60.眠れ
それからしばらく、わたしは自分の部屋にいた。
もうその日は何もやる気が起きなかった。
ただ眠気がやってくるのを待ちながら、パソコンやスマートフォンでネットサーフィンをしたり、以前に読んだことのある本をぺらぺらとめくって、適当な箇所を読んでみたり、何をするでもなく、集中もしないまま、そうやって時間をつぶしていた。
そのとき、階下で、再び玄関が開く音がした。
わたしは一度、息を潜めて考えた。
わたしはすでに鍵を閉めていた。カナタが出て行った後、そうしたはずだ。
ただの鍵の閉め忘れ?
時計に目を移すと、すでに午後十一時を回っている。
こんなときに来客があるはずがない。
じゃあ、もしかして。
わたしは自室から出て、階段を下りた。
あまりにも早いけれど、カナタがまた、帰ってきたのかもしれない。
あるいは、何らかの不都合があって、わたしの家に一度引き返してきたのかもしれない。
そう考えながら、わたしは玄関に向かったのだけれど、そこにいたのはカナタではなかった。
玄関の電気はつけられておらず、闇の中に誰かが立っている。
その姿はよく見えない。
カナタならすぐに電気をつけるはずだった。
警戒をしながら、わたしは一度足を止め、階段を下りたところにあるスイッチを手探りで押した。
玄関の電気がともる。
そこに立っていた人を見て、わたしは困惑した。
そこには、あの少女が立っていた。
光った電灯を見上げていた。
そうして、すぐにわたしを見つけると、靴を脱がずにそのまま、廊下を進んできた。
わたしのそばに立ち、目を見つめながら、彼女は言った。
その目は、怪しげな力を放っており、ああ、久しぶりだな、とわたしは思った。
彼女はカナタと同じ種族だという。
だとすると、同じ力を行使出来るらしい。
「ついてこい」
わたしは、その視線から目から外すと、首を横に振ってから、彼女に言った。
「その力、わたしには効きませんよ。それより、まず、あなたは靴を脱いでください。わたしの家が汚れます」
しかし、彼女はわたしの言葉に反応しなかった。
表情すら変えずわたしを見つめた後、独り言のようにつぶやいた。
「そういう人間もいるのか。あるいは、例の逃亡者の影響か。わからないが、まあいい。こちらを使おう」
そう言うと、彼女はわたしの耳に素速く口を寄せ、わたしにささやいた。
「眠れ」
その彼女の挙動と言葉に、何を、と思ったのだけは覚えている。
その後の思考は一切続かなかった。
そうしてわたしの意識は瞬時に忍び寄ってきた闇に包まれた。




