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転生姫の原作破棄 ~婚約破棄された悪辣姫は元婚約者と天下統一する~

作者: モコタ

「お前の婚約は解消された」


 父上の言葉に私の頭は真っ白になった。

 愛しのあの方と結ばれる日を一日千秋の思いで待っていたのだ。

 家同士の同盟の為の政略結婚の道具としての婚約であったけれど、互いに文を交わして心を通わせていた。

 情勢が変わっているとの話は聞いていたものの、難しい政治の話など理解できるわけはなく、私が嫁げば両家は仲直りしてすべてが上手くいくと思っていた。


 血の気が引いて世界が暗くなる。息が苦しい。

 私は意識を手放した。



 夢を見た。

 その夢で私はいわゆるリケジョだった。大学の研究室で必死に研究に打ち込んでいた。

 若くして准教授となりこれからだという時に階段から落ちて死んだ。

 結婚どころか彼氏が出来たこともない喪女として三十年の生涯を閉じたのだ。


 私の癒しは二次元にあった。たまの休みには好きな漫画を読みふけっていた。

 一番のお気に入りは戦国時代にタイムスリップした少女が奮闘する少女漫画の『戦国バサラガール』だ。


 主人公の女子高生は岐阜県の山の中にタイムスリップして奇妙丸と名乗る武士の少年に助けられて運命的な出会いをする。

 その奇妙丸こそ織田信長の嫡男の織田信忠なのだ。

 主人公の少女は戦国時代と現代を往復しながら織田信忠と恋をする。そして最後は本能寺で一緒に死ぬという悲劇で終わる。あの最終回には号泣してしまった。翌日は研究室で泣きながら実験していたっけ………。


 その漫画の前半に出てくる恋のライバルがいた。

 彼女は織田信忠の婚約者であり二人は相思相愛だった。主人公の少女は信忠への恋心を封印して諦めようとした。ところが二人の恋は破局してまうことになる。落ち込む信忠を主人公が慰めたことから関係が進展するというストーリーだ。

 一方で婚約が破棄され恋に破れた元婚約者は精神を病んでしまう。

 信忠と恋仲になった主人公に嫉妬して暗殺しようと刺客を何度も送り込んだりしてくる。最終的には自害して怨霊となり主人公に襲い掛かって来たのを信忠の説得により成仏していった。


 その主人公の恋のライバルで織田信忠の元婚約者が――――武田信玄の娘の松姫である。



「はぁぁぁっ!」


 私は絶叫しながら布団から跳び起きた。

 隣に控えていた女中がビクッと驚いて腰を抜かしている。

 私は武田信玄の娘の松姫。どうやら漫画の世界に転生してしまったらしい。


「ま、まさか……そんなことが!?」


 この身に起こった出来事を理解すると愕然とするしかなかった。

 前世の記憶を取り戻した今となってはこの記憶が妄想だとも言い切れない。


「漫画のヒロインならともかく悪役令嬢に転生しちゃうなんて。それも婚約破棄が決定した直後って。今頃はヒロインが信忠様を慰めているところよね――――あれっ? 漫画では松姫は甲斐を抜け出して何度か信忠様と逢瀬を重ねてたはず。松姫の記憶では手紙のやり取りだけで会った記憶ないわ。それに漫画の松姫は高校生くらいだったのに、今の体はどう見ても小学生だし」


 漫画の内容と記憶に差異がある。

 いろいろ考えたが分からない。分からないことを深く考えても仕方がない。私はポジティブさが売りなのである。

 前世でも出来るわけがないと馬鹿にされながらひたすら実験をやり続けて結果を出したのだ。論文が散々否定していた教授との共著になったがムカつくが。


 私は『戦国バサラガール』のガチ勢である。

 信忠様に本気で恋をしていた。それは二次元だろうが三次元だろうか変わらない。

 少し癪なことだが転生先の松姫も信忠様のことを本気で好きなようだ。記憶からもそれが伺える。

 漫画ではメンヘラで面倒くさくて卑怯な悪辣姫だったけれど、自分が松姫に転生してしまったということもあり彼女に同情する気持ちが芽生えた。彼女の意識は消えたのか眠ったのか私と同化したのかは分からない。だが、その恋心は私が叶えてあげよう。



 私は布団から立ち上がると部屋を出てドタドタと廊下を走り父の元へと向かった。

 松姫と信忠様の婚約が破棄されたのは大人の事情による。

 松姫の父の武田信玄と、信忠様の父の織田信長は同盟関係にあった。政略のために婚約が成立していたのだ。

 しかし、織田信長の家臣の徳川家康と父の武田信玄は領土問題で何度も揉めていた。信玄は信長に家康を諫めるように要請するが、家康は徳川と武田の境界線で挑発を繰り返している。織田と武田の両家の関係は次第に冷えて行き、織田が武田と親しい比叡山を攻めたことでついに決裂した。

