死んだ筈の母が異世界から電話を掛けてくる
主人公は転生者ではありません。
よろしくお願いします。
「うっ……うう……母さん……急に居なくなるなんて酷いよ……ううっ……」
遺影の中の母が明るく笑っている。私はそれを見て止まらない涙を流していた。
「礼子――!! 俺を置いて逝くなーー!! 共に白髪の生えるまでって言っていたじゃないかーー!!」
その横で父が号泣している。
三日前、大学生の私と中堅サラリーマンの父を残しこの世を去った母、礼子。明るく朗らかで皆に慕われていた母だった。困った人が居れば親身になって相談に乗り、頼まれ事があれば嫌な顔ひとつせず引き受けてしまう面倒見のいい母だった。
そんな母だったからこそ風船を追いかけ道路に飛び出した子供を見て咄嗟に車の前に飛び出してしまったのだ。母に突き飛ばされた子供は膝小僧を擦りむいただけの怪我で済んだ。
幼い命が失われずに済んで母も本望だろう。
「安らかに……眠ってね、母さん……」
「嫌だーー!! 礼子――!! 生き返ってきてくれーー!!」
安らかに……眠らせてあげてよ、父さん!
母が亡くなってから半年が過ぎた。遺影を見る度、号泣していた父もさめざめと泣く程度になった頃、私のスマホに着信があった。
《あっ、慶子? わたし、わたし、母さんよ》
「間違い電話です。番号をお確かめください」
明らかに間違い電話と分かる内容に、すかさず電話を切った。まあ、私の名前は慶子だけれども……耳に届いた声も母に似ていたけれども……電話が掛かって来るわけがない。
するとまた鳴り出すスマホ。「番号確かめろって言ってるじゃない!」とキレながら液晶画面をみた。
[母(異世界)]と表示された文字が目に入った。
《どうして切るのよ! 久し振りなのに、母さん悲しい》
おそるおそるタップしたスマホから聞こえる懐かしい母の声。
「母さん……なの?」
《だからそう言ってるじゃない。元気にしてた? 父さん後追いしてない?》
生前と変わらない声に胸が熱くなり異常な状況にもかかわらず声を詰まらせ泣いてしまった。
「げ、元気だよ……うぐっ……父さん……二回ほど後追いしそうになってた……うっうっ……」
《ごめんね。突然居なくなって》
「母さぁぁぁん!」
《そんな事よりちょっと聞きたい事があって電話したんだけど》
「えっ?」
《クリスティーナ・モンテドって悪役令嬢?》
「へっ?」
私の感傷は母の言葉でバッサリ切り捨てられた。
詳しく話を聞くと、誰かを助けて車に撥ねられ命を落とした魂は漏れなく異世界転生をするそうだ。転生する世界は死亡直前にプレイしていたゲームだったり読んでいた漫画や小説だったりするらしい。
別名、ご褒美転生とも言うらしい。
《私もオープニングムービーだけ見たゲームの世界に転生ってなったんだけど全く内容を把握していなかったから熟知してる慶子に訊こうと思って電話したわけ》
「ちょっと待って。何で異世界と私のスマホが繋がってるの?」
今更感は否めないが一応訊いておく。
《ああ、生前徳を積んだ人は転生特典が貰えるのよ。ヒロインに転生とか、チート能力とか》
「ま、まさかヒロインに転生したの?」
《そんなの欲しくないわよ》
「だよね? 知ってた」
《だから悪役令嬢でも良いから生前の世界と通信出来ないか頼んだの、そうしたら神様が良いよ~って付けてくれた》
神、かっる! 何かもう色んな物の根底を覆す軽さだわ!
《聞こえる声も生前の声って言うオプション付き》
痒い所に手が届く対応!
