第60話 オストマルク王国の地理
夏休み明け、今日の午前中の最初の授業は、社会だった。
ウートマン先生が、
「今日は、王国の地理について勉強をします。
王都以外に家がある人の中で、夏休み中に地元に帰った人がいたら手を上げてください。」
と言った。
エルフリーデちゃんのグループとリーンハルト君のグループの子が手を上げている。
リーンハルト君のグループも地方の貴族なんだ。
「じゃあ、リーンハルト君、君の地元がどんなところにあり、どんな特徴を持っているか教えてくれるかい。
実際に夏休みに帰って色々と見てきたのでしょう。君の感じたことでいいから説明してください。」
ウートマン先生の指示は、生徒に自分の育った場所の位置関係、地形、気候、産業について何でもいいから実際に見たことを紹介して欲しいとのことだった。
「僕の地元、フライスィヒ領は王都の南にあり、だいたい四十シュタットくらい離れています。
夏は王都よりかなり暑いです。
南部地方はほとんどが平野で、北部みたいに高い山がないので避暑は難しいです。
暑すぎて小麦が育てにくいので、フライスィヒ領ではイネという穀物を育てています。
イネは、水を張った農地で育てるのですが、何年でも同じ農地で連続して作れることと収穫量が多いのが特徴です。」
リーンハルト君をかわきりにウートマン先生はリーンハルトくんの取り巻きのみんなを指していく。
「はい、ぼくの出身地は海の際で平地が少ないので米や麦は作れません。
そのかわり、波の穏やかな入り江が多いので、真珠の養殖に力を入れています。
あと、海に向かって日当たりの良い斜面があるのでオレンジやオリーブを栽培しています。」
真珠ってなんだろうと思っていたら、ウートマン先生が貝から取れる宝石で養殖が難しく非常に高価なモノだと教えてくれた。
宝石なんか縁がないから知らなかったよ。
「うちの領地には、港があります。
南の海は北の海より穏やかなので、帝国との貿易をやっています。
それと、年に何回か、南大陸から交易船が着きます。
服とか香辛料とか、この大陸にはない珍しいものが取引されています。」
みんな口々に、自分の出身地の特徴を上げていく。
すごいね、さすがみんな貴族の子息だね、自分の領地を支える産業を良く知っている。
子供の頃から、こうやってちゃんと教えているからこの国は栄えているんだろうね。
南部の子の話を一通り聞き終えたら、次はエルフリーデちゃんのグループ、北部出身の子に話を聞いていく。
北部の話は先日サロンで聞いたとおりの話しだった。
一通り話を聞いたあと、ウートマン先生がみんなの話をまとめて要点を黒板に書いていく。
そして補足説明をしてくれた。
オストマルク王国は、大陸の瘴気の森より東側全体を占め、南北約八十シュタット、東西約六十シュタットの面積があるとのこと。
王都ヴィーナヴァルトは、大陸の東端に位置し、南北ではほぼ真ん中に位置するらしい。
王都から北に行くほど気温が下がり、最北にあたるルーナちゃんの領地はかなり寒冷な気候で小麦の栽培は難しいらしい。
このまえエルフリーデちゃんにも聞いたが、北部には大山脈があり王国有数の観光地になっているほか、鉱物資源の宝庫になっているそうだ。
王都からエルフリーデちゃんの領地まで続く大きな平野は、小麦の一大穀倉地帯で王国の小麦生産のかなりの部分を占めているらしい。
一方で、リーンハルト君が話してくれたように、王都から南にいくほど気温が上がり、リーンハルト君の領地の辺りではルーナちゃんの領地とは逆に気温が高すぎて小麦が育ちにくいらしく、イネという穀物を主食として栽培しているらしい。
リーンハルト君の領地は、高温多雨でイネの生育に適しているらしい。
リーンハルト君の領地は南部でも有数の広さの平野を抱えており、ライスと呼ばれるイネの実の一大産地だそうだ。
ライスって食べたことないなと思っていたら、初等部の食堂でも昼食にライスの料理を選べるよと隣に座るクラーラちゃんが教えてくれた。今度食べてみよう。
また、ルーナちゃんの領地が面している北の海は波が荒く交易には向いていないそうだ。
それに対し、南の海は比較的波が穏やかで帝国との定期航路があるらしいい。
海を使った人とモノの流れは、もっぱら南の海が担っているとのこと。
そのため、北の海には小さな漁港しかないが南の海には大きな船が停泊できる立派な港があるとのことだ。
冬でも暖かいらしいので一回行ってみたいな。
南の海は穏やかなので、さっき聞いた真珠の養殖のほかにもオイスターと呼ばれる食用の貝の養殖やアンバージャックという食用の大きな魚の養殖なんかもしているそうだ。
エルフリーデちゃんの領地は、山と湖を持つ風光明媚な場所で夏場の避暑地として人気があると聞いていた。
夏場は、多くの貴族が避暑に訪れ、さながら夏の社交界の様相を呈するととのことだった。
今日の授業で知ったことだが、同じことが冬場の南部地方にも言えるらしい。
南部地方は、冬場でも暖かいため厳冬期に寒さを逃れてやってくる貴族が多いそうだ。
きれいな砂浜を持つ眺めの良い場所には、貴族の別荘が立ち並んでいるらしい。
帝国に比べ、この国には横柄な貴族は少ないと聞いているが、やっぱり貴族の生活は恵まれているんだね。
だって、普通の平民は暑いからと言って仕事を休んで避暑にはいけないよ。
それをエルフリーデちゃんに言ったら、そんな貴族は王族を始めごく一部だといわれた。
南部と北部に別荘を構えられるのは、それを維持する財力以前に魔導車を持っていないと無理とのこと。
いくら貴族でも、片道だけで三十日以上かけるのは無理とのこと、そんなに仕事を休めないって。
この国の貴族で魔導車を持っているのは王族と一部の大貴族に限られ、ほとんどの貴族は馬車で移動するので、とても避暑地に別荘など持てないらしい。
え、じゃあ、どうしてエルフリーデちゃんの領地は夏場に避暑で賑わうのと聞いてみたら、別荘を持つ一部の大貴族が取り巻きの貴族を招待するらしい。
馬車で三十日の距離も魔導車なら四、五日だからね。
でっかい別荘に、魔導車による送り迎え付きで傘下の貴族を呼び寄せ派閥の結束を固めるらしいよ。
貴族の付き合いって大変だね。
そうそう、授業は南部と北部の話で終わってしまい、西部と王都周辺の話はまた今度だって。
(設定注釈)
一シュタット=約五十キロと考えてください。
(時速五キロの馬車で一日十時間走ると想定してます)
南北八十シュタット=約四千キロ
東西六十シュタット=約三千キロ




