10.近所のスーパーは午後十時までしかやっていない
そうしてわたしたちは車へ戻り、冷えつつあった車を暖めようとエンジンをかけて、それからわたしは気づいてしまった。
時計が午後九時半を指し示している。
今日は気分転換のドライブで車を走らせていた。
そしてその帰りに買い物にも行くつもりでもあったのだが、近所のスーパーは午後十時までしかやっていない。
「あの、一ついいですか。わたし、買い物に行きたかったんですけど。話を聞くの、その後でも構いませんか」
「用事があるなら、すませてもらって構わない」
それから三十分ほど後、閉店がせまりつつあるスーパーの駐車場に、わたしたちはいた。
急いで車を降りて、スーパーに向かいながら、横目で改めて、車のボンネットを眺めてみた。
わたしの愛車のパッソ。そのフロントは、買ったときのままの、つるりとした綺麗な丸みを帯びている。
わたしの目は、つい隣を歩く彼の姿に向く。
さっき彼がして見せたこと、信じられないというわたしを信じさせようと、彼が何気なく行ったそのことは、正直なところ、わたしの常識を超えていた。
というか、彼の言葉や行いの、そのすべてが。
なのに、わたしはいま、詰め替え用シャンプーと食器用洗剤、それから明日からしばらくの間の食料を買おうと、スーパーへ急いでいる。
それは日常にすがっているというより、なんというか、麻痺をしていた。
信じていることが、信じられない。わたしはそんな状態にいた。
世界ではじめてジャイアントパンダを目の当たりにした人は、こんな心境にいたのだろうか。
スーパーで彼は、わたしが買い物をしている様を、興味深そうに眺めていた。
わたしはだいたい、決まったものしか買わない。
食べ物もワンパターンでいいし、シャンプーや洗剤、ボディーソープもいま使っているもので満足している。
だから買い物は素早く終えることができるのだが、ぽんぽんとかごに物を放り込んでいくその動きを、彼はいちいち目で追っていた。
まるで子どものように。
スーパーに来たのがはじめてであるみたいに。
「買い物、したことがないんですか」
彼の話はまだ聞けていなかったが、一応は宇宙人であるという彼の主張を受け入れて、そうたずねてみた。
「ああ、その必要がなかったから」
「あなた方はどうやって生きているの?」
「生きるという観念がうまく当てはまるとは思わないが、エネルギーの補給は必要だ。ただ、そもそも君たちとは、タイムスケールが違うんだ」
長くてもたかだか百年程度のはかない命と思われているんだろうか。
そう想像はしてみたが、それ以上追求する気は起きなかった。
追求したところで、徒労に終わるように思えたからだ。
会計を終えたわたしは、ビニール袋を腕に下げて、車まで歩いた。
一週間分の食料が詰まった袋はかなり重いのに、彼はわたしの荷物を持ってはくれなかった。
後部座席に荷物をおいて、わたしは運転席へ戻り、彼も助手席へと乗り込んだ。エンジンをかけ、アクセルを踏み込む。
彼の話は自宅へ向けて運転をしながら聞くことに決めた。
場合によっては、長いドライブになるかもしれない。スーパーの駐車場を出たあたりで、そう覚悟を決めながら、わたしは彼に言った。
「さて、話をうかがいましょうか」




