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異女子  作者: 変わり身
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「卵」の話(上)

卵だった。

人の頭の上に、大きな卵が乗っていた。



「……んぁん?」



時刻は朝、場所は学校の教室。

ホームルームが始まるまでの暇潰しに窓の外を眺めていた私は、目撃したそのトンチキな格好をした人物に、思わず間抜けな声を漏らした。



「は? 帽子……いや仮装……?」



窓枠にもたれかかっていた身を起こし、その人物を注視する。


校舎へと続く道を歩いている彼は、他クラスの男子のようだった。

その顔に見覚えは無かったが、制服に付けられたピンからいって私と同じ二年生。

どこぞの白目を剥いたヤツみたいに特徴的な部分の無い、どこにでも居る地味めの少年に見えた。


……だからこそ、その頭の上に乗った大きな卵がやたらと目立つのだ。


私のスーパー視力によれば、楕円形をしたその卵は帽子やヘルメットの類では無く、本当に卵としか言いようのない物体だった。

旋毛の上あたりだろうか。どれだけ首を動かしても決して落ちる事は無く、それどころかぴったりと頭にくっ付いていてズレる気配すらも無い。意味わからん。


まぁだがそれよりも意味分からんのは、周りを歩くヤツらが何も言わない事だろう。


あんだけ立派な卵を頭に乗せたトンチキ男が居るというのに、誰一人として彼に視線を向ける者が居ないのだ。

ある意味私よりも目立つ姿だというのに、なんでそんな無関心――……、



「……おーっとっとっとーぅ」



と、そこまで考えたところで気付き、さっと目を逸らして窓から離れた。


いやオカルトじゃん。もう完全にオカルトじゃんあれ。

私は嫌な汗をかきながら自分の席に戻り、寝たフリをして無視を決め込んだ。


あの卵に寄生(?)されている少年には申し訳ないが、今回において私は何の関係も無い。

偶然チラッと見ちゃっただけ。当然首を突っ込む必要も義理も無い訳で、そっちはそっちで何かいい具合にやっといて頂きたい。後でインク瓶にでも何とかするよう言っといたげるから!


……私は心の中でそう謝りつつ、必死に卵のオカルトを頭から捨て去ったのだった。

あー朝っぱらからイヤなもん見ちゃったな、まったく。







「なぁ、少し聞いてくれないか。俺のクラスに頭に卵乗っけた奴が居るんだが」


「必死に捨て去ったもんを速攻で拾ってくんなよぉ……!!」



一時限目の休み時間。

教室の入り口から私を呼ぶや否やそんな事をのたまった白目の男に、私はガックリ膝をついた。

言うまでも無く髭擦くんだ。


以前のオカルトの一件からこちら、彼とは霊視持ち同士よく交流するようになっていた。

あの時は『親』のアレコレで怖がらせて気絶までさせてしまったのだから、正直その子供である私も避けられるだろうなぁとは思っていた……のだが、どうもその恐怖心を私にまでは引きずっていないようなのだ。

