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【4】朝日が眩しいから

「だからAを殺したのね」

B子はそう言って度数の高い酒を飲んだ。電話越しに聞こえるガラスと氷がぶつかる音。それは彼女の色気を上手に伝えようと奮闘している売れない作家のようで、なんだか微笑ましい気持ちになった。


僕がB子に電話をかけたのは、Aが死んで一年が経った日のことだった。その日はAと親しかった男友達数人で集まることになっており、騒がしかったAを偲ぶ会ということもあって夜遅くまでの乱痴気騒ぎだった。

彼らと別れた後に冷えた闇夜を一人で歩くのはなんだか凄く悲しい気がしたから、僕は公園のベンチに腰掛けてB子に電話をかけた。

「どうだった?一周忌の集まりは」

僕はB子の、この何とも言えない包容力のある声が好きだ。夜風に当たってひんやりとした体が、再び暖かい空気に包まれるような気がした。

僕はB子と付き合っている。

Aが死んでから付き合い始めた。

B子にぞっこんだった僕が、Aが死んで悲しみに暮れるB子を慰め続けたのがきっかけだった。

「B子」

「なに?」

「好きだよ」

僕がそう言うのと夜風が吹いた。頬を撫でる感触が心地よかった。

「...」

「私もよ」

彼女の息遣いが聞こえた気がした。

「世界で一番幸福だわ」

B子がそう言った。

僕の「好き」にB子は「好き」を返したのだから、B子の「幸福」に僕も「幸福」で答えるべきだった。付き合うというのはそういうことだ。

だけど、それは出来なかった。

「そうか」

僕はあいまいに返事をすると、下を向いた。酔ってるせいで規則正しく世界が往復している。

「なあB子」

しっかりと自分が酔っていることを自覚したから、僕はこのとき気後れしながらもちゃんと言えたんだと思う。

「比較は人間の最大の罪だよな」

僕はこのあとに続くちっぽけな話の前振りとして、大きな持論を掲げようと思った。

B子が『世界で一番』と言ったから、ぼんやりとした頭で『比較』を連想したのかもしれない。

「僕たち一人一人が色々なことを比べるから争いが起こるんだ」

「へー」

B子がよく分からないながらも相槌をうつ。電話越しにボトルを開ける音が聞こえた。

「ずいぶんと飲んだのね」

「そうだな」

グラスに液体を注ぐトクトクという音が聞こえる。

「僕とAはずっと競っていたんだ」

「何を」

「どちらの方がお前に相応しい男かを」

グラスに注がれる音が止まった。

「別に、知ってたわよ」

B子は悪い気はしない、といった風にそう言った。

「でも君はその苛烈さを知らない」

「何よそれ」

「君に分かりやすく伝えるとしたら、きっと長くてつまらない三文小説になるだろうな」

「どういうこと」

「それだけ、僕らは君にぞっこんだったってことさ」

B子は少し黙った。こういう場合、僕が話題を振らない限りはB子から言葉を発することはない。

「きっと売れないんだろうな、主人公が恋敵を殺す小説なんて」

「え?」

「相手に敵わないと知って殺すんだ、本当につまらない話さ」

B子は僕の声色から何かを感じたのかもしれない。一口だけ酒を飲んだ後、

「ねえC」

物わかりの悪い子どもを諭すかのように話しかけた。

「殺したってどういうこと?」

僕はぼんやりとした頭で答えた。ちゃんと文脈に添えた自信はない。

「殺すかどうかはためらったさ。ほらよくあるだろ?殺した相手が夢に出てくるとかなんとか」

「ええそうね」

「でもよくよく考えたらおかしな話だ。死人に口なし、あいつが僕を恨む権利なんてないんだよ」

「そうかしら」

「そうだとも。運命の人?出会った瞬間に分かるだって?そんなの勘違いだ。英単語とおんなじさ。今まで見たことないスペルだってきちんと発音できるじゃないか。別に英単語一つ読めたからって自分はネイティブだ!とは思わないだろう?」

B子は僕が熱く語っている間もちょびちょびと酒を飲んでいた。

そんな飲み方じゃきっと酔えないだろう。ああそうか、僕を反面教師にしているのか。

「それで?」

「それで僕は天秤にかけたのさ」

「何を?」

「友を失うか、運命の人を得るか」

僕はそう言ってB子の返事を待った。少し不安だった。

「だからAを殺したのね」

B子はそう言って度数の高い酒を一気に飲んだ。そんなに飲んだら酔ってしまうよ。

そう思ったら、僕はなんだか急に不安な気持ちになった。

「B子」

「なに」

「どうだった?僕の作り話は」

「得るものは無かったわ」

「失うものが無かったならよかったよ」

そうしてしばらく適当なことを話した後、僕は電話を切った。

結局のところAは事故死として処理されたことは事実だ。そして僕とB子が付き合っていることもまた事実だ。いや違った、これは僕とB子の間で作られた主観的な関係であって、付き合っていることを示す確たる証拠はない。

僕は重い腰を持ち上げた。街が闇夜に浸かっているうちにB子の下へ帰ろう。そして酔っぱらっているB子に『Cと相思相愛です』って書かせるんだ。

暗くて足元がよく見えないが、夜が明けてから帰るよりは幾分かマシだろう。だって夜が明けてしまったら朝日が眩しいから。


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