃんと道覚えときたいし、歩いて帰る。もしかしたら迷ってちょっと遅くなるかもだけど……」


「分かった。いざとなったら連絡くれれば迎えに行くから。あ、お金ある?」


「今月のお小遣い丸々残ってるから全然へーき。それじゃ、また後で」



そう言ってお母さんと別れ、学校を後にする。


あの白金の子はまだ居るかなと正門の周りを見回したけど、綺麗な白髪はどこにも見えず、ちょっと残念。

別に話しかけたいとか、一緒に帰りたいとか思っていた訳じゃないけど……どうしてか、『眼』があの子を追ってしまうのだ。

芸能人とかって自然と人目を引いちゃうとか聞くけど、実際こういう感じなのかな。


ともあれ、気を取り直して帰宅の途。

まだ見慣れない道をゆっくりと歩きながら、用心深く周囲の景色を観察する。


通学路の把握がまだあやふやで不安だから――というのも勿論あるけど、それだけじゃない。

外を出歩く時はいつも、わたしはこうやって探しものをしているのだ。


それは普通の目には見えなくて、わたしの『眼』には視えるもの。

お母さんやお父さん、仲良しの友達にだって言っていない、わたしだけの特別なもの――。



「……ん」



歩くうち、見つけた。


通りがかった道の外れ。そこにぽつんと佇む一本の朽ち木。

その裏側に、わたしの探していたものがちらりと見えた。気がした。



「――……」



……足を止め、朽ち木をじっと見つめる。


ほとんどの枝葉が落ち、茶色に乾き罅割れた木肌。

どこをどう見ても完全に立ち枯れている、何の変哲もない朽ち木。


その大して背高でもない幹の裏に、ぐしゃぐしゃしたものがいた。



「…………」



例えるなら、幼稚園児の落書きかな。

赤色のクレヨンで書きなぐられた線の集まりというか、そういった意図や実体の見えないもの。


朽ち木の裏でピクリとも動かずに居るそれは、どう視たって生き物じゃない。もっと別の、いやな何かだと思う。

普通なら、悲鳴を上げて逃げ出したりするんだろうけど――わたしは逆に、笑顔と共に前に出た。



「――あはぁ」



……気持ち悪い笑い声。わたしの、直したい癖の一つだった。







物心がついた時から、わたしの『眼』にはおかしなものが視えていた。


生き物のようで、生き物じゃない何か。

物のようで、物じゃない何か。

現象のようで、現象じゃない何か――きっと、オカルトとくくられるもの。


他の、普通の人には決して視えないそれらは、いつだってわたしの世界にあった。

あんまりにも当たり前すぎて、怖いとか、気持ち悪いとか、そういうものを抱く前に自然に受け入れていたように思う。これも慣れっていうのかな。わかんないけど。


そしてみんなに視えない以上、わたしは誰にも言えないまま自分の胸に仕舞い込んだ。

わたしが特別なんだという優越感はあったけど、それを他の人に自慢する方法が、まだ小さかったわたしには分からなかったのだ。


今になって思えば、運が良かったと思う。

もしあの時誰彼構わず言いふらしていたら、わたしはきっと『おかしい子』としての一等賞になっていただろうから。

幾ら一等賞なら何でもいいとは言っても、流石にそんなマイナスの一等賞を取ったって嬉しくない。それはもう一等賞じゃなくて、ワースト賞だ。


そうなればきっと、わたしはこの特別な『眼』の事が大嫌いになっていた。

すごくすごく疎ましく思って、認めず、受け入れず、絶対に誇る事は無かっただろう。



――ああ、そんな風にならなくて良かった。今のわたしは、心底そう思うのだ。






「……っ」



朽ち木の裏。真っ赤なぐしゃぐしゃが、動いた。


たぶん、わたしが視えている事に気付いたのだろう。

くずおれるようにして木陰からはみ出たぐしゃぐしゃが、ゆっくりと私の方へと広がって来る


これまでの経験上、こういうオカルトは自分が視られていると気付いた途端、その人に近づいて来ようとする。

何をするつもりかは知らないけど……きっとわたしにとって良くない何かをするつもりなんだろうなって事は、なんとなく感じ取れていた。


とはいえ、そんなに焦るような状況ではない。

だって、視えているから近づかれるのなら、視えなくなれば済む話。わたしの『眼』には、それが出来た。



(視えない、視えない……)