会えば普通に話すし、用があればこうして訪ねても来る、ほんとに図太いヤツであった。


一方で私の方も彼に仲間意識的なのを抱いていたのは間違いないので、友人関係となるのに時間はかからなかった訳である。ちゃんとした男友達第一号だ。


……つっても、それと今回のこれとは別問題だけども。



「何で持って来るんだよぉ……私関係ないだろぉがよぉ……」


「知ってたのか……。いやすまん、すまんとは思うが、俺一人じゃ抱えきれなくて」



デカかったもんな、あの卵。なんて言ってる場合でも無く。



「……朝さ、チラッと見えたんだよ。あの地味めな男子の事だろ? あんたのクラスだったのか、アイツ」


「犬山っていうんだが……昨日までは普通だったのに、今日の朝いきなりあんな事になっててな。なんというか、その、どうしたもんかと……」



髭擦くんは困惑を表すように首筋に手を当てつつも、何かを期待する声音で私を見下ろした。


その意味が分からず首を傾げかけたが――すぐに察する。たぶん、『親』の助力が得られないかと期待しているのだ。


髭擦くんには私の家について詳しく説明してはいないけど、あれだけの『異常』を見せられたのだ。流石にオカルト関係に強い家だと分かってはいるのだろう。

まぁ髭擦くんからしてみれば色々な意味で頼み難かろう。それは分かる、分かるんだけども。



「……あー、私も『親』に言うつもりではあるけどさ。でも、あんま期待しないでよ」


「えっ。あ、いや……な、何でだ?」


「私の周りで起こる事になるべく関わらないって約束してるってのもあるんだけど、単純にヤバいの以外は無視すんだよ、あいつ」



何せ『親』が持つあの意味不明な力は、自分が殺される事でしか発動しないのだ。

幾ら身体がたくさんあるほんと意味不明な存在とはいえ、出逢う奴ら全てを一々構っていれば、すぐに身体のストックが無くなってしまう。

故に自分が殺されるべき相手はよく見極めており、些事は構わず切り捨てている……との事らしい。


最初聞いた時は何言ってんだと思ったが、今になってみるとそこそこ納得いってしまうのが困りもの。

髭擦くんにそう説明すれば、白目の中に困惑の二字が浮かび上がる。そりゃそうだ。



「えーと、何だ。ちょっとうまく呑み込めないんだが、つまりお前の両親……その、あの人達、いや人? ……とにかく、頼るのは無理そうって事か?」


「頭の上に卵乗ってるってだけじゃね……。一応インク瓶――こういうのに詳しい人にも相談するけど、あいつもあいつで中々こっち来ないし……」


「よ、よく分からんが、そうか……じゃあ俺はこれからあの卵と一緒の教室で過ごす事になるのか……」



そう言って顔に青線を垂らす髭擦くんだが、ここで助けようと言わず、犬山くんとやらを放置しようとしてるあたりに熟練者臭が漂った。

唇の時も私がヤバくなるまで知らんぷりしてたそうだし、それが彼のオカルトに対する昔からの処世術だったのだろう。


とはいえ、今回は彼のクラスメイトが相手という事で、知らんぷりにも限度がある。

流石に少々不憫になり、丸まるゴツい背中をぽんぽんしてやった。



「まぁ、ほら。あの卵が猛獣……危険なヤツと決まった訳じゃないしさ。案外ふっと消えてるかもしんないじゃん」


「いや、卵だぞ……? 絶対孵るし、あの大きさだ。何が出てくるか分かったもんじゃないだろ……」


「んんん……」



確かにそれは私も思ったけども……。

私も二の句が継げなくなり、何とも気まずい空気が出来上がる。


うーん、どういってやったもんかなこれは。私は髭擦くんの背中をくりくりしてやりながら、いい感じの励ましを脳みそから絞り出し――。



「タマ吉~、いつまで髭擦と喋ってんの~? そろそろ二時間目始まるよ~」



と、そうこうしていると背後から声がかかった。

振り返ればいつの間にか足フェチが寄ってきており、私と髭擦くんの足を見つめていた。

……そっと髭擦くんの後ろに回り込んで盾とする。許せ。



「髭擦のクラスって結構遠いよね? ウチもあとちょいで先生来るし、怒らんない内に戻った方が良くない?」


「あーうん、そだね……」



ふと時計を見上げれば、休み時間終了の二分前。

髭擦くんを卵のあるクラスに戻すのは気が引けたが、足フェチの言う通りではあった。

申し訳ないと思いつつ、彼の背を叩いて送り出す。


「まぁさ、色々言っとくだけは言っとくから……うん」


「……ああ、じゃあ、頼む。とりあえず俺は戻るよ、ありがとうな、二人とも……」



そう言ってトボトボ立ち去る髭擦くんの煤け具合といったら、もう。

遠ざかっていくその背中に、私も哀愁を感じざるを得なかった。かわいそ。



「……何かさ~、タマ吉と髭擦っていつの間にか仲良くなってんね」



すると、同じく彼の背中……ではなく足を見送っていた足フェチが、怪訝な顔で首を傾げた。



「アタシは足の追っかけでちょいちょい話す感じだけどさ、タマ吉は前のストーカー騒ぎで初でしょ? それからこれって何があったん?」


「……いやまぁ、こっちは色々あったんだよあれから」


「色々ねぇ」



敢えて「足の追っかけ」なる謎ワードを流し、適当に濁す。

足フェチはそれ以上深く聞いてくる事は無かったが、代わりに視線を私へ向けて、そのままスススと足へと下ろし、



「……その綺麗な足さ、アタシより先に髭擦が触っちゃう雰囲気になってないよね?」


「意味分かんねーしそもそもあんたに触らせる機会なんてずっとねーよ!」



反射的に尻を蹴りかけたが、ぐっと堪えて平手でスパンとぶっ叩く。

そして「あいた~!」と痛がりつつも残念そうな顔をする足フェチに、私はいつものようにドン引いたのだった。

最近なんか性癖隠さなくなってきたな、こいつ。







突然だが、この学校の体育は時々他クラスとの合同授業になる。


といっても、何かしらの教育的取り組みとかという訳では無い。

なんらかの理由で他教科の教師と時間割との予定が合わなくなった際、よく体育のコマとの入替が起き、それでブッキングしてしまったら二クラス纏めてやってしまうというだけの、完全に教師側の都合である。


