第70話 学園祭⑧ 愚か者は何処にでもいる
学園祭の全ての催し物が終わり締めくくりは、パーティと銘打った打ち上げ会だ。
このパーティは学年毎に、其々の寮の大広間で行われている。
こんな大きな部屋何に使うのかと思っていたらパーティルームだったんだね。
正式なパーティでは会場への入場順が決まっていて、入場するとき名前が読み上げられるらしいが、このパーティはそんな形式ばったものではないらしい。
三々五々入場して、食事をしながら適当に歓談するモノのようだ。
貴族だけでなく平民もいるし、父兄の交流が目的だから、その方が気楽でいいね。
立食形式でテーブルに大皿で料理が置いてあり、頼むと給仕の人が盛り付けてくれるそうだ。
会場の二辺の壁際には、適当にソファーが並べてあり疲れたら座れるようになっている。
パーティが始まるとすぐに、生徒が自分の父兄に友達を紹介し始める。もちろん紹介される友達も父兄を伴っている。
貴族と言っても全てが知り合いな訳ではないし、ましてや平民が貴族と顔見知りになる機会は少ないんだと思う。
きっと、こういう機会を使ってコネクションというのが出来上がっていくんだね。
わたしはミーナちゃんと一緒に壁際のソファーに座って料理を楽しんでいる。
料理の種類が凄くいっぱいで何を食べるか迷ってしまうくらいあるんだよ。
給仕の人に頼むと少量だけ盛り付けてくれるので、色々な料理を楽しめそうだね。
しかも、見たことがない料理も多い、着慣れないドレスを着てきた甲斐があったよ。
「お二人さん、一昨日はありがとうね、助かったよ。
ボクも、一緒していいかな?」
料理を持ったルーナちゃんがやってきた、もちろん良いよ。
三人掛けのソファーを詰めてルーナちゃんの座る場所を空けてあげる。
いつものメンバーはどうしたのかを聞くと、王宮に役職を持っているエルフリーデちゃんとマイヤーちゃんの家は父兄が来ているので、父兄と一緒にあいさつ回りをしているそうだ。
他のメンバーの父兄は領地にいてこのパーティは欠席なので、メンバーで集まっているらしい。
ルーナちゃんは一昨日のお礼が言いたくてわたし達のところへ来たようだ。
「ターニャちゃん、運動会の最後、凄かったね!
朝顔の花、凄く綺麗だったよ。
あんな広いところを花でいっぱいにできるんだね。」
「うん、あのくらいは平気、畑の芋を促成栽培するのに比べたら楽勝だよ。」
「ほんとに凄いんだね。
でもいいの?あんな風に公衆の面前で使っちゃって?」
「え、なにが?」
わたしが、ルーナちゃんに問い返したとき、男の子を連れた一人の父兄が目の前に立った。
「おお、探したぞ。
おまえが、今日の障害物競走で朝顔の花を咲かせた娘だな。
喜べ、おまえに我がドゥム伯爵家のバラ園のバラを咲かせる栄誉を与えてやろう。
今度、我が家が主催するパーティがあるのでな、この季節にパーティ会場に面するバラ園が咲いていたらさぞかし見栄えがすることであろう。」
「ほら、こういう面倒くさいのが出てくる。」
ルーナちゃんが顔をしかめた。
「お断りします。
そういう私利私欲のためには手を貸さないことにしておりますので。」
「なんだと、わしの言うことが聞けんというのか!
貴族の当主が直々に命じておるのだ、おまえは素直にハイと言えばいいのだ。
全く学園ではそんな事も教えておらんのか。」
「お断りします。
周りの方からも、あまりこの力は使うなといわれていますので。」
「誰に言われたのか知らんが、伯爵家の当主のわしが命じたことの方が誰に命じられたことよりも優先するに決まっておろう。」
「パーティの席で声を荒げて、はしたないですわよ、ドゥム伯爵。
何を騒いでいるのですか?」
フロ-ラちゃんを連れたミルトさんがわたしのもとへ歩み寄ってきた。
なぜか、ハンナちゃんも連れている。
会場の注目がわたし達に集まってしまった。
ドゥム伯爵は、慌てて姿勢を正してミルトさんに頭を下げた。
「これはこれは、皇太子妃殿下、ご機嫌うるわしゅうございます。
これはお恥ずかしい、年甲斐も無く少々声が大きくなっていたようですな。
この娘に貴族に対する礼儀を教えていたもので。」
ミルトさんは、悪い笑みを湛えてわたしに言った。
「そうなの?ターニャちゃん?」
「いいえ、ミルトおばさま。
このおじさん、自分の見栄のためにバラ園のバラを咲かせろって言ってきたの。
ミルトおばさまに貴族の私利私欲のために利用されたらいけないと言われていたのでお断りしたんです。
そしたらミルトおばさまの指示より、このおじさんの命令を優先しろってしつこくて。」
「あらそうですの?ずいぶんと偉くなりましたねドゥム伯爵、わたくしがターニャちゃんに注意したことよりも、あなたが命じたことを優先しろと?」
ミルトさん、怖いよ、いつものポヤーンとした雰囲気がなくなって王族の顔になっている。
ほら、ドゥム伯爵ったらすっかりうろたえちゃっている。
「いいえ、滅相もございません。王室の関係者とは存じ上げなかったのです。
大変ご無礼をして申し訳ございませんでした、なにとどご容赦を。
しかし、皇太子妃殿下、この娘、いえ、こちらの方はどういった方でございますか?」
「それは、あなた如きが知る必要のないことです。
このお二人は王室にとって一番大切な方からお預かりした留学生で、在学中は王室の庇護下にあるということだけを肝に銘じておいてください。
今後何か無礼を働くことがあれば、爵位の剥奪もありうると思ってくださいね、 ドゥム伯爵。」
こちらに注目が集まる中で、ミルトさんが静かに、しかしよく通る声でそう言った。
まあ、ドゥム伯爵を見せしめにして、わたし達にちょっかいをかけようとする輩が出ないように牽制したんだよね。
フローラちゃんが言っていたんだ。
多分、このパーティの最中にちょっかいをかけてくる貴族がいるだろうって。
いい機会なので、そいつを生け贄にしてわたし達が王家の庇護下にあることを広めてしまおうということになったんだ。
そんなに簡単にいくのかなと思っていたら、あっさり餌に食いついた愚か者がいたんで内心笑っちゃたよ。なにこの茶番。
ドゥム伯爵がすごすごと立ち去ったあとのこと。
ミルトさんが、給仕から受け取った小皿をハンナちゃんに手渡して言った。
「みなさん、この子、ハンナちゃんって言うの。可愛いでしょう。
この子もわたくしの庇護下にありますので、ちょっかいをかけたら許しませんわよ。」
ミルトさん、ちゃっかりハンナちゃんを自分の庇護下にあると宣言してしまった。
まだ、ハンナちゃんのこと諦めていなかったんだね。
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