十五月は“旗を掲げる”
この月の主役となる神はウィチィロポチトリ。太陽を司る神話の主人格の存在だ。九月にも祝っていたが、あのときは収穫が忙しくてそこまで盛大にできなかったので、こちらで盛大なる祭典を開くのだ。
モンちゃん、ド派手にやっちゃうぞ。なにしろ、この月はウィチィロポチトリの生誕祭であるからな。派手にやらねば不信心というものだ。
もちろん、盛大に血が噴き出すぞ♪
神話において、ウィチィロポチトリは母神であるコワトリクエ共々、他の兄弟に殺されかける場面が存在する。天より舞い降りた聖なる羽がコワトリクエの中に取り込まれ、その力によって生まれたのがウィチィロポチトリだ。勝手に孕んだことを不品行であると咎められ、母子は兄弟に殺されかけるが、それを返り討ちにしたのだ。
まあ、これは我が国の建国神話なのだがな。苦難の旅を続けていたご先祖様が大きな鷲にウィチィロポチトリの姿を見出し、そこに定住を始めた。それが繁栄の都テノチテトランの始まりである。多くの兄弟を倒したという下りは、周辺諸部族を平らげたことを意味しておる。
全ての始まりはウィチィロポチトリの導き。ゆえに、ウィチィロポチトリは我が民族の守り神であり、その力の源たる太陽を崇めるのだ。
そんなわけで、兄弟神四百人を返り討ちにして殺した神話にちなんで、ウィチィロポチトリの祭典はかなり血生臭い。
まずはいつも通り化身を選ぶのだが、この祭典においてはウィチィロポチトリそのものではなく、その分神体であるパイナル神の化身という扱いになる点は注意しなければならんぞ。
このパイナルの化身が中心となって祭事が執り行われる。
まず球戯場にてゴムの球を用いた球技の試合が執り行われる。我が国の戦士と敵国の捕虜という組み合わせだが、必ず捕虜側が負けるように仕組まれておる。
敗れた捕虜は首を刎ねられ、その首は球戯場に飾られる。また、遺体は球戯場内を引きずり回され、城内を真っ赤な地で染め上げるのを忘れてはならないぞ。
そして、その血で血化粧を施したパイナルの化身は繁栄の都テノチテトランを出立し、テスココ湖を一周する長距離走の旅に出発する。街道で見守る人々の声援を浴びながら化身は湖畔の都市を順々に回り、都市に着くたびに周って来たことの証として捕虜の首を刎ね、神を讃える祈禱を行う。そして、その流れ出た血を浴びて次の都市に向かって走る。
走って、殺して、捧げて、祈って、また走る。化身はこれを湖を一周するまで続けるのだ。
そして、化身が出立した血染めの球戯場においても別の祭事が行われる。
今度は貴族組と平民組の二組に分かれる。互いに武器を手にして、それを投げ合うのだ。貴族側は槍を投げ、平民側は矢を投げる。
ん? それじゃあ、死人が出るんじゃないかだと?
うむ、その通り! だが、これもまた神話をなぞった祭事であり、非常に重要なのだ。
貴族側がちょっぴり死んで、平民側がたくさん死ぬ。貴族がどんどん死なれても困るからな。
なお、この投げ合いは化身が湖を一周して戻ってくるまで続けられる。
そして、生き残った者は神に祈りを捧げ、最も血飛沫が舞う祭事もこれにて終了となる。
毎年、おびただしい数の死者を出すこの祭事であるが、ウィチィロポチトリの偉大なる足跡を忘れぬよう、敬意を込めて毎年行われるぞ。
それでも人々が参加するのは、名誉のためでだ。祭事における死は誉れであり、生贄となる者もまた敬意を以て接することが礼儀とされるからだ。
御客人よ、生贄は血生臭くて合理的でない。止めるべきだと言うが、それは人々から名誉を取り上げる行為なのだということを認識してほしいものだ。