だったら普通に自習で済ませればいいとは思うのだが、まぁ授業内容的にも体育は融通が利くだろうし、入替の方が色々利点が多いのだろう。

私としても大人数でのレクリエーションが出来る機会なので、どちらかといえば楽しみなイベントではあった。


……のだが。



「…………」


「……いや、これは俺のせいじゃないだろ……」



四時限目、体育の授業が始まる少し前。

ジャージに着替え校庭に移動した私は、じっとりとした目で髭擦くんを睨んでいた。


そう、なんと今日の私のクラスの体育は、髭擦くんのクラスとの合同授業であったのだ。

私の方の時間割は元々体育だったし、事前連絡も無しで全然知らんかった。しっかりしろよマジで。


……で、髭擦くんのクラスと一緒という事は、当然あいつも一緒な訳で。

チラリと髭擦くんから視線を移せば、やっぱりものすごく目立つ男子が一人。


――言うまでも無く、デカい卵を頭に乗せた犬山くんがそこに居た。



「……髭擦くん不憫に思ってる場合じゃなかったなー……」


「よりによって今日だからな……これもお前の体質ってやつか?」


「知らん知らん知らん知らん」



私はある意味感心したような目(白目なのに? いやそんな雰囲気がしたのだ)を向ける髭擦くんから顔を背け、こっそり犬山くんを盗み見る。


くすみの無い乳白色に、ざらついた表面をした楕円形。見れば見るほど卵以外の何物でも無い。

近くで見ればその大きさ異様さがよく分かり、無言で数歩後退る。



「……そんで、教室じゃどんな感じだったの。今まで変わった事あった?」


「いや、特に妙な様子は無かったが……」



髭擦くんは顎に手を当てそう返したが、やがて「ああいや」と呟き、卵へと顔を向けた。



「ハッキリそうとは言えないんだが。何か、こう……朝より大きくなってるんじゃないか、と思わなくもない」


「……うえぇ」



怖い事言うなよ。

渋い顔してもう一度よく卵を観察したが、私は朝に一回チラッと見たきりだ。大きさの差異なんて、パッと見よく分からなかった。


そうして記憶と現実の卵を比べる内に、自然と目つきが細まっていき――そんなイガイガした視線を感じたのか、犬山くんがふとこちらを向いて目が合った。やべ。



「……え、えっと、何? 何か用……?」


「え、や、別にそのぅ、おっきいなーって。わははは」


「は?」



こんにちは、誤魔化しヘタクソ星人です。

するとそんな私を見かねたらしき髭擦くんが前に出て、怪訝な顔をする犬山くんの頭の上――卵の近くでぱっと拳を握ったかと思うと、ぎこちなくその顔前へと差し出した。



「……ええと、なんだ、お前の頭にでっかい蠅が止まってたから見てたんだよ。ほら」


「え゛ッ。うげ、いいよ見せないでよ虫大っ嫌いなの知ってんでしょ!」



しかし犬山くんは引き攣った顔のまま髭擦くんから離れ、頭をパタパタと払う。

卵が落ちると一瞬ヒヤッとしたものの、その手は卵を透過した。どうも卵には実態が無いようで、髭擦くん共々息を吐く。



「じ、冗談だ、もう払ったから」


「え~……? も~、やめてくれよビビるからさぁ」



髭擦くんが空の拳を開いて見せれば、犬山くんは安心したように肩を落とした。さっきの私の醜態も忘れたようで、空気がうやむやに緩む。

誤魔化しどうもと髭擦くんの背中を叩いていると、十分に距離を取った犬山くんがこちらに意外そうな目を向けた。



「え、てか二人とも普通に友達なんだ? ヒゲって前その子にストーカーしたんでしょ、加害者と被害者じゃん」


「それ結構言われるんだが、そんな広まるような事か……?」


「いや、されてた私が断言するけどアレめっちゃ目立ってたからね。いっぱいいっぱいで分かんなかったのかもしんないけどさ」



