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イチオシ短編

あおぐるまにじぐるま

作者: 七宝

 新年一発目です。


 注意が必要な描写は出てきませんが、40%くらいの確率で気分が悪くなりますので、読む際は十分にご注意ください。

 好きな女性(ひと)ができた。隣のクラスの青車(あおぐるま) 紀佳(のりか)さんだ。


 初めて青車さんと喋ったのは、図書館でたまたま同じ本を取ろうと手が触れた時だった。


「あっ、ごめんなさい!」


 僕が咄嗟にそう言うと、彼女は少し恥ずかしそうな顔をして


「ドラマみたい、ですね⋯⋯」


 と言った。


 その時の彼女の表情はとても可愛くて、僕は一目惚れをしてしまった。


 そして、さっきのことで彼女に運命を感じていた僕は、とんでもないことを口走った。


「よかったら一緒に読みませんか?」


 彼女は一瞬固まったあと、「ぜひ」と返してくれた。


 それから彼女が僕と同じく本好きだということを知り、すぐに仲良くなった。


 彼女はいろんな話をしてくれた。


 この前読んだ小説が面白かったという話や、あそこのケーキ屋さんが美味しいという話、お母さんと2人で暮らしていることなんかも話してくれた。


 そして今日、彼氏がいないということを聞き出せた。僕はすぐに告白した。


 彼女は少し戸惑っていたが、連日の猛アタックの末、なんとか付き合うことができた。


 僕も彼女も学校ではけっこう大人しめのタイプで、こういった恋愛とは縁のない人生を送ってきたため、最初の頃はお互いが遠慮しすぎたりして、ぎこちないデートが続いた。


 彼女は満足してくれているのだろうか。


 本当に僕でいいのだろうか。


 他のカッコいい男の方が良かったりはしないのだろうか。


 そんなことばかり考えていた。


 でも、彼女はいつも笑ってくれていた。だから僕も徐々に自信がついた。


 彼女と2人でいると、世界が輝いて見えた。


 彼女とならどこへでも行ける気がした。


 こんなありきたりな言葉が浮かんでしまうほど、恋愛というものには力があった。


 まだ大学受験までは1年以上あるが、周りの皆がボチボチやり始めたので、僕たちも放課後は図書館で勉強をするようになった。


 ある日、気分転換に少しだけ遠出をしようということになった。県内にある水族館だ。勉強ばかりの日々だったので、息抜きがしたかったのだ。


 彼女は大の水族館好きだそうで、隅から隅まで齧り付くように見ていた。カニとタコのダンスを見たり、イルカと遊んだり、魚群を見たりしていた。


 この日、初めて彼女と写真を撮った。イルカショーのお姉さんと、イルカと、彼女と、僕。本当はツーショットが良かったけど、またの機会まで我慢しよう。

 他にもチンアナゴやサメ、海鮮丼の写真なんかも撮った。


 水族館を出たところで、彼女が僕の手を引っ張って言った。


虹車(にじぐるま)くん、今日はありがとね。私、虹車くんが初めての彼氏で良かった」


「僕もだよ」


 嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げ、この一言を言うのがやっとだった。

 それからはしばらく無言で手を繋いで歩いた。


 帰りの電車の中で水族館で撮った写真を見ていると、おかしなものを見つけた。

 イルカショーの時に撮った写真に写る彼女のお腹が、臨月の妊婦のように大きかったのだ。


「青車さん、この写真⋯⋯」


「ん?」


 彼女は僕のスマホの画面を見ると、すぐに顔色が悪くなった。


「もしかして⋯⋯! そんなことって⋯⋯」


 写真を見ながらブツブツと呟く彼女。


「大丈夫? 青車さん」


「うぅ⋯⋯ああああああああぁぁぁ!!」


 大声で泣き始めてしまったので、僕達は次の駅で降りた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 どうすればいいのか分からなかった僕は、大丈夫かどうか確認することしか出来なかった。どう見ても大丈夫じゃないのに。


 駅のホームでしばらく座っていると、彼女は落ち着きを取り戻し、口を開いた。


「実は私、中2の時に中絶してるんだ」


 えっ。


「その頃不良の先輩に片想いされてたんだけど、ある時体育倉庫に連れ込まれて無理やり⋯⋯」


「そんな⋯⋯」


「だから、あの写真はあの子の呪いなんだと思う。ごめんね、黙ってて。⋯⋯別れよっか」


 別れる⋯⋯?


 青車さんと別れる? そんなの、ありえない。


「嫌だよ、青車さんと別れるなんて!」


「私、汚れてるんだよ!? 呪われてるんだよ!?」


 涙ながらに訴える彼女に優しさを感じた。彼女は多分、僕を巻き込みたくないんだ。


「それでも僕は君が好きだ! 呪いなんて2人で跳ね返そうよ!」


 だいたいなんで青車さんが呪われなきゃならないんだ。悪いのはその男じゃないか!


