エピローグ
わたしの放った『安らぎの光』が眼下の艦隊六十隻の全てを飲み込む。
大精霊であるわたしの術による強烈な睡魔にあらがえる人はいないと思う。
きっと、あの軍艦の乗組員は全員が夢の世界の住民になっている。
「ターニャお姉ちゃん、全艦隊の浄化は終ったよ。」
ハンナちゃんが教えてくれた、これで北の大陸に伝染病が持ち込まれる事はないはず。
「ターニャちゃん、癒しもかけ終わったよ。」
ミーナちゃんの癒しも済んで、船乗りの死病の重篤患者も大丈夫。
「それじゃあ、テーテュスさんとリリちゃん、この軍艦を王国の造船所に曳航して頂戴。」
「ターニャお姉ちゃん、それじゃあ、運んじゃうね。」
リリちゃんの声に従い軍艦が一隻、また、一隻と造船所のある入り江に吸い込まれていく。
「でも、何でこう、次から次へと。いい加減諦めればいいのに。」
わたしが愚痴るとテーテュスさんが言ったの。
「食料が潤沢で飢饉知らずの大陸はここだけだからな。
北の大陸から潤沢な食料が輸入されるのをみて北の大陸を侵略しようとする愚か者は尽きないって。
南の大陸の連中は農業国は遅れている国だと見下す奴が多いからな。」
わたしたちは、今でもこうして時折訪れる南大陸からの遠征艦隊を撃退しているんだ。
コルテス王国じゃないよ、別の国だよ。もう、あれから百年以上経っているんだもの。
以前、大陸の子孫たちに直接手を貸すのは止めたと言ったけど、これだけは別。
大陸に住む愛しい人達の手を血で汚して欲しくはないから。
テーテュスさんは過保護だと言うけど、北の大陸の人達には無用な争いはせずに助け合って生きて欲しいんだ。
もちろん、備えはしてもらっているよ。
今みたいに拿捕した船は造船所に持って行って研究してもらっているし、武器もそう。
だから、王国も帝国も軍備は最新鋭だ、一度も使ったことがないけど……。
南の大陸の為政者はかつての『黒の使徒』以上の愚か者かも知れない。
わたしが人であった頃からもう百年以上、どこかで戦争をしている。
おかげで、テーテュスさん以外にも北の大陸に移ってくる精霊もいて、この大陸の精霊の加護は強まる一方だよ。
ますます、北の大陸は豊かになり、南の大陸は疲弊していく。
文化や技術だってそう、わたし達が人として生きていた頃に大量の医学者を受け入れたように、北の大陸に役立ちそうな人をテーテュス商会が連れてきているの。
ハンナちゃんの子孫もフローラちゃんの子孫もみんな良い子ばかり、軍備に無駄なお金をかけるような愚かな真似はしないよ。
最新の軍事技術を手にしても、それを使おうとか戦争をしようとか思わないところが偉いと思う。
ハンナちゃんやフローラちゃんの教育が良かったんだろうね。
もう今は、わたし達が手伝うのは本当にこれだけになった。
わたし達は、時折みんなで大陸の各地を巡って、稀に人助けをするくらい。
それでいいんだと思う、だってわたし達が頑張る必要がないってことは人々が満ち足りていると言う事だから。
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精霊に守護されし大陸、そう呼ばれる大陸があります。
その大陸は旱魃や冷害に見舞われたことがない穏やかな気候で、精霊の加護があるからと信じられています。
そこには、『王国』と呼ばれるオストマルク王国と『帝国』と呼ばれるハイリゲンフラウ帝国という二つの大きな国があります。
『王国』を治める女王も『帝国』を治める女帝も、精霊に親しき者が即位すると言われています。
白銀の髪をなびかせる女王と女帝が並ぶとまるで姉妹のようだと言われます。
歴代の女王と女帝は本当の姉妹のように仲が良かったのです。
二つの国は争うことなくともに手を取り合って、発展してきました。
今は、大陸のどこを見ても豊かな森と実りあふれる農地が広がっています。
緑に囲まれた豊穣の大地、この二つの国を形容するのにこれ以上適切な言葉はないでしょう。
豊穣の地を手に入れようと北の大陸に進攻しようとした国は過去幾つもありました。
しかし、北の大陸に送った艦隊は一兵たりとも帰って来なかったと言われています。
北の大陸に兵を送り続けた国は目的を果てせぬまま、疲弊して消えていくことになりました。
やがて、北の大陸に手を出すのは禁忌とされるようになっていきます。
精霊の怒りをかうと……。
そして、北の大陸ではまことしやかに流れている噂があります。
『子供の姿の四人の精霊』と『一人の若い母親と三人の美しい娘の姿をした四人の精霊』が今でも大陸各地を回って病で苦しむ人々を救って歩いているというのです。
もう、百年以上にわたって廃れることのなかった噂。
きっと、人々の精霊に対する想いがこの噂を伝えているのでしょう。
精霊の守護する大地は今日も笑顔であふれています。
今までお読み頂き本当に有り難うございました。
本編はこれで完結となりますが、もう2話ございますので引き続きお読みいただければ幸いです。
明日、明後日、投稿いたします。
本編に入れ込みたかったのですが、座りが悪いため追補としたものです。