というかあんたヒゲって呼ばれてるんか。なんかヤなあだ名。

ともあれそんな風に話しているうち、犬山くんも徐々に硬さが抜け、相好を崩し始めた。どこか人を安心させる、やわらかい笑顔だ。


……まぁそれが一層、卵の存在を不気味に際立たせている訳ですが。

髭擦くんと揃って小さく呻き、腰を引く。



「まぁ変な感じになって無いなら良かった。こじれてうちのクラスから退学者~とか嫌だしさ」


「は、ははは……あー、そういえば犬山。お前の方はどうしたんだ?」


「え? 何が?」


「いや、さっきの蠅。あんなでかいの、お前が気付かないとか珍しいからさ」



髭擦くんはさっきの誤魔化しにかこつけて、探りを入れてみる事にしたらしい。

察するに極度の虫嫌いらしき犬山くんは、再び頭に手をやると気色悪げに身を震わせる。



「そんなデカい奴だったの……? 全然分かんなかった」


「体調でもおかしいのか? いつもならどんな小虫の羽音もすぐ察知して、金切り声で転げまわって逃げるだろ」



どんだけだよ。私が半眼になると、犬山くんは慌てて否定する。



「大げさに言うなよ! まぁお腹すいてぼーっとはしてたけどさぁ、給食何かなって……」



何気なくそう返す犬山くんに含むところは無さそうで、異常の自覚は無さそうだった。


……卵には直接的には触れられず、犬山くん自身への異変も今のところは無いと来た。

やっぱり現状私達には何も出来ん。私と髭擦くんは一瞬だけ顔を見合わせると、小さく頷きひとつ。ごく自然に犬山くんと距離を取るべく、適当な話題で茶を濁そうとして――。



「――楽しそうだね、犬山くん」


「!」



その時、犬山くんの背後から人影が差し込んだ。

髭擦くんとどっこいくらいの長身で、髭擦くんより十倍整った顔立ちをした男子生徒だ。


彼は私達から遠ざけるように犬山くんの手を引くと、じろりと睨むような視線だけを残してスタスタ歩き去っていく。



「うわっ、ちょ、百田待てって」


「さっき先生来るの見えたから、うちのクラスの所で待ってようよ。纏まってないと怒られそうだし」


「分かったから離せってば」


「今日ドッジボールって話だよ。一緒に外野いって駄弁っとかない? その方が良いよね? そうしようね」


「だから話を……」


「あとさ、あんまり他クラスの女子と絡むの良くないと思う。特にあんな目立つ子、犬山くんには似合わないと……」


「たーすけてー……!」



なんだあいつ。

騒がしく遠ざかる二人の姿にぱちくりと瞬いていると、髭擦くんがやけに重々しく口を開いた。



「……百田だ。見ての通り、犬山とはとても仲が良いんだが……ううん……」


「あんたも何でそんな渋い顔なの。同じクラスなのに置いてかれたのショックだった?」


「そ、そんな事は無いぞ。というか、気付かなかったのか……?」


「は? 何に――」



問いかける途中に気付き、勢いよく犬山くんへと視線を戻す。

……いや、正確にはその頭にある大きな卵に。



「――さっき百田が犬山の腕を引いた瞬間、卵が少しだけ大きくなった……」



だから怖い事言うなよ。

ガックリと呟く髭擦くんに、私はまたもや渋い顔をした。







「やっぱりそうだ。百田が犬山に近づく度、卵が大きくなってる」



四時限目、昼食、昼休み、午後の授業を通り抜け、迎えた放課後。

再び私を訪ねてきた髭擦くんが、困惑したようにそう言った。



「……や、意味分かんないけど」


「俺もそうだ。だけど見てる限りそんな感じなんだ」


「ちげーよまた私にわざわざ報告に来た事がだよ!」



何も出来る事無いしインク瓶に話してやるんだから私もういいだろ!


