その4 ボクのお母さん【バラしちゃった】
ボクが今の旦那との馴れ初めをウンディーネ様に話すと。
「あはは、そんなことがあったのね。
でも奇遇だわ、ルーナちゃんも捨てられた子犬のような目に弱いのね。
私の娘、ヴァイスハイトもそうだったのよ。」
そう言って、ウンディーネ様は王祖ヴァイスハイト様の結婚した時の話を始めたんだ。
国を築いてしばらくすると国情も安定し、二十歳を過ぎた王祖様に結婚を持ち掛ける人が増えたという。
その頃は国も大きくなって、周囲に何もない原野に創られた国は遠く離れた隣国と接するようになっていたんだ。
そうすると、国交というものが生じる訳で。
友誼を結ぶため隣国の王族から王配を迎えたらどうだという意見が多かったという。
「でもね、ヴァイスハイトが選んだのは線の細い頼りなさそうな男だったのよ。
その男は、私と旅を始めて間もない頃、ヴァイスハイトが拾ってきた子でね。
小さい頃からヴァイスハイトに良く懐いていたんだ。
姉弟のように見えたものだから、まさか、夫婦になるとは思わなかったわよ。」
ええ、ボクも思ってもいませんでしたとも。
「私が、そんな頼りなさそうな男で良いのかと聞いたらね。
ヴァイスハイトが言ったのよ。
『捨てられた子犬のような目で、ずっと一緒にいたいと縋られたら断れませんよ。』ってね。
他の男にヴァイスハイトが取られるのが嫌で、必死に縋りついたらしいの。
それに絆されたみたいなの。
『そうね、それじゃあ、この命尽きるまで一緒にいることにしましょうか。』と答えたそうよ。」
それからひとしきり、ウンディーネ様は王祖様が結婚した当時の話を楽しそうに聞かせてくれたんだ。
親戚のおばさんから、自分の子供の頃の話を聞かされるのは恥ずかしいとよく言うけど。
この時のボクは、まさにそんな感じだったよ。
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ひとしきり昔話をした後、ウンディーネ様はポツリと言ったんだ。
「しかし、本当に不思議よね。
ここで海を眺めていると決まってルーナちゃんが私を訪ねてくる。
私がここにいることを分かる訳でもあるまいに。
まあ、私としては、昔話に付き合ってもらえるのでとても有り難いのだけど。」
そう言うけど、不思議とウンディーネ様がここにいることが分かるんだよね。
今のボクに精霊を視る能力はないというのに…。
「ねえ、ウンディーネ様。
ボクはウンディーネ様の事が好きだし、遊びに来てくれるのは歓迎だけど。
ここに来るのはもう止めませんか。
なんか、ウンディーネ様、すごく悲しそうに見えるんです。
前にターニャちゃんから聞きました。
王祖様に海を見せられなかったことを悔やんでいるって。
いいえ、王祖様の自由な時間を奪ってしまった事を悔やんでいるって方が正しいのかな。
でも、王祖様はそんなことは悔やんでいないと思いますよ。
王祖様は自分の築いた国の民がみんな幸せそうにしていることに満足していると思います。
自分を慈しんで育ててくれたウンディーネ様に深く感謝する事はあっても、恨み言は言わないと思いますよ。」
「ルーナちゃんも領主ともなると、そういう気配りが出来るようになるのね。
とても十年前のちゃらんぽらんな少女と同じ人物には思えないわ。
慰めてくれて有り難うね。
でもね、ヴァイスハイトが晩年言っていた言葉が耳を離れないの。
『結局、海を見に行くことは叶わなかった』って、寂しそうに言っていたのがね。」
「それって、多分違うと思う。
王祖様は海を見に行く暇がなかったのを悔やんでいたのではないと思う。
たぶん、王祖様にとっては海を見に行くこと自体はどうでも良かったんじゃないかな。
王祖様が悲しかったのは、ウンディーネ様を一人ぼっちにしてしまう事だと思う。
海を見に行くのは、たぶんウンディーネ様と一緒にしたいと思っていたことだったから。
それをする前に、自分の寿命が尽きるのが悲しかったんだと思う。
ねえ、ウンディーネ様、ボクの領地に温泉を作ってくれないかな。
それで、ボクと一緒に温泉に浸かろうよ、ボクの娘も一緒に。」
「なあに、藪から棒に。
何を図々しいことを言っているのよ、まるでミルトのおねだりのようだわ。
温泉なんて、ホイホイと作ってあげられる訳ないじゃない。
普通の泉を作るのとは訳が違うのよ。」
「そうなの?
