【1】ばくだんま
「シーフードでいいよね」
「うん」
色々と諦めた山内君は、疲れた顔をして答える。
私は起爆スイッチを押さないように注意しながら、カゴにシーフードヌードルを入れた。
レジに行き、店員さんに渡す。
今、私は山内君を脅迫して買い物に付き合ってもらっている。
理由は単純、好きだから。
方法は単純、私の発明した爆弾で脅して。
「ねえ山内君」
「なに、滝川さん」
「全人類が滅びるのと、一緒に買い物に行くの、どっちがいい?」
「すごく参考になる誘い方だね」
サークルの飲み会の帰り道、私は山内君をコンビニに誘った。
酔っていた山内君はすんなりと了承してくれた。
サークルの仲間だから何となくお互いを知っている程度、私は彼が好きだけど。
勇気を振り絞って誘ってよかった。有頂天だ。
コンビニを出ると、空気がひんやりとしていて気持ちよかった。
「少し降りよ」
私と山内君は土手を下る。河川敷に二人で腰掛ける。夜だから周りには誰もいない。
「どうやって全人類を滅ぼすの?」
「家に凄い爆弾が有って、私がこのボタンを押したら爆発するの」
「へ~、滝川さんって頭良いんだね」
「理系だからね」
「便利な言葉だね」
なんで全人類を滅ぼすのか聞かれたから、山内君だけを殺したら殺人罪になるからと答えた。笑われた。
「滝川さんは優しいんだね」
そう言って山内君は苦笑いした。優しいとはどういうことだろう。
最近山内君は彼女と別れた。飲み会で落ち込んでいた。
私が慰めで一緒に買い物に誘ったと思ったのだろうか。なんでも好意的に解釈するのは良いことだ。
そして私たちは他愛のない話を一時間くらいした。
思いもよらないところで共通点があって盛り上がったり、哲学的な内容になってしんみりとしたり、低俗な話で笑い転げたりした。総じて楽しかった。
一体感を覚えることの心地よさと、本音を言えないじれったさと、終わりを迎えることの不安、それらの複雑な配分を恋と呼ぶのだろうか。
「ねえ見てて」
私は土手を一気に駆け上がる。危ないよと後ろから声が聞こえた。
コンクリートの地面にたどり着いた。起爆スイッチを掲げる。
「私は?」
少し意地悪な聞き方をした。何のことかは分かるけど、確証は持てない含み方。
断られてもダメージは少ない。
「そうだね」
山内君は少し言いよどむ。
あ、これはきっと。
「ごめん、まだ忘れられないんだ」
絞り出すように、申し訳なさそうに言った。
何をとかは言わない。それはきっと、逃げ道を作ることで私が傷つかないため。
でもその気遣いが逆に辛かった。起爆スイッチを握る手に力が入る。
その時だった。
「ねえ見てて」
そう言って山内君は買い物袋から何かを取り出した。私が買ってあげたシーフードヌードルだ。
それを川に置いた。
「何してるの?」
「海に還りたいかなと思って」
ウミニカエリタイカナトオモッテ?
山内君から出てくる言葉だと思えなくて困惑した。
水量が少ない川だから、新品未開封のカップ麺が川に流されることは無い。
というかそれ以前の問題だ。
「どうしたの?」
「俺も分からない、でもこうすることが一番だと思ったんだ」
「何それ」
何か馬鹿らしくなった。起爆スイッチを握った手を下ろす。
「俺は滝川さんをよく知らないし、滝川さんもそうだと思う」
「うん、そうだね」
「『知らない』が『知りたい』になるまで待ってくれないかな」
そうか、そうだね。だから好きになったんだ。
「分かった」
そうして二人とも黙った。だけど、気まずい沈黙ではなかった。
明日になったらシーフードはどうなっているんだろう。
誰かが拾ってしまうんだろうか、急に雨が降って海まで流されてしまうんだろうか。
それとも明日もここにあるんだろうか。
知りたいな。
感想を書いていただけると嬉しいです。