第59話 夏休み明けのサロンで
夏休み明け初日、わたし達はエルフリーデちゃんのサロンにお呼ばれしている。
みんな夏休み中は寮から出ていたので、お茶をしながら休み中の話をしようということだ。
エルフリーデちゃんのアデル侯爵家はこの国の北部に領地を持つ大貴族で、このサロンのメンバーはみんなエルフリーデちゃんの領地に近接する領地のお嬢さんなんだって。
アデル侯爵領までは、ヴィーナヴァルトから三十シュタットあり馬車ではとても帰れないが、王都の屋敷に住むアデル侯爵が魔導車を出してくれたそうだ。
サロンのメンバー四人も、エルフリーデちゃんに同乗させてもらって帰省したらしい。
前もって段取りしてあったので、アデル侯爵家の領都まで其々の迎えの馬車が来ていたらしい。
一番遠いルーナちゃんでも十日で帰省できたので夏休みはゆっくりできたそうだ。
「領地に戻っている期間のほとんどを湖畔の別邸で過ごしましたが王都と違って涼しくて助かりましたわ。
王都は、六の月になった今でも暑いですわね。」
エルフリーデちゃんの領地は大陸でも北に位置するため夏でも涼しくて、夏場は避暑地として賑わうんだって。一度行って見たいね。
領地の東側に山脈があり、湖が点在する風光明媚なところらしい。
しかも、その山脈は鉱物資源の宝庫でもあり、アデル侯爵家にとっては正に宝の山なんだって。
「そういえば、フローラ様は夏休み中一度もアデル家の領地にある別荘にお越しにならなかったようですね。」
フローラちゃんは、ほぼ毎年エルフリーデちゃんの領地にある別荘に避暑に行っているそうだ。
王家の別荘とアデル侯爵の別邸は近所にあるようで、王族が滞在するときは連絡があるらしい。
「今年は、お母様に付き合わされて、前半はお母様のご友人とのお茶会に連れ回され、後半は西部地方に治療活動の旅をしていましたの。
とても、北部まで避暑に行く時間はありませんでしたわ。」
「まあ、王都でだけではなく地方にまで国民の身体の治療に出向かれたのですか。
それは、立派な行いだと思いますわ。で、いかがでございました。」
「ええ、おかげさまで、行く先々での評判は非常に良かったと思います。
国民に対する王家の評価も上がっていると思いますし、なによりも創世教や黒の使徒への牽制になったと思います。」
『色なし』の蔑視と『黒髪、黒い瞳、褐色の肌』に対する異常な信奉という好ましくない教義を掲げる『黒の使途』は言うまでもないが、治癒術師を独占し国民から法外な治療費を巻き上げる創世教も牽制しておきたいそうだ。
信仰の自由を国是としているので思想は弾圧できないけど、治癒術が使えるのは創世教だけでないことを示すことで、国民から法外な治療費を取る行為を牽制するようだ。
「わたくしたち北部の者には西部は馴染みがないのですが、西部の街はいかがでしたか。」
エルフリーデちゃんの質問にフローラちゃんは苦虫を噛み潰したような表情になって答えた。
「ゆっくり街を見るゆとりがなかったので、暑かったとしか答えようありません。
ただ、西部と言っても日程の関係で王都から二十シュタットの街までしか行っていないので気候は王都と変わりないようです。
本当に厳しい日程を組んだので、途中からターニャちゃんとミーナちゃんが手伝ってくれなければ、途中で挫折していたと思っています。」
あー、朝五時起きで十日間休みなしはきつかったよね。
わたしも街を見ようなんて気力がなかったもん。
「途中からって、ターニャちゃん達は一緒に行動していたのではないのですか?」
「ターニャちゃんは、夏休みの初日にアーデルハイト殿下と帝国へ出かけてしまいましたので。」
「え、ターニャちゃん、帝国まで行ってきたのですか?夏休みの間に?」
