十二月は“神々を祀る”
神をいつも祀ってるじゃん、というツッコミはなしだぞ。まあ、はっきりと言えば、この月は特定の神ではなく、ありとあらゆる神を祀るからだ。モンちゃんもついつい気合が入っちゃう!
繁栄の都テノチテトランに全ての神が集結するからこそだな。
そんなわけで、都は大忙しだ。収穫を終えたトウモロコシを次々と各神殿へと運び込み、奉納する。まさに都が神をお迎えする雰囲気で満たされ、その準備に人々は余念がない。
そして、神官長がトウモロコシを挽いた粉の塊を見つめ、それにより神々の到来を読み取る。皆はそれを見守り、合図を待つのだ。
やがて時が来ると、神気を感じ取った神官長の号令が響き渡り、それに合わせて法螺貝が吹き鳴らされ、到来した神々を歓待する。
この際、アマランサスを用意するのを忘れてはならんぞ。アマランサスはトウモロコシ、豆と並んで、我が国の主食に数えられており、これもまた重要な作物だ。
アマランサスの種に蜂蜜を加え、固めた物を神に供える。これが第一の供物だ。
第二の供物は、もちろん生贄だ。この月の終盤になると、奴隷や捕虜を連れてきて、炎の前で躍らせる。この際、様々な動物の格好をさせておくのを忘れるでないぞ。
なお、この儀式においては、首を刎ねたり、心臓を抉り出したりはしないから安心してほしい。神への奉納演舞が終わったら、仮装した者共を炎の中に放り込んで祭りは終わりだ。
こちらの熱意と信心に燃え上がる歓待に、神々もさぞお喜びのことだろう。
ん? なんでそんなに奴隷やら捕虜やらを次々と生け贄に捧げれるのかだと?
それは当然、供給元があるからだ。
先程も述べたが、周辺に小国をわざと生かしてやっている。その気になれば一息に潰せるほどの小さな国だ。定期的に戦をすれば、捕虜や奴隷が手に入る。
もちろん、他にも接している大きな国はあるが、これとて問題ではない。なにしろ、我が国の戦士が最強であるから、戦になってもいつも蹴散らすのはこちら側だ。
神の加護を受けた戦士は強力であり、足がもげようが、腕が千切れようがお構いなしに突っ込んでいくぞ。神に捧げる讃美歌を歌いながらな。
何があろうと、笑顔で突撃する我が国の兵士は、おかげで化け物扱いされていまう。ジャガーや鷲の格好をしておるせいかも知れんがな。
え、違う? こんなバカげた儀式を臆面もなくしているからだと?
何を言うか。これは国を治める上で必要なことなのだぞ。人々がそれを求めておるから、王と言えども止めることはできん。
昔の話だが、生贄の儀式を止めようとした王がいたのだが、その者は結局は追放された。太陽が力を失うことを恐れた民衆の手によってな。
そう、人心の安定には生贄の儀式は不可欠であり、儀式は極めて“合理的”なのだよ。
もちろん、何度も生贄を捧げては人口は増えぬし、国は大きくならないから、儀式には奴隷や捕虜を用いておる。私はそうした“人道的配慮”もできる王様なのだぞ。
恐れ入ったか!




