第80話 ポルトの港を観に行こう ③
南の大陸からやって来た水の大精霊テーテュスさんは、わたし達一行に関心を示している。
「ルナを除く私達六体の上位精霊は精霊の森で育てられたターニャちゃんに人間社会を経験させるために護衛兼保護者として付いて来たのです。
ルナはこの国の王女フローラちゃんが極端に瘴気に過敏な体質なので身の回りの瘴気を浄化するためにウンディーネ様が遣わしたのです。」
フェイさんはそう切り出し、続けて生後間もない頃に瘴気の森に捨てられていたわたしをエーオースおかあさんが拾ってきたところから詳しくテーテュスさんに説明した。
そして、旅する中で精霊を視認できるミーナちゃんとハンナちゃんを保護し、今は二人の保護者も兼ねていることも話していた。
また、フローラちゃんとその母親のミルトさんは、ウンディーネおかあさんがかつて育てた愛し子の末裔で、精霊が人との接触を絶った後もウンディーネおかあさんが気に掛けていた事を説明していた。
「そうか、ターニャと言ったか、おまえがエーオースが拾ってきたという赤子か。
こちらの大陸で何千年か振りに精霊が人の子を育てていると聞いて物好きなと思っていたが、実際に見てみるとおまえを育てようとした気持ちがよく解かる。
おまえが身の内側に秘めるマナは稀に見るほど清浄で精霊を引き付けてやまないものがある。
それに、おまえ、下位精霊もはっきり見えているだろう。なるほど、稀有な人材だ。」
よく言われるんだ、わたしのマナは美味しいって。
クロノスさんなんか目一杯わたしのマナを吸っていくことがあるけど、本当はクロノスさんのような大精霊はわたしのマナなんかなくても力を揮えるんだ。
クロノスさんに言わせるとわたしのマナは嗜好品なんだって。
あと、わたしから自然に零れだしているマナで、わたしの傍は精霊にとって心地良いらしい。
それから、精霊を見ることができる人でも、存在が希薄な下位精霊を見ることができる人はほとんどいないそうだ。わたしとハンナちゃんは普通に見えるんだけどね。
「しかし、精霊を視認できる人間が五人も集まっているというのもまた稀有なことだ。
南の大陸では、昔から精霊が人と接触していないこともあり、あたしの知る限り精霊を視認できる者は一人もいないぞ。
もちろん、完全に人の形で顕現しているあたしは別だがな。
昔は、泉の傍にいるとあたしに話しかけてくる子供が稀にいたものだが、この百年一人もいない。
泉を訪れるものはむしろ増えたというのに。
人と関りを持って来なかったとはいえ、これはこれで寂しいものだ。」
テーテュスさんは少し悲しげに言った。
たとえ直接干渉していなくても、やっぱり人から認識されなくなるのは寂しいらしい。
「ああ、気が付いていないようだからいっておくが、ミルト、おまえに懐いている中位精霊な、そのうち上位精霊になるからな。
そのうちっていうのは、あたしたち精霊の時間尺度ではなく、おまえ達人間の尺度で言うそのうちだ。
ミルトはマナの量とか精霊を視認する目とかはそれほどでもないが、精霊に注いだ愛情は群を抜いているようだ。
随分とこまめにマナを与えていたようだな、見た目は変わらんだろうがすくすくと成長している。
そのうち、突然成長した姿に変わるだろうが驚ろかんでやってくれ。
しかし、人間から貰ったマナで成長した精霊など前代未聞だぞ。」
いつも、ミルトさんの足と肩と頭の上にしがみ付いている三体のおチビちゃんだね。
ミルトさんが精霊を見えるようになったときに最初からいた精霊さんだ。今はミルトさんの膝の上に座っている。
「それで、そちらのお二方が帝国の皇后さんと皇女さんか。
帝国で取れた魔晶石と帝国産の魔導具には随分と稼がせてもらっているよ。
しかし、皇后さんは、そっちのフローラちゃんみたいに瘴気に過敏な体質という訳ではないんだろう。
それで瘴気中毒になるとは、帝国というところは随分と瘴気に汚染されているのだな。」
南大陸には、魔獣はいない。
魔獣は高濃度の瘴気によって突然変異を起こした動物だから、深刻な瘴気汚染を引き起こしたこの大陸特有の生き物だ。
当然、魔獣から取れる魔晶石を利用した魔導具というものも存在しないらしい。
魔導王国が滅びて魔導車など高度な魔導具を作る技術は失われたが、着火、給水、灯火といった簡単な魔導具は今でも作っている。
帝国は魔導具を王国に輸出して、王国から食料品を輸入しているが、魔導具の一部はこの港から南大陸へ送られているらしい。
この国だと、『色なし』と言われている者以外は魔法が使えるので着火の魔導具などはあまり買う人がいないようだ。
だけど、南大陸の人は魔法が使えないので着火や給水の魔導具は人気商品だそうだ。
ただ、ヴィクトーリアさんの瘴気中毒に関して、テーテュスさんは、帝国の瘴気汚染に強い懸念を抱いている様子だった。
「ところで、ハンナちゃんって言ったっけ、まだ誰も加護を与えていないのだったら、あたしの加護を与えるから一緒に南大陸に来ない?」
いきなり、テーテュスさんがハンナちゃんを誘いにかかった。
確かにハンナちゃんは、わたしと同質の清浄なマナを内に秘めていて、その量も多い。
精霊にとって心地良い存在であるだろうが、いきなり引き抜きにかかるとは思わなかった。
「テーテュス様、申し訳ございませんが、ハンナちゃんはこれからエーオース様やウンディーネ様に紹介することになっています。
それに、ハンナちゃんはまだ幼いです。
せっかく、ここにいるみんなと打ち解けたのに離れ離れにするのは忍びないです。
どうぞここはご勘弁を。」
焦ったフェイさんが必死になって、テーテュスさんを諦めるように説得している。
「おばちゃん、ハンナ、ターニャお姉ちゃんやミーナお姉ちゃんとずーっと一緒がいいの。
だから、一人で遠くに行くのはイヤ!」
ハンナちゃんが、そういうとテーテュスさんは渋々といった雰囲気で、
「そっかあ、残念だわ。ハンナちゃんに嫌われたらイヤだから今回は諦めるね。
でも、ハンナちゃんにはあたしも加護をあげるわ。ウンディーネと被ってもいいでしょう。
ハンナちゃんが大きくなって、南大陸に来てもいいと思ったら歓迎するわね。」
といった。うん、ハンナちゃんの意思は無視できないよね。
**********
その後、テーテュスさんから南大陸について話を聞かせてもらった。
南大陸では、火薬というものが発明されてから、国と国の争いが激しくなったそうだ。
火薬を使った武器を用いて他の国を征服しようという国が増えているらしい。
精霊は殺生ごとを嫌う性質があり、テーテュスさんも例外ではない。
テーテュスさんは、南大陸が戦乱に明け暮れるようになるなら、こちらの大陸に移ってこようかと言っていた。
なんか、物騒だね。
読んでいただき有り難うございます。
ブクマしてくださった方、有り難うございました。
凄く嬉しいです。