 武田信玄は織田信長に絶縁を告げると徳川家康の領地に攻め込んだのだ。


 この後で武田信玄は自ら遠征軍を率いて織田の領土へ攻め込むことになる。

 漫画ではその戦の最中に信忠様が率いる隠密部隊に暗殺されてしまうのである。

 松姫は戦を止めようと甲斐を抜け出した時に、主人公の少女と会うんだっけか。そこから二人の因縁が始まるんだよなぁ。

 松姫は岐阜まで行くけれど戦は止められない。それどころか目の前で父の信玄が信忠様に殺されちゃうんだよね。松姫は信忠様への対する感情が愛憎半ばで錯乱してしまうんだよね。


 戦が始まったら止められないと思う。それならば戦が始まる前に止めればいい。


「父上! 戦は止めるのです!」


 出陣の準備をしていた父の前に出る。


女子おなごが口を出すな!」


 厳つい顔で怒鳴りつける武田信玄。本物の松姫であれば委縮して泣き出したかもしれない。

 だが、私はパワハラが横行する大学でクソジジイの教授連中を相手に成り上がったリケジョだ。

 おっさんの怒鳴り声を右から左に聞き流すことなんて日常茶飯事だ。


「諏訪明神の託宣がありました。父上は死にます」

「なんだとっ!」

「戦の最中で敵に討たれるでしょう」

「ふっ、ぐはははっ。何を言うと思ったら気が狂ったか松姫よ。戦が取りやめになったとしても織田の子せがれとの破談は回避できぬぞ。織田は比叡山を焼き払った。その報いを受けさせねばならぬ」


 おかしい。『戦国バサラガール』において主人公が津島神社のスサノオの託宣と言ったら織田信長でさえも信じたというのに。この世界では託宣は絶対じゃないのか?


「連れていけ!」


 私は家臣どもに両脇を掴まれ、引きずられながら連れていかれた。


「ちちうえぇ~」


 私の声は父に届かない。

 私は気が触れたということで寺に幽閉されることになる。

 数日後、父は出陣した。




 ◇



 父の武田信玄が死んだ。

 徳川家康を攻めて勝利し、その勢いのままに織田の領地へ進軍していた最中に病死したというのだ。

 やはり漫画と同じように信忠様に殺されたに違いない。漫画でも殺されたことは秘密にして病死扱いにしていたしね。


 私の予想通り武田信玄の死によって武田軍は崩壊して甲斐へと逃げ帰った。

 私は寺の中で大人しくしていた。軟禁された状態では出来ることはない。兄の勝頼ならば私を軟禁状態から解くであろう。


 『戦国バサラガール』で武田信玄の死後に武田家の家督を継いだの武田勝頼だ。

 武田勝頼は信玄の四男で諏訪家に養子に入っていた。家督争いからは離れていたが、諏訪明神の神通力を手に入れて戦においては武神と呼ばれている。

 武田信玄の死後に混乱する家中をまとめ上げたの勝頼だ。家臣団から武田家の再興を任されて、信玄以上の強敵として信忠様の前に立ちはだかる。信忠様の最大のライバルでもある。

 この武田勝頼は病的なシスコンで松姫の言うことならなんでも聞いてしまう。国の方針も松姫の我がままに沿って決めてしまうというありさまだ。それにより長篠の戦で信忠様と戦い大敗して死んでしまう。


 とりあえず今後の方針は寺か助け出されてから決めることにしよう。

 今頃は主人公が信忠様とイチャコラしているだろうけれど、考えないようにする。

 私の今の体は小学生だ。しばらくは信忠様を預けておいてやろうじゃないか。五年後を見とけよ。


 やがて武田勝頼が武田家の家督を継いだとの話を聞いた。

 そしてそれから半年――――軟禁は解かれなかった。


「はぁぁぁぁ、勝頼はシスコン兄貴じゃねーのかよ。原作改変も甚だしいわ! 私は信忠様推しだけど、勝頼のあの病的なシスコンが愛おしいというファンもたくさんいたじゃねーか。この背徳的でムズムズするところが『戦国バサラガール』の美味しいところなのにそこを改変してどうするんだ。何も分かってねぇ!」


 『戦国バサラガール』の世界に私が入ったことにより歴史が改変されたのだろうか。

 私の持っている原作知識が役に立たない。


「こうなったら見てろよ。開き直ったポジティブリケジョはどんな困難があっても突き進むだけだから。信忠様と結ばれるまで私は止まらない!」


 今すぐに寺を抜け出してもいいけど信忠様がロリコンだと幻滅よね。主人公から信忠様を奪う為には松姫はもうちょっと成長してからじゃないと。


 原作では武田信玄が死んでから本能寺の変まで五年だったと思う。

 主人公は何度か現代に戻っているので二歳しか年をとらないのだけれど。

 確か、信玄死去………二年後、長篠の戦いで勝頼死去………一年後、松姫自害で怨霊化、………二年後、本能寺の変だったよね。


 手をこまねいている間に信忠様が死んでしまったら意味がない。五年以内になんとかしなくては。

 寺に軟禁されている状態で五年のうちにできることって何かあるかな?

