第53話 王家の魔導車の中で
王国に入ってからの旅は、魔獣や野盗に襲われるようなこともなく順調に進んだ。
帝国と違い瘴気が薄いので、病み上がりのヴィクトーリアさんの体の調子も良いみたいだ。
「本当に緑が多いのね。大きな街の近くにも広い森があるのには驚きですわ。
そのおかげか空気が綺麗。
ここと比べてみれば帝国の空気が如何に澱んでいるか、よく解かりますわ。」
「お母様の体の具合が良いようでなによりです。
無理を言ってターニャちゃんに連れてきていただいた甲斐がありますわ。」
わたしも帝国へ行って初めて気付いたけど空気の透明感が違うんだよね。
帝国の空気っていつもどんより曇っているみたいな感じなの。
辺境を抜けると街道の路面の状態もいっそう良くなって、魔導車の速度もより上がってきた。
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そして、王都ヴィーナヴァルトまで、あと二十シュタットの町で今日は一泊することにした。
一日十シュタットの速度で進んでいるので、明後日にはヴィーナヴァルトへ帰り着く予定だ。
今日の宿を探して街の中心部へ向かうと街の中央広場になにやら近衛騎士の制服を着た一団がいる。
街の住人が集まる中央広場に近衛騎士のきらびやかな制服はすごい場違いだ。
そんな近衛騎士の真ん中に、力なく椅子に座って項垂れている女の子がいた。
その隣には、元気いっぱいという感じの大人の女性がなにやら気勢を上げている。
デジャヴュだよ。
わたしは、その一団に近づき、項垂れている女の子に声を掛けた。
「あれ、フローラちゃん、それにミルトおばさまも、こんなところで何しているの?」
まあ、疲れ果てたフローラちゃんの様子を見れば何をやっていたかは想像できるけど一応聞いてみた。
「あ、ターニャちゃん、久し振り。聞いてよ、お母様ったら無茶を言って…。」
聞けば、フローラちゃんと、ミルト皇太子妃は、フローラちゃんの夏休みを利用して治療活動をしながらこの街まで来たらしい。
市民に無償で治癒を施すことは、王室のイメージアップのためと納得しているし、治癒術の実践訓練になるのでフローラちゃんもやる気があるみたいだ。
問題は日程にあるようで、ここまで休みなしで、朝のうちに移動して昼間治療活動をするというハードスケジュールをこなしてきたらしい。
どの町でも盛況で、連日山のように患者さんを治療してきたとのことだ。
それはお疲れ様でした。
「あら、ターニャちゃんじゃない。もう帝国から戻ってきたの?
ずいぶん早かったのね。まだ、夏休みはだいぶ残っているわよ。
ところで、そちらのご婦人はどなたかしら?」
ミルト皇太子妃は、わたしの後ろにいるヴィクトリアさんに注意を向けた。
わたしは、帝国であったことのあらましを説明し、ヴィクトーリア皇后を紹介した。
「私は、この国の皇太子妃でミルトと申します。
遠路、オストマルク王国へようこそお出でくださいました。
ごめんなさいね、帝国からいらした皇后様をこんなところで立ち話などさせてしまって。
精霊神殿の奉仕作業ということで、市民の皆さんに治癒術を施していたものですから。」
ミルト皇太子妃は、今日の宿が決まっていないのならば領主館に泊まればいいという。
正直なところ貴族の館なんて堅苦しいところに泊まるより宿屋の方が気楽で良いのだが、他国の皇后様を警備が行き届かない宿屋にお泊めすることはできないと言われ、半ば強引に領主の館に泊まることになってしまった。
帝国の皇后陛下がいきなり泊まると言われたら領主さんの方が困るんじゃないかな?
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わたしは、フローラちゃんとミルト皇太子妃と一緒に王室の魔導車に乗っている。
なんか、わたしだけ話があるからって王室の魔導車に乗せられたんだ。
領主館へ向かう魔導車の中、ミルト皇太子妃がわたしに言った。
「ねえ、ターニャちゃん、明日からの予定だけど、まっすぐに王都まで帰るだけなら私達の治療活動を手伝ってくれないかしら?」
「ごめんなさい。わたし達は、ヴィクトーリアさんとアーデルハイトさんを学園の寮まで送り届けないといけないので、寄り道せずに学園まで帰るつもりなのです。」
「その学園の寮に送り届けるというのに問題があるのよ。
ターニャちゃんには大人の話は分らないだろうけど、帝国の皇后様を連れてきたことってかなりの大事なのよ。
皇后様に何かあるといけないので、安全面の対策とかの受け入れ準備をしなければならないの。
幸いなことにターニャちゃんに合流してもらえれば、魔導車に余裕ができるから一台を国王陛下との連絡に使おうと思うの。
あと十日かけて治療しながら帰れば、ヴィクトーリア様の受け入れの用意も出来ると思うわ。
私達と一緒なら、近衛騎士が護衛についているし安心でしょう。
だからお願い、ここから先は一緒に行動してちょうだい。
ヴィクトーリアさんとアーデルハイトさんにはわたしから説明するから。」
えーと、ミルトさん、もしかして怒っていますか?
病気療養のためとはいえ大きな国のお后様をいきなり連れてきちゃいけなかったんだ。
あ、そういえば魔導通信機のことすっかり忘れていた。
あれで、事前に知らせておけばよかったね。
ばたばたしていたんで、思いつかなかったよ。
「さっき事のあらましは聞いたけど、今晩にでも、もっと詳しく話を聞かせてもらうわ。
それと、ヴィクトーリア皇后はお忍びのようだけど、どのような待遇を希望するかも聞かなきゃね。
普通なら、王宮の中にある迎賓館にお泊りいただくのだけど、長く滞在する予定なのよね?」
「アーデルハイトさんが高等部を卒業するまでいる予定なので、多分、三年半ぐらいの滞在になると思います。」
「そう、迎賓館に三年半もいると肩が凝るかもね。もう少し、気兼ねなく過ごせる場所の方がいいかもしれないわね。
まあ、その辺も希望を聞いてから検討することね。」
ミルト皇太子妃の表情からいつものふわっとした雰囲気が消え、非常に真面目なものになっている。
やっぱり王家の人なんだね。
とりあえず、今晩は真面目な話をしなければいけないようだ。
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