08.違う、そういう意味じゃない
取り乱していたわたしが落ち着くのを待ってから、彼が言った。
「意味がわからないなら、説明をしよう。ぼくは君たちとは違う」
「そうですね、あなたはずいぶん変わってますね」
わたしは吐き捨てるように言った。
この少し頭のおかしな人は、その程度の取り扱いで十分に思えたのだ。
「違う。そういう意味じゃない」彼はそう言って、考え込むように視線を落とした。「ぼくは、そう、君たちがいう、いわゆる宇宙人だ」
わたしは何度も瞬きをしてその目を見た。
やがて彼の顔があがった。うん、と一度だけうなずいて、わたしの反応を眺めていた。
笑いもしなかったし、冗談だ、というフォローもなかった。
「あの、車、降りてもらえませんか」
わたしがそう言うと、彼は首を横に振った。
「いいや、そうしたくはない。ただ、ぼくを理解してほしい。そうすれば、わかるはずだ」
「わかりません。降りてください。ほんとに、怖いです」
「怖い? なぜ。何が怖い。わからない」
そういうあなたが、とはわたしは言えなかった。
つい先ほどまで彼に感じていた魅力が消え去り、はじめに出会ったときのような、得体の知れなさを感じはじめていた。
おかしな状況はさることながら、自分が宇宙人だという、初対面の人と一緒にいるのは、たとえこの状況じゃなくても怖い。
「わからない。だが、ぼくも君たちを理解しよう。おそらく、君たちの常識だと、理解ができないんだろう。地球人類はまだ、他の知的生命体の存在を知らないから。だけど、それはいるんだ。ぼくがそれだ。怖がることはない」
真顔で言いつのる彼のその発言は、逆効果だった。
完全にやばい人だ、とわたしは思った。
落ち着いて、冷静に、彼を車外に出して、車のドアをロックすべきだ。
「だけど、そう言っているだけでは信じられないだろう。証拠を見せよう」
そういうと、彼は車のドアを開け、外へと出て行った。
望むべきことが起こったそのとき、わたしの判断は一瞬、遅れた。
それからすぐに、運転席のドアについているボタンを押して車のドアをすべてロックした。
そうして彼の反応をうかがった。結構な音が鳴り、車外にも聞こえたはずなのに、彼がそれを気にした様子はなかった。
車外に出た彼は、車のボンネットへ向かって歩き出していた。
チャンスだ、ととっさに思い、わたしは車のギアをドライブに入れた。
彼のいない方にハンドルを切りながら、ゆっくりと、アクセルを踏み込んだ。
そのままわたしは逃げ去るつもりだった。
もう、たとえこの後で警察に訴えられても構わなかった。車という証拠は残っているが、警察だって、彼の言葉は信じられないだろう。
何より、彼はぴんぴんしており、元気そうだ。
それよりもわたしは自分の身の危険を感じていた。
しかし車は、数メートル進んだところで急に止まった。かなり不自然な止まり方だった。
スピードメーターの針は急激に下がっていったのに、わたしにはその反動も感じられなかった。
シートベルトが身体にくいこんだりすることもなかった。
おかしいと感じ、アクセルを踏み込む。
エンジンの音はする。音は大きくなるが、動力にはつながらない。
彼が車に手をかざすような体勢で、こちらへ近づいてくるのがサイドミラー越しに見えた。
底知れない恐怖を覚えた。
彼はそのままこちらへ歩いてきて、ボンネットの前で止まった。
彼の視線がとらえているのは、わたしが彼に車をぶつけ、へこんだはずの場所だった。
その場所の上をなでるように、彼が手を左右に動かす。
何度か往復させたあと、手をおろし、一度軽くうなずいた。
それから、わたしの運転席へと近づいてきた。
わたしはほとんどアクセルを全開にした。
がなり立てるようなエンジン音がなり、そうして、なぜかその音が消えた。
彼が車外で口を開いた。
その声は、窓ガラスを通しているのに、なぜかやけに、クリアに聞こえた。
「車を止めて、外へ出てきてくれないか」