これ以上は深入りせんぞとすぐさま教室を飛び出せば、髭擦くんも私を追いかける。

そんな私達を見る他の生徒達の顔に、また変な噂になる事を察した。



「重ね重ねすまん! すまんのだがそれはそれとして! やっぱり話だけでも聞いてほしい!」


「ヤダ! 私は私を見てくるヤツから目を逸らさないって決めてるけど、見てこないヤツはなるべくほっとくんだ!」


「視界の隅で大きくなっていく卵って、膨らむ爆弾見てるみたいで怖いんだよ! せめて相談くらいはさせて貰えないか! 頼むから!」


「ぐ……」



そう頼まれてしまうと弱い。何せ私は、髭擦くんに一度助けられているのだ。

そんな彼から明確に助けを請われてしまえば、私の逃げ足は鈍らざるを得なかった。



「むぐぐ……わ、わかったよぉ。聞くだけ、話聞くだけだからなぁ……」


「あ、ありがとう……じゃあまぁ、帰りながら話すか」



私はそれはそれは嫌っそ~な顔をしたのだが、髭擦くんは気付きもしなかった。コイツほんと。






そうして一緒に下校する途中、髭擦くんは今日一日の心労を吐き出すように言葉を重ねた。


何でもあれから注意深く観察してみたのだが、やはり例の卵が膨張するタイミングは、百田くんが犬山くんに絡んだ時で間違いなかったのだそうだ。


休み時間に雑談している時。

一緒に給食を食べている時。

連れ立ってトイレに向かう時。

共に清掃している時。


その全てで少しずつ卵が大きくなっていったらしい。

そして最後に二人して帰っていく頃には、一回り以上もサイズアップ。いつ孵るのか不安で仕方がなかったそうだ。



「……や、まぁ、仲良しなんだなあいつら。トイレ一緒はちょっと重めな気もするけど……」


「やっぱり女子からでもそう思うんだな。どうも百田が犬山の事好きすぎるみたいでな、いつも絡んでるんだよ」



ふと、体育の時の百田くんを思い出す。

……なんとなく、ねっとりしたものを感じなくもない。



「聞いた話だと幼馴染で、幼稚園から今までずっと一緒なんだとさ」


「へぇ、本人から聞いたん?」


「百田がな、事あるごとに仲良しマウント取って来るんだ。昔いじめから助けてくれただの、自分が一番の親友だだの、犬山に関する事でほぼ全部……」


「えぇ……」



それは……親友だとしてもやっぱ重たいような。

髭擦くんも怪訝に思ってはいるらしく、互いにビミョーな顔をする。



「……それはそれとして、何で卵が大きくなるんだろ。他の人と話してる時にはそうならないんでしょ?」


「ああ、百田との時だけだな」


「ん~……?」



やはり意味が分からない。

いやオカルトに理屈を求める事自体が間違っているのかもしれないけど、不安にも似た気持ち悪さが渦を巻いた。



「うあー、胸ん中がキモい。やっぱ聞かなきゃよかった」


「俺は逆に少しだけ楽になった。一人だけで抱え込まないでいいって素敵だな……」



無理矢理聞かせに来といて何言っとんじゃい。

抗議の意を込め髭擦くんの背中をぺちぺち叩いて歩く内、やがて二股に別れた長い橋に辿り着く。

私は左、彼は右。それぞれがそれぞれの自宅に繋がる分岐点だ。