「虹車くん⋯⋯!」


 この時、初めてキスをした。


 そしてこの夜、僕は男になった。


 それから僕達は、会う度に愛し合うようになった。


 3年生に上がると、全員が完全に受験モードになった。普段ふざけているような男子も、放課中にひと言も喋らず勉強をしている。


 そんなある日、彼女から電話がかかった。電話越しに聞いた彼女の声は息が上がっていて、ただ事ではないというのはすぐに分かった。


 すぐに来てほしいと言うので地図を送ってもらったところ、県内にある自殺名所の崖にいることが分かった。


 何があったのかは分からないが、飛び降りるつもりなのかもしれない。早く青車さんの所に行かないと!


 そう思い僕はひとりオセロを途中で切り上げ、駅に向かった。


 電車の中で僕は考えた。

 なぜ彼女は死のうとしているんだ。僕がなにかしてしまったのだろうか。それとも他になにか嫌なことがあったのだろうか。


 崖に着くと、右手に包丁を持った彼女がいた。

 僕に気づいた彼女は、包丁を自分の首に突き立てて叫んだ。


「来ないで! それ以上近づいたら死ぬから!」


「ええっ!?」


 来いって言われたから来たのに!


「いったい何があったんだよ! 説明してよ!」


 僕が問いただすと彼女は涙を浮かべながら小さな声で言った。


「⋯⋯できちゃったの」


 できちゃった? もしや⋯⋯。


「私、また妊娠しちゃったの! ごめんね、こんな受験勉強が大変な時期に! 虹車くん、迷惑だよね! だから私死ぬね! ごめんね! ごめんねぇえ!」


「落ち着いて青車さん! 僕はあの人でなしとは違うよ! 僕は君を一生愛し続けるから!」


「本当に⋯⋯?」


「本当だよ、嘘はつかない!」


「本当の本当に?」


「本当の本当だよ!」


「本当の本当の本当に?」


「ああ、もちろんだよ!」


「本当の本当の本当の本」


「しつこい!!!」


「やっぱり迷惑なんだ! 死んでやるぅ〜!」


 やばい、青車さんが死んじゃう!


「迷惑なんかじゃないよ!」


「本当に?」


「本当だよ!」


「本当の本当に!?」


「本当の本当だよ!」


「本当の本当の本当に!?」




 すぅー⋯⋯。




 ふーっ。




「本当の本当の本当だよ! ねぇ青車さん、お願いだから包丁を捨ててこっちに来て?」


「この包丁2万円くらいするんだけど」


「じゃあ持ったままでいいからこっち来て!」


「⋯⋯分かった」


 青車さんはなんとか落ち着いてくれて、こっちに来てくれた。


「ありがとう、虹車くん。私もう大丈夫。虹車くんとの子ども生む!」


 見た目ではよく分からないけれど、青車さんのこのお腹には僕の子が⋯⋯。なんだか不思議な気持ちだ。


 それから僕達はお互いに下の名前で呼び合うようになった。


修理(おさむおさむ)くんおかえりー! 手洗ってきてーっ!」


 すっかり明るくなった紀佳さん。

 ちゃんとお義母(かあ)さんにも挨拶を済ませて、最近はよく学校帰りに夕飯をご馳走になっている。


「修理くん、いつもありがとうねぇ。これからも紀佳をよろしくねぇ」


 お義母さんはとても良い人で、僕達の関係を許してくれるどころか、応援してくれている。


「あっ、動いた!」


 紀佳さんのお腹を見てみても、動いているようには見えない。本人しか分からないのだろうか。


「紀佳さんに似て可愛い子だといいなぁ」


「女の子かどうかまだ分かんないのよ?」


「男の子でも君に似たら可愛いはずだよ」


「んもう! 修理くんったら!」


 僕達のことをとやかく言う人は多いが、僕は紀佳さんやお義母さん、僕の家族がいてくれさえすれば他には何もいらないと、本気でそう思っている。だから、誰に何を言われようと構わない。僕は紀佳さんと僕達の子どもを一生愛し続け、守ると決めたんだ。


