第96話 提督の呟き ②
コルテス王国の本土を離れてから一月は順調だったんだ。
植民地にした島々を渡っていくのだから慣れた航海だった。
コルテス王国の最北の植民地の港を出港して一月ほど経ったころ最初の試練が訪れた。
帆はきちんと風を掴んでいる、舵も俺が一番信頼するベテランの操舵手に任せている。
にもかかわらず船があさっての方向に進むんだ。
今まで経験したことがないほど潮の流れが速いんだ、しかも潮の流れは複雑な動きをしており、油断するととんでもない方向に進んでしまう。
帆と舵をフルに活用して潮に流されないようにしなければならず、船乗り達は一時も気を休めることはできなかった。船乗り達の疲労は溜まる一方だった。
しかし、まだそれは序の口だった。晴れているうちはまだ良かったんだ。
そんな潮流に翻弄される中で嵐にあっちまったんだ。
海軍に入って三十年以上になるが、今まで経験したことのない荒波と強風だった。
俺の目の前で僚艦のマストがへし折れたのは本当にたまげた。
いや、マストが折れるのはまだいい、波で船体が真っ二つにへし折れたときはここは地獄だと思った。
コルテス王国の誇る新鋭艦がまさか波で真っ二つになってしまうなんて夢にも思わなかった。
嵐が過ぎ去ったとき俺の乗る旗艦コンキスタドールから確認できた僚艦は四隻だけだった。
しかも、舵が壊れたり、マストを失ったりで自力で航行できるのはたった二隻だった。
実に艦隊の三分の二を失ったことになる。せめて無事ならばいいが…。
自力で動けない二隻を他の二隻で曳航して航海を続けたが、またしても想定外のことが起きた。
一転して海が凪いだのだ。有り難くない凪だった、全く風が感じられないのだ。
何とか自分の船を微速で動かせる程度の風しかなく、他の船を曳航する力などない。
このままこの海域に留まったら水と食料が足りなくなる。
俺は苦渋の決断をした。自力航行不能な二隻の船を放棄する。
二隻の搭乗員を見殺しにはできないので、無事な三隻に分乗させることになる。
しかし、コンキスタドールをはじめ三隻の船にこれ以上の人を乗せるスペースと食料がないのだ。
ここで俺はもう一つの苦渋の決断をしなければならなかった。
放棄する二隻から搭乗者を受け入れると共に可能な限りの水と食料を移すために、不要不急なものを投棄する。
残された三隻の中で、場所と重量を喰っているものは何か?
言うまでもない、大砲、砲弾、火薬の樽である。
俺個人の本音を言えば、放棄する二隻の搭乗者を見殺しにして、大砲と弾薬は維持したい。
しかし、それをすると俺は部下達に反乱を起こされ殺されるだろう。
わが国の海軍でも、作戦を遂行するため部下を見殺しにしようとして、逆に殺された艦長は少なくない。
こういう場合は、部下達の人命を優先しなければならないんだ。俺も死にたくないし。
こうして、俺は実に艦隊の八割にも及ぶ数の船と虎の子の大砲と弾薬を失ったのだ。
間違いなく俺は無能な提督としてコルテス海軍の記録に残るだろう。
この時点で無事な三隻に残された武力は、大砲十二門、砲弾三十発、火薬十樽、鉄砲三十丁、弾丸百発しかなかった。
虚仮脅しにしかならんが、相手が怖気づいて降参してくれるかも知れないという僅かな期待は捨て切れなかった。
そして、最後の地獄がやってきた。
出航から四ヵ月経った頃、凪の海を何とか越えた。
さあ、北の大陸へ乗り込むぞと意気込んだ矢先、搭乗者達の間で奇病が流行りだしたのだ。
最初は倦怠感を訴える者が増えてきて、みんな疲れが溜まっているのだと思っていた。
そのうち、節々の痛みで起き上がれない者が出てきたと思ったら、歯茎から出血したり、ちょっとした怪我が治らなくなったり、古傷が開いたりする者が出てきた。
そして、最初の死亡者が出たとき船内を絶望感が支配した。
その後も発病者が相次ぎ、死亡者も続出した。
今では、元気な者の方が少数だ、かく言う俺も発症している。
**********
コルテス王国を出航して五ヶ月目、ついに陸地が見えた。
でっかい陸地だ小島じゃない。
陸地に近付くと立派な港を持つ大きな港町が見える。
北の大陸に違いない、そのとき俺は感無量だった。
港の中が遠目に望める位置で、俺は船を一旦停泊させた。
遠眼鏡で港を見たとき、俺は更なる絶望を味わうことになった。
港に停泊している巨大な商船、細部までは見えないがあの船のシルエットには見覚えがある。
俺達がこの航海に出ることになったきっかけ、テーテュスの小娘の船だ。
こっちの船はボロボロなのに、遠眼鏡で見る限りあの船は何処も損傷していない。
俺は彼我の航海技術の差を見誤っていたんだ、小娘と侮って大きな犠牲を出してしまった。
テーテュスの方が俺達よりも遥かに優れた航海技術を持っていたんだ。
しかし、落ち込んでばかりではいられない。
俺はコルテス王国第一艦隊を預かる提督だ、最後まで成果を諦めるわけにはいかない。
ここで時間をかけることはできない。もたもたしていては助かる部下も助からなくなる。
早く陸に上がって医者に見せなくては。
俺は、砲兵に対し命令を下す。
「あの丘の上に建つ目立つ建物を砲撃しろ。一発撃ったら、少し間をおいて、もう一発撃て。」
残りの弾薬が少ないので無駄撃ちはできない。
これは賭けだ。
あの港で一番偉い奴が怖気づいて交渉に来てくれれば、強気で脅すことで屈服させることができるかもしれない。
後は待つだけだ。
**********
「一体どういうことだ…。」
最初に大砲を撃ち込んでから三日経つのに、港の奴らはいっこうに接触してこない。
まるで無視されているかのようだ。
その後、更に三発ほど丘の上の建物に向けて威嚇射撃をしたが、ウンともスンとも言って来ない。
今まで大砲を見たことのない島国の連中はたいていこれで降参してきたんだが…。
もう水も食料も尽きかけている、これ以上引き伸ばすことはできない。
俺は、こちらから港へ出向くことを決断した。
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