呪文のように呟きながら、静かに瞼を閉じた。


そして両手で目元を抑え――瞼の裏で、もう一枚の瞼を下ろす。


勿論わたしの瞼は二枚重ねなんかじゃない。ただのイメージだ。

でもこうする事で、わたしはこの『眼』を閉じられる。そこに視えていたオカルトを、無かった事に出来るのだ。



「……よし」



そうして瞼を上げれば、そこに真っ赤なぐしゃぐしゃの姿は無い。

朽ちた木の一本だけを残して、綺麗さっぱり消え去っていた。


視えないけれど、まだそこには居る。でも大抵のオカルトは、わたしが『眼』を閉じてしまえばそれっきりだ。

単にわたしへの興味を失うのか、それとも干渉自体が出来なくなるのかは分からないけど、少なくともこれをした後で襲われた事は今まで無かった。


安全を確保したわたしは、小さく息をひとつ。おもむろに、ポケットからスマホを取り出した。


小学校卒業のお祝いとして買って貰ったばかりの、最新型の機種だ。

前のキッズスマホとは段違いの性能のその背面カメラに、わたしはそっと手を翳し――。



(視えろ、視えろ)



瞼を上げてやるように、上へと払った。

すぐさまカメラのアプリを起動し、朽ち木周りを何度か撮影。


そして急いで朽ち木の傍から離れ、見えなくなったところで今撮った写真を確認する。



「あはぁ」



するとそこには、さっきの真っ赤なぐしゃぐしゃがハッキリと映り込んでいた。


いわゆる心霊写真ってやつ。

映っているモノがモノである以上、まるで子供が写真に落書きをしただけみたいなチープな感じになっちゃってるけど、間違いなくホンモノである。


わたしはひとしきりニヤニヤとそれらを眺めた後、誤って削除しないようロックをかけて。

同じようにして撮影した心霊映像を集めたフォルダ、その一番上に大切に仕舞い込んだ。



――わたしの持つこの両の『眼』は、ただオカルトが視えるだけのものじゃない。


オカルトを視る視ないがスイッチのようにオンオフ出来るし、スマホとかのカメラにおまじないをかけて三つめの『眼』とすれば、狙って確実に心霊写真を撮る事も出来たりもする。意外と多機能で高性能な目ん玉なのだ。


そしてわたしはこの『眼』を使って、たくさんの心霊写真や心霊動画を集めていた。


この街はどうしてかオカルトの数がすごく多いし、ターゲットには事欠かない。

前のキッズスマホで撮った分と合わせて、十や二十じゃ収まらない数の心霊映像が既にコレクションされていた。


……どうしてそんな事をしているのか。

興味とか好奇心とか、単純にわたしの趣味っていう部分も結構あるけど、勿論それだけが理由じゃない。


小さい頃には考え付かなかった、この特別な力を他の人に自慢する方法――つい最近になって、それを思い付いたのだ。

そしてそれにはたくさんの心霊映像や心霊体験が必要で、だからこそわたしは積極的にそれらを探し集めている。


だって成功すれば、今度こそ一等賞になれるかもしれない。それも、わたしだけの特別なものを使って。

それを思うと、オカルト探しにも一層気合が入るってモンだった。



「な~いか~な~、いない~かな~……」



わたし作曲『いないかなのうた』を口ずさみつつ、帰り道をきょろきょろとする。


まぁオカルトが多い街とはいっても、数歩あるけばぶつかるとかの酷い状況じゃない。

探せばすぐに見つかるという訳でも無く、単に通学路をよく覚えるだけとなっていた。いや、それはそれでいいんだけど。



「……バスのルート、いってみよっかな」



そうする内、ふと遠くにバス停が見えた。


一応わたしの通学路としては、電車を一本乗っての徒歩の予定だ。

でもバスを使っての通学も出来ない事は無く、天気とか混雑模様とか、その日の状況に応じて使い分けなさいとお母さんも言っていた。


電車に比べてバスのルートはうろ覚え気味なので、今のうちに慣れておくのもいいかもしれない。

わたしはお財布を開いてバス代の小銭があるかを確認し、先程見かけたバス停へと向かい――



「……あ」



近付くにつれ、『眼』が捉えた。


付近のお店の看板で隠れて見えなかったけど、バス停には先客が一人いた。

わたしと同じ学校の制服を着た、真っ白な髪と肌をした女の子――名前も知らない、白金の子。


どうやら、帰り道がある程度一緒だったみたい。

あの子の隣に躊躇なく突っ込んでいく度胸なんて無くて、わたしの歩みもぴたりと止まる。



(……ど、どうしよ)



い、一応クラスメイトだし、話しかけてみたりとかしちゃう……?


