53.なぜ彼女を捕まえていないのか
しばらくその可能性について検討していると、わたしのスマートフォンが、連続して何度も着信音をならした。
あわててアプリを立ち上げる。
まさに今、相沢さんがわたしに矢継ぎ早のメッセージを送信しているところだった。
(二人が動き出しました)
(中山先生、まずいです。二人は別々に行動するようです)
(あの女の子は席を立ちました。ですが、先生の彼氏はまだ、喫茶店に残るみたいです)
(どうしましょう?)
わたしは慌てて書店の外へ出ながら、相沢さんへメッセージを返した。
(では、二手に分かれましょう。お互いに顔が割れていない方を担当しましょう。相沢さんはわたしの彼氏を見ていてください。わたしはあの少女を追います)
少し考え、続けてメッセージを送信する。
(もしも彼がどこかへ行き、その姿を見失ったら、あるいは時間がもったいなく感じられたら、遠慮なく仕事へ行ってください。後で何があったのか教えてくれればそれでいいです。今日は助かりました。お疲れさまでした)
相沢さんからの返事はすぐに届いた。
(了解しました。健闘を祈ります)
そのメッセージを確認して、スマートフォンをバッグに戻したちょうどそのとき、スターバックスからあの少女が現れた。
わたしはつい、凝視しかけて、それから慌てて目をそらした。
あれがどんな存在かはまだわからない。
が、もしもそうだとしたら、わたしがそう疑っていることを、今のところは相手に知らせてはいけない。
わたしの考えはまとまっていなかったが、そう感じていた。
少女はわたしには目もくれず、駅や公園とは反対後方へ歩き出した。
この街に何度か足を伸ばしたことがあるわたしも、一度も行ったことがない方向だった。
見たところ、背の高いビルが立ち並び、商店や料理店が多い駅前とは、街の構成が異なっている。
道路が細くなり、比較的低いオフィスビルや、どこか古めかしい家具店や古本屋が、道の左右に並んでいる。
新しい方ではあったが、昔ながらの町並みの面影がどこかに残っていた。
少女はその道をまっすぐ、一定のペースで歩いた。
別にふつうに歩いているようにも見えたが、一度そう考えてしまうと、わたしたちとは異なり、戸惑いやためらいといったものが感じられない足取りに思えた。
その艶のある黒い髪や、スカートの裾からわずかにのぞく肌の白さといった、人間としての美しさを表す要素も、どこか作り物めいたものに感じられてくる。
道を歩く人の姿はずいぶん少なくなったが、わたしはもう、彼女に見つかることをあまり心配してはいなかった。
仮に見られても向こうはこちらの顔を知らない。
もし尾行されていることを不審に思われれば、わたしがどう取り繕おうとしても無駄になる力を、彼女が備えている可能性は高かった。
もしわたしが考えていることが、正しかったとして、の話だけれど。
その後を追いながら、わたしはなおも考える。わたしは彼女と接触をすべきだろうか。
もうカナタについては、あまり心配してはいなかった。
むしろわたしがいま考えていることが正しかったとすれば、それは単なる誤解にすぎなかった。
三日後の夕方に、カナタが家に帰ったら、わたしは、カナタにすべてを話そうと思っていた。
昨日、わたしが見てしまい、考えたことを。そうして今日、カナタに黙ってしていたことを。
なぜそんなことになってしまったのか、わたしが思う、わたしに責任がある、その理由についても。
ただ、ひとつ疑問が残っていた。
どうしてカナタは、すでに接触をしているにも関わらず、彼女を捕まえていないのだろうか。