「それで今、どんな状況?」
《昨日、頭を打って異世界転生に気付いたんだけど…》
「ええええ!!! 特典まで付けておいて前世の記憶消されてたの!?」
《予定調和じゃない? 赤ちゃんだと喋れないでしょう?》
成る程……この母ならオギャーと同時に電話して来るよね。
「まあいいわ。取り敢えず続きを教えて」
《で、いったい誰に転生したんだろうって記憶を辿っていたら自分がモンテド侯爵家の子供に生まれていた事に気付いたの》
「あーあ。ゲームの悪役令嬢の実家だよ」
《やっぱりか~こんなに可愛いのに悪役なんだ》
「婚約破棄されて追放、場合によっては処刑されるからね」
《そうだと思って電話したのよ~どうすれば良いか早く教えて》
母が転生したであろう世界は『咲きほこるミモザの下で』と言う乙女ゲームの世界。中世ヨーロッパと現代をごちゃ混ぜにした舞台で、平民のヒロインが五人の攻略対象と学園で出会い恋をする全年齢対象のゲーム。
どうやら母は攻略対象のひとり、ミモザ王国の第一王子の婚約者で後に悪役令嬢となるクリスティーナ・モンテドに転生したみたいだ。
「先ずは絶対条件として第一王子の婚約者にならない事ね。後は兄妹仲良く、使用人を虐げない、下級貴族や平民を馬鹿にしない」
《この天使が、そんな悪行を……?》
「優秀過ぎる双子の兄に対しての劣等感から捻くれちゃうのよね。皆、兄しか愛していないんだと思い込むのよ」
《成る程……分かったわ》
「ちなみに兄は攻略対象だから」
《えっ? そうなの?》
「母さん好みの冷徹眼鏡キャラになる筈よ」
《ほほう? まだ五歳だから視力は良いみたい》
五歳なの!? 母が亡くなってまだ半年しか経ってないから此処とは時間の流れが違うのね。
《私なりに頑張ってみる。じゃあ父さんによろしく~また電話するね~》
プツッと言う音と共に画面は真っ黒になった。にわかには信じられない出来事に白昼夢かと疑った。だけど耳に残る母の声が私の心を満たして久し振りに幸せを感じたのだ。
「死んじゃっても母さんは母さんだった」
「ん? 母さんがどうしたんだ?」
「ああ、さっき母さんから電話が掛かってきて…」
いつの間にか帰宅していた父に声を掛けられ何も考えずにありのまま話してしまい驚愕の表情を顏に貼り付けた父を見て慌てて言葉を飲み込んでも既に遅かった。
「き、き、救急車――!! 慶子の方が重傷だったーー!!!」
自分の事は棚に上げて心を病んだと思われたらしい。慌てふためく父を落ち着かせ、さっき起こった不思議な出来事を聞かせたら「なんで俺には掛かって来ないんだーー!」と号泣しながらスマホに叫び続ける哀れな父を宥めるのに疲れ果ててしまった事は言うまでも無い。
《クリスティーナ、マジ天使》
自分で言うか?