いやでも、ほぼ初対面でそれは馴れ馴れしすぎない?

それに教室じゃ目が合ったりとか無かったし、向こうはわたしの顔なんて覚えてないのでは……?

そもそも普通に会話とかしてくれるのかな。白金と銅だよ。なんか住む世界が違いすぎて、声かけるのも恐れ多いっていうかぁ……。


……などなどうだうだ言い訳しつつ、その場をウロウロ。

途中、一回だけ白金の子がこっちを向いてビクッとしたけど、わたしなんて気にも留めずにすぐまた別の所を向いた。



「……電車にしよ……」



その視線すら向けられなかった一瞬で、なんか折れた。


一等賞をとった子がわたしに全く興味を抱かなかった時の気分というか、そんな感じ。

わたしは小さく肩を落としつつ、バス停にくるりと背を向けた。


すると丁度良く、道の先から走って来るバスが見えた。

白金の子が乗るバスだろうか。なんとなくその行き先が気になったわたしは、赤信号で停車しているバスの行先表示器に目を凝らし、



「――ん?」



『眼』が揺れた。


同時にバスの姿が一瞬だけ二つにぶれ、元に戻る。

……最初は揺れた『眼』のせいでそう見えただけだと思ったけど、そうじゃなかった。

見ている最中、二度三度と同じ現象が繰り返されていて……その内に何がどうなっているのか、ちょっとは分かった。


あのバスは本当に、僅かな間だけ二つに分裂していて、車体の大部分が重なり合う様を見せている。

そしてその二つの像を、わたしの左右の『眼』が別々に捉えている。だから一瞬焦点がズレ、『眼』が揺れるのだ。


……まぁ、それで何が起こってるのと聞かれたら「わかんにゃい……」としか言えないけど、はっきりしている事が一つある。


――間違いなく、オカルトだ。それだけは自信をもって断言できた。



「あはぁ――、あ」



わたしはすぐにスマホのカメラにバスの姿を収め、そして気付いた。


……あのバス、白金の子が乗っちゃうのでは?



「…………」



ちらりとバス停を振り返る。

すると白金の子もバスの姿に気が付いていたのか、立ち上がって道の先を見つめていた。


まずい、完全に乗る気だ……!


アレを見て何も反応が無いあたり、きっと彼女には車体のぶれが視えてない。普通の人には異常が分からない、悪質なタイプだ。

あのバスがどんなオカルトかは知らないけれど、乗ったらなんかこう、色々とイヤな事になるのは確定していると言ってもいい。オカルトに詳しい私がそう予感するのだから、間違いない。


……こういった時、見ないフリをするのは慣れている。

『眼』だけしか無いわたしには、出来ない事が多すぎるから。


でも――なったばかりとはいえクラスメイトのピンチを、まだ間に合う状況で見ないフリするのは流石に後味悪すぎない……?



