72.この命が尽きるまで
わたしたちはアメリカのどこかにいたらしい。
カナタの言葉に従って、彼が伸ばした手を握ると、わたしが一歩も足を動かしていないのに、平地の端に広がっていた森が、どんとんとこちらへ近づきはじめた。
ぶつかる! と思ったそのとき、わたしたちは木々をすり抜けた。
まるで3D映画の映像を見ているような気分で、森を抜け、はるか彼方に広がる山脈の内部の暗闇を抜け、太平洋を高速で渡り、新幹線よりもずっと早いスピードで左右を飛び去る景色を目で捕らえきることも出来ず、二十分も経たないうちに、わたしたちは、わたしの家の前に立っていた。
なぜか玄関の鍵はかけられていた。
妙なところにあの少女は気を回したらしい。
土足で家にあがりこむくせに。
カナタの宇宙人的パワーで鍵を開けてもらい、玄関を開けて、その中に入ると、わたしはやっと、ほっとした。
「ああ、すごく疲れた」
そうつぶやいて、玄関の壁に寄り掛かる。後ろからカナタがぽんぽん、とわたしの頭をたたいた。
「お疲れさま」
わたしは壁に向けていた体重を、カナタの方へ寄せてみる。
彼が軽く背中に手を回し、わたしの体を支えてくれた。
「なに?」と彼が言う。
「ううん、ただこうしてみただけ」とわたしは答えた。
そして今、若干睡眠不足の残る目で、わたしはカナタの後ろ姿を見ている。
彼が手際よくベーコンエッグを作る様子を見て、妙な満足感を覚える。
彼はいま、この状況のことを、どう思っているのだろう。
わたしはまた、いつの間にか、そんなことを考えてしまう。
あくまで義務? 仕事の一部?
もしかすると、そうかもしれない。
だけど彼はこの四ヶ月でどんどん、人間らしい感情や感覚を身につけている。
だとすると、わたしに対する気持ちも、きっとそれは、人間に近いものになっていくんじゃないだろうか。
カナタはその体を自由に作り替えることが出来るという。
だとすると、わたしと一緒に老いることも出来るんだろうな、と思う。
ひょっとして、子どもを作ることだって、出来るのかも。
ふと浮かんできたその考えが急に恥ずかしくなって、わたしはその場で何度も首を振り、その思い付きをどこかに振り捨てる。
「ん? どうかした?」
視界の端にそんなわたしが見えたらしく、カナタがそうたずねてくる。
「別に、なんでもない」
早くなる胸の鼓動を感じながら、わたしは改めて心を落ち着ける。
いや、今はまだ、そんなことは考えなくていい。
何しろ、もう、わたしたちには、共に過ごす多くの時間があるのだから。
いまふと思ったこととか、カナタの感情とか、そんなものは、過ぎていく時間の中で、いずれきっと、確かめられることなのだ。
そう、彼はわたしのそばにいて、ずっとわたしを見守ってくれる。
この命が尽きるまで。