あの日から(何故か父が居ない時を見計らって)チョクチョク電話を掛けてくる母は悪役令嬢にはならず皆に可愛がられるクリスティーナとして成長しているようだ。第一王子との婚約も無事回避し兄妹仲良く暮らしているらしい。
こっちの世界のひと月がゲームの世界の約一年にあたり、クリスティーナも既に十五歳。明日からゲームの舞台となるミモザ学園に入学するらしい。
「母さん、婚約者とかいるの?」
《まさか! クリスティーナが無事学園を卒業するまでは婚約だの結婚だの二の次よ》
「そっか。くれぐれも攻略対象とヒロインには気を付けてね」
《任せなさい! 天使は私が守るわ!》
自分で自分を守ってどうする? 私としては素敵な王子様に守って貰いたいけどね。なんて思っているとドタッと何かが落ちる音がした。
「礼子……」
そこには鞄を床に落とした父が目を見開いて立っていた。
「ゲッ! 父さん…」
《えっ? お父さん?》
「礼子――!! やっと声が聞けたよ!! なんで俺のスマホには電話してくれないんだーー!! 酷いよーー!! 切ないよーー!!」
「落ち着いてよ、父さん」
《こうなると思っていたから避けてたのに》
「やっぱり避けてたーー!! 冷たい!! 俺にだけ冷たい!! 生まれ変わっても一緒になろうねって約束してたのにーー!! ひとりで生まれ変わっているしーー!! 酷いよーー!!」
《切って良い?》
「これを私ひとりでどうしろと?」
その後、私のスマホを略奪し「来世では必ず一緒になろうね」と懇願する父の声が夜中まで聞こえていた。ちなみに電話を掛けている間は向こうの時間が止まっているらしい……とんだご都合主義だ。
《クリスティーナは断罪されず無事学園を卒業しました》
そして三か月後、ゲームが終了した。
「おめでとう! お疲れ様! で、結局ヒロインは誰と結ばれたの?」
《実は……クリスティーナの双子の兄、クリスティンが落としました》
「えええ!! そうなの!じゃあ、じゃあ、クリスティーナは?」
《残念な事に私の天使は第一王子に攫われて行きました》
「えええ!!! あれだけ避けていたのにね~」
父には口が裂けても言えない案件だ。
《まあ、王子も悪い奴じゃ無いからさ、断腸の思いで許してやった》
「そうか……複雑だけど幸せになってね、母さん」
いくらゲームの世界とは言え結婚すれば子供も生まれるだろう。もう母は私だけの母ではなくなってしまうのだ。
涙が一滴零れた。
《ああ、侯爵家の跡取りとしてヒロインのマリアの夫として皆を幸せにすると誓うよ》
「うん! 頑張って……ん? ……跡取り? 夫!?」
待って、待って! 母さんいったい誰なの!?
《結婚と同時に侯爵位を引き継ぐんだ。私の天使のクリスティーナが居なくなるのは淋しいけどマリアもマジ天使だから我慢するよ》
「母さんてクリスティンだったんだ」
《そうだよ、最初に言っただろう?》
ああ……口調が男だ。
《それから……ちょっと言い難い事なんだけど……今日で転生特典の有効期限が切れるんだ》
「えっ?」
《もう……電話する事が出来なくなる》
「そっか」
《ごめん……慶子……》
きっと母も辛いのだろう、声が震えていた。
「私は大丈夫! 父さんは暫く抜け殻状態になるだろうけど真実を伝えるよりは精神衛生上まだマシだと思う」
《そう……かも》
「こっちの世界で母さんの幸せを願っているわ」
《あ……りが……とう……》
嗚咽を漏らす母につられて私の涙腺も決壊した。
「父さんの事は……心配しないで」
ある日、何の前触れも無しに帰らぬ人となってしまった母。もっと親孝行がしたかったのにと後悔する日々を送っていた。
どうしても伝えたい言葉があったから……。
「私を産んでくれてありがとう。母さんの子供で良かった」
予告通りに母から電話が来る事は無くなった。父は案の定抜け殻状態となり遺影の前でグズグズ泣いている。まあ、暫くすると立ち直るだろう。
――母さん、異世界では長生きしてね。
「嘘でしょう?」
異世界通信が途切れて二年が過ぎていた。私は大学を卒業しゲーム制作を手掛ける会社に就職した。父も立ち直り来世で母と結ばれる特典を付けて貰う、と一日一善を心掛けているようだ。
やっと母の居ない日常に慣れて来たと言うのに。
《馬車に轢かれそうな子供が居たんだよね。次の瞬間馬車の前に飛び出していた》
「またなの?」
《そう! 漏れなくご褒美転生させられた。ただ二回連続だから転生先はランダムに選ばれたんだよね》
あの日の私の言葉と涙を返して!
《イザベラ・マーダイルって悪役令嬢?》
読んで頂きありがとうございます。
評価よろしくお願いします。
8/26日間ランキングコメディー部門で1位になりました。評価をくださった皆さんありがとうございました。夢がひとつ叶いました。