 まずは情報収集。ネットがないから情報を集めるのが大変だわ。

 情報収集といえば忍者ね。忍者の協力者を探さないと。

 それから現代知識の活用か。主人公も現代知識で織田家を発展させてたけれど、リケジョで准教授の私なら出来ることは多いはず。


「信忠様! 首を洗って待っていてね」





 ◇



「もはやここまで」


 二条御所において織田信忠は覚悟を決めた。

 本能寺が明智光秀に強襲されて父の織田信長が自害した。信忠はその報を受けて二条城に籠城する。

 その二条城を明智の兵が囲んでいる。

 明智光秀は歴戦の老将である。この謀反のことも誰にも気取らずに準備して決起していた。

 もはや信忠に逃れる道はないと思われた。


 明智の兵が火矢をかける。

 二条城に火の手があがった。


「もはやこれまで。利治、介錯を頼む」

「はっ、我も殿にお付き合いします」


 斎藤利治は刀を抜いて構えた。

 信忠は脇差を手に切腹の構えを取る。

 その時――――爆音が響いた。


「何事だ!」


 斎藤利治が叫ぶ。

 再び爆音がする。二度三度の爆音と共に二条城の壁が炎と共に吹き飛んだ。

 そして壁の向こうから見たことの無い兵が押し寄せる。


「貴様ら、明智の手勢か! 殿の首は渡さぬぞ」

「我らは信忠様をお救いに来たのです」


 兵の頭らしき男がそう言った。

 その顔には見覚えがある。


「貴様、真田昌幸ではないか!」


 武田を滅ぼした後に織田に臣従した信濃の国衆である。

 それがなぜ京にいるのか。


「姫様のご意向ですじゃ」


 昌幸はニタリと笑う。

 その時、炎の奥から大声と共に人影が現れる。


「昌幸ぃー。信忠様いたー?」


 女性の声だ。

 斎藤利治も織田信忠も目を丸くする。

 その影は信忠のいた部屋に入ってきて全身の姿を現す。

 二十歳ほどのすらりとした美女で南蛮風の奇妙な着物を着ていた。


「やばっ、信忠様いるじゃん。昌幸言ってよね。いやー、感激、まさかあれから九年かかるなんて思わなかったもの。忍者を組織して真田家を調略して武田から逃げ出して本能寺の変が起きるの待ってたのよね。そしたら信忠様は本能寺にはいないようだし探したわよ。どうやら主人公もいないようだし、この世界って原作から変わりすぎー。でも、信忠様は理想通りやっぱりカッコいいわ~」


 呆然とする信忠に対して奇妙な女性はまくしたてる。

 彼女は切腹するために座っていた信忠に手を伸ばした。


「私は武田信玄の四女にして武田勝頼の妹の松姫。あなた様の元許嫁です。この度はお助けに参りました。さあ、この手を取り私と結婚いたしましょう」


 衝撃的なプロポーズに混乱していた信忠は思わず手をとった。


「この爆発はなんだ………」


 まだ状況を理解できていない信忠はつぶやく。


「えーっと、ダイナマイト? この世界で何に一番苦労したかっていうとニトログリセリン作ることだったのよね。本当に大変だったわ。ノーベル賞とかもらえないかしら」


 そう言いながら松姫は手に持った筒を振りかぶって部屋の外に投げた。

 筒は数十メートル先で大爆発を起こす。


「姫様、大那舞斗(ダイナマイト)により明智軍は壊滅しました」


 真田昌幸が報告する。


「分かったわ。信忠様、ひとまず外の敵は殲滅しました。行きましょう」

「ど、どこへ………」

「謀反人明智光秀を倒しに、そして私と信忠様の天下へ」




 ◇



 織田信長を本能寺で殺した謀反人の明智光秀を信忠様は討った。

 織田家は名実ともに信忠様が支配することになった。

 織田信長が死んだことで織田家家中は荒れて、天下は乱れたが信忠様は見事に天下を統一した。


 そして私と信忠様は結ばれた。


 『戦国バサラガール』の世界では本能寺の変で死ぬはずだった信忠様は天下人となり征夷大将軍として近江幕府を開いた。

 漫画の世界の悪辣姫に転生した私は原作主人公もいないシナリオも大幅変更された世界で原作知識と現代知識を使い推しと結婚するというハッピーエンドを迎えた。


 私と信忠様は仲の良いオシドリ夫婦として末永く幸せに暮らしましたとさ。

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