王祖様とウンディーネ様が旅を始めた頃、王祖様が歩き疲れて動けなくなると温泉を作ってあげたんでしょう。
二人で温泉にのんびりと浸かって、疲れを癒したのでしょう。
その時、この大陸には自然に湧き出ている温泉というものがあって、怪我に効く温泉とか、肌がスベスベになる温泉があるって言って。
何時か一緒に行ってみたいねって言っていたでしょう。
結局その約束も果たされなくって、きっと王祖様、残念だったと思うよ。」
「あら、ルーナちゃん、その話を誰に聞いたのかしら。
私はその話を、この時代の人に話した覚えがないのですけど。
ターニャちゃんにも話した覚えがないのに。
と言うよりも、私自身、温泉の話は失念していたわ。
そう言えば、国を興して以来、バタバタしていて温泉にゆっくり浸かったことなかったわね。」
「私は、それが寂しかったの。
私は自由な時間が無くなったことを恨んだことなど一度もなかったわ。
自分が作った国が栄えて、人々の間に笑顔があふれることがとても嬉しかったから。
でも、一つ寂しかったのは、お母さんと二人きりでゆっくり過ごす時間が取れなくなってしまったこと。
私、子供の頃、お母さんと一緒に温泉に浸かってのんびりするのがとても楽しかったのよ。
本当は海を見に行けなかったことより、そっちの方が寂しかったの。」
「ルーナちゃん、あなた、何を言っているの…。」
「久しぶりね、お母さん、二千年振りかしら。
本当は、こうやってバラしてしまうつもりはなかったの。
今の私は、アルムート領の領主の娘として生まれたルーナという人格があるし。
ちゃんと私を産んでくれた両親もいるからね。
でも、最近、よくこの海にいるでしょう、お母さん。
そして、いつもとても辛そうな顔をしている。
私のあの時の言葉がお母さんを苦しめているのだと思うと見ていられなくて…。」
「あなた、もしかしてヴァイスハイトなの…。」
「うんと、ヴァイスハイトの記憶を持った生まれ変わり?
そう言った方が正しいのかな、あくまでも今の私はアルムート領主のルーナだから。
信じられなければ、今度は私が話を聞かせてあげる。
お母さんと旅をしている頃の、私がとても大切にしている思い出を。」
ボクはそう言って、お母さんと旅をしていたころの話をしばらく聞いてもらったんだ。
子供の視点から見てすごく楽しかったこと、すごく辛かったこと。
ボクが、ヴァイスハイトとして旅をしていた時に感じたことを取りとめもなく。
すると、ウンディーネ様はおもむろにボクを抱きしめたの。
「ヴァイスハイト、姿は違えど、間違いなくヴァイスハイトだわ。
まさか、二千年もの時を越えて再び巡り会えるなどとは考えもしなかった。
人の宗教的な思想の中に、輪廻転生というものがあるけど、本当にあるなんて…。」
精霊は人と根本的に異なる存在なので、涙を流すことはないのだけど。
この時のウンディーネ様は、涙を流しているように感じたんだ。
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しばらくの抱擁の後、ウンディーネ様は言ったんだ。
「でも、あの頃のヴァイスハイトは一緒に温泉に入りたいなどとは一言も言っていなかったわ。
言ってくれれば、すぐに作ってあげたのに。」
「それはね、お母さん。
その頃の私は既に老いていて、お母さんにその姿を晒したくなかったから。
きっと、お母さんは悲しむから。
水の精霊のお母さんならわかってしまうから、私に残された時間がもう少ないことを。
さっき言ったでしょう、お母さんを一人ぼっちにしてしまう事がとても辛かったの。」
「ヴァイスハイト、あなた、そんなことを考えていたのね。」
ヴァイスハイトとして生きていた頃、精霊は群れる習慣が無いと聞かされていたんだ。
でも一人ぼっちで寂しくないかと言えば、きっとそうではないと思っていたの。
だって、ボクと一緒の時はとても幸せそうに笑うし。
ミルトがおねだりすると、『しょうがないわね』と口では言いつつも、楽しそうに対応していたから。
精霊だって、人と同じで喜怒哀楽を感じるのだから、きっと一人ぼっちになったら寂しいはず。
そう思ったから、一緒に温泉に入りたいとは言えなかったんだ。
私の老い先が短い事を嫌でも知ることになるから。
「だから、お母さん、温泉を作って。
今はこの通り若い体だから、気兼ねなくお母さんに体を晒せるわ。
また一緒に温泉に浸かりましょう、のんびりと。
それで、あの頃の心残りが晴らせわ。
娘も一緒に入るわよ、あの頃のようにまた孫を抱かせてあげるわ。
それにね、私、お母さんに聞いてもらいたいことが沢山あるの。」
ボクが再び温泉をおねだりすると。
「そうね、飛び切り寛げる温泉を作っちゃいましょうか。」
ウンディーネ様は眩しいくらいの笑顔で言ってくれたんだ。
(つづく)
お読み頂き有り難うございます。
もう1話あります。18時に投稿します。




