第71話 休憩時間に
「南の街ですか?」
学園祭も終った休日、わたし達は神殿前の広場で奉仕活動と称して病気や怪我の治療をしていた。
患者さんが途切れたので一休みしていたとき、ミルトさんの言葉に思わず聞き返してしまった。
「そう南の街、王都での奉仕活動でだいぶ精霊神殿の評判も上がってきたでしょう。
できれば、これを国全体に広げたいじゃない。
学園には冬休みがあるでしょう、また地方へ治療活動に出かけようと思って。
本当は、また西に行きたいのだけど冬は雪が降るのよね。
だから、雪の心配のない南部地方に行こうかと思っているのよ。」
そういえば、学園祭で食べた南部地方の料理はスパイスが効いていて美味しかったなー。
あのとき、時間があれば南部地方に行ってみたいと思ったんだっけ。
でもいいのかな?南部地方へ行くって結構遠いよね。
仮にも皇太子妃がそんなに王都を留守にして大丈夫なの?
「ミルトおばさま、どのくらいの期間になるのか知りませんが、王都を留守にしていいんですか?」
「大丈夫よ、ちゃんと陛下や夫とは打ち合わせ済みだから。」
ミルトさんの話では、西部地方に行った夏の治療活動の評判が非常に良かったので、王都に帰ってきてすぐに仕事のやり繰りの調整を始めたらしい。
学園が冬休みに入ってすぐに王都を出てほぼ冬休み全部使って南部地方と往復する計画のようだ。
この間に王族は新年の祝賀行事があるらしいが全てブッチするらしい。いいのかそれ?
「お母様は、寒いのが苦手で冬場はいつも暖かいところに行きたいと言ってましたのよ。
私は、治療活動にかこつけて寒さから逃れようとしているようにしか思えませんわ。
今回の件は、私も退屈な新年行事から逃げられるので有り難いですけど。」
今までは王族がそう易々と王都を離れるわけにはいかず、避寒はかなわなかったらしい。
だいたい、警備の問題とか、宿泊の問題とかあるから、王族の移動は大事になるのよね。
でも、前回の経験で新しい魔導車を襲撃できる者はいないとわかり、口にする物は全て浄化すれば毒の心配も要らないということで、護衛は少数の近衛騎士で大丈夫となったらしい。
宿泊も、普通の旅だとホテルの確保や野営の用意が大変なようだが、今の魔導車だと一日で領主の住む町まで確実に行けるので領主館で泊まることが可能なようだ。
既に宿泊予定地の領主とは打ち合わせ済みらしい。
新年の行事というのは、王宮の謁見の間で貴族から新年の挨拶を受けたり、祝賀パーティに出席したりするらしい。
知らなかったのだけど地方の貴族は年末にその年の納税をしに王都へ集まるそうだ。
北部の貴族は雪が降る前の八の月の最初に領地を出て、雪解けが進む二の月の終わりに領地へ戻るとのこと。まる三ヶ月も領地を留守にするんだ、旅費も大変そうだね。
有力な貴族は王都にも屋敷を構えているそうだが、領地の小さな貴族ではそうも行かないようだ。
そのため、八の月の終わりから二の月の始めにかけては王都の一流ホテルは貴族の宿泊客でいっぱいで空き部屋がない状態らしい。
それはともかく、延々と貴族から新年の挨拶を聞かされるのは拷問のようだとフローラちゃんは言っている。
ミルトさんも苦い顔をしているので、大人でも辛いことのようだ。
ぶっちゃけ、貴族の新年挨拶から逃れられるだけでも、フローラちゃんにとっては南部に出かける価値があるんだって。
「もちろんターニャちゃん達も手伝ってくださいますよね?」
ミルトさんの問いに対し、否はない。
「もちろん行きますよ。
寮にいてもやることがないし、ちょうど南部地区には行ってみたいと思ってたんです。」
「私も行きたいです。」
ミーナちゃんも賛成のようだ。だが諸手を挙げて賛成というわけではないらしい。
後で聞いてみたら、南部地方は行ってみたいし、治療活動もやりがいがあるけど、領主の館に泊まるのが気が重いらしい。
ハンナちゃんは何のことか分っていない。
ミルトさんがニッコリ笑って、
「これからうんと寒くなるので暖かい所に行って、美味しい物を食べようと思うのだけど、ハンナちゃんも一緒に行くわよね?」
と聞いた。こう言われればハンナちゃんが断るはずもなく…。
「うん、ハンナも行きたい。ミルトおばさんもお姉ちゃん達もみんな一緒だよね。」
ハンナちゃんは元気いっぱいに返事をした。
うーん、着々とミルトさんに手懐けられているな…。
話がまとまったところでまた患者さんが来始めた。奉仕活動再開だ。
そうそう、あれからハンナちゃんの治癒術がかなり上達したんだよ。
フェイさんがハンナちゃんに分りやすく説明しているおかげだね。
今では、ご婦人方の切り傷や擦り傷なんかの軽症はハンナちゃんが担当だよ。
これがご婦人方に大人気で、ちょっとしたアイドル状態だ。
ご婦人方がハンナちゃんにお菓子や果物を差し入れるものだから、ハンナちゃんもすっかりご機嫌だよ。




