第98話 備えあれば…
「して、そなたらは何者だ。素性を明かさないのであれば海賊として捕縛するがよいか。」
公爵は対峙する男に向かって言った。
「俺は、コルテス王国第一艦隊提督ピサロだ。
コルテス国王の命で、おまえ達の国を我が国の支配下に置くためにやってきた。
大人しく屈服するのであれば荒事は避けるが、従わぬのなら武力を行使させてもらうことになる。」
「一国の艦隊を預かる提督とは思えぬ話し方よのお、話し方まで海賊のようではないか。
そう虚勢を張っても無駄であるぞ。病人ばかりで何ができるというのであるか。」
公爵の一言に、ピサロ提督の顔色が変わった。
「貴様、何言ってやがる!」
「そう凄んでも無駄じゃって、お主も病気を患っているのであろう。
後ろの兵達が持っている物騒なものを下に置いて投降するなら、病人の手当てをしてやっても良いのだぞ。」
公爵は余裕の表情で会話を進めるが、ピサロ提督は動揺を隠しきれてない。
「そうやって余裕を見せてられるのは今のうちだけだぞ。
おまえらだって大砲の威力は見ただろう。
俺が合図すれば、俺の艦から大砲を撃ち込むことになっている。
街を壊されたくなければ大人しく降伏した方がいいぞ。」
それでも、ピサロ提督は虚勢を張り続けている。
カードゲームでブタなのに相手にフォールドさせようとするのを見ているみたいで滑稽だ。
それなら、もう少し表情を隠そうよ。
「ふむ、できるものならやってみるが良い。
どうせまた、丘の上の建物を狙うのであろう。
あの大砲というモノ、町を無差別に破壊することはできるが、狙ったところを破壊するのは難しいそうではないか。
我々のいる場所に玉が落ちるおそれがあるので、街中は狙えないのであろう。
丘の上の建物なら標的が大きいので何処かには当たるものな、恫喝にはもってこいだ。
どうせ玉は二十五発しか残っていないのであろう。
ならばとっとと使い切ってもらった方が安心できる」
わたし達は事前にテーテュスさんから聞かされていた、大砲はあの停泊位置から撃った場合狙った場所を中心に半径十シュトラーセくらいに着弾する精度だそうだ。
だから、味方が攻め込んでいる最中の町に、大砲を打ち込むことはしないんだって。
それって、何処に落ちるかわからないってことだよね。
「き、貴様、どうしてそれを…!」
ああ、ピサロ提督ってば、公爵の言うことを認めちゃったよ。
「お主らの軍艦が現れてから四日、わしらが手をこまねいていたと思っておったか。
きっちりと情報を集めていたに決まっておろうが。
お主らの船が病人で溢れていることや水も食料も尽きかけてることはわかっているのだぞ。」
「そんな馬鹿な…。」
ピサロ提督は信じられないと言う顔で、搾り出すような呟きをもらした。
普通は信じられないよね。誰も船から降りていないし、誰も船に侵入していないのだから。
しばらくの沈黙の後、ピサロ提督は観念したように公爵に話しかけた。
「大人しく投降すれば、病気の奴等は治療を受けられるのか。
俺達をなぶり殺しにするようなことはないのか。」
「ああ、それは王家の一員たるポルト公爵の名にかけて約束しよう。」
その時、ピサロ提督の顔に悪い笑みが浮かんだ。
ああ、これ、いけないやつだ。
「おい、おまえら、…」
「水、お願い!」
ピサロ提督が、後ろに控える兵に何か指示をしようとしたのをみて、わたしはとっさに水のおチビちゃん達に合図を送る。
瞬時に大量の水が兵士の頭上に降り注いだ。あ、一人、桟橋から海に落ちた…。
ずぶ濡れとなった兵士達、呆然と立ち尽くすピサロ提督。
「一体何が…。」
ピサロ提督は放心して、一言呟いたのちへたり込んでしまった。
「これはどういうことかね?」
事情を飲み込めない公爵がわたしに問いかけてくる。
「コルテスの兵士さん達が鉄砲の引き金に指をかけたので、とりあえず無力化してみました。」
わたしは、万が一に備えて、水のおチビちゃん達にいつでも水を降らせることができるように待機してもらっていたんだ。
「公爵が身分を明かしたときピサロ提督が悪い笑みを浮かべたので、何かすると思ったんです。」
わたしがそう付け加えると、
「大方、責任者のわしを殺害すれば、周りが自分達に従うとでも思ったのかも知れん。
小さな部族社会では長が殺されると残った者は長を殺した者に従うことがあると聞く。
我が国のような大国が、そんな未開の社会と同一視されたとしたら酷い侮辱であるな。」
と公爵は言った。
そんなサル山のボス猿を蹴落とすみたいなこと…・。
結局、ピサロ提督と兵士は武装解除のうえ拘束されることになった。
公爵は、沖合いの軍艦三隻に兵を差し向けて、武装解除をさせ健康状態に問題のない者の捕縛と病人の収容をするように指示を出していた。
病人は、精霊神殿の空きスペースに収容することになったみたい。
そこから先はわたし達の出番だね。
病気を患った人の数は千人以上、今までにない人数だよ。
症状の重い人から効率的に診ていかないとね、精霊神殿の中で死者は出したくないから。
あと、沖合いの軍艦三隻は接収するらしい。
操船技術がないのでテーテュスさんの船の乗組員を一時的に雇って沖合いから港まで廻航してもらうみたい。事前に手回しが済んでいるようだった。
わたしは公爵と一緒に桟橋に留まり、沖合いの軍艦から搬送されてくる病人の中で命の危険がある人はその場で応急処置をしていった。
そして最後に搬送されてきた病人達の後について、野次馬をかき分けて進んだ。
そのとき、人混みに押されて転げるように野次馬が一人わたしにぶつかった。
えっ!と思ったときわき腹に強烈な熱さを感じた。
ぶつかってきた野次馬の深く被ったフードの中には、褐色の肌に黒い瞳が、そして口元には嫌な笑みが浮かんでいた。
黒い男は何事も無かったかのように、ごく自然に立ち去っていく。
そして、わたしの視界は暗転した…。