「さて、それじゃあここまでだな。話聞いてくれてありがとう、また明日も聞いてくれ」


「ヤなこった。……ヤだって言ったぞ! 言ったからな! 返事しろおい! おい!!」



そんなとっても友情溢れる別れを交わした後、髭擦くんは右の橋を駆けて行った。


……あれ絶対明日も相談に来るつもりだよな。やだぁ。

私は大きな溜息を吐き出しながら、ぐったりと一人左の橋を渡り――。



「…………」



その途中。ふと視界を掠めたものに、ぴたりと足を止めた。


……話は変わるが、今私が渡っているこの橋の両側には、転落防止用の柵が儲けられている。

いや、柵というか塀だ。私の胸ほどの高さに積まれたブロック塀の上に植え込みが敷かれており、間違っても川に落っこちないよう対策されているのだ。


それでいて流れる川の景色も楽しめるよう植え込みの高さを抑え、ある程度の視界が確保されているのだが――そうして見える景色の中に、見覚えのある変なのがあった。


川を挟んだ向こう側。少し離れた場所にかかる、今私が渡っているものと同種の橋。

その塀の植え込みから、ぴょこぴょこと白い何かが出たり入ったり上下する。


――それはとっても大きなあの卵。隣の橋を犬山くんが歩いているという証左である。



「――んッでだよぉぉぉ……!!」



喉の奥からそう搾り出し、しゃがみ込む。

おそらく通学路に重なる部分があり、たまたまかち合ったのだろうが、ほんとにタイミングが悪すぎる。


避けようとしてたじゃんか。

逃げようとしてたじゃんか。

なのに何で向こうから寄ってくるんだ。


……脳裏で髭擦くんが体質云々言ってた記憶が流れたが、忘れた。



(……ど、どうしよ)



植え込みから顔を出し、再びこっそり卵の様子を確認しながら呟く。


本音を言えばこのまま隠れ、卵の存在が見えなくなるまでやり過ごしたいところだった。

しかし犬山くんが渡る橋と私が渡るこの橋は、終着点が程近い。それはつまり私の家の方角に彼の自宅もある可能性が高く、重なっている通学路もそれなりにあるという事だ。


明日から確実に彼を避けるためにも、少しはその通学ルートを確かめておきたい気持ちもあった。

……でも。



(……リアルタイムでデカくなってんじゃん、アレ)



気を付けて見れば、遠目にだって分かった。

上下に揺れる卵が、むくむくと現在進行形で大きくなり続けているのである。


それは犬山くんの横に百田くんも居るという事で、彼らの後をつければ自動的に膨らみ続ける卵を見続ける事になる訳で。

今更ながら、これを爆弾と評した髭擦くんの恐怖がよく分かってしまった。素気無くしてごめんよ……。



「う、ぐぐ…………ち、ちくしょぉ……!」



私は暫く悩み、やがて渋々ながら足を進める。

今日のようにバッタリ会って嘆くより、明日からのために今少しだけ我慢した方がお利口さんである。


と、遠目から! 遠目からなら大丈夫だから!

私は必死にそう自分を鼓舞しつつ、隣橋からチラチラ見える卵の後を追ったのだった。


……やめときゃよかった。そう思ったのは、全部終わった後の話である。ちくしょう。



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