 僕は幸せ者だ。みんなに感謝してもしきれない。それくらい幸せだ。この感謝の気持ちを忘れずに、毎日生きていこうと思った。


 そして12月、僕は内定を貰った。

 決して大きな会社ではないが、紀佳さんと子どもを養っていけるだけのお金は稼げそうだった。とりあえずひと安心だ。


 この頃には紀佳さんのお腹も大きくなって、今にも生まれそうな見た目になっていた。


修理(おさむおさむ)くん、実は⋯⋯」


 暗い顔をする紀佳さん。何かあったのだろうか。

 しかし紀佳さんは、前みたいに取り乱すようなことはなかった。僕になんでも相談できると思ってくれたのだろう。


「最近、赤ちゃんの声が聞こえるんだ」


 近所には赤ちゃんなんていないし、紀佳さんのお腹の中の赤ちゃんもまだ泣けないし、どこから聞こえて来るのだろうか。


「お母さんに言っても『聞こえない』って返ってくるばかりで。多分私にしか聞こえてないんだ」


「ということは⋯⋯」


 おそらく、あの呪いの続きなのだろう。


「私、怖い⋯⋯!」


「大丈夫、僕がいるから! お義母さんもいるし、安心して! 大丈夫だよ、大丈夫!」


「修理くん⋯⋯ありがとう」


 彼女が負けそうな時、僕は全力で味方をすることにしている。一緒に立ち向かうのだ。


 こうしてまた、僕達の絆は深まった。


 ある日、彼女がウェディングドレスを見に行きたいと言い出した。結婚式なんて何年後に出来るか分からないが、せっかくなので2人で見に行くことにした。


 電車で都会の方まで出ていって、いくつか店を回った。今借りるわけでもないのに、紀佳さんは大はしゃぎで見ていた。ささやかな幸せってこういうのを言うんだな、と思った。


 帰り道、彼女は自分が気に入ったドレスの紹介をずっとしていた。数着を色んな方向からスマホで撮ったようで、それを僕に見せながら「似合う? 似合う?」と子どものように何度も聞いてきた。


 僕は全部似合うと答えた。紀佳さんは不満そうな顔をしていたが、本当なんだから仕方がない。

 といってもまぁ、そんなに怒っているわけでもなさそうだ。繋いでいる手を離そうとしないから。


 駅のホームで帰りの電車を待っていると、彼女と初めてキスをした時のことを思い出した。


 あの時は緊張もしなかったなぁ。それどころじゃなかったもんなぁ。あの呪いの写真のせいで紀佳さんがパニックになっちゃって。懐かしい。1年も経ってないけど懐かしい。


 呪いの写真⋯⋯。


 よく考えたら、あの写真がなかったら僕達はここまで来られなかったんじゃないか?

 あの写真があったからこそ僕の愛情が彼女に伝わり、こうして結ばれた。違うか?


 なぁんだ。じゃああの写真は福の神じゃないか。今お腹にいる子ももしかしたらその福の神が生まれ変わって来てくれたんじゃないか?

 そう考えると気分が良くなってきた。


 よし、このことを紀佳さんに教えてあげよう。


「ねぇ、紀佳さ⋯⋯あれ?」


 いつの間にか繋いでいた手が解かれている。


 彼女はどこだ。


 紀佳さん、どこだ。

 人が多くて分からない。これだから都会の駅は⋯⋯。


 まぁ仕方がないか、これだけ人が多ければはぐれてしまうこともあるだろう。紀佳さんもどこまで行くかは分かってるんだ、少し寂しいけど、20分かそこらの辛抱だ。


 僕はまたあの日のことを思い出しながら電車を待った。


 あの時の顔が1番可愛かったなぁ。懐かしい。1年も経ってないけど。さっきも同じようなこと言ったな僕。


 そんなことを考えていると、いきなり列の前の方が騒がしくなった。


「人が落ちたぞー!」


「停止ボタン! 非常のやつ!」


「ダメだ、間に合わない!」


 そんな会話があってすぐに電車がやってきて、ホームに鈍い音が響いた。


「うわぁ、人身事故見ちゃった」


「妊婦さんだったね⋯⋯」


「なんか引っ張られてたように見えたけど」


「動画撮った? 撮った?」


「あー予定間に合わねぇよクソが!」


 何が起きたのかわからなかった。


 でも、わかった。


 わかりたくなんかなかった。


 信じたくもなかった。























 結婚ですか? しましたよ、ちょっと前にね。

 はい、親がうるさいもんで。死んだ子のことばかり考えるなって。


 ひどい言い方ですよね。でも仕方ないんです。僕がこのままウジウジしてたところで彼女は戻ってこないし、仕事もしないと生きていけませんからね。


 子どもは欲しいか。ですか?





 もういますよ。


 紀佳さんより可愛くない嫁のお腹に、もういます。早く孫の顔見せろって親がうるさいもんで。












 正直、いらないですね。




 余談ですが、中学時代に紀佳さんを妊娠させた不良の先輩は今はもう不良をやめていて、良いパパとしてご近所で有名だそうです。

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