九月は“花を捧げる”
さあ、待ちに待った九月だ。モンちゃんもこの時を待っていた。なにしろ、トウモロコシの収穫が始まるからな。
そんな恵みある九月の主役となる神はウィチィロポチトリだ。太陽を司る神で、我が国の神話においては主人格と見られている。
その神殿をスイレンやダリアなどの色とりどりの花で装飾する。なにしろ、ウィチィロポチトリはハチドリの姿をしているから、花をたくさん用意しておかねばならないからだ。
飾り立てた神殿を囲み、皆で鶏肉や犬肉を食べて英気を養う。そして、蛇の動きに似た独特な踊りを披露し、神への敬意を表すのだ。
なお、この時期は忙しいので、これ以上の複雑な儀式はできないのだ。先程も言ったが、トウモロコシの収穫が始まり、手隙の者がどこにもいないので、祭事どころではないからだ。
また、この頃は大規模な外征は行ってはならないことになっている。そもそも、収穫で忙しくて人手が足りてないのであるから、当然と言えば当然だ。
そこで、代わりに“花戦争”と呼ばれる小規模な戦闘が計画されるのだ。
戦は神聖な儀式であり、神への捧げ物を用意する意味もあるので、おいそれと止めるわけにはいかない。そこで考えられたのがこの花戦争だ。
敵対国同士が少人数の代表戦士団を送り出し、それを戦わせるのだ。この際、飛び道具は禁止で、近接戦のみで戦わねばならない。接近戦の方が技量を相手に見せつけれるし、なにより飛び道具よりも相手を殺さずに済むから、生け捕りにして捕虜とする機会が増えるというわけだ。
武運が悪く死んでしまったとしても、それは幸福なのだ。なにしろ、花戦争での死者は“花死”と讃えられ、その魂は例外なくウィチィロポチトリの下へと辿り着くからだ。戦士の栄誉を天国への道標とできるのであるから、これ以上の幸福はあるまいて。
ああ、ちなみに、我が国の周りに小国がいくつもあるのを知っておるか? あれはわざと喰らわずに置いておるのだ。本気を出せば、すぐに飲み込める小さき連中よ。
なぜそうせぬのかと言うと、戦争というものは相手がいて初めて成立するのであるからだ。弱い相手であろうとも殺さずに置いておけば、奴隷の供給元になるし、花戦争での対戦相手にもなる。
生かさず殺さず、小国はそのように扱うのが我が国の流儀だ。
実に合理的であろう?