「わ、わ、わっ……!」



焦って青い顔になったわたしは身を翻すと、たぶん今回もクラスで三番目に早い足でバス停に走った。


バスが赤信号に引っかかってる間が勝負だ。

みるみるうちにバス停との距離が縮まっていく中、白金の子も爆走するわたしに気付いたみたい。怪訝な表情になって、そのルビーみたいに真っ赤な瞳にわたしの姿を映し込む。



「――――」



どうしてか、すごくすごく、嬉しくなった。

こんな状況なのに意味が分からなかったけど、そう思ってしまったのだからしょうがない。


わたしの青かった顔が、瞬時に赤みを取り戻して――白金の子の手をひったくるように掴み取ると、勢いのまま引きずった。



「えッ!? ちょ何、誰ぇ!?」


「査山銅です! 調査する山、金銀銅の銅と書いてあかねです! どうせ銅なら赤金って書いてあかねにしてほしかったあかねです!」


「だから誰だよ知んねーよ放せよ!?」



意外と乱暴な口調だった白金の子は、これまた意外と強い力で踏ん張った。


いや、意外と強いどころか、めちゃくちゃに強い。

「ふぎゃ!?」一瞬で力関係が逆転し、わたしの身体がガクンと前につんのめる。



「い、いきなり何なんだっつーの、私はバスに乗るんだよ……!」


「いや、あの、あのねぇぇぇ……っ!」



全力で引っ張っても、白金の子の身体はビクともしない。

触れれば散ってしまいそうな儚げな容姿なのに、まるで大木を相手にしているようだった。


そうしてズルズルと引き戻されていく中、バス停に件のバスが近付いて来るのが見えた。

その車体はやっぱり二つにぶれて元に戻ってを繰り返していて、やがてバス停に横付け。鈍い音と共に、その入口が開かれて、



「っ……!?」



――そこから覗く運転手の状態を視た瞬間、何が何でも乗せちゃいけないものだと理解した。



「ほら、もう来たんだよ! 放さねーとこのまま一緒に乗っちゃうんだけどぉ……!?」


「ひやぁぁぁ待って待って待ってぇ! それだけはぁ、お願いだから、お願いだからぁ――」



同時に、わたしの身すら危なくなった。

とはいえ手を離せる筈もなく、また顔を青くしながら白金の子の剛力に抵抗する。


でもダメだ、敵わない。

たぶん、この子が今回のわたしより運動能力高い二人のうちの一人なんだ。


ああ、じゃあ、どうしよう。どうしよう。どうしたら――。


オカルトには慣れてるけど、戦う力なんて無いのに。

少しずつバスの入り口に引きずられる中、わたしの頭に混乱と恐怖がぐるぐる回る。

そしてやがては、自分が何を考えているのかすら分からなくなって――とうとうパンクし、逆に彼女に縋りつく。



「うわっ!? ちょ、離れろっていやマジでなん――」


「と、とまってぇ! わたしぃ! クラスメイトでぇ! 名前、知んないけどぉぉぉ……!」


「え」



ぴたり。

みっともなく泣き喚くわたしに、白金の子の動きが止まった。


そしてどうしてかビックリしたような顔をして、べしょべしょのわたしを見下ろした。



「……あの、え、クラスメイト……の人?」


「そう、そうぅぅぅ……!」


「な、泣くなよ……えじゃあ、あの……引っ張ってきたの、話そうって引き留めてた……的な? 普通に嫌がらせとか、そんなんじゃなく……」


「いやがらせなんて、しないよぅ……」



……その反応で彼女の境遇がなんとなく透けて見える気もしたけど、その時のわたしに気にする余裕はなかった。

バスに乗らずに済んだ安堵で、ちょっとだけ訳が分からなくなっていたのだ。



「……え、えと、もしかして、友達になろう……みたいな感じだったり……とか?」


「なれたらうれしいと思うぅぅ……」



そうして問われるまま深く考えず答えていたら、白金の子の顔に、何故か嬉しさと恥ずかしさの入り混じったような笑みが浮かぶ。

そのあまりにも綺麗な表情に、わたしは泣くのも忘れて目を奪われた。


――彼女の背後でバスの扉が閉じ、ゆっくりと走り去って行った。



「え、ど、どうしよ。初めて友達……っていうかその、ごめん泣かしちゃって……ええと、査山さん?」


「……う、うん。査山、銅……ええと」


「あ、そっか私か。えーあー……まいいか、そうな、私は――」



……そうして、自分の名前を語る時の、それはそれは嫌そうな顔を見た時。

彼女はわたしと一緒なんだって、すぐに分かった。



「――こと。御魂雲(みたまぐも)(こと)だよ。できれば、苗字の方で呼んでほしいけど――」



――銅のわたしと、異なる彼女。


自分の名前が大っ嫌いなわたし達のはじまりは、こんなしまらないものだった。


数話ほどこの子視点が続きます。

諸事情により若干ゆっくりペースとなりますが、まったりお待ち頂けますと助かります。

すんません。

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