**********
わたしは、帝国に行くことになった経緯やヴィクトーリア様の病気の治療をしたことなどを、エルフリーデちゃん達に話した。
「皇后様の治療なんて、国賓じゃありませんか。」
エルフリーデちゃんは驚きの声をあげたが…。
「たしかに、お部屋と食事は国賓待遇でしたが、皇帝の怒りに触れて三日で帝都から追い出されました。
せっかく帝都まで行ったのに、ずっと皇宮の中にいて何処も見物できなかったんですよ。」
更にわたしは、皇帝に面談してから帝都を追い出されるまでの状況を説明した。
「まあ、それは災難でしたね。
じゃあ、お土産も何もないのですの?帝国にどんなものがあるか知る良い機会でしたのに。」
「ええ、申し訳ないけど、とてもお土産を見ている暇なんてなかったです。
でも、女の子を一人拾ってきましたよ。わたし達より小さい子、五歳なんだって。」
わたしは、ハンナちゃんの話をして、寮に一緒に住むからよろしくと伝えた。
「ハンナちゃんって言うのですけど、凄く可愛いいのですのわよ。
私のお母様も気に入ってしまって、魔導車の中でも膝の上に乗せて離さないのですもの。
それと、小さいのにもう魔法が使えるのです。もう小さな怪我なら治せるのですわよ。」
フローラちゃんが余りに熱のこもった説明をするものだからエルフリーデちゃんが少し引いていた。
エルフリーデちゃんが話題を変えようとわたしに話を振ってきた。
「それでは、帝国への旅行はとんぼ返りだったのですか?」
「ううん、色々やってきたよ。
農地を開墾したり、病人や怪我人を治したり、魔獣退治もやってきた。」
「それはまた、アグレッシブな活動をしてきたのですね。」
わたしは、みんなに帝国の辺境で見てきたことやしてきたことを説明した。
特に、王国と違って帝国の辺境では凶作が続いていて食料不足が深刻になっていることや無理に瘴気の森の近くにまで集落を作るため魔獣の襲撃を受けることが稀ではないことを詳しく話した。
「そうですの。帝国は大変なことになっているのですね。
この国では、魔獣に襲われる村なんて聞いたことがございませんし、飢饉なんて話も聞きませんわね。
ねえ、ルーナさん、あなたの領地じゃ小麦ができないけど飢えで亡くなる人などいませんよね。 」
それはそうだ、ウンディーネおかあさんの話では、この国ではここ二千年間一度も飢饉が発生していないというのだから。
「ボクの領地は北の果てだから、麦とかはできないけど食糧難になったことはないよ。
ボクの領地は、海産物と砂糖大根が領民の生活を支えているんだ。
エルフリーデちゃんのところに海産物と砂糖を売って、小麦を買っているの。
お父さんの話では、北部地方の砂糖はボクの領地で賄っているので、小麦を売ってくれないなんて意地悪されることがないんだって。
それと、ジャガイモやトウキビなんかも、寒さに強いからボクの領地ではいっぱい作ってるよ。」
うん、そうだよね。みんな、土地にあった作物を作るように工夫してるんだよね。
何で帝国ではそんな当たり前のことが出来ないのだろうね。
そのあともしばらく帝国の話が続いたが、結構興味を持たれたのは魔獣の話だった。
女の子に魔獣の話なんかは面白くないだろうと思っていたが、この国では魔獣を見る機会はほとんどないため興味があるらしい。
馬を丸呑みできそうな大きさの蛇なんて実際に見たら気色悪いことこの上ないのに、話に聞くのには楽しいらしい。
巨体の蛇を眠らして討伐した話や狼の魔獣の群れを芋の蔓で絡め取って討伐した話は、みんなに大うけだった。
読んでいただき有り難うございます。
ブクマしてくださった方、有り難うございました。
凄く嬉しいです。
評価してくださった方、有り